【書評】

軌道修正の「羅針盤」に          岡田 充

『変わる世界・変われるか日本 —対米自立と日中共生へ—』  久保孝雄/著 東洋書店/刊 定価1900円 (2013年7月)

 現状認識にこれほど深い亀裂が入った時代があっただろうか。その亀裂は、現在の世界で最も重要な役割を演じる米国と中国、そして米中関係への評価と認識の中に、はっきりとみることができる。米ソ冷戦が終結して既に四半世紀。米国の一極支配に陰りがみえ中国の台頭が著しい。その米中に挟まれた日本は一体どうすべきか。著者の問題意識もここにある。

 2010年、尖閣諸島(中国名;釣魚島)で起きた漁船衝突事件と昨年の「尖閣国有化」以来、日本政府は「日米同盟を強化して中国を包囲する」政策をとっている。この政策が機能し効果を発揮するには、二つの前提条件が満たされねばならない。第一に米中は常に対立する関係であり、場合によっては「米中新冷戦時代」が来るとみる。第二に「日米同盟」は中国を敵視し、さらに「孤立」させることができなければならない。

 果たして日米中三角形は、この二つの前提条件を満たす動きをしているだろうか。民主党の野田政権と自民党の安倍政権の外交政策は濃淡の差はあれ、日米同盟強化と中国敵視という点でそれほどの差はない。大手メディアの主な論調も「右へ倣え」である。

 こうした日本の主流の現状認識に対し、著者は真っ向から異議を唱える。巷で広がる中国脅威論や敵視論について「安保、外交面で日本の命綱だと考えてきた日米同盟が揺らぎ始め、アメリカのアジア戦略が『日米基軸』から『米中基軸』へ大きく転換しつつあることに、ウルトラ保守の危機感と焦燥感が高まっている」と背景をえぐっている。

 そして「米中基軸」への転換の具体例として、オバマ・習近平による六時間の米中首脳会談が「協調を基調とする新しい大国関係を築くことで合意した」ことを挙げ「安倍の中国包囲網は完全に宙に浮いてしまった」と書くのである。評者もこの現状認識を共有し、安倍外交は中国包囲どころか孤立を深めているとみている。

 いったいどちらの認識に合理性があるのか。それは先の二つの前提条件を点検すれば分かる。第一にオバマ政権は決して中国を敵視していない。第二に、中国は孤立していない。中国と韓国という隣国のニューリーダーと会うことができないのは安倍首相のほうだ。この現状認識を誤ると「ボタンの掛け間違い」は、修正されることなく最後まで続いてしまう。

 かつてわれわれはその経験をしている。日清・日露戦争での勝利に慢心し、満州事変(柳条胡事件)から日中戦争、さらに対米開戦へと突き進み自滅する過程がそうである。「掛け間違い」を認め、軌道修正するのは今からでも遅くない。その意味で本書は、すこし大げさに言えば、われわれの現状認識に軌道修正を促す「羅針盤」になるだろう。

 「オルタ」の執筆者でもある著者は、長洲・神奈川県政を副知事として支えた地方自治のエキスパート。神奈川県を離れた後も「かながわサイエンスパーク」を運営する一方、「参加型システム研究所」や神奈川県日中友好協会のリーダーを務めてきた。「国際問題や政治分析の専門家ではない」と言うが、米中関係と日本政治という太い二本柱を正面に据えて論じているのは成功している。多くの文献に当たり、それを正確に引用する誠実な態度は好感が持てる。

 認識を異にする部分もある。それは「日本の衰退」について「バブル崩壊以降の新たな国家戦略を描けない政治的リーダーシップ不在と、それによる社会的閉塞状況が続いている」という認識である。著者自身も、日本の衰退が「一国的現象でも、内在的要因だけによるものでもない」と書き、工業化を達成し「ポスト・モダン」時代に入った多くの「先進国」共通の課題だと指摘している。

 にもかかわらず「国家戦略を描ける政治的リーダーシップ」に、何がしかの期待を託そうとするなら、それは「無い物ねだり」ではないか。むしろ「社会的閉塞状況」と表現される社会的意識が、石原慎太郎ら国家主義者たちに「国家戦略を描ける指導者」としての衣をまとわせ、「維新の会」に一定程度の力量を与えたのだと思う。筆者の真意はそこにはないことは承知の上で、「国家戦略」「政治的リーダーシップ」という言葉の使い方と定義に敢えて苦言を呈した。

 若い頃に志した中国研究者の時代について書いた補章「私と中国」は、同じく中国問題を論じる立場の評者にとって知的刺激を与えられた。筆者は自らの中国研究を振り返り、㈰日本人として中国と世界をみるだけでなく、中国人が日本や世界をどうみているかを知った、㈪外国研究には対象への愛情とともに、盲目的な愛情ではなく距離を置くことの重要性を知った—と書くのである。

 「複眼を持つこと」「研究対象と距離を置くこと」。言うは易いが、「行うは難し」である。領土問題になると、自己の主張に固執して相手の主張に耳を貸さず、政府・与党と自分を一体化させ、権力監視の役割を完全に放棄した大手メディアの記者が肝に銘じるべき言葉である。

 (評者は共同通信客員論説委員)
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