■ 【北から南から】
深センから 『中国医学、上火』 佐藤 美和子
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前回、果物のライチを食べ過ぎたために、体内に熱がこもってしまう『上火(
シャンフオ)』という症状が現れたことに触れました。中国人の誰もが日常的に
留意して過ごしているこの『上火』について、もう少し詳しく書いてみたいと思
います。
中国医学では、体内の陰陽バランスをとても重視します。このバランスが崩
れ、陽に傾きすぎると『上火』になり、陰に傾きすぎると体が冷え、体力が落ち
て弱ってしまうとされています。
上火の症状は、人によって様々です。目が赤く腫れる、口の中が粘つき口臭が
強くなる、口内炎、口唇周辺のできものやただれ、歯痛、ニキビ、のどの腫れ、
便秘、尿が黄色く濃い色になる、体がだるい、何となくイライラして熱っぽい、
こんな症状が現れたら上火なのです。
人によってはニキビどころか、500円玉大ほどもある腫れ物が体に出来てしま
う人も!知り合いに、上火がひどくなるたびに切開手術を受けている中国人がい
ました。彼女の場合は、いつも右肩の同じ場所にその腫れ物が出来てしまうので
す。初めて聞いたときはまだ上火についてよく理解していなかったため、それっ
て普通に腫瘍なのでは?そんなに何度も繰り返しているなら、一度ちゃんと病理
検査に出して、良性か悪性か調べた方がいいんじゃない?と言ったのですが、
「ううん、これはただの上火よ。切開手術といっても、ちょっとメスで切って
膿を搾り出すだけだから日帰りでOKだし、子供の頃からずっとだしね。人によっ
て出来る場所はいろいろだけど、うちの田舎では私と同じように上火でちょくち
ょく手術している人、たくさんいるよ」
うーん、環境汚染とかではなく、本当に上火だったらいいのですが……。
では、どんな場合に上火してしまうのでしょう?
一つには、外界の熱が体内に影響する場合です。暑い季節に水分も取らず長時
間外にいると、体内の熱が上がってしまい、上火の症状がでます。つまり暑気あ
たり、熱中症ですね。
しかし現代では、体の内側から発生した熱によって、陰陽バランスが崩れて起
こる上火のほうが多いといわれています。例えばプレッシャーやストレスの多い
生活、日常的に夜更かしをする人、お酒の飲みすぎ、辛いものや脂っこいもの、
もしくは陽のものに属する熱性食品を大量に摂取したときなど。上火は日本には
ない概念ですが、これらの症状や発症原因を聞くと、「ひょっとしたら自分のこ
の状態は上火かも?」と思い当たる方もおられるのではないでしょうか。
上火の原因となる熱性食品とは、前にも書いたようにライチやパイナップル、
マンゴー、ドリアンなど熱帯地方で採れるフルーツは大抵そうですし、体を温め
る効果のあるネギ、生姜、ニンニク、唐辛子、山椒、アルコールなどもそうで
す。ネギ生姜ニンニク唐辛子に山椒といえば、まさしく四川料理の特徴。つま
り、四川料理は特に上火しやすい料理なのですね。
先月、連日のようにライチを食べていた私は、顔に赤い発疹がたくさん出てし
まいました。上火の症状だと気付いたものの、そのうち収まるだろうと特に気に
留めませんでした。結果、その時すぐに対策をとらなかったために、後でひどい
ことになってしまいました。後日、外出先で道に迷い、西日の強い時間帯に1時
間ほど彷徨よったあと、急にそれらの症状がひどくなってしまったのです。
元々熱性食品(ライチ)の摂りすぎで体内から熱が発生する上火の症状がでて
いたのに、さらに外気温が体内に影響する上火とダブルで食らってしまったのだ
から、ひどくなって当然です。体がやけに熱っぽく、だるくて立ち眩みまで起こ
したため、急遽予定を変更してフラフラしながらスープ料理で有名な広東料理レ
ストランに向かいました。
◇なぜ病院ではなく、スープ料理屋さんに?
上火を治すには、漢方薬の服用以外にも、実に様々な中国民間療法があるので
す。一番ポピュラーな治療方法は、食事療法です。つまり、『清熱解毒(熱を冷
まして解毒する)』効果のある食べ物を、積極的に摂取すればよいのです。とく
に瓜類と豆類が、効果大。キュウリやゴーヤは体内の熱を鎮めてくれるし、緑豆
スープや緑豆の中華風しるこデザートだと、水分もしっかり補給できて一石二鳥
です。利湿効果のあるハト麦・スイカ・冬瓜は、体内にこもった湿気や火照りを
尿にして排出してくれます。
とはいえ既に熱っぽくてフラフラしている状態の私では、これから食材を買い
込んで料理なんてしていられません。そんなときに便利なのが、スープ料理屋さ
んなのです。
お店には普通の炒め物などの中華料理もありますが、メインは十数種類も用意
されているスープです。メニューには、スープの具材とともにどういう効能があ
るのかも記されています。私は熱を冷ます効果ありと書かれていた、乾燥いちじ
くやクコの実、シャリシャリした食感が美味しい中国クワイと骨付き豚肉をじっ
くり煮込んだスープを頼みました。澄んだスープは無花果やクコのほんのりした
甘みで、食欲がないときにも飲みやすく、体に染み渡っていきます。
スープを飲んでしばらくすると随分落ち着いたのですが、まだ少し熱っぽかっ
たため、途中で華南地方独特の文化のひとつである『凉茶(リャンチャー)』と
いう、漢方ドリンクのスタンドに寄って帰りました。
恐らく初めての日本人には、この凉茶はかなりの勇気が必要だと思います。な
んたって、どれもこれも中に何が入っているのかサッパリ分からないほどに真っ
黒黒な液体、それが温められてさらに複雑な漢方薬臭がむぅっと立ち上ってくる
のです。
私がこれを飲むようになったきっかけは、ニキビの出やすい体質の中国人同僚
でした。彼女を四川料理レストランに誘ったら、
「うーん、私いまちょっと上火なのよねぇ……。これ以上辛いものなんか食べ
たら、絶対ニキビが酷くなっちゃう!でも、食後に凉茶屋さんに付き合ってくれ
るなら、四川料理を食べに行ってもいいよ」
と、食事に付き合う条件を出されちゃったのです。あのとき彼女に連れて行か
れなければ、周辺に漢方薬臭を漂わせている凉茶スタンドなんて、いくら好奇心
旺盛な私でも近寄ろうともしていなかったでしょう。
凉茶スタンドには、それぞれの効能を記したメニューが用意されています。ど
れがいいのか分からなければ、自分の症状を伝えれば、店員さんが相応しいもの
を選んでIHクッキングヒーターに乗せられた薬缶から、温かい凉茶を紙コップに
注いでくれます。凉茶がどんなものか分かりやすいように、私が以前よく通った
凉茶チェーン店のメニューをいくつかご披露しましょう。
◇【感冒茶】 風邪による悪寒・関節痛、発熱を伴う頭痛、喉が渇いて痛む、鼻
水・鼻づまり、腹痛おう吐、口中が苦いなどの症状によい。体内の熱を冷ます効
果が大きいので、特に流行性・腸ウイルス型の風邪や上記の症状がある人によい。
◇【去湿王】 胃腸に熱を持っている、腹痛や膨満感、胃のむかつき、腸がゴロ
ゴロする、腹下し、吐き気、手足に力が入らない、食欲不振、胃痛、舌苔が黄色
いなど。体内の湿気や熱を取り除き、胃をすっきりさせる効果がある。
◇【養元茶】 過度の心労や睡眠不足からくる不眠・夢をよく見て眠りが浅い、
息が続かなくて動悸が激しい、体がだるくて力が出ない、食後の消化不良、のど
や舌が渇く、目の辺りがだるい、尿が黄色く泡立つなど。本茶を常に服用すると、
多大なプレッシャーがかかっている、または仕事が忙しくて心身衰弱にある場
合などに良い効果が出る。
◇【虚火霊】 睡眠不足、歯痛、歯がグラグラする、歯茎に出血があったり腫れ
て痛む、めまい・頭痛、内に熱がこもって口や舌が乾く、舌のただれ・腫れ・痛
み、口腔の潰瘍、便が硬いなど。本茶は旺盛すぎる精力を鎮める効能が強いので、
胃腸の悪い人は単独の服用を避けた方がよい。
そのお店に30種類ほどもあるうちの4つをご紹介しましたが、効能満載でなか
なか体に良さそうでしょう?初めは半信半疑でしたが、上火の症状が出ていると
きにこれを飲むと、確かに肌の調子が落ち着いたり、体温計には出ない体の熱っ
ぽさが翌日にはスッキリするのです。
お店で一緒に買った、『陳皮(チェンピー)』という甘酸っぱい乾燥ミカンの
皮をかじりつつ、苦い凉茶をちびちび飲んでいると、こちらでは凉茶がいかに日
常的に利用されているかが分かります。様々な年代の人が気軽に立ち寄って、ち
ょっと一杯という風に飲んでいくのです。私が初めて凉茶にチャレンジした夜も、
夜更かしして遊んでいる男子高校生がぞろぞろと店にやって来たのにはビック
リしました。「あ、オレちょっと風邪気味だから、凉茶をここで飲んでいくわ」
と言って、友達を待たせて漢方ドリンクを買っているのです。地元の伝統や風習
をしっかり受け継ぐ不良高校生、なかなか微笑ましい光景でした。
(筆者は在中国・深セン・日本語教師)
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