『オルタ』とともに

荒木 重雄

 私が畏友の紹介で加藤宣幸氏の知遇を得たのは2007年のことであった。私たちの世代のつねとして、仲間内の懇談は、えてして、懐旧譚に傾いたり、政治や社会の現状批判でも主体性を欠いた世間話に終わってしまいがちなのだが、そのなかで最年長の加藤氏だけが、ひとり、現状批判をいかに運動に結びつけられるのか、そのために『オルタ』をどう活用できるのか、そのためには『オルタ』がどうあらなければならないかを、真剣に自らに問い、他にも語りかけていた。最高齢者でありながらのその際立って前向きな姿勢に感銘を受けたのが、私が『オルタ』に関心を寄せた動機である。

 私がかかわりを持ちはじめた頃の『オルタ』は、社会的・政治的テーマの論文を巻頭に掲げながらも、格調の高い、あるいは滋味豊かな言葉が並ぶ、同人誌的な風情であった。いわば、人生の達人が一歩引いた高みから世相に提言するふうであった。
 それがしだいに変化したのは、社会の変化と軌を一にしている。とりわけ12年の第2次安倍政権発足以来の「戦後レジームからの脱却」政策の加速である。無謀な戦争で失われた300万の生命の犠牲を基に70余年に亙る国民の営みで維持してきた戦後日本の理念と仕組みが、一政権の恣意によって無惨にも毀されていく状況である。
 いま必要なのは、人生の達人が含蓄深い言葉で綴る文学的・哲学的思索ではなく、状況を撃つ言葉、状況を撃つ思想、状況を撃つ論理ではないか。選挙で反動化・右傾化に抗する一票を増やすことではないのか。そのような志向をこの時期、私と加藤宣幸氏は共有することができたように思う。

 『オルタ』は、掲載論文を今日的な社会・政治課題に直に向き合う論考に大幅にシフトするとともに、状況やそれに対する見解をより多くの人々に伝えるために、複合的なジャーナリズム・メディアへの転換を図った。それが、「オルタ・オープンセミナー」の開催や、リベラルな政治家・研究者・ジャーナリスト・元官僚などへのインタビュー動画の YOUTUBE 配信であった。
 加藤宣幸氏は一時期、毎号の『オルタ』の企画を立てると、かならず私に意見を求めてくれた。私はほとんど賛意を示し、励ましの言葉を伝えるだけだったが、いまとなっては誇らしい思い出である。

 そういえば、配信先の拡大のために幾つかの学会の名簿などを提供したときも加藤氏はことのほか喜んでくれた。またなぜか、私が主宰する「仏教に親しむ会」にも毎月、足を運んでくださって、私の講演を動画に撮影し、YOUTUBE に配信してくださった。それらの折々の加藤宣幸氏の温顔が忘れられない。
 お顔といえば、葬儀のとき控室に置かれてあった、どこかの庭園だろうか、和服姿の加藤宣幸氏が背筋をのばし、しっかり前を見つめ、正面に向かって歩いてこられる写真が印象深かった。お孫さんが撮られたそうだが、その歩む姿は加藤宣幸氏の人生そのものだったであろうし、また、いまもなお歩み続けておられるようにも思われる。

 (元桜美林大学教授、「オルタ」編集委員)

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