【視点】

「1930年代」論と野党戦線

栗原 猛

 最近の野党情勢を見て気になることがある。ウクライナ問題、中国脅威論にかかわる安倍晋三元首相の核共有論に対して、日本維新の会の松井一郎(大阪市長)、国民民主党の玉木雄一郎両代表の同調する発言や同党の政府の予算案への賛成など、野党の枠を乗り越えるような言動がみられることである。

 1930年代(昭和の初めごろ)の経済、社会状況を研究している井手英策慶大教授は、「戦前の野党と今の野党に悲しい一致がある」と、毎日プレミアで警鐘している。野党から見れば、よく言って異例、率直に言うと、おきて破りの一線を越えたように見える。「野党共闘」はもとより、連合が目指してきた野党の「大きな塊」からも遠ざかり、一線を越えた感はぬぐえない。1930年代、世界不況をきっかけに要人テロが頻発して起こり、政党が力を失い軍部などにもブレーキが効かなくなり、戦争に突入して行った時代である。

 小選挙区比例代表並立制は、政治とカネの問題を克服して、欧米のように政権交代のある政治状況をつくることを目指した。政権の交代があると、相互に監視機能が働き、健全な議会政治が生まれると期待されたからである。同時に予算の使い方や財政赤字の透明化も進むだろう。

◆ 議会政治における野党の大事な役割

 井手教授が指摘する1930年代の政治経済状況は、福祉国家、ファシズム、社会主義等、さまざまな思想、体制、運動が勃興したシステム転換期だった。「日本ではファシズム、『反共思想』が旗頭となり、返す刀で既得権の打破、民族主義、復古主義を訴え、急進右派は急速に影響力を強めていく」時代であった。

 1930年代を生き、戦前の軍部の動向にも詳しかった後藤田正晴元副総理に生前、何度かインタビューした。第一次世界大戦で日本は連合国側について戦勝国になる。ドイツ領だった山東半島などの割譲を受けて、一気に景気が好くなった。ところがすぐに反動が起こり極端な不景気になる。大銀行、商社などが次々に倒産、日本の農村が作った繊維の輸出先の中国も経済が悪化して買わなくなる。困窮した農家は女の子を売りに出すという事態になった。当時は国民皆兵だったから、軍隊で農村出身の兵から窮状を聞いた青年将校は義憤を感じて右翼の青年たちに話す。

 1930(昭和5)年、浜口雄幸首相が東京駅で右翼の青年に狙撃される。続く昭和7年には浜口内閣の蔵相だった井上準之助が射殺、同じ年の3月に経済界の大立者の団琢磨・三井合名理事長射殺、同5月には海軍青年将校が首相官邸を襲い、犬養毅首相射殺と続く。そして議会政治、政党政治は崩壊する。

◆ 「野党は異見をいう勇気」を持て

 当時、後藤田氏は中学生だったが、テロが起きると新聞は大きく取り上げ、そのたびに国民は拍手しているようだったと言う。「経済が悪いのは、政治家や経営者が悪いからだ」ということで、過激な議論に共鳴されやすくなっていたのである。後藤田氏は「戦争を知らない世代は元気でいいが、戦の悲惨さを知らないから危ないぞ」「会社の会議などでも意見が出ない。ちょっと待ってくれ、おれには異見があるぞと手を上げる勇気が必要だな」と言っていた。

 躍進維新は政治の理念をどう描いているのか、「維新八策2021」を取り寄せてみると、政治、国会、与野党関係、行政機構、経済システムに対して「身を切る改革」を打ち出している。国民生活にかかわる雇用や社会保障などの分野では、「自立する個人」がうたわれている。井手教授や後藤田氏は、1930年代の要人のテロは、生活不安や不満が根底にあったと指摘している。コロナ禍で一日一食を手にするのもやっとという人達には「公助」つまり政治の役目ではないか。

 バイデン米大統領は米議会で、「トリクルダウンは起きず、労働賃金の抑制と貧富の格差拡大が米国でも深刻な問題になっている」と指摘している。日本の貿易相手国は今や米国を抜いて中国がトップになった。ウクライナ侵攻で改めて分かったことは中国脅威論や核共有論ではなく、国際関係では相互依存、相互信頼、相互の利益を思いやることが欠かせない。かつて国同士の関係がきしむと、超党派議員の集まりである日中友好議員連盟や日韓議員連盟の出番となり、議員同士、経済人など各界各レベルで理解し合う努力があった。北朝鮮との交流も超党派の日朝国交正常化促進議員連盟が担った。

 1972年の日中国交正常化では、日中両国はアジアや太平洋に覇権を求めないとうたっている。「覇権」を感じたならば、まず共同声明に反するのではないかと、繰り返し粘り強く指摘することが大事である。政権をあらゆる面からチェック、監視する野党の存在はことのほか重要である。「1930年代」の歴史の教訓をにらみながら、大志一番、「ちょっと待て、我が党にも異見があるぞ」という勇気が求められているのではないか。

 (元共同通信編集委員)

(2022.3.20)
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