■ 「連帯経済」フォーラム(マニラ)に参加して     横田 克己


1.はじめに


  '07年10月16日から4日間、マニラ首都圏ケソン市で、第1回アジア連帯経
済フォーラムが開催された。会場は広大なフィリピン国立大学の交友会館で地元
フィリピンから600人、アジア各国、EU、南北アメリカなどから約100人が参
加した。日本からは今回の呼びかけ人であった北沢洋子さん(国際問題評論家)、
西川潤さん(早大名誉教授)、井上礼子さん(PALC代表)のほか私を含め11人
の参加であった。
  私は、英語が全く不自由なため、フォーラムの全体像を理解できないだけでな
く、同行の皆さんにもご迷惑をかけることになった。私の役割は日本特別分科会
で、豊かな国の貧困に対する「非営利・協同」市民事業の対応を主旨にレポート
することだった。


2.フィリピンの困難をふまえて


  驚きは、会場の熱気や平穏な環境とは裏腹に、アロヨ体制の下で各種の社会運
動のリーダーたちが、1,000人以上も「殺害」されていると聞いた憂うべき危う
い秩序である。また巨大都市圏となったマニラでのモータリゼーションは、タク
シーのほかバイク改装の「トライシクル」、トラック改装のミニバス「ジープニー」
のほか通常のバス路線があり、自家用車や営業トラックと競い合って大気汚染を
深刻化している。日本の資金援助でできたという新都市交通システム2路線や通
常の鉄道は、改札口前で手荷物チェックがあり渋滞と混雑を助長していた。
  一定のレベルをほこるレストランやショッピング店には武装したガードマンが
常駐し、市民の安全よりもビジネスを保全していると思えた。


3.生活クラブ運動の再評価


  フォーラムでは、連帯経済の事業・活動状況やその政治的・社会的・経済的成
果が表明されたとはいえなかった。しかし、世界では、経済のグローバル化に対
抗するもう一つの多様な試みが展開され心強い途上にあることが理解できた。そ
こで私は、改めて「生活クラブ運動」の40年が「連帯経済」をめざし試行錯誤
してきて今日あることを確認する機会ともなった。それにしても今日、崩れつつ
ある「パクスアメリカーナ」のシナリオを基軸としたグローバリゼーションのス
ピードとエネルギーが発する社会・経済的矛盾に気づいた人々は、どう立ち向か
えばいいのだろうか。すでに「証券化」がリードしたサブプライム問題は、世界
市場の実体経済と信用経済間の不整合に対する調整力が限界を示し、プレ恐慌化
していると思えるのだが・・・。


4.資本制のもとでの市民社会再構築の必要性


  資本制システムは、本来自主的な市民個体が、日々自在に振舞う諸条件を整備
しあう=社会的セーフティネットの形成によって、人びとのチャレンジ性を保全
するイデオロギーのもとにあったと思える。しかし、その市民主権を裏付けるテ
ーマをまかなう政治社会の主体性は、EUでの試みの先駆性を除き遅々として立
ち遅れてみえる。一方命脈を断ったと思える社会主義の体制は、土地・家屋が提
供され、仕事・賃金・社会保障のタテマエが請負型権力行使によって確立される
に従って諸個人の創意・工夫・チャレンジへの活力が萎えて久しい。
  大恐慌と世界大戦を経てグローバリゼーションが駆動する今日は、現代「市民
社会」を構成する消費者・個体の生存をかけがえのない資源としてきたが、新た
なパラダイムとしての組織的・社会的・政治的・エコロジー的諸関係の有効な成
長モデル形成に成功していない。


5.日本のDNA 立ち遅れた主な要因


  一方、日本での興味深い体質は、高度経済成長を背景にして、企業がつくった
セーフティネット(年功序列、終身雇用、企業内福祉など)に甘んじた男たちの
たしなみをつくったと思える。
  また今日2,000万人超の組織を「誇る」生協組織は、主婦・女性たちがアンペ
イドワークを通して、生活者・市民に成長する自己実現用具として活用してきた
セーフティネットだったといえまいか。この相互の主体的関係性は「性別役割分
業」を助長し、結果として人権とジェンダーフリーを抑圧して、労働現場での差
別化を許容しただけでなく、バブル経済崩壊の責任をとらず、その後の格差拡大
根拠となり、社会的セーフティネットのほころびを許してきた。そして「失われ
た10年」の帰結になったのは、'80年代日本経済の一人勝ちを可能にしたと思え
る国内工業団地や低賃金を求めて工場移転した「第1次産業空洞化」であり、90
年代バブル経済破綻以降激化してやまない海外移転による第2次の空洞化が、有
効な手だてもないまま今日の困難をリードしてきたといえよう。


6.可能性の基本


  「連帯経済」を普及するには、良質の政治政策にリードされるに越したことは
ない。しかし、政治的関係を決する諸要素が複雑化していて政策優先順位が全く
低位にあるといえる。私は資本制システムのもとでは、資本力のねじり合いが不
可避であるところから、産業資本と税金資本のたしなみに対抗し不服従できる「市
民資本セクター」の活力が問われていると考える。それぞれのセクターは大要
GDP比で60%強、30%弱、10%前後の事業を形成していると思える。不統一な
がらこの市場に接して活動する「市民資本セクター」の歴史的役割は、近未来の
政治と社会関係の近未来パラダイムといえる3セクターによる相互けん制が機微
にふれたセクターバランスを生み出し市民社会のあり方を決する点で肝要なので
ある。


7.ポストアメリカーナを促進するか環境市場化


  この各国でのヘゲモニー均衡関係の創出が、ポストアメリーナの促進を可能に
するであろう。そのためには、セクターの内実として「非営利・協同」諸システ
ムの活性化と拡充が不可欠なのだ。しかし、日本においては、パラダイム転換に
必要な市民社会強化策としての法令・制度の立ち遅れが際立ち、むしろセクター
の分断策とタコツボ的分裂状況が進行して「連帯経済」の普及からほど遠いこと
はいうまでもない。
  しかし、「洞爺湖サミット」を待つまでもなく今日不可避となった地球環境問題
は、最後の市場化分野となってきた。人類が直面する温暖化による気候変動と生
物多様性危機、核を含む廃棄物処理、化学物質氾濫など、トータルかつ複合的な
環境テーマの克服を急がなければ取り返しつかない。しかしその解決には、「市民
資本セクター」の参画力が必要不可欠な主体的要素である。その際特に、CO2排
出権(量)の世界標準化と公正化をめざすパラダイムや近い将来の「国際付加価
値税」などによるグローバルな再配分システムの形成など、「宇宙船地球号」の行
き詰まりを拓く力に貢献できるはずである。


8.市民社会強化へのモデルあり


  世界にはいくつもの先行モデルがある。
  とりわけ「連帯経済」の普及にとって、EU地域には先進的政策モデルや成功
事例を見ることができる。
1)拡大するEUでは、何よりも国境をボーダレスにして公的資金や各種経験・
ノウハウ生活保全への公正さなどが広域で共有・共生され進化しつつある。
2)ブレア首相のもとでの第3の道戦略=NGO支援、新寄付税制などによる能
動的市民選択の拡充をはかり、各種市民社会強化策を政策課題として優先。
3)北欧の「大きな政府」=高負担・高福祉における民営化推進等による転換の
試みと社会的モラルの維持・発展。
4)イタリーにおける「社会的協同組合法」('91)制定以降、社会運動のリーダ
ーシップ拡充及び地域社会経済の活性化。
5)ドイツ「緑の党」の粘り強い環境問題をベースにした市民政策バイアスが、
EU内政策傾向に継続的影響の反映。
6)ベルギーやフランスなどにおける、金融市場に介入し、企業活動への選択的
投資とその過程及び結果を市民社会にフィードバックして金融オルタナティブ
を発揮している「市民投資ファンド」システムの急速発展の可能性
7)スペイン・バスク地方の小都市、モンドラゴンにおける複合的協同組合事業
によるグローバル市場への挑戦。etc


9.途上国における力と可能性


  さらには活力を持つようになった途上国における試みは枚挙にいとまがない。
1)'98年ブラジルのポルトアレグレ市で「ラテンアメリカ連帯経済集会」が開か
れ、連帯経済運動がスタートした。その後'01年に同市で第1回「世界社会フ
ォーラム」に数万人が参加して開催され、毎年継続してきたグローバルネット
ワークは、数千の草の根団体に及んで盛り上がっている。そのフォーラムテー
マ内容の3分の1は「連帯経済」だという。
2)またアジアの農産を基盤とする伝統的地域には、無数の小さな生産協同組合
=有機的アソシエーションがあることも知った。このコミュニティ・ニーズが
体現している「個体的所有」の力を「協働組合」が連帯経済の戦線に参加でき
るよう日本の協同組合陣営が支援できれば、アジアにおけるピープル-ピープ
ル、ローカル-ローカル、Coop-Coopのきづなが定着する。


10.実践的連帯経済理論形成と「第2回連帯経済フォーラム」開催への期待


  これ等「連帯経済」の内実には、当然のこと参加型民主主義があり、政治的民
主主義へのけん制力として期待される。こうした社会的民主主義形成のリスク負
担は、自覚的に実践することが容易でない。しかし各々の市民事業と運動には、
リーダーシップを発揮する「有機的知識人」が存在し、そのマネジメントを「も
う一つの経済活動」として他セクターに向けた対抗力、けん制力の組織化テーマ
を実感できる時代に直面している。
  しかし、政治社会を左右し、そのあいまいさを市民社会にとり込むことのでき
るベーシックな主体性を育くむことのできる「連帯経済」「社会的経済」の必要性
を声高に叫ぶ連鎖は、全世界に成熟してきたのだが、その「虎の巻」はいまだ未
完成であるといえる。

  おわりに、来年10月日本で開催が予定されている第2回「アジア連帯経済フ
ォーラム」の開催に向け、心ある内外の関係者、諸組織が結集して、近未来の
「アジア連合」への礎を築く新たな「準備」フォーラムをめざしたい。
   (筆者は生活クラブ神奈川名誉顧問・中間法人生活サポート基金理事長)

  ※編集部注 「連帯経済」とは何か。「連帯経済」の世界における動き。
        などについては雑誌世界2008年2月号『アジアで語り始められ
        た「連帯経済」』―北沢洋子―を参照されたい。

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