■ A Voice from Okinawa(11)

「米国にノーと言えない日本」「沖縄のノーを無視する日本」

                             吉田 健正
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  「怒」「怒」「怒」の文字が入ったレッドカードが並んだ。沖縄の人たちに夢
を与えておいて、自らその夢をぶち壊して、人々を落胆の淵に蹴り落とした鳩山
前首相に対する失望感とワジワジー(憤り)だけではない。日本にとっての日米
同盟の重要性を強調しつつ、同盟の負担(米軍基地、地位協定)を沖縄に押し付
けようとする東京の主要メディア、評論家たち、現・元官僚たちも、沖縄県民を
改めて落胆させた。 

現政権の批判に集中して、自らは沖縄(基地)問題の解決に何らの提言もせず、も
ちろん米国には一切注文もつけない、米国の情報に基づいて米国の視点から沖縄を
語るメディアと評論家たちに、多くの人が対米従属的で差別的眼差しを見た。

 鳩山が自民党政権の日米同盟をひっくり返して、普天間からの基地撤去と辺野
古への移設取り止めを実現してくれるのではないかと一時的ながら多くの県民に
希望を与えたことを、「パンドラの箱をあけた」と表現した自省なき自民党の首
脳たちには、あきれて「恥知らずメ」という言葉さえでなかった。米国国内にも、
今回の普天間基地移設をめぐる米オバマ政権の対応を批判する声が上がったの
に、日本ではついぞそのような声は聞かれなかった。 

 共同通信(今年4月)や朝日新聞社(5月)のアンケート調査、5月末の全国知
事会などが示したように、新たに米軍基地を引き受けて基地負担を分担しようと
いう自治体はほぼ皆無である。政府は、これらの自治体の反対を「尊重」しなが
ら、沖縄の反対は無視する。完全な差別である。また日本全体が「米軍基地はノ
ーなら」、その国民の意思(民意)を尊重して米国と交渉すべきだが、それもな
い。それどころか、「抑止力」なるものを理由に、相変わらず「思いやり予算」
や「地位協定」で米軍を優遇し、大型爆撃機の飛来・爆音、国際法で使用が禁じ
られているクラスター弾の落下、実弾射撃訓練による山火事、その他の事故・事
件が起こっても、米国に抗議することもない。在日米軍基地の管理権を、そのま
ま米国に委ねておくのか。「国土保全権」を他国に預けるのは、国家主権を放棄
し、自らを植民地に貶めることになる。このままでよいのか。

 メディアは、普天間基地移設問題に関する国民との距離が鳩山辞任の原因のひ
とつと報じたが、大半の国民はほんとうにそれほど普天間移設問題にこだわって
いたのか。あるいは、それほど普天間基地の閉鎖・返還を希求し、沖縄県内への
移設に反対していたのか。そこにも大きな疑問が湧く。日本(人)全体の問題と
言うより、一夜明ければ忘れてしまう他人事ではなかったか。

 結局、残されたのは、米軍再編ロードマップ合意や日米グアム協定を踏襲した、
岡田外相・北沢防衛相とクリントン国務長官・ゲーツ国防長官(2+2)によ
る日米共同声明であった。鳩山は謝罪して辞任したのに、米国と「交渉(?)」
し、文書に調印した岡田と北沢の責任を問う声はなく、二人から謝罪や辞意の声
もまったくなかった。


◇「日米同盟は日本外交の基軸」


  振り返ってみると、鳩山政権は「日本外交の基盤として緊密で対等な日米同盟
関係」を築く、という民主党マニフェストを掲げて誕生した。鳩山氏は、選挙期
間中、盛んに「日米同盟は日本外交の基軸」と位置づけ、10月26日の所信表明演
説でも「日米同盟を深化」させると約束した。改定安保調印の50周年を迎えた今
年1月19日には、「我が国が戦後今日まで、自由と民主主義を尊重し、平和を維
持し、その中で経済発展を享受できたのは、日米安保体制があったからと言って
も過言ではありません」「冷戦の終結や9・11テロ等、世界の安全保障環境は大
きく変化しましたが、我が国をとりまく安全保障環境は、北朝鮮の核・ミサイル
実験に見られるよう厳しいものがあります。

 こうした中、現在及び予見し得る将来、日米安保体制に基づく米軍の抑止力は、
核兵器を持たず軍事大国にならないとしている我が国が、その平和と安全を確
保していく上で、自らの防衛力と相俟って、引き続き大きな役割を果たしていく
と考えます」「また、日米安保体制は、ひとり我が国の防衛のみならず、アジア
太平洋地域全体の平和と繁栄にも引き続き不可欠であると言えます。依然として
不安定、不確実な要素が存在する安全保障環境の下、日米安保条約に基づく米軍
のプレゼンスは、地域の諸国に大きな安心をもたらすことにより、いわば公共財
としての役割を今後とも果たしていくと考えます」と、現行日米(軍事同盟)を
継続・深化する重要性を強調した。

 日米同盟や、それに基づく不平等な地位協定を見直すつもりなど、なかったの
だ。沖縄を中心に米国主導で進めた米軍再編ロードマップ(在日米軍再編)合意
の見直し、それに基づくグアム国際協定の見直しをする意図も覚悟もなかったの
だ。

 後任の菅直人首相も、6月9日、「日米同盟」を新政権の外交・安全保障政策を
「基軸」と定め、「戦後60年間の原則をしっかりと続けていく」と述べた。沖
縄県民の大きな怒りを買った前政権の「日米共同声明」も履行する、とオバマ大
統領に約束した。

「沖縄の負担軽減」を探りつつ、普天間の辺野古移設を確認した共同声明につい
ては県民に理解を求めるというのは、ロードマップで定められた海兵隊8千人と
家族9千人のグアム移転と嘉手納以南の施設閉鎖・返還を着実に
実行する、名護市や辺野古周辺の住民には例のアメ(補償費や支援金)で我慢し
てもらおう、というのだろうか。多くの国民も、普天間基地が自分たちのところ
ではなく、沖縄県内に移設されることになって安心しただろう。危険な普天間基
地の閉鎖・返還は周辺住民にとって急務だが、菅首相、仙石官房長官、岡田外相、
北沢防衛相の発言、主要メディアの論説にもそのような声はなかった。


◇辺野古沖に航空基地を造る「共同声明」


  ここで、改めて、5月28日の日米共同声明を外務省の「仮訳」を参照しながら
見てみよう。
  声明は、まず日米安全保障協議委員会(SCC)を構成する両国の外務・国防担
当閣僚が、最近の「北東アジア安全保障情勢」に照らして「日米同盟の意義」を
再確認した上、2006年の米軍再編ロードマップ合意を「着実に実施する決意を確
認」する。すなわち、

 ①沖縄からグアムヘの海兵隊員の移転は、「代替施設完成の具体的な進展」次
第であり、「嘉手納以南の大部分の施設の統合および返還」はグアム移転後に実
施する。
  ②長さ1800mの滑走路をもつ代替施設を「キャンプ・シュワブ辺野古崎地区お
よび隣接する水域」に設置する。代替施設の位置、配置および工法に関する専門
家による検討を「今年8月末日」までに完了させ、検証および確認を次回のSCCま
でに終えることを決定した。代替施設の環境影響評価手続きと工事に、著しい遅
延がなく完了できる方法で配置・建設する。
 
③沖縄の過重な基地負担と日米同盟の衡平な責任分担に鑑み、米軍活動の移転
を県外(英文ではoutside of Okinawa、すなわち「沖縄の外」)へ拡大する。その
ため、徳之島の活用、日本本土の自衛隊施設・区域の活用、グアムなど日本国外
への訓練移転を検討する。

 4閣僚は、在日米軍駐留経費負担(注・いわゆる「思いやり予算」)を使って、
すでに日本国内にある米軍基地とグアムで整備中の基地に再生可能エネルギー
技術を導入する方法の検討を事務当局に指示した。環境関連事故の際の米軍施設
・区域への合理的な立ち入り、また返還前の環境調査のための合理的な立ち入り
を可能にする環境合意を速やかに検討するよう事務当局に指示した。米軍と自衛
隊の施設の共同使用の拡大を検討する。ホテル・ホテル訓練区域の使用制限を一
部解除する。

 ④第3海兵隊遠征軍(ⅢⅢMEF)の要員約8000人と家族約9000人のグアム移転を
着実に実施する。沖縄に残留する第3海兵隊遠征軍の部隊構成について、米側は
地元の懸念に配慮しつつ、抑止力を含む地域安全保障全般の文脈で検討する。

 この共同声明は、基本的には2006年の日米合意と変わらない。ただ、日米合意
で代替施設を「辺野古岬地区とそれに隣接する水域に埋め立てによるV字型滑走
路」を建設するとなっていたのが、今年8月末までに「位置、配置、工法」が再
検討されることになった。沖縄の軍事負担軽減の追加措置や環境配慮条項も盛り
込まれた。

 一方、ロードマップ合意で「沖縄に残る米海兵隊の兵力は、司令部、陸上、航
空、戦闘支援及び基地支援能力といった海兵空地任務部隊Marine Air-Ground
Task Force elementsから構成される」となっていたのが、「抑止力を含む地域安
全保障全般の文脈で部隊構成を検討する」に変わった。明らかに、日本における
ここ半年間の「抑止力」論や海兵隊部隊の「一体性」論を意識した表現であるが、
相変わらず、何人の海兵隊員が残留するのかは示されていない。


◇航空基地はグアムに移転する第Ⅲ海兵隊遠征軍と一体


  米タイム誌の6月8日号で、マーク・トンプソン記者は「沖縄の多くの人々にと
って、普天間とその2000人の米軍人は継続する米国支配の果てしない騒音・汚染
の象徴であるが、米軍指導者は、第Ⅲ海兵隊遠征軍が沖縄に駐留する限り、同遠
征軍にはこの地域への急速展開を可能にする航空基地を必要だと主張する」と書
く。この「主張」からすれば、グアムに移転する第Ⅲ海兵隊遠征軍はグアムで航
空基地を必要とするはずだから、沖縄には不要となる。

 米国防総省によると、日本に駐留する海兵隊員は14、400人。その86%にのぼ
る12,400人が沖縄に配備されている。海兵隊は海外での訓練や紛争、救援にでか
けることが多いので、常駐兵力はそれよりはるかに少ないという説もあるが、上
記の数字からすると、沖縄に駐留する第Ⅲ海兵隊遠征軍の8000人(米軍によれば
8600人)がグアムに移転すれば、残るのはおよそ4000人。海兵空地任務部隊の「
一体性」を保つためには、普天間航空基地の2000人もグアムに移転してアンダー
セン空軍基地で訓練することになるだろう。いったい、何のために辺野古に航空
基地を新設するのだろうか。

 明らかに海兵隊の沖縄継続駐留を支持するNHKの秋元千明解説委員は、「沖縄
に駐留する海兵隊は他の軍隊とは異なり、歩兵、戦車、ヘリコプター、戦闘機ま
で装備し、独自の陸、空の戦力を持ち、独自のロジスティックを確立した自己完
結型の軍隊です。すべての部隊が人の手足のように有機的につながっており、他
の軍隊の協力を受けずに活動することができるようになっています」と述べてい
る(NHK解説委員室ブログ土曜解説「普天間問題はどこに」、5月29日)。

 まるで、海兵隊こそ最強・最重要の軍隊、海兵隊こそあれば大丈夫、という言
い方である。海兵隊が「他の軍隊の協力を受けずに」――空軍、陸軍、海軍なし
に――戦争をしたことがあったのか、実例を示して欲しいものである。なぜ、米
軍が自国内だけでなく世界中に空軍、海軍、陸軍を中心に配備しているのか、そ
れも説明して欲しい。

 「したがって、部隊が駐留する場所は常に、兵士から車両、航空機まで、すべ
ての部隊と装備が近くに配置されていなくてはなりません。訓練の際も、実戦で
活動する際も一緒に活動する必要があるからです」とも言う。タイム誌の記事と
同じだ。
  だとすれば、第Ⅲ海兵隊遠征隊の主要部隊が2014年までにグアムへ移転すれば、
海兵隊沖縄駐留の正当性はなくなる。


◇秋元解説委員の「地政学」論


 しかし、秋元は、「なぜ(海兵隊を)沖縄におかなければならないのか」とい
う問いに、米軍と同じく、沖縄の「地政学的な特質」を挙げる。「沖縄は地理的
に中国に近く、朝鮮半島や東南アジアにアクセスしやすい。さらに、南アジアか
ら中東に部隊を展開させる場合でも、沖縄より西のアジア地域には、アメリカの
軍事的な拠点はなく、しかも、後方のアメリカの拠点、グアム、ハワイへのアク
セスも良い。つまり、ユーラシア大陸の東から南にかけて、アメリカが軍事的影
響力を示すには最も有効な場所です。ここに沖縄の持つ地政学的な特質がありま
す」というのである。

 もっともらしい意見だが、なぜ「沖縄より西のアジア地域には、アメリカの軍
事的な拠点はない」のだろうか。秋元は説明しない。「地政学的特質」で基地を
配備するのなら、沖縄より、台湾、フィリピン、インドネシア、シンガポール、
タイ、オーストラリアの方が適しているはずではないか。しかし、米国は「政治
的理由」でこれらの国を軍事拠点として利用できない。中国の軍備強化を招いて
いるのが、沖縄、日本本土、韓国などへの米国の基地配備と東シナ海の軍備強化
だと思われるが、秋元は在日米軍の「抑止力」は評価するものの、こうした基地
包囲網が中国に脅威になっていることには触れない。

 しかも、宇宙(スパイ)衛星、無人偵察機、レーダー、ミサイル、超音速の爆
撃機や戦闘機、航空母艦などを擁する米国にとって、「地政学的特質」に基づく
基地はそれほど必要でなくなった。ただし、配備経費の7割も負担してくれる国
があれば、別である。秋元は米軍を日本に招くこの「思いやり予算」にも言及し
ない。
  日本がその一部である沖縄を軍事帝国・米国に基地として提供していることに、
秋元は喜んでいる風さえある。


◇菅首相への淡い期待


 話を菅政権の域縄基地への取り組みに戻そう。「琉球新報」は、6月9日の社説
「菅内閣発足/対米追従からの転換を 『古い外交』と決別する時」で、「菅氏
は1998年、党の定期大会で沖縄入りした際に基地問題で発言している。日米安保
の重要性を説きつつも『海兵隊は沖縄に駐留する必要はない。装備だけ沖縄に置
き、兵員はグアム、ハワイ、米本国など後方にあってもアジア安保の空白にはな
らない』と強調した。野党とはいえ、党代表としての公式見解だから重い。2001
年の参院選では沖縄での応援演説で『海兵隊をなくし、訓練を米領域内に戻す』
と主張。『日本は米国の51番目の州、小泉首相は米国の51人目の州知事になろう
としている』」と論じた。

 「第3海兵遠征軍のかなりの部分を国内、国外問わず、沖縄から移転すべきだ。
米国も兵力構成の考えが変わってきている。日本国内への移転より、ハワイな
ど米国領内への移転が考えやすい」(03年)や、「沖縄には基地をなくしていこ
うという長年の思いがある。普天間飛行場を含め、海兵隊をグアムなどの米国に
移転するチャンスだ」(06年)の発言も紹介し、その上で、「菅首相が「脱軍事
優先」「在沖海兵隊撤退」を決断すれば、歴史の審判に堪え得る内閣となろう」
と祈りにも似た期待を寄せている。

 「沖縄タイムス」の社説も、「解決のめどがまったく見えていない普天間問題
は、菅首相が日米合意を尊重する意向を早々と打ち出したことで、今後の「迷走」
を確定的にしてしまった」としながらも、「普天間問題で政府が説得する相手
は沖縄ではなく米政府であるはずだ。鳩山前首相はそれを怠ったため、国民は民
主党に失望した。普天間をめぐる鳩山内閣の迷走を『無意味な8カ月』にしてほ
しくない」と、悲鳴に近い声を挙げている。

 新政権は、こうした期待に応えてくれるのか。国民は沖縄県民を応援し続けて
くれるのか。「菅直人首相は普天間問題日米共同声明の見直しをためらいもなく
否定した。怒りの火が燃える沖縄では今、数十年来一定の支持者を持ち続けてき
た『自立・独立論』が、勢いを増す気配を見せている」(「東京新聞」6月10日)
という記事(「特報」)もある。政府とメディアに裏切られた沖縄の「怒り」
は、しばらく収まりそうもない。

            (筆者は沖縄在住・元桜美林大学教授)

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