【海峡両岸論】

「米中バランス外交」は至難の業
~始動した菅外交を読む

岡田 充

 菅義偉内閣は、トランプ米大統領(9月20日)、習近平・中国国家主席(9月25日)との電話会談に続き、10月6日には対面による日米豪印の4か国(QUAD)外相会合(写真)に臨み、本格的に外交スタートした。安倍外交の継承をうたう菅は、「安保は日米同盟を基軸に、日中関係から経済的利益を得る」という「米中バランス外交」を主張する。その「バランス」が試されたのがQUAD外相会合だった。米中対立から「デカップリング」(経済切り離し)が進み、バランス維持は至難の業であることが浮き彫りになった。

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  カメラに向かいポーズする4か国外相=外務省HP

◆ アジア版「NATO」呼び掛け

 本音と建前がこれほどかけ離れている外交はそうない。日米豪印の4か国が、中国の海洋進出に「対抗」して打ち出した「インド太平洋構想(戦略)」(FOIP)のことだ。ポンペオ米国務長官は、トランプ米大統領のコロナ感染と入院(10月2~5日)という政権最大の危機を衝いて、10月6日訪日し、QUAD会合に出席した。
 ポンペオは日本メディアに、中国包囲網を強化するためFOIPを拡大し「多国間の安保枠組み」の構築を目指す米政権の意思を鮮明にした。大西洋条約機構(NATO)のような強固な「同盟」をアジアでも構築しようというのである。トランプ政権の中でも「米中新冷戦」を提唱する最右翼のポンペオにとって、FOIPの強化は中国共産党を打倒する新グループ形成の中核的役割を果たす戦略だ。

 今回は日本がホスト国だが、会議をリードするのはやはり米国。ポンペオが鮮明にした「本音」を、外相会合はどう受け止めたのだろうか。発表された「合意」は ①FOIP実現に向けた連携の拡大 ②外相会合の定例化―。中国への刺激を避けた当たり障りのない内容のように見えるが、それはあくまで「建前」。4か国によるインド洋・南シナ海での共同軍事演習と協力を活発化させ、中国を抑止しようとする安保上の「本音」は生きている。

◆ 中国刺激避けた合意

 ポンペオは6日未明、専用機で横田基地に到着した後、午後2時過ぎから菅義偉首相を表敬訪問。双方は、日米同盟をさらに強化し「自由で開かれたインド太平洋」構想の理念を共有する「同志国」との緊密連携で一致した。菅にとっては首相就任後、初の対面形式による外交になった。
 QUAD外相会合は19年9月、国連総会の際ニューヨークで開いた初会合に続き2回目だが、実質的な協議は今回が初めてとなった。会合は6日午後5時過ぎから夕食をはさんで約3時間にわたり、茂木敏光外相、ポンペオのほかマリズ・ペイン豪外相、ジャイシャンカル・インド外相が出席した。
 日本外務省の報道発表[注1]によれば、合意したのは次の4点。

 1、「自由で開かれたインド太平洋」は地域の平和と繁栄に向けたビジョンであり、実現に向け、より多くの国々へ連携を広げていく重要性を確認
 2、海洋安全保障やサイバー、質の高いインフラ整備分野で協力を進める方針を確認
 3、ASEAN主導の地域枠組みに対する強固な支持を再確認し、「インド太平洋に関するASEANアウトルック」への全面的支持を再確認
 4、外相会合を定例化し、21年の適切なタイミングで次回会合を開催

 外相会合では共同声明などの文書は発表されなかった。合意には中国を批判する文言は一切見当たらない。

◆ 対中ポジションで悩む各国

 それもそのはず。菅は習近平との電話会談(写真)で、「日中関係の安定は2国間だけでなく、地域、国際社会のために極めて大事」と訴え、習も「日本との関係を引き続き発展させていきたい」と、関係改善の流れを継続することで合意したばかりだった。「米中バランス外交」を看板にする菅政権にとって、中国を「共通の敵」にするような色彩を出せば、中国から「二枚舌」と批判されかねない。

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  電話会談内容を発表する菅首相=首相官邸HP

 世界各国はいま、米中対立の激化で対中ポジションをどうとるかで深刻なジレンマを抱えている。国境紛争で中国と対立するインドも、対中関係が悪化する一方のオーストラリアも、経済的には中国依存から脱皮できない。それが表面的な対中批判を抑制させた理由の一つだろう。

 米政府は9月15日、中国の華為技術(ファーウェイ)規制を実施したが、米国技術を使う日本、台湾、韓国からファーウェイへの半導体輸出が全面的に停止する可能性が高く、日本経済新聞(9月10日)によると、日、台、韓企業だけで「2兆8,000億円規模の部品が供給停止リスクにさらされる」。デカップリングが進み、経団連の中西宏明会長は10月5日のオンライン会見で「(米中間で)さあどっちにすると踏み絵を踏まされても困る」と率直に悩みを訴えた。

 ポンペオは外相会合で、新型コロナを「武漢発」と明言し、「共産党が隠蔽したことで事態は悪化した。独裁的な指導者たちが、警告を発した勇敢な市民を黙らせた」と言いたい放題。さらに、南シナ海や東シナ海、台湾海峡、メコン川などで4か国が連携して「中国共産党の搾取、威圧から守らないといけない」と、口を極めて中国を非難した。

 一方、ホストの茂木はFOIPの目的について「民主主義、法の支配といった基本的価値観、ルールに基づく自由で開かれた国際秩序の強化」を強調した。中国名指し非難こそ避けたものの、東シナ海、南シナ海での中国行動への批判という「本音」は、誰が見ても分かる表現である。

◆ 報道発表に滲む難しさ

 日本外務省の報道発表の(1)は、ホスト国としての苦労と、日本の「バランス外交」の難しさがにじみ出る。安倍前政権は2018年の秋、習近平会談を前にしてFOIPの名称から「戦略」の2文字を封印し「構想」に変えた。「一帯一路」への協力方針を打ち出した安倍は、安保と経済を切り離す「政経分離」を図ったのである。中国包囲を米国と一体化して進める安保関連法制を整えた後、安倍は「米中バランス外交」を開始した。
 今回も日本側はFOIPを、平和と繁栄に向けた「ビジョン」と位置付け、「戦略」ではなく「構想」にこだわる対中配慮を見せる一方、「多くの国々へ連携を広げていく」と、対米配慮も忘れない。「右顧左眄」という四字成語が頭に浮かぶ。

 (2)は「インフラ整備など経済協力」を入れ、決して安保だけではないことを強調し、(3)では、FOIPの核になる4か国が、協力を広げる対象としてASEAN諸国を明確にした。菅は10月中旬に、初外遊としてベトナムとインドネシアを訪問する理由として、FOIP継承の姿勢をわざわざ挙げたほどだった。米豪印外相と面会した際にも「自由で開かれたインド太平洋の推進が政権の基本方針」と強調している。

◆ 排他的「小集団」と批判

 日本政府の「控えめな」表現のもうひとつの背景に、中国の強い警戒も挙げなければならない。中国外務省の汪文斌副報道局長は9月29日の定例会見[注2](写真)で、ブルームバーグ通信記者の質問に対し「いかなる多国間の協力も開放、包摂、透明であるべきで、排他的な『小集団』をつくるべきではない。第3国に損害を与え、利益を損なうものであってはならない」とくぎを刺した。QUADが将来、中国を敵視する「排他的小集団」になる懸念を率直に表現している。

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  会見に臨む汪文斌=中国外交部HP

 一方、加藤勝信官房長官は6日の定例会見で、「特定の国を念頭に置いたものではない」と中国けん制の意図を否定したが、それを文字通り信じるほど、皆「お人よし」ではない。
 共同通信北京電(10月4日)によると、中国人民解放軍のシンクタンク、軍事科学院の専門家は、菅政権発足直後の9月末、軍や外交専門家を集めた内部会合で、FOIPについて菅政権が米国とともに対中包囲の「海洋連盟」を構築しようとしていると位置付け、対抗策をとる必要性を訴えたという。

 日本メディアの記事には、FOIPの前に「台頭する中国をけん制」(「朝日」10月7日朝刊)や「台頭する中国を念頭に」(「共同」10月6日)など、中国けん制の「枕詞」が必ず付いている。メディアはFOIPの安全保障上の「本音」を枕詞にしているのだが、官房長官が中国けん制の狙いを公式に否定する発言をすれば、読者は「いったいどっちが正しいの?」と混乱するに違いない。「建前」と「本音」の乖離とは、このことである。

◆ へ同盟再構築

 FOIPは、2016年ケニアで最初に提唱した安倍前首相バージョン、米国防総省が19年6月発表した「インド太平洋戦略報告」の米バージョンに加え、インド、オーストラリア、ASEANがそれぞれのバージョンを発表している。
 5つには共通点も多いが、決定的に異なる点がある。それは日本のFOIPを含め4バージョンが名指しで対中批判をしていないのに対し、米戦略[注3]は「対中同盟」の再構築という狙いを明確にし、米中衝突に備えて日米同盟をはじめ同盟国・友好国との「重層的ネットワーク」作りを提唱している点である。

 今回、ポンペオは東京滞在中NHKと「日経」とのインタビューに応じた。ポンペオは「日経」インタビュー[注4]で「4カ国の協力を制度化すれば、本物の安全保障の枠組みづくりに入ることができる」とし、こうした努力を通じ、「中国共産党の挑戦に対抗する安全保障網」を築いていく考えを明らかにした、という。
 ただ、ここでは「アジア版NATO」という表現は使っていない。ビーガン米国務副長官は、4か国の枠組みが将来NATOのような多国間の同盟に発展しうるとの考えを示しており、米政権の本音の表れであるのは間違いない。

 菅は総裁選挙中、石破茂元幹事長が唱える「アジア版NATO」の集団安全保障の枠組みについて、「どうしても反中包囲網にならざるを得ない」と批判したことがあった。しかし、それは菅の本音なのか、石破に反論する戦術的対応に過ぎないかどうか判然としない。

◆ 進むFOIP共同軍事演習

 在日中国大使館はポンペオ発言に対し、10月7日「ポンペオ氏は中国に関するうそを何度もでっち上げ、政治的対立を悪意をもって作り出し」という批判談話[注15]を発表した。
 ポンペオが政権危機の中で日本に乗り込んだのは、コロナ問題や香港問題で、中国とオーストラリア関係が極度に冷え込んでいること。インドではコロナ感染者の増加が止まらない上、中印国境紛争が発生。モディ首相が「反中ナショナリズム」を煽っている現状を「絶好のチャンス」と踏んだからに他ならない。

 安倍政権がFOIPを提唱した16年は、集団的自衛権行使を容認する安保関連法制が発効した年でもある。それ以来、海上自衛隊は、間もなく空母化する予定の「いずも」型護衛艦の南シナ海・インド洋への長期航海と共同軍事演習(写真)を17年以来3年連続で行ってきた。FOIPに基づく演習は、安保法制と連動し「日米一体化」を強めている。「南シナ海有事」や「台湾有事」に備えた訓練の意味もあろう。

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  2019年5月のアンダマン海での日印共同訓練=海上自衛隊HP

 日本とインドは9月9日、懸案の「物品役務相互提供協定」(ACSA)に署名した。9月下旬には豪印、日印がそれぞれインド洋で共同訓練し、年内に日米印の共同演習「マラバール作戦」に、豪も参加を検討している。FOIPの安保協力は水面下で着々と進行している。

◆ アーミテージがポンペオ批判

 ポンペオは、20年7月23日、カリフォルニア州のニクソン記念図書館で行った対中演説で、米歴代政権の「対中関与政策」を全面的に否定し、中国共産党体制の打倒を目指して、新たな反中同盟の構築を呼び掛けた。
 中国と共産党を分け、「中共打倒」を強調し始めたポンペオだが、北京の外交関係筋は筆者に対し「共産党を敵視する戦略は逆効果。彼は中国のことを分かっていない。批判すればするほど、中国人は団結する」とコメントした。

 ここですこし立ち止まって考えなければならないのは、トランプ政権の対中新冷戦イニシアチブの本気度である。米国の衰退とグローバルリーダーからの退場には歯止めはかからず、台頭する中国への「頭たたき」はポスト・トランプでも継続するだろう。ただトランプ政権の場合、新冷戦イニシアチブを「再選」戦術に利用している側面は小さくはない。

 「ASEANのどの国も米国か中国かの選択を望んでいない。ポンペオ国務長官はその選択を迫っている。エスパー国防長官も含め、反中をあおる物言いを修正する必要がある」
 こう主張するのは中国ではない。なんと米共和党政権で安全保障政策を担ってきたリチャード・アーミテージ元米国務副長官(写真)である。「日経」(10月3日付)とのインタビューで、アーミテージはFOIPを「安倍晋三首相の最大のレガシー(政治的功績)の一つ」と絶賛する一方、「インド太平洋での有志国連合の結成は望ましいが、それは決して何かに対抗するものであってはならない。例えば自由でオープンなインド太平洋の実現や自由、人権といった米国の価値を拡大するという名分であるべきだ」と述べ、中国包囲の同盟構築という発想を批判するのである。

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  アーミテージ元米国務副長官~Wikipedia より

 アーミテージら共和党政権の元高官約70人は8月20日、トランプ再選に反対する声明を出した。このほかコリン・パウエル元国務長官、ブッシュ(子)元大統領やロムニー上院議員も再選不支持の方針だ。

◆ 対中政策の変化にも注目を

 一方、ポンペオの新冷戦イニシアチブを「米国を代表する対中観」と見るのは正しいのだろうか。アーミテージ発言のように政権交代となればもちろん、トランプが再選された後の対中政策も、現状を固定的にとらえると、米中関係の行方を見誤る恐れがある。トランプもポンペオが邪魔な存在になれば、ボルトン同様、首を切るかもしれない。
 トランプのコロナ感染で、再選の可能性は一層遠のいたようにみえる。ただしトランプは大差で敗北しても、郵便投票などの有効性をめぐり敗北を認めない「法廷闘争」に訴える可能性が高い。平和的でスムーズな政権移行が期待できないとすれば、米国流の伝統的な民主システムはいよいよ試練にさらされる。

 「大統領選が接戦になれば、敗者側は選挙結果を不当だと感じ、米国の民主主義は危険な状況になる。ここ数カ月で明らかになったのは、米国民は党派を問わず自らの信念の正当性を示すためならデモも辞さないということだ。投票という民主主義に欠かせない問題ともなると、政治的暴動が広がる可能性が現実味を帯びてくる」
 こう書くのは、米ユーラシア・グループのイアン・ブレマー社長(「日経」9月17日付)。大統領のコロナ感染に続き、不透明な大統領選の行方は、国際政治を空転させるかもしれない。

[注1]第2回日米豪印外相会合(日本外務省HP)
 (https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press6_000682.html
[注2]中国外交部HP
 (https://www.fmprc.gov.cn/web/fyrbt_673021/t1820059.shtml
[注3]海峡両岸論第105号「対中同盟」の再構築狙う新戦略―日米一体の「インド太平洋戦略」
 (http://21ccs.jp/ryougan_okada/ryougan_107.html
[注4]日経電子版 10月6日「米国務長官『アジアに安保枠組みを』」
 (https://www.nikkei.com/article/DGXMZO64682200W0A001C2MM8000/
[注5]在日中国大使館HP
 (http://www.china-embassy.or.jp/jpn/sgxw/t1822259.htm

 (共同通信客員論説委員)

※この記事は著者の許諾を得て「海峡両岸論」119号(2020/10/11発行)から転載したものですが文責は『オルタ広場』編集部にあります。

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