【コラム】酔生夢死

「寝そべり族」の反乱

岡田 充

 ~「996」で働き過ぎ 髪もだいぶ薄くなった 寝そべりこそ特効薬 出世競争で疲れ果て「社畜」になり果てたオレ 寝そべりこそ王道だ~
 中国で昨年、若者の間で大ヒットしたのが、「寝そべりは王道」と題するこの歌。
 この30年急成長を続け、日本を抜いて世界第2位の経済大国へと発展した中国。しかしコロナ禍も手伝って高成長に陰りがさし、「踊り場」に差し掛かかる。日本とは比べものにならない競争社会。「家や車は買わず、恋愛・結婚はせず、子供も作らない」ライフスタイルを実行する若者を「寝そべり族」と呼ぶ。

 冒頭の「996」とは、「朝9時から夜9時まで週6日間勤務」という意味だ。なんとなく「引きこもり」をイメージしてしまうが、「寝そべり族」は、社会から孤立しているわけではない。「経済的野心を求めず、経済的物質主義より心の健康を優先させる」(Wikipedia)
 「最低限の生活を維持することで、資本家の金儲けマシーンとなって資本家に搾取される奴隷になるのを拒否する」(同)と、「抵抗運動」と評する向きもある。1960年代後半、米国をはじめ先進国に登場した、既成の価値観や性規範に反抗するカウンター・カルチャーの「ヒッピー」に近いのではないか。

 「今が楽しければ、それでいい。休みになったら家で寝そべるだけ。毎日、スマホやパソコンを見て、ゲームで遊ぶの」
 NHKが昨年暮れ放送した番組「中国新世紀」で、中国のある地方の女子大学生が、「寝そべり」ぶりを率直に明かしていたのが印象的だった。

 中国の習近平指導部は建国100年にあたる2049年、中国を「世界一流の社会主義強国」に発展させ、「中華民族の偉大な復興」を実現する夢を描く。その夢実現には一定の経済成長を維持して、「日増しに高まる人々の新たな生活の質の改善」という要求に応えねばならない。

 急速に進む高学歴化に伴い、中国では4年制大学の新卒者がことし、昨年の2割も増える。一方、上海や北京でのロックダウン(都市封鎖)もあって求人が減り、若年失業率が20%に達するとの試算もある。ことしは中国版「団塊世代」が60歳を迎え、大量退職時代が始まる。
 新規求人が増える要因だが、都市化が進んで大学卒業生の多くはホワイトカラーを希望し、工場労働者や店員は不足気味。失業青年の「寝そべり」は、リアリティを増すばかりだ。共産党指導部が思い描く「中華民族の偉大な復興」の夢を阻むのは、反政府デモなどではなく、スマホを片手にした「寝そべり族」の反乱かもしれない。

画像の説明
  「China-Café net」から

 (共同通信客員論説委員)

(2022.5.20)
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