【海峡両岸論】

「実利重視」のアジアは踊らず

~バイデン初歴訪の収支報告
岡田 充

 バイデン米大統領が5月20~24日、韓国と日本を公式訪問し首脳会談を行った。東京では新たな経済枠組みの「インド太平洋経済枠組み」(IPEF)=23日=を創設、日米豪印の対中枠組み「クアッド=QUAD」首脳会合も開いた。日米首脳会談(23日)(写真)では、台湾有事を想定した対中「抑止力」強化を押し出し、IPEFは経済領域からの中国「排除」を、そしてクアッド首脳会合(24日)では中国「包囲」を狙う「3拍子外交」を展開した。しかし「民主vs専制」の対立を煽る「理念優先」のバイデンのタクト(指揮棒)に、「実利重視」のアジア諸国の多くは踊らなかった。一連の会談・会合の収支報告をする。

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  日米首脳会談(23日)~首相官邸HPから

◆ 主戦場はアジアのメッセージ

 まず日米首脳会談から振り返る。
 バイデンが日米首脳会談とIPEF、クアッド首脳会合をセットで開催したのは、ウクライナ戦争にもかかわらず、中国と対抗するアジア太平洋が「主戦場」とみるメッセージを出すことにあった。この方針は、ブリンケン米国務長官が5月26日行った「中国政策演説」[注1]で、「われわれは国際秩序に対する最も深刻な長期的挑戦が、中国によってもたらされたことに注視し続ける」との発言でも裏付けられている。

 一方、岸田文雄首相は首脳会談後の記者会見[注2]で、会談の意義を ①ウクライナ情勢を受け、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を守るため、同盟国や同志国と結束 ②最も重要な戦略的課題はインド太平洋地域の平和と繁栄の確保であり、日米が主導的役割を果たす―の2点にまとめた。

 中国については ①力を背景とした現状変更の試みに強く反対 ②国際社会の平和と繁栄に不可欠な要素である台湾海峡の平和と安定の重要性を強調し、両岸問題の平和的解決を促す―ことで一致したと紹介した。1年前、21年4月首脳会談の共同声明では、台湾について「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す」だった。今回は、台湾海峡の平和と安定を「国際社会の安全と繁栄に不可欠な要素」と表現し、台湾問題の重要度を一層高めたことになる。

 会談の成果について岸田は ①日米同盟の抑止力、対処力を早急に強化することを再確認 ②日本の防衛力を抜本的に強化し、防衛費の相当な増額を確保する ③安全保障・防衛協力を拡大、深化で一致 ④米側は日本防衛への関与を改めて表明し、拡大抑止が揺るぎないものであり続けることを確保―を挙げた。

◆ 日本を台湾防衛の主役に

 首脳会談を俯瞰すると、対中「戦争シナリオ」が、まるで坂道を転げ落ちるように完成しつつあるのがよく分かる。1年前、ワシントンで開かれた菅義偉・バイデン首脳会談の共同声明は ①台湾問題を半世紀ぶりに盛り込み、日米安保を地域の「安定装置」から「対中同盟」に変質 ②日本が軍事力を強化する決意を表明 ③台湾有事に備えた日米共同作戦計画策定―を盛り込んだ。

 今回は ②の具体化として、年末に改訂される国家安全保障戦略に「敵基地攻撃能力」の保有と防衛予算のGDP比2%への増額に含みを持たせる「相当な増額を確保」とうたった。
 ③の米海兵隊が自衛隊とともに南西諸島を「機動基地」化し、中国艦船の航行を阻止するなどを盛り込んだ「日米共同作戦計画」についてはどうか。

 「計画」原案は完成し、その検証のための日米合同軍事演習が21~22年にかけ頻繁かつ断続的に行われてきた。目的は台湾問題で「脇役」だった日本を「主役」にすることにある。今回の首脳会談に先立ち22年1月7日に行われた日米外務・防衛閣僚の安全保障協議委員会「2プラス2」と、バイデン政権が22年2月に発表した「インド太平洋戦略」[注3]を読むと、日本の軍事力強化と南西諸島のミサイル基地化通して、日本を「主役」にする意図がより明確になる。

◆ 日米統合抑止と日本の軍事力強化

 テレビ会議方式で開催した「2プラス2」は、21年3月開催以来10カ月ぶりだった。首脳会談は、「2プラス2」の合意事項がそのまま盛り込まれるから、「2プラス2」の共同文書を点検すれば、首脳会談の方向も分かる。
 共同文書[注4]は ①中国の軍事活動へ「懸念を表明し、中国の行動について必要なら共同で対処する」②「米国の拡大抑止の~中略~決定的な重要性を確認」③年末に改訂する「国家安全保障戦略」見直しの過程で、「ミサイルの脅威に対抗する能力を含め、国家防衛に必要なあらゆる選択肢を検討」とし、「敵基地攻撃能力」の保有と、防衛予算のGDP比2%への増額に含みを持たせた ④「緊急事態に関する共同計画作業についての確固とした進展を歓迎」「南西諸島を含めた地域における自衛隊の態勢強化の取組を含め、日米の施設の共同使用を増加させる」とし、米海兵隊の新指針「遠征前方基地作戦」(EABO)に基づき宮古島・石垣島など南西諸島全体の共同基地化―をうたうのである。(写真)

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  米空母での日米共同演習~海上自衛隊HPから

 一方、米国の「インド太平洋戦略」は、「台湾海峡を含め米国と同盟国への軍事侵攻を抑止する」と明記し、軍事的な対中抑止政策の中心に台湾を据えた。そして、同盟国と友好国がともに築く「統合抑止力」を基礎に、その中核である日米同盟を強化・深化し、「クアッド」と米英豪3国の「オーカス=AUKUS」の役割を定めた。
 「2プラス2」と「インド太平洋戦略」をみれば、日米が台湾湾海峡危機を煽る狙いが、日米の統合抑止と日本の軍事力強化にあることが分るはずだ。

 中国は日米首脳会談をどう見たのだろう。孔鉉佑駐日大使[注5]は「日米が実質的に冷戦思考を復活させ、地域対立を誘発し、陣営対立を生み出し、同盟による抑止を声高に叫び、地政学ゲームの『小グループ』をつくることに狙いがある」と批判した。

◆ 「台湾に軍事関与」発言の実相

 首脳会談後の共同記者会見では、バイデンが米TV記者の質問に対し(写真)、中国が台湾を攻撃した場合の軍事的関与を明言したことが大きく報じられた。メディアはこの発言を、歴代米政権が維持してきた中国の武力行使への対応を明らかにしない「あいまい戦略」の転換ではと報じた。しかしバイデン発言は「思いつき」、「勘違い」、「失言」などではなく、「政策転換」と受けとられることを計算に入れた“確信犯”だ。

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  記者会見で答えるバイデン~NHKテレビから

 中国の脅威を際立たせる効果を意識した費用対効果(コストパフォーマンス)抜群の「口先介入」。その先には、「一つの中国」政策自体を空洞化させる思惑がちらつく。バイデンは翌24日「政策を転換したのか」と、記者から問われ「ノー」と答えた。オースティン米国防長官も、台湾への軍事的関与は台湾関係法に基づくもので「政策変更ではない」と強調した。
 記者会見でのやりとりだから、軌道修正はいくらでも可能。政策変更を否定すれば、中国との火ダネになり続けることもなく、中国の脅威だけが際立つ。コストなしでパフォーマンスは絶大。詳細は別稿[注6]をお読みいただきたい。

◆ 「主役」は中国とインド

 日米首脳会談に続き、バイデン政権が提唱する「インド太平洋経済枠組み」(IPEF)が創設され、続いてクワッド首脳会合も開かれた。隠れた主役は「排除」と「包囲」の対象である中国、それにインドだ。インドは非同盟と全方位外交が政策基軸であり、対中同盟構築には消極的。そのポジションは、IPEFとクワッドの性格を左右しかねない。
 IPEFは ①貿易 ②サプライチェーン(供給網)③インフラ・脱炭素 ④税・反汚職の4分野が柱。創設メンバーは、日米豪印に加え韓国、ブルネイ、インドネシア、シンガポール、マレーシア、タイ、ベトナム、フィリピン、ニュージーランド、フィジーの14カ国と予想以上に多かった。協定締結を4分野ごとに設定し、参加ハードルを下げたためだ。

 米政権は、中国が環太平洋経済連携協定(TPP)加盟を申請した翌月の22年10月末、東アジアサミットで創設を発表した。米国はTPP離脱によって、通商分野の東南アジアでの足場を失った。劣勢を挽回しなければ「インド太平洋戦略」の中心地域で対中競争に勝てない。具体的には、半導体製造にかかわるサプライチェーンからの中国排除を目指す。
 丸川知雄・東大教授は「Newsweek 日本語版」[注7]で、特定国の排除を標榜する枠組みは、関税貿易一般協定(GATT)が定める最恵国待遇の精神に反するのでは、と疑義を呈する。市場開放策ではないから、多くのアジア諸国にとって魅力は少ない。準備不足もあって泥縄のイメージがとれない。

 インフラ投資にも気配りしたのは、IPEFの実態が曖昧で魅力に乏しいためだろう。安保のみならず、経済でも「米中二択」を迫られる構図は、アジア諸国にとって歓迎できるものではなく、失敗に終わる公算が大きい。
 IPEFの橋頭保構築の役割を日本に頼るしかない米国の弱さ。その日本もこの20年で、対東南アジア貿易額は、中国の3分の1まで追い抜かれ[注8]、政治・経済の影響力は薄れる一方。多くの参加国にとっては、「リスクヘッジ」(危険分散)と「お付き合い」の意味あいが強いのだろう。

 台湾参加も焦点だったが、米側が台湾を説得し米台間の新たな枠組みを作ることになった。サリバン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は5月22日、台湾はメンバーにならないと明らかにした。最初から台湾を入れれば、「一つの中国」政策を意識するASEAN諸国が警戒し、参加のハードルが上がることを懸念したからであろう。多くのASEAN諸国は台湾リスクをとろうとはしない。

◆ ロシア・中国名指し批判できず

 一方、日米豪印のクアッド首脳会合(写真)は、21年3月の第1回に続いて4回目になった。共同声明[注9]には、①今後5年間で同地域のインフラ整備に500億ドル(約6兆3,800億円)以上の支援や投資を目指す ②違法漁業監視のため海洋状況の把握能力向上を目指し、周辺各国との情報共有を促進 ③いかなる地域でも主権や領土一体性の原則を尊重する必要性を確認―を盛り込んだ。

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  日米豪印のクアッド首脳会合~首相官邸HPから

 首脳会合後の記者会見で岸田は ①インド太平洋地域で力による一方的な現状変更を許してはならないことを世界に発信できた ②ウクライナ侵攻を巡り「懸念を表明」―と強調したが、中国とロシアの名指し批判はできなかった。いずれもクアッドの同盟化に慎重なインドに配慮したからである。インドを引き込んだことによって、「対中包囲」の枠組みという安全保障上の色彩は薄れていく一方だ。

 初の首脳会合となった21年3月12日のオンライン会合[注10]でも、コロナウイルスのインド製ワクチンを、途上国に供与する枠組みを前面に出した。この時の共同声明は、QUAD外相会議(2月18日)でうたった「中国の力による一方的な現状変更の試みに強く反対」という文言や、日本が主張した香港や新疆ウイグル自治区での人権批判も盛り込まず、中国への名指し批判を一切封じた。米国の資金で、ワクチンをインド発で供給する目玉政策は、インドの感染爆発と重なり頓挫した。

◆ 「終わりのない善悪議論」と批判

 インドを新たな枠組みに包摂することが、同盟強化に弾みをつけるのか、あるいは米日の足を引っ張る「重荷」になるのか、クアッドの性格をめぐる議論は終わらないだろう。アジア諸国の多くが、中国への「抑止」「排除」「包囲」になぜ消極的なのか。その解が見出せなければ、日米の新たな対中イニシアチブは成功しない。

 答えの一つをシンガポールのリー・シェンロン首相が[注11](写真)日経とのインタビューで示唆した。リーはウクライナ情勢と米中対立について「これを民主主義対権威主義という図式にはめ込むのは、終わりのない善悪の議論に足を突っ込むことになり、賢明でない」として、バイデン政権の「新冷戦図式」を批判した。

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  シンガポールのリー・シェンロン首相~WIKIPEDIA から

 さらに、北大西洋条約機構(NATO)のような集団安保の枠組みがアジアでも必要か、との質問に「アジアの多くの国は米中双方との良好な関係を享受している。日韓豪など米国の同盟国でさえ中国と(貿易などで)重要な関係を維持している。こうした現状の方が、2つのブロックに分裂して対抗し合うよりも望ましい」と、否定的な見方をした。
 岸田が、中国の覇権主義的行動の例として挙げる南シナ海問題についても「中国と東南アジア諸国連合(ASEAN)の間で、紛争防止に向けた行動規範(COC)の策定交渉が進んでいる」と答えた。日米が言う南シナ海と東シナ海における「力による現状変更」の認識とは異なる認識であり、中国との対立を煽る議論には乗らない姿勢である。

 シンガポールは、日米主導のイニシアチブにアジアでは最も積極的。それでも、リー発言の端々に、「理念先行」の一神教的な欧米の価値観に対し、相互利益から解決策を求めようとする「実利重視」の姿勢を感じる。しかし「理念」と「実利」を、二項対立的にとらえてはならない。そのバランスこそが重要なのだ。

◆ 問われる日本のポジション

 そこで問われるのが日本政府のポジションである。外交から安全保障まで常に米政府の方針に忠実に従う政策は、果たして多くのアジア諸国の支持を受けられるだろうか。先に引用した[注12]「日経」記事は、「日本は『半世紀を超える深い絆を持ちASEANにとって別格だ』と思いがちだ」「現地社会は日々上書きされ、日本も東南アジアへの認識をリセットした方がよい」と主張するアジア経済研究所名誉研究員の佐藤百合氏の談話を引用している。
 同感だ。日本(人)のアイデンティティが、「G7」の先進国メンバーという「名誉白人」的虚像あるとすれば、既にそんな時代は過ぎ去った。

 クアッド首脳会合の開かれた24日、中国とロシア爆撃機が日本周辺を共同パトロールし、北朝鮮も翌25日、大陸間弾道ミサイル(ICBM)など3発の発射実験の「報復行動」に出た。「抑止」「排除」「包囲」がもたらすものは「敵意」と「報復」だけという実相を物語る。
 衰退著しい米国のアジア政策に擦り寄りその先兵役を嬉々として演じ、軍事力を強化し台湾問題でも「主役」になろうとする岸田政権のポジションと、それを支持する翼賛世論こそが問われているというべきだ。

 「有事が発生した場合の対応を考えるより、有事が起きないようにすることが重要だ」。こう発言するのはインドのサンジェイ・クマール・バルマ駐日大使[注13]。産経新聞のインタビューへの回答である。台湾有事を煽るだけの日本メディアと識者の姿勢に対する批判でもある。バイデンのアジア歴訪は、アジアにおける日本の「実像」と、先進国願望を維持したい「虚像」との乖離をあぶりだす結果になった。

[注1]The Administration’s Approach to the People’s Republic of China(22・5・26 米国務省HP)
  (https://www.state.gov/the-administrations-approach-to-the-peoples-republic-of-china/
[注2]岸田総理冒頭発言(22・5・23 首相官邸HP)
  (https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/statement/2022/0523kaiken.html
[注3]岡田充(東洋経済ONLINE「台湾有事で日本を主役にするバイデン政権の思惑」2022・2・19)
  (https://toyokeizai.net/articles/-/512865
[注4]日米安保「2プラス2」共同発表(防衛省HP)
  (https://www.mod.go.jp/j/approach/anpo/2022/0107a_usa-j.html
[注5]孔鉉佑(「中央ラジオテレビ総局『藍庁観察』」 在日中国大使館HP 22・5・29)
  (http://jp.china-embassy.gov.cn/jpn/dsgxx/202205/t20220529_10694139.htm
[注6]岡田充(ビジネスインサイダー 「台湾に軍事関与」バイデン発言が“コスパ抜群”と言える理由。May. 27, 2022)
  (https://www.businessinsider.jp/post-254674
[注7]丸川知雄(Newsweek日本語版「インド太平洋経済枠組み(IPEF)は国際法違反にならないのだろうか?」22・5・30)
  (https://news.yahoo.co.jp/articles/cc373a5faab0601a5f716008225c202f8a2bd7e6
[注8]「東南アジア、影薄まる日本 貿易額が中国の3分の1」(「日経」22・5・22)
  (https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM2665N0W2A420C2000000/?n_cid=NMAIL006_20220522_A
[注9]日米豪印首脳会合共同声明(外務省HP 22・5・24)
  (https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/nsp/page1_001188.html
[注10]岡田充(海峡両岸論第124号「中国包囲色薄めたQUADサミット」2021.3.17)
  (http://www.21ccs.jp/ryougan_okada/ryougan_126.html
[注11]「米主導の経済枠組み「参加」 シンガポール首相」(「日経22・5・23」)
  (https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM20ELV0Q2A520C2000000/
[注12]「東南アジア、影薄まる日本 貿易額が中国の3分の1」(「日経」22・5・22)
  (https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM2665N0W2A420C2000000/?n_cid=NMAIL006_20220522_A
[注13]「バルマ駐日インド大使 中国念頭に「覇権主義に反対」(「産経新聞」22・5・23)
  (https://www.sankei.com/article/20220519-MHKVEEJMUBI3NPT76FMSTDNEYE/

 (共同通信客員論説委員)

※この記事は著者の許諾を得て「海峡両岸論」139号(2022/06/04発行)から転載したものですが文責は『オルタ広場』編集部にあります。

(2022.6.20)
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