【コラム】
宗教・民族から見た同時代世界

「国際ヨーガの日」に見る、たかがヨーガされどヨーガ

荒木 重雄


 6月21日は「国際ヨーガの日」である。インド・モディ首相の働きかけで、2014年12月に国連で制定された。今年は5回目を迎え、世界各地で大規模なイベントが展開されることだろう。因みに、6月21日は夏至である。

 モディ氏は制定に向けてこう語っていた。「ヨーガは自らが世界や自然と一体であることに気づく手段です。全てが一つであると認識することによって個人・社会・自然の調和がうまれます」。それが、世界の人々の健康と幸せにつながり、人類が直面している共通の課題の解決に役立つというのだ。
 ヒンドゥー至上主義団体を出身母体とするモディ氏は、14年の首相就任早々、「ヨーガ・アーユルヴェーダ・伝統医学省」を設置し、国の内外へヨーガの称揚・普及に着手した。その意図は、観光や経済の振興策ともいわれるが、ヨーガをてがかりにヒンドゥー-文化というソフトパワーで国威発揚を図ろうということにほかならない。

◆◇ インダス文明発祥のヨーガ

 世界ではいまや3億人に及ぶ人たちがヨーガの実習をしているといわれる。米国のヨーガ人口は1,650万人を超え、市場規模は270億ドル超、日本でもヨーガ人口350万人以上で市場規模は2,100億円以上などの推計もある。
 このようにヨーガは世界に広がっているが、その発祥の地はいうまでもなくインドである。

 ヨーガの発祥は4千年前のインダス文明に遡るといわれるが、では、「ヨーガとはなにか」と問われると、その実態はあまりにも多岐に亙り、曖昧で、答えに窮する。
 大筋で捉えれば、ヨーガの語義が「心の作用の止滅」であるように、なんらかの坐法(安定した姿勢の取りかた)と調息(呼吸のしかた)を工夫して心を鎮め、瞑想に入って、解脱の境地を体得したり、宇宙・絶対者と合一する神秘体験を得ることをめざす行法である。

 4世紀頃に編まれたとされる『ヨーガ・スートラ』で輪郭が示されているとはいえ、ヨーガは、それをはるかに超えて広範に行われているいわば《インド的》な宗教的営みの総体であって、たとえば、釈尊の菩提樹下の瞑想から、唯識派の瑜伽行、天台宗の摩訶止観、禅宗諸派の坐禅などの仏教の修法、あるいは、ヒンドゥーの聖地で見かける、片手や片足を上げたまま、枝にぶら下がったまま、逆立ちしたまま、など大道芸のようなアクロバティックな姿勢の行者、これらもともにヨーガの一形態なのである。

 また、ヒンドゥーでは解脱に至る「三つの道」として、自己と宇宙の原理についての正しい認識の道(ジュニャーナ・ヨーガ)、宗教的・社会的義務の誠実な実践の道(カルマ・ヨーガ)、神への絶対的な信愛・帰依の道(バクティ・ヨーガ)を説くが、このように、ヒンドゥーという宗教の究極の目的である「解脱への道」そのものもヨーガと呼ぶのである。

◆◇ 宗教性を離れて世界へ進出し、再びインドへ

 ところが20世紀後半になると、このような宗教的な側面から切り離されて、瞑想を主とするほんらいのヨーガへの補助的な階梯として身体の鍛錬を目的に特異なポーズをとるハタ・ヨーガ(ハタは身体的強制の意味)が、健康やフィットネス、ストレス解消に効果があるとして欧米で注目された。とりわけ、ビクラム・チョードリーというヨーガ導師が70年代に考案した高温・多湿な環境でハタ・ヨーガのポーズを実習するビクラム・ヨーガがハリウッドのスターたちを魅了したこともあって、こうした、宗教性を捨象したエクササイズ系のヨーガが、日本を含めて欧米で人気を高めた。

 じつは、いま、インドで、とりわけ都市部で広まっているのはこの系統のヨーガである。経済発展に伴って肥満や糖尿病が増え、ストレスもましている。生活習慣の改善やダイエット、精神の安定を目的に、欧米でのヨーガ人気が「逆輸入」されているのである。

 インドで実態はどうか。
 有名なヨーガ導師のスタジオには日に2千人もがエクササイズに訪れる。公園やスタジアムに数万人を集めてヨーガ・キャンプが催され、定時番組としてテレビ中継される。
 人気の高いヨーガ導師になると、活動はヨーガの指導だけではない。導師がブランドの健康食品や薬草入り歯磨き粉などがヒット商品になり、導師が経営する菜食主義のレストランや、伝統医学アーユルヴェーダの教えにならった病院や薬局が繁盛を極めている。
 だが、商業主義が商業主義だけにとどまらず、そこになんらかの「精神性」を隠し味にするのがインド流だ。有名導師は、「精神や魂が宇宙と一つになる感覚を見いだすことが大切だ」と説き、「ヨーガは、生活の西洋化でインド人が忘れてしまった伝統を取り戻すとりくみでもある」と語る。

 こうした流れに目をつけたのが、「ヒンドゥー文化による国民統合」を標榜するモディ政権である。国際社会に向けた国威発揚と併せ、国内向けには、ヨーガとアーユルヴェーダの振興のための省と大臣を設けたことは先に述べたが、全国に百カ所以上のヨーガ公園を整備し、現在バンガロールにあるヴィヴェーカーナンダ・ヨーガ大学に加えて、ヨーガ大学の増設を進め、さらには、軍にヨーガの実習を広め、公立学校での科目化にも着手している。
 しかし、こうした動きはイスラム教徒やキリスト教徒には当然、脅威と映る。ヒンドゥー教徒のプライドを駆り立て宗教的少数派を周縁に追いやる策動と厳しい批判が向けられている。

 インドにおいてヨーガは、たかがヨーガ、されどヨーガである。

[付記]ビクラム・ヨーガの考案者チョードリー氏は主に米国を舞台に活動し、レディー・ガガやジョージ・クルーニーらの愛顧を受け、一時は世界中に1,650以上のスタジオを展開し、フランチャイズ収益などから43台の高級車とビバリーヒルズの豪邸を含む7,500万ドルの個人資産を保有するに至ったが、2013年頃からセクハラや暴行、賃金不払い、不当解雇、賠償金不払いなど裁判漬けとなり、スタジオの多くがビクラム・ヨーガを名乗ることを避けて、ホット・ヨーガの看板を掲げている。ヨーガ・ブームの一面を物語る挿話である。

 (元桜美林大学教授・『オルタ』編集委員)
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