【コラム】宗教・民族から見た同時代世界

「同じ価値観を有する」インドの、モディ政権が触れられたくない過去

荒木 重雄

 人口が中国を抜いて世界第1位になったとか、国内総生産(GDP)が英、仏を抜き5位に浮上したとか、モディ首相の盟友アダニ財閥の不正会計疑惑が世界の金融市場に衝撃を与えたとか、派手な話題に事欠かぬ昨今のインドだが、最も筆者の関心を惹いたのは、1月末、あるドキュメンタリー番組の大学での上映会を政府が阻止したというニュースであった。
 ことの次第はこうである。

 その番組は、英公共放送BBC制作で、タイトルはずばり「India: The Modi Question(インド:モディ問題)」。インドで2002年に発生した宗教暴動とナレンドラ・モディ首相の関係を取り上げた2話構成で、1月17日と24日、英国で放送された。

 インド政府はただちに緊急事態法を発動して、YouTubeやTwitterで見られないよう措置を取ったが、25日、首都ニューデリーのジャミア・ミリア・イスラミア大学で、学生がその番組のビデオの上映会を試みた。事態を察知した当局は、数十人の警官や機動隊を出動させ、上映会が開かれる前に学生十数人を拘束した。というのである。
 その前日の夜にも、同市内の名門ジャワハルラル・ネルー大学で学生が上映会を企画して、派遣された警官隊と緊張が生じたが、こちらは大学側が電力とインターネットを遮断して阻止を図ったと伝えられている。
 
 モディ政権がさほどに蒸し返されるのを嫌がる2002年の宗教暴動とは何か。

◆2002年に何が起こった

 西部グジャラート州のゴードラ駅で、02年2月末、ヒンドゥー教徒の巡礼が仕立てた列車が放火され、60人が焼死した。この事件をきっかけに、同年3月から5月にかけて、同州に宗教暴動が荒れ狂い、800~2000人のイスラム教徒住民が虐殺された。
 
 この事件には背景がある。
 
 インドには、1925年の創設以来、武力闘争も辞さない強硬路線の活動を続けるヒンドゥー至上主義団体RSS(民族奉仕団もしくは民族義勇団)がある。全国に1千万人超の団員を擁する大組織だが、このRSSを中核に、そこから派生した聖職者中心の組織VHP(世界ヒンドゥー協会)や、その傘下に血の気の多い若者を集めた地域毎の組織などで、ヒンドゥー至上主義勢力が形づくられる。そして、この勢力を代表する政治組織が、現在の政権党、モディ首相が率いるインド人民党(BJP)である。
 
 インドは独立以来、「宗教的融和」や「政教分離」を掲げる国民会議派が政権を担ってきたが、「多数派ヒンドゥーの力による強力な国家」をめざして1980年にBJPを発足させたヒンドゥー至上主義勢力は、90年代に入ると大博奕に打って出た。
 
 北インドのアヨーディヤという町は、古代叙事詩『ラーマーヤナ』にまつわるヒンドゥー教の聖地とされるが、そこに16世紀に建立されたバーブリ・マスジッドとよばれる壮麗なイスラムのモスクがあった。そのモスクを壊してヒンドゥー寺院を建てようというキャンペーンを展開したのである。
 90年と92年の2回に亙り、ヒンドゥー至上主義勢力は数万人の支持者を動員してモスク破壊を企て、92年には遂に破壊した。破壊行動のたびに起こった治安部隊との衝突や全国に広がったヒンドゥー教徒とイスラム教徒の対立、暴力、流血。それがもたらすヒンドゥー大衆の興奮、高揚、そして団結。これこそがヒンドゥー至上主義派の狙いであった。
 この騒乱を通じて多数派ヒンドゥー大衆の支持を集め一挙に党勢を拡大したBJPは、98年以降、04年からの2期を除いて、現在まで政権を握り続けるのである。
 
 さて、2002年のグジャラート州の宗教暴動に戻ろう。
 モスク破壊後も列車を仕立ててアヨーディヤへ通うヒンドゥー主義活動家と沿線イスラム住民との衝突をきっかけに、グジャラート州の各地でヒンドゥー大衆によるイスラム住民への攻撃がはじまり、暴行、略奪、放火で一説では2000人を超えるイスラム住民が犠牲になった。VHPやその傘下のバジラング・ダル(ハヌマーンの軍隊)などの活動家が先導するヒンドゥーの暴徒がイスラム住民の住居や商店を襲い、暴虐の限りを尽くした。警官たちは、事態を傍観し、ときにはヒンドゥーに加勢した。
 問題は、国内外からの非難にもかかわらず、このような異常事態が3月から5月に亙る2か月以上も続いたことである。手を拱いてというより、次の選挙を見据え、前述、アヨーディヤ事件の成功体験再びと、騒乱をヒンドゥー教徒結集の好機と捉えたBJP州政府の意図的な放置と見るのが、当時のインドのジャーナリストや知識層の多くが共有する見解であった。このときのグジャラート州首相が、他ならぬ、RSS出身のナレンドラ・モディ現首相であった。
 もちろん、モディ氏は暴動への責任を否定し、最高裁判所も13年、同氏を起訴するには証拠が不十分との判断を下してはいるが。

◆「同じ価値観を有する」なら

 2014年に中央政府首相の座を射止めたモディ氏の政権は、以来、19年には、唯一イスラム教徒住民が多数派のジャンムー・カシミール州の自治権を剥奪して中央政府の直轄統治としたり、20年には、イスラム住民に不利な国民登録制度を敷いたりと、イスラム教徒いじめとさえみえる、ヒンドゥー大衆迎合の差別的な内政を採り続けている。
 アヨーディヤでモスクを破壊した跡地では、20年、モディ首相臨席でヒンドゥー教寺院の起工式が行なわれた。

 振り返って、日本がインドを見る目はといえば、人口増加で一層の成長が予測される巨大市場に熱視線。企業進出も急ピッチ。対中牽制のインド太平洋戦略ではクアッド(米日豪印)仲間として、1月には航空自衛隊とインド空軍が、2月には陸上自衛隊とインド陸軍が、我が国を舞台に共同演習を行なうまでになっている。「日本とインドは共通の価値観を有する」がいまやインドを語る決まり文句となっているが、ほんとうに「価値観を共有」するならば、インドの内実にも、ときに目を向けたいものである。そうでなければ、「価値観を共有」とは実利追求のためだけの絵空事となる。

 [なお、最近のインドの状況については、本マガジン22年12月20日配信・第56号の福永正明氏の論稿に詳しい:インドのモディー政権をいかに評価するか? ]

(2023.3.20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップバックナンバー執筆者一覧