【コラム】酔生夢死

「中国脅威論」を翼賛世論にした菅政権

岡田 充

 菅義偉首相が退陣表明した。退陣理由は「コロナ対策に専念」だが、信じる人は少ない。前任の安倍晋三氏と同様、東京五輪を優先して政権維持と浮揚に利用する狙いが裏目に出て、コロナ感染爆発を招いて退陣の導火線になったのだと思う。
 日本経済新聞の9月半ばの世論調査によると、退陣を「妥当」と答えた人は全体で72%、自民党支持層でも73%に上った。政党支持では自民党が53%と前月比10ポイントも上昇した半面、立憲民主党は12%と低迷。政変劇が「与野党対立」ではなく、与党内の「コップの中の嵐」だったことを示している。

 この1年、全国のコロナ感染者数は、前年9月初めの約650人から2万人に激増したが、ほかに変化したものはあるだろうか。答えは「Yes」。首相は4月の日米首脳会談の共同声明に、台湾問題を半世紀ぶりに盛り込み、日米安保の性格を「地域の安定」から「対中同盟」に変質させた。
 さらに、日本が「自らの防衛力を強化することを決意した」と共同声明にうたい、南西諸島で中国向けの自衛隊の対空・対艦ミサイル網構築を後押ししている。麻生太郎副首相などは、中国が台湾に侵攻すれば、「存立危機事態」と認定し集団的自衛権の行使もあり得るとまで発言した。

 対中政策の「裏返し」としての台湾政策の変化は大きい。岸信夫防衛相ら政権幹部は「台湾有事」を煽り、これまで「受け身」だった台湾政策を「主体的関与」に転換しつつある。来年は日中国交正常化から半世紀の節目。中国からすれば、日本政府がバイデン政権とともに、「一つの中国」政策を空洞化しようと狙っていると映る。
 対中・台湾政策の変更は、東アジアの平和と安全保障全体にかかわる「大事」のはずだが、最大野党の立憲民主党をはじめ野党側は「音無し」に徹し、国会でも争点として議論されていない。衆院選に向けた立民、共産、社民、れいわ新選組の野党4党と「市民連合」の政策合意でも、「安保法制」廃止はうたったが、日米安保や台湾政策の変質には全く触れていない。

 政策変化の背後にある認識は「中国の脅威」であろう。「軍事力を急速に増強し、中国の一部と見なす台湾への軍事侵攻も厭わない」― バイデン政権が対中抑止のために作り出した「台湾有事」シナリオは独り歩きし、いまや野党を含めて「中国脅威論」が翼賛的世論になりつつある。
 「暴支膺懲(ようちょう)」(横暴な支那を懲らしめる)は、1937年の日中戦争開始後に軍部が戦意高揚のために作り出したスローガンだった。今や日中の力関係は完全に逆転しているが、「中国脅威論」が議論なしにいつしか主流世論になるプロセスは「いつか来た道」を思い出す。

画像の説明
  「暴支膺懲」の大見出しで、近衛首相の国会演説を
   号外で報じる1937年9月の朝日新聞

 (共同通信客員論説委員)

(2021.09.20)
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