【コラム】
【酔生夢死】

「上有政策、下有対策」

岡田 充

 「今日も届いていない、遅いなあ」
 開けた郵便受けをまたカタンと閉じる。待ち焦がれているのがラブレターなら艶のある話になるが、そうじゃない。例のあの布マスクだ。パンデミックで世界中がマスク不足に悩んだ4月初め、安倍内閣が感染防止策として全戸に2枚ずつ配布すると閣議決定した。予算は466憶円。
 いったん郵送したマスクからカビや虫、髪の毛が混入していることが分かり回収。実際に手にした民の声は「小さくて不細工」など散々。確かに「アベノマスク」を着けたご本人も、アゴ丸出しの顔をさらしている。NHKの世論調査(4月10~13日)では「あまり評価しない」と「まったく評価しない」の合計が71%に達した。

 悪評ふんぷんのマスクだが、実際に手にしたらどうする? SNSをみると対応はざっと三分される。第1は「受け取る」。第2に、エッセンシャルワーカーや介護、児童施設などへの寄付。そして第3は「受け取り拒否」。
 「受け取り派」が最も多いとは思うが、そのまま使わず、「ベツノマスク」にリメークする人がかなりいそう。「アゴや鼻まで覆える立体マスクにする」「2枚を1枚に縫いプリーツマスクに形を変える」。2枚使って新デザインを売る「リメーク屋」さんも現れた。
 「拒否派」は、「『受け取り拒否』と書いて認印押してポストに入れるだけ。郵便局が無料で発送元に返送してくれます」。ハッシュタグ(#)を付けて、官邸に送り返せば、デモンストレーション効果があるというわけ。私も第3の道を選ぶ。

 様々な反応をみて頭に浮かんだのは「上有政策、下有対策」という中国語である。国や政府が政策を打ち出しても、地方や民衆は様々な抜け道を見つけ出して対抗するという意味である。交通渋滞を解消するため上海市がナンバープレート取得規制をすると、地方の安いナンバープレートを入手する上海市民が急増したというのも一例。

 布マスクへの反応を見ると、コロナ禍は我々にとても良い政治学習の機会を与えてくれている。普段は意識しない税収とその配分という国家の基本権能が、自分事としてリアリティを持つようになったからだ。俳優の小泉今日子さんらが5月初め「#検察庁法改正に抗議します」とツイートすると、わずか4日間で900万件もの支持反応があったという。
 これを単に、検事長の定年延長に反対するデモンストレーションと見てはならない。「モリカケ」から選挙区有権者を優待する花見まで、多くの疑惑にもかかわらず、居直りと居座りを続ける政府への不満の蓄積が炎上したのだ。

 深刻なことは、選挙による代表制民主システムが目詰まりを起こし、民意を反映する回路が機能しなくなっていること。さらに永田町や霞が関の高い視線からウォッチする大手メディアも、読者と政治をつなぐ回路にならず、SNSの力に及ばないことである。民衆はどんどん賢くなっている。

画像の説明
アベノマスクを着けた首相(首相官邸HP)

 (共同通信客員論説委員)

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