【コラム】槿と桜(33)

「コングリッシュ」とは

延 恩株


 韓国に「コングリッシュ」(콩글리시)という言い方があります。一部のお年寄りを除けば韓国人なら誰でも知っている言葉です。でもこの言葉を日本語に訳すとなるとちょっと厄介です。

 これは「Korean」と「English」(=Konglish)を合わせた合成語で、英語を母語とした人には理解不能の英語もどき、つまり韓国製英語のことです。日本にも「和製英語」という言い方があるようですが、日本の「和製英語」とも概念がまったく同じというわけではないようです。

 「コングリッシュ」は〝英語圏の言葉〟が原則となっています。ですから日本でごく当たり前に使われている「アルバイト」は韓国でも「아르바이트」(アルバイトゥ)と言って、日本と同じ意味で使われています。でもドイツ語の「Arbeit」を語源としていますから「コングリッシュ」の範疇に入らないことになっています。つまり日本で言う「外来語」と重なる要素は含んでいますが同じではないことになります。

 ところで日本では外来語はどのように解釈されているのでしょうか。
 手元の『新明解国語辞典 第七版』には「もと、外国語だったものが、国語の中に取り入れられた言葉。「借用語」とも。〔狭義では、欧米語からのそれを指す。例、ガラス・パン・ピアノなど〕」とあります。
 もう一冊の『大辞林 第三版』では「①他の言語より借り入れられ、日本語と同様に日常的に使われるようになった語。「ガラス」「ノート」「パン」「アルコール」の類。広くは漢語も外来語であるが、普通は漢語以外の主として西欧語からはいってきた語をいう。片仮名で書かれることが多いので「カタカナ語」などともいう。②伝来語。「借用語しゃくようご 」に同じ」と説明されています。

 2冊の辞書からだけですが、日本での「外来語」の概念を抜き出しますと、「外国語・西欧語・漢語・カタカナ・借用語・日本語の中で日常的に使われる」言葉となりそうです。
 日本語の語彙は、日本古来からの和語(大和言葉)を除けば、中国から伝来した漢語も厳密に言えば外来語だったわけですが、現在では「外来語」と言えば、欧米地域から入ってきた語を言うようになっていて、和語、漢語、外来語と分けるのが一般的になっているようです。

 それでは韓国語の語彙はどうなっているのかと言いますと、おおよそ「固有語」「漢語」「外来語」に分けられます。分類だけを見ますと日本の語彙分類と同じだといえます。しかし日本語と大きく異なる点があります。それは韓国から見ると日本語も外来語なのです。
 1910年から1945年までの35年間、日本が朝鮮半島を侵略、支配し、皇民化政策による日本人化が強制されました。その結果、韓国語に日本語が少なからず残り、今でも日常会話の中でかなりの頻度で使用されています。

 日本での外来語は「カタカナ語」などとも呼ばれて、西欧語から入ってきた語とされていて、韓国の「コングリッシュ」のように、英語だけという限定的なものとはなっていません。また韓国の外来語には日本語も入りますから、たとえば「おでん」は「오뎅」(オデン)、「たらい」は「다라이」(タライ)、「餅」は「모찌」(モチ)となり、日本の外来語と異なって必ずしも「カタカナ語」とは限りません。

 ここで「コングリッシュ」の整理をしておきます。
  1)韓国製英語で英語を母語とした人には理解されにくい。
  2)英語だけで他の欧米語は除外される。
  3)日本での漢語を除くという狭義の外来語の概念と重なる部分があるが、同一ではない。

 日本で外来語(カタカナ語)として日常生活に馴染んでいる言葉や語が韓国でも同じように使われているケースもよくあるのですが、日本の発音では通じないことがよく起きます。「コングリッシュ」だからです。ただ日本式カタカナでも「コングリッシュ」でも英語を主言語とする人には通じないと思っています。よく例として出されるのが「ハンバーガー」です。
 「햄버거」(ヘムボゴ)、これが韓国での「ハンバーガー」の発音です。
 また日常生活で欠かせない「スーパーマーケット」も韓国では「슈퍼마켓」(シュポマケッ)となります。ただ韓国での発音方式に慣れてしまえば、日本語と意味は同じですから、用法として頭を悩ますことはないのですが。

 以下に「コングリッシュ」の特徴を示す語を挙げてみます。
  프랑스(プランス)→フランス
  프라이팬(プライペン)→フライパン
  파이팅(パイティン)→ファイト
  팬(ペン)→ファン
  포크(ポク)→フォーク
  티파니(ティパニ)→ティファニー

 ( )内のカタカナ表記で→で示した日本語の外来語が思い浮かんだ日本の方は少ないのではないでしょうか。気づかれた方も多いかと思いますが、英語でのF音がコングリッシュでは「ㅍ」となり、日本のカタカナ表記にすると、すべて「パ行」になってしまいます。

 では次のような例はどうでしょう。
  콜라(コルラ)→コーラ
  케익(ケイック)→ケーキ
  샴푸(シャンプ)→シャンプー
  택시(テックシ)→タクシー
  미터(ミト)→メーター
  땡큐(テンキュ)→サンキュー

 発音を長くするのか、短くするのかわからないと韓国語初習学習者からよく質問されるのですが、それは韓国語(ハングル文字)には長音の表記がないからなのです。ここに示したコングリッシュは、その韓国語の特徴が出ているもので、日本では長音が入る外来語から長音を示す「ー」がすべて消えています。

 次の例もコングリッシュの特徴をよく示しています。
  디저트(ディジョトゥ)→デザート
  에어포트(エオポトゥ)→エアポート
  투어가이드(トゥオガイドゥ)→ツアーガイド
  화이트(ファイトゥ)→ホワイト
  아티스트(アティストゥ)→アーティスト
  디즈니랜드(ディズニレンドゥ)→ディズニーランド

 日本語の外来語表記で単語末の発音が「ト」「ド」で終わる語では、コングリッシュでは「트」「드」のハングルが用いられる傾向があるようで、強いて日本のカタカナ表記にすれば「トゥ」か「ドゥ」となります。

 そのほかに、日本では英語の「R」と「L」の区別がカタカナ表記ではありませんが、コングリッシュでもやはり区別はなく、すべて「ㄹ」(ラ行)の表記となります。
 ただ韓国語は日本語に比べますと母音も子音も数が多いですから、コングリッシュの方がおしなべて日本でのカタカナ表記より英語発音に近い表記が可能になっていると言えるでしょう。
 たとえば日本のカタカナ表記ではすべて「ア」となってしまう表記が、ハングルでは「ㅏ(a)」と「ㅓ(eo)」の区別、「ウ」は「ㅜ(u)」と「ㅡ(eu)」の区別が可能となり、より原音に近い発音がコングリッシュの中に活かされていると言えます。
 また「ㅔ」と「ㅐ」の区別も同じようなことが言えます。
 このハングルの発音は英語の発音記号にしますと、「ㅔ」は「e」ですし、「ㅐ」は「ae」になります。日本のカタカナ表記ではどちらも「エ」になってしまい、「エ」と「ア」の中間とも言える微妙な発音になる「ae」は日本のカタカナでは表記しきれていないわけです。

 ところで「コングリッシュ」は〝英語圏の言葉〟が原則になっていると、冒頭部分で書きましたが、これはあくまでも原則で例外がそれなりにあります。
 たとえば韓国から見れば外来語になる日本語の中の外来語などがその典型です。つまり和製英語のカタカナ表記がそのまま使われているものが少なくありません。
 今や生活で欠かすことのできない「テレビ」がそうです。韓国でも「테레비」(テレビ)です。これは日本人が「television」を短縮して作り上げた和製英語です。
 ワイシャツも「ホワイトシャツ」から転じて、日本人が使い出した和製英語です。これもそのまま韓国に入り、「와이셔츠」(ワイショツ)として、ごく普通に使われています。
 またミシンは「ソーイングマシン」から転じて、これまた日本人が考え出した和製英語で、韓国でも「미싱」(ミシン)です。ただこちらは「미싱」とは言わずに「재봉틀」(裁縫器という意味)と言うことの方が多くなっているようです。
 「アパート」は「アパートメント」を短縮したこれまた和製英語ですが、韓国でも「아파트」(アパトゥ)として使われています。ただし概念が異なっていて日本のアパートの意味ではなく、マンションに近いと言えるでしょう。

 このように日本という国で日本的にアレンジされたカタカナ表記語は、正確に言えば英語圏の言葉ではなくなっていて、日本の言葉になっていると思います。したがって韓国で語彙の分類をすれば、「コングリッシュ」というよりは、もっと広い概念として捉えている「外来語」とする方が良いのではないかと私は考えています。

 こうした日本からのカタカナ語移入のほか、韓国では英語と韓国語を合成や短縮したコングリッシュもあります。たとえば「오피스텔」(オピステル)。これは「オフィス」と「ホテル」を合成した言葉で、炊事などもできて寝泊も可能な事務室を意味しています。
 また「디카」(ティカ)は、「디지털카메라」(ティジトルカメラ)の略語で、デジタルカメラの意味です。日本では「デジカメ」と略して言うのと発想は同じでしょう。
 「고시텔」(コシテル)は、「고시원」(コシウォン 考試院)という受験生用の勉強部屋と寝室が一緒になった宿泊施設とホテルから合成された言葉です。「コシウォン」と「コシテル」の区別はあまり明確ではありませんが「コシテル」の方が多少設備が良く、個室内にシャワーやトイレが完備されている宿泊施設を指すようです。

 コングリッシュの説明としてこれまで述べてきたことだけでは不十分です。しかしこれ以上は韓国語を理解していないとうまく説明できない要素もありますので、今回はこのあたりまでにしておきます。
 ただすでに述べましたように、コングリッシュとは英語圏の言葉が原則となっていますが、言葉は生活するなかで生み出されてきます。そのため原則から外れた〝コングリッシュもどき〟は今後も生まれ、そして消えていくに違いありません。
 さまざまな思想や文化が世界中から流れ込んでくるボーダーなき社会がますます強まってくる時代だけに、韓国のコングリッシュもますます多様化していくことが予想され、韓国の文化、歴史、言葉を教える者として目配りを怠らないようにしなければならないことを今回は学んだように思います。

 (大妻女子大学准教授)

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