■新刊紹介;

阿部重夫『イラク建国』 中公新書、2004年4月刊、

定価840円+税          岡田 一郎
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太平洋戦争時、アメリカは敵国である日本という国を知るため、 日本の歴史・文化を徹底的に研究した。ルース・べネディクトの 『菊と刀』はそうした研究の成果として生み出された優れた日本人 論である。また、ハーバート・ノーマンの日本近代化に関する研究 も重視され、戦後改革に大きな影響を与えている。

 それでは、今度のイラク戦争についてアメリカはイラクについて どれだけのことを研究していたであろうか。フセイン後の政治形態 に関する議論が二転三転したところを見ると、アメリカはどうやら フセイン政権を倒した後にどのような政権をつくるかという青写真 もなく戦争を始めたらしい。当然、フセインという大統領がなぜ、 イラクに出現したのか。そもそもイラクという国はどのようにして 出来たのかということさえもおそらく調べもせずにアメリカは戦争 へと突入したのであろう。 実は、今から90年ほど前、同じように戦争後の青写真もたてず、 ただ単にオスマン・トルコ帝国に取り入ってアラブでの影響力を拡 大させていたドイツを追い出すという一念でアラブに介入した大国 がある。イギリスである。イギリスはアラブからドイツを駆逐する ため、アラブの有力者・ファイサル、世界の金融を牛耳るユダヤ人、そして同盟国のフランスの三者に互いに矛盾する約束をして、 ドイツとの戦争に引きずりこんだ。そして、そのようなイギリスの なりふりかまわぬ三枚舌外交が、今日のイラクの悲劇の元凶なので ある。

 本書は、イラク建国の立役者であるガートルード・ベルという一 人のイギリス人女性諜報員の生涯を通して、90年ほど前にアラブで 展開された大国間の駆け引きと、その産物として生み出されたイラ クという国家が生まれながらにして内包していた、独裁者を生み出 さざるを得ない構造をあますところなく描ききっている。本書を読 めば、イラク建国の事情もろくに検証しないまま始められたであろ うアメリカのイラク戦争がいかに愚かしい戦争であったか知ること ができるだろう。 著者は雑誌『選択』の元編集長で、名前をご存知の方も多いと思 う。第一級のジャーナリストらしく文章は平易でわかりやすく、内容もアラブについて予備知識のない人でもついつい引き込まれてし まうほど興味深いものである。強いて欠点を言えば、話題の転換が はやく、過去の話からいきなり現代の話になったりして時々ついて いけないことがあることぐらいである。 しかし、そんな欠点も気にならないくらい得るところの大きい書 物なので、特に、イラク情勢に関心のある方やアメリカのイラク政 策に反対だが、イラクという国に関してこれまで知識があまりな かったという方にはお勧めである。