■【書評】

「いま中国が面白い」張真著 而立会訳 

          日本僑報社刊 定価2200円     貴志 八郎
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  世界不況の中で、唯一成長を遂げている中国の存在は、とてつもなく大きなも
のになっている。GNPで日本を抜いて世界第二位となった中国は莫大なアメリカ
国債を保有しており、アメリカ経済に揺さぶりをかける力を充分すぎるほど持っ
ている。
  日本経済もまた、中国経済の成長のおかげで、何とか奈落の底から這い出よう
としている。こうした事情にありがなら、アメリカは台湾へ武器輸出を画策し、
軍事的にも北朝鮮を名指しながら、一方では中国の軍備拡張に懸念を示して対応
が見え隠れしている。

 日本社会も、中国の存在と経済的影響に大きな関心を持ちながら、片や中国の
抱える様々な歪みを、殊更にあげつらうことに関心を寄せているように見える。
  要するに世界不況の中で健闘する中国の急成長という光の部分へ焦点を合わせ
ず、逆に矛盾を拡大して論評しようとする傾向が多く見られる。

 こうした背景の中で、中国のジャーナリストたち、特にエリートと呼ばれる人
々が、様々な社会現象に、どのような分析を行い、意思を持っているのか。その
鋭い切り口や、技法を含めて、深々たる興味をもって「今、中国が面白い」を読
んだ。殊に、世界が注目している中国内部から見た国際社会の傾向や、外部から
の批判や指摘にどのような反応を示しているかをかいま見たい思いもあった。

 さて、日本を見る目は概ね肯定的、好意的な視点が多く感じられた。例えば「
天災による被害を如何に軽減するか」の中で、阪神淡路大震災で、高架高速道路
が倒壊した経験を生かし、新潟中部地震では、走行中の新幹線は脱線こそしたが、
高架橋はびくともしなかったと絶賛している、それは嬉しい指摘である。
 
  だが、阪神大震災の時に倒壊した高速道路は、設計、施行、地質調査等の検証
を、情報公開することもなく、早々と撤去してしまっている。当時のマスコミも、
住宅や、地方の公共施設の耐震強度をやかましく伝えたが、なぜか行政に責任
の及ぶような高速道路の倒壊についてあまり触れようとしなかった。したがって
責任者は明確にされなかったが、日本の官僚は新潟地震で答えを出したことで免
責ということになるらしい。これは余談であるが、最近のマスコミにも随所で、
体制側のリークと見られる、丸投げ情報が目につくようになっている。
 
  第三章「四川大地震」の巻で大地震に関する幾つかの報告がなされているが、
ほとんどは自己を犠牲にして生徒を助けようとした教師、子供を守ろうとした母
性愛、けなげに立ちあがる子供の感動的な内容である。中国社会に息づく、人間
としての愛、挫折から立ち直る勇気が伝ってくる。最後の第一二話「納得し難い
「文くんの問題」の中に、いささかの批判が述べられていることに注目した。

 中国は急速に発展した国である。いわばその途上において生じた天災があるが、
学校などの人間集約的な公共施設の倒壊は、時に人災といえる部分があるはず
である。設計段階で耐震強度を考慮しているのか、施工の段階で材料や仕様に手
抜きなどの問題はなかったか、また、民家の大型化競争(第四七話)などを検証
してこそ復興の基本策が生まれるはずである。

 体制を揺るがす民族問題や、政治課題については、世界的な与論に耳を傾けな
がらも、その国の価値観にもとづき自主的判断にゆだねることまで否定する気は
ないが、天災か、人災かを問う姿勢不足や、避けて通っているのではないかと思
われることが残念である。それは餃子問題でもいえることだが、情報の公開度や、
監督責任を含めて、なぜか追及が尻つぼみにならざるを得ない。日本のマスコ
ミも何時しか小さくなっているように見えてならない。その点では、第二三話「
後ろ盾」"流行の裏にあるもの"の記事は衝くべき処を衝いて面白い。近代化、現
代化の遅れの中で生じているこの種の話は、形を変えて巧妙に日本でも存在し続
けている。だが人間社会の醜い側面を、機会ある毎に告発し、糾弾し続けること
が、社会的成熟への道であることに間違いない。
 
  環境問題は日本でも、チッ素の水俣病やカネミ油事件など枚挙にいとまがない。
また、四日市や、北九州の洞海湾の汚染などは有名である。当時公害反対を叫
んだ革新陣営は悪者扱いをされたり、弾圧の対象になったこともある。いわば経
済発展の中で生じた副産物である。企業は公害をタレ流すことにより、生産原価
を低く抑え企業利益を守ろうとするし、住民は日常生活と生命まで脅かされるこ
とになる。

 マスコミの使命は、この環境問題を告発して世論に訴え、法的も行政的にも改
革を求めることにある筈だ。大気汚染、水質汚染はさらに地球温暖化という大問
題にも関わってくる。中国が将来にわたって、世界のリーダーとなるための一里
塚にして貰いたいものだ。
  幸い本書の各項目の中に、経済発展についていけない意識や、歪みに対する制
度、法律等の整備の遅れに対する声なき声が散見できる。とにかくこの世の中に
「無謬」なんてありえないとする多様な観察力をこの上にも大事に育てて欲しい
ものである。

 私が注目したもう一つの視点に老人問題がある。儒教発祥の地である中国が老
人大国になろうとしている。一人っ子政策で人工抑制政策をとった中国は、将来
にわたり、増え続ける老人を、支えるための後継者は産児制限のあおりから負担
増に耐えられるのか。少子化の中に、一足先に老人大国となった日本の経験から
憂慮すべきことではなかろうか。本書第50話「ハルビン市のディケアセンター」
に登場する内容は、極めて初歩的なものであり、制度が充分定着していない感
じがする。

「孝」の道という道徳律が、政治的、社会的に取組を遅らせる遠因に
なったのではないか。我が国の老人対策は可なり進んではいるが、時には事業化
の中で暗い、嫌な事件はあったものの、全体としては進歩したと言えよう。残念
なことに、北欧諸国で見られるような、社会全体で支えるという意識に到達して
いないし、行政の対応もいまだに手探りといった問題もある。

 超高齢化社会を迎える中国で、今後推進される老人対策こそ、核家族化にも人
権問題にも、そして"老人を敬う"伝統社会の根幹を守る大きな課題である。マス
コミ関係者の広い知識と勇気ある提言を期待したいものである。最後に、中国マ
スコミが、大量破壊兵器を理由に戦争に突入した英米などの国々や人工壁でパレ
スチナを孤立させるイスラエル、アフガンへの誤爆、劣化ウラン弾使用などに対
して鋭い考察や、人道上の視点に立った論評はできないものか。百家争鳴こそ中
国のお家芸であったはずである。

           (元衆議院議員・和歌山市在住)

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