■【北から南から】

中国・上海だより (3)               石井 行人

    ~♪People are living just for today♪というものの~
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◇1. 上海の気候


  上海は、とても気候の好くない土地だとつくづく思うことがあります。5月か
ら10月の初旬まで夏が続きます。高温多湿でまさに亜熱帯です。7月が最高気温
月間で、八月の中旬以降は雷雨が続きます。8月末前後から、さすがに少しづつ
気温は下がり始めますが、直線的に涼しさに向かうことはなく、人々を焦らしな
がら、イライラさせながら秋に向かっていきます。

 暑さに弱い私は、心底げんなりしながら秋風の到来を待ち続けます。「秋来ぬ
と目には」という類の情緒は、感じることはできません。土地っ子でさえ耐え難
いという夏は、ひたすら過ぎていくことを願うしかありません。今年の9月10-12
日の中秋の連休は、久々に少し静かな上海の姿を見せてくれました。
 
  冬は冬で、亜熱帯でありながら、上海かなり寒いのです。その理由の一つは暖
房システムにあります。夏も冬もエアコンひとつで間に合わせるのがふつうで、
夏はともかく、あまり性能のすぐれないエアコンだけで冬場をしのぐのはたいへ
んで、電気料金にもびっくり。柔らかな暖かさが特徴の石油ストーブが忘れられ
ず、わざわざ日本から持ってきた人がいたそうですが、結果は大失敗。

 精製度が低い中国の灯油のせいで、部屋中がすぐススだらけになったそうで
す。最近建設された高級な部類のマンションは別として、典型的な公共アパート
などでは、中学生が工作時間に作り損ねたような、ペンキの剥げかかった貧弱な
窓枠がヒューヒューと音をたてながら寒気を室内に招待しています。


◇2. 道路と建物の質感


  日常生活は日常生活。♪People are living just for today♪です。繰り返し
繰り返し同じことをくり返すわけですが、無味乾燥な反復の中でも、なぜか摩耗
しない感覚、つまりどうしても馴染めない感覚が残ることがあります。それが
「もの」に対する質感です。まずは、道路や建物という身近なものに対する質感
です。歩道はいちばん歩きにくく足が疲労を訴えます。

 煉瓦に似た表面が突起しているブロックが組み合わされた歩道は苦難の道で
す。アスファルトではない安価な煉瓦もどきブロックの組み合わせは、ほごせば
何回も再利用できるから使用されているのでしょう。すぐ脇のアスファルト車道
を歩くと、足裏が「ああ、ここは歩きやすい」と私に話しかけますが、そんなこ
とをしていたら、即座にこの世にサヨナラする危険性に満ちあふれています。
 
  上海の高層ビル数は、日本全体のそれを上回り、いまや上海は香港を抜き名実
ともに中国一の産業・経済都市になったそうです。確かにその発展ぶりはたいし
たものです。バブルがはじけると言われながらも、別墅という名の豪奢な独立マ
ンションやコンドが絶え間なく建設され続けています。誰が建設し、誰が購入す
るのかと常々疑問に思い続けています。

 たまたま郊外の駅前などで目にした分譲マンションの前を、数ヶ月後にふたた
び通りかかると、きらびやかな大理石で作られた団地標識が、半分剥がれ落ち、
半分ひび割れていました。大理石まがいの薄石をザラザラしたコンクリート塊に
糊付けしただけのものでした。ドアノブの金メッキは剥げかかっていました。ま
だ分譲中のことです。中国語では、手抜き工事を「おから(豆腐渣)工事」とい
うそうです。


◇3. 地下鉄の座席は


  私が恐れている他のものは、地下鉄の車内座席がプラスチックでできているこ
とです。記憶が正しければ、韓国の大邱市で起きた地下鉄火災事故で多数の死傷
者が出ましたが、死亡原因は火そのものではなく、プラスチックから出る大量の
有毒ガスだったと思います。この事故以後、日本でもプラスチック製のイスは姿
を消したはずです。ときどき思い出したようにこの話をするのですが、たいした
反応はありません。早く取り替えて欲しいと、真剣に考えています。


◇4. 最大の辛苦「水」


  私の上海生活のなかで、いちばん労力を要するのは、水の問題です。水道水
は、どうしても飲む気になりませんから、5リットル入りのミネラル・ウォー
ターを買ってきます。物価が急激に上がり続け、ついに10元(やく120円)に
なってしまいました。

 「なんだ安いじゃないか」と思われるかも知れませんが、中国全土でいちばん
高い上海の最低賃金(月額)でも1,380元くらいですから、どうでしょうか?宅
配してくれる割安な20リットルの家庭用もありますが、味が微妙に異なります
し、賞味期限内に飲みきれません。私はビールが好きですから、結果としていつ
も二種の水類をアパートの5階まで運び上げています。日本では経験したことの
ない「水の苦しみ」です。ちなみに、いちばん安い某日本ビール企業(現地生
産)の缶ビール六個パック(350m)は、10.5元です。私には、いまだに商品価格
のバランスがよく理解できません。

(筆者は中国・上海在住・研究者)

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