【コラム】大原雄の『流儀』

★ロシア本土にウクライナ軍攻撃か?

大原 雄

★ロシア本土にウクライナ軍攻撃か?
 ロシアの国内にある2つの空軍基地で12月5日、激しい爆発が起きたという。モスクワ南東のジャギレボ空軍基地とロシア南部エンゲリス空軍基地。核兵器搭載可能な戦略爆撃機Tu95が配備されたロシアの遠距離航空部隊の拠点だという。ロシアは、ウクライナによるドローン(無人航空機)攻撃だと発表したが、ウクライナは関与を認めていない。欧米のメディアの報道では、ウクライナの『先制攻撃』だという見方が広がっているという」(朝日新聞、NHKほかメディアが報道した)。

 ウクライナがロシア本土を攻撃しない限り、プーチンは核兵器を使わないだろうという見方が欧米では、根強くあったが、とうとうウクライナがロシア本土を攻撃したか? プーチンは、直ちにオンラインで国家安全保障会議を招集したが、ロシア大統領府は会議の中身を発表しない。私の胸底には大いなる懸念が残る。

★ロシア・ウクライナ・ポーランド(NATO)

 マスメディアが伝えるところによると、11月15日、ウクライナ国境から7キロほど離れたポーランド南東部の村に「ロシア製のミサイル」が着弾したという。ロシアのプーチン大統領は、「関与していない」と言う。ウクライナのゼレンスキー大統領は、「集団安全保障に対するロシアのミサイル攻撃だ。行動が必要だ」と強調する。ゼレンスキーが望む「行動」とは、軍事行動のことだろう。この大統領もナショナリズム感情を利用してウクライナ国民の抵抗を煽る。それが始まれば、もう世界は、「第3次世界大戦」突入となるのではないか。建前は、軍事行動だろうけれど、そう簡単には、世界大戦に突入するわけにはいかないという本音がウクライナ、ロシアのどちら側にもあるのではないか? 当然あるだろう。核の使用などという狂気は持つべきではない。

 レーダー情報を解析したデータを専門家からレクチャーされているはずのアメリカは、「初期段階の調査では、着弾したミサイルは、ウクライナ軍が迎撃のために発射したものとみられる」「軌道を考えると、ロシアから発射された可能性は低い」とも政府高官が語っていると伝えている。テレビニュースで観た際のアメリカのバイデン大統領は(ゼレンスキー説に)「異議を唱える初期段階の情報がある」と記者団に対して冷静な表情で淡々と説明していた。アメリカの、この大統領はプーチンのように簡単には、戦争を始めない大統領ではないか。トランプだったら戦争に拡大しかねない。

 国民2人が死亡したポーランドのドゥダ大統領も「ウクライナの対空ミサイルだった可能性が高い」と語ったという。しかし、意外なことにウクライナのゼレンスキー大統領が自説にこだわり、頑張っている。「ロシアのミサイルであることを疑っていない」と強調する。「『我々のミサイルではないことは、疑いの余地がない』と主張した」(同紙、11月18日付朝刊記事引用)という。ゼレンスキーの発言に対して、「欧米からも苦言」、「バイデン大統領は(略)『それは、証拠はない』と苦言を呈した」、という。ウクライナと欧米の間では、こうした事案は、珍しい「不協和音」ではないか。この「顛末」は、このコラムでも確実にフォローしておくことが大事だろう。

 なのに、この事案のその後は、どうなったのか? ウクライナ側の調査官も合同調査に参加したという情報が入ったが、調査結果をメディアが伝える情報は、まだ見ていない。以下のCNNオンライン版(11月18日)が新しい情報なのか。

 「ポーランドへのミサイル着弾について、ゼレンスキー氏は「何が起こったのかわからない。確かなことはわからない。世界も知らない。しかし、ロシアのミサイルであることは確かだ。ウクライナが防空システムから発射したことも確かだ」と述べた。その上で、どのミサイルがポーランドの領土に落下したかについては調査後にしか結論は出せない、とも指摘した」。以上、引用。

 ゼレンスキーの論調は、当初よりソフトになっている。ロシア「製」ミサイル自体は、ロシアにもウクライナにもあることは、周知の事実だろう。また、「ウクライナが防空システムから発射したことも確かだ」というのは、いっときの強い拒否感からは見ると、融通性、柔軟性のある認識に変化してきていると思う。これは良いことだ。じっくり知恵を絞れる。

 ウクライナの調査官が参加した合同調査の結果報告が、欧米の主張する通りになった場合に備えて、ソフトランディングの対応もできるようにゼレンスキー大統領も軟化してきたように見える。

 「ロシア製のミサイル」は、ロシアにあるだろうが、ウクライナにもあるのではないか。この場面の「ロシアのミサイル」とは、「ロシアから発射されたミサイル」という意味と「ロシア製のミサイル」という意味のどちらとも取れる表現なのではないか。新聞記事としては「ロシア製の〇〇というミサイルで、ロシアは、どの方角からポーランドとウクライナの国境に向けて発射されたというような具体的な説明が欲しい、と思う。ゼレンスキーは、着弾したミサイルの合同調査グループにウクライナの専門家も加えるべきだと主張していた。その通り合同調査にはウクライナからも調査員が加わったのは良いことだと私も思う。調査データをきちんと分析し、ゼレンスキー大統領にも正しい判断をして欲しい。正念場だぞ。ここは。
こういう節目になる情報をマスメディアは、きちんと最後まで報道するべきだ。

 そもそもこの事案は、11月15日午後、ロシアがウクライナ各地のエネルギー施設(冬期のエネルギー事情に大打撃を与えるという作戦)を狙って過去最大規模のミサイル攻撃を行った中で起きた。「ウクライナ当局によると、(1日だけで)ロシアから90発以上のミサイルが発射され、77発は撃墜されたが、残りのミサイルで重要なエネルギー関連設備が破壊された」(朝日新聞11月17日付朝刊記事より引用)という。ウクライナでは、「(10月10日以来、)ロシアから1ヶ月以上にわたって国内の電力網を主な標的にしたミサイル、ドローンによる空爆にさらされてきた。今回の「最大規模の攻撃」は、首都のキーウ(旧キエフ)の半数の世帯が停電する」恐れがあったという。その後も、ロシアによる「戦場外の軍事侵攻」が卑怯にも続いている。ウクライナは、ロシア本土を全く攻撃していない。ウクライナ内部の被占領地の奪還を目指しているだけだ、ゼレンスキー大統領もこれまでのところ反転攻勢しているのは、ウクライナ領土内のロシア占領地を奪還しようという行動のみではないのか。

 ウクライナのゼレンスキー大統領は、プーチンとの違いを国際社会に見せるためにも着弾したミサイルがウクライナの迎撃ミサイル(ウクライナの保持するロシア製のミサイル)だと確定したら、ウクライナの最高責任者としてポーランド国民に対してはきちんと非を認め、謝るべきであろう。そもそも、プーチンがウクライナ・ポーランドの国境近くをミサイル攻撃しなければ、このような事態を引き起こすことはなかった。広くウクライナのインフラを狙った「非戦場」攻撃などという姑息な作戦をプーチンが押し進めなければ、このような事態は起きなかったのではないか。国際社会は、そのような戦場にされたウクライナの領土環境の問題性を多くの国は皆、承知しているはずだ。

★発端:ポーランドにミサイル着弾

 このニュースは、朝日新聞11月16日付夕刊記事や17日付朝刊記事では報道の初期段階だったので、一面の上段を横切る大見出しで飾っていた。朝日新聞に限らず、テレビも新聞も大きく扱った。ポーランドは、NATOの加盟国。アメリカも加盟するNATOは事案次第で集団的自衛権の発動などへステップアップすべき重大な局面に繋がりかねないからだ。17日付の見出しでは、「ポーランドにミサイル」「ウクライナの迎撃弾か」「2人死亡NATOの初の被害」。

 記事によると、アメリカやNATO関係国がこの事案の対応を緊急協議し、ミサイルがどこから発射されたのかは明らかではないが、ウクライナ側の迎撃ミサイルだった可能性が高まっているという。迎撃ミサイル説を逸早く掲げたのは、どこの国だったのだろうか。

 例えば、朝日新聞16日付夕刊記事の5段縦見出しは「2人死亡NATO域で初」。副見出しは「ポーランド政府発表ロシア、関与否定」、
さらに3段見出しでは、「G7首脳ら緊急会合」。
新聞は一面の大部分をこの記事だけで埋めた。

 本記リード記事を紹介しよう。「ポーランド政府は15日、同国南東部のウクライナ国境そばの村に同日午後3時40分ごろ、ロシア製のミサイルが着弾し、2人が死亡したと発表した。ロシアは関与を否定しているが、着弾が事実と確認されれば、(略)」。

 軍事アナリストは、ウクライナ戦争と核兵器について、こう分析している(朝日新聞11月2日付記事より概要参照&引用)。このアナリストは、とりあえず、K氏と匿名にしておこう。というのは、彼は、日々入手する情報分析を踏まえて、最新の情勢判断を練り直しているだろうと思われるので、分析上引用した「古い」情報をあたかも最新の情報のごとく私が紹介するのは、何よりも不正確であり、礼を失すると思われるからである。従って、ここでまとめた文章は、私の文責で私が理解した範囲でプーチンの脳の中の「ある時期」を描いてみたということで了解して欲しい。

 22年9月以降、ロシア軍は、ウクライナ軍の反転攻勢に押され続けたようである。頭でっかちのプーチンが、現役の軍隊に加えて、急遽「部分的動員」により、兵力(予備役兵)を新たに注ぎ込み戦況を有利になるよう盛り返しを図ろうとした。しかし、それに踏み切っても上手くいかなかったから、頭で考えた次の作戦に着手しようとするかもしれないという。

どういう作戦か?
アナリストの解答を紹介する前に、取り敢えず彼の推論を前提にしながら以下、プーチンの頭の中を私なりに推理・想像してみたい。

★独裁者の脳の中

 プーチンは、独裁者、専制主義者、国家主権主義者。ロシアの元首の座について以来、すでに20年。プーチンの政治哲学を理解することは欧米の政治家や政治学者が雁首を並べて考えてみても難しいだろう。プーチンがいまこの国で専制権力を持っているのは、長い時間をかけてコツコツ構築し続けてきたからだろう。その「成果」(?)があって今やこの国では、なんでもプーチンの思う通りになっていた(ウクライナへの軍事侵攻以来、ロシアでも戦争反対の行動が市内にも出て来始め、メディアで報道されることがある)。特に、めちゃくちゃな「部分的動員」(予備役動員)以来、その傾向は強くなってきているように思える。

 プーチンの脳の中では、こうつぶやいているかもしれない。
「いやいや、ロシアだけではない。周辺の国家も似たようなものさ。各国の国民は、ほとんどが俺の思うままに動く。そういう権力を持っている俺が、戦争に負けるわけがない。軍隊の兵士を増やせば戦争には勝てる。弟分として可愛がってきたウクライナ相手に俺の権力欲誇示で始めた戦争だもの、もっと簡単に終わると思っていたら終わらない。終わらないどころか反抗する連中がいつの間にか俺が見込んでいるより増えて来ているらしい。ならば、「兵隊を増やせ」と俺は命じた。兵力を増やせば、俺は勝てる。
 ウクライナ、NATO加盟国、国際社会(西側諸国)。戦争はウクライナに任せておきながら、せっせと軍資金をつぎ込んで兵糧や兵器を絶やさないようにしている国々がある。こいつらの結束がなければこんなに手こずるはずじゃなかったのだ。現行の兵器で勝てないならば、「烈度の高い核兵器を使用せよ」と俺が命じれば良いだけのことだ。

★2つのエスカレーション

 これについて、例えば、前掲のアナリストの場合は、プーチンの脳の中にある2つのエスカレーションを想定しているようである。以下は、朝日新聞11月2日付記事を参照しながら、私がまとめたものである。
当然アナリストは、最近の情報を収集して、新たな分析をしているだろうから、この想定とは、違う見解を持たれていると思う。この点を読者は承知しておいて戴きたい。

○軍事アナリストKの場合。

*エスカレーション・1)暴力の規模拡大。まず、一つは通常戦力を拡大する「水平的エスカレーション」という作戦だ。「動員で軍隊の規模を膨らませる」ということだ。ここで言う戦力とは、軍隊の兵力、つまり予備役の動員(総動員ではないので、部分的動員)。プーチンは、すでにこの作戦(「暴力の規模拡大」)には着手しているが、予備役兵は、訓練しながら、訓練も追いつかず、装備も不自由しながら、早々と戦場、あるいは非戦場で闘わされている。本来なら、予備役の兵士は現役兵並みにリニューアルするプロセスと時間が必要なのだろうに、ほとんど何もしていないのではないか。プーチンも滅茶苦茶する(?)、ということか。

*エスカレーション・2)暴力の烈度上昇。次いで、暴力の烈度をあげる「垂直的エスカレーション」という作戦だ。「烈度」とは、聞き慣れない言葉だが、いわば「力の強さ」。兵器の「威力」のことか? これには、基本的に核兵器の使用が含まれているとアナリストは言う。

 ロシアのエスカレーション作戦は、11月以降開始されるのではないか、とアナリストは、この時点では想定していたが、エスカレーション・2)にはロシアも突き進んでいない。ロシアが、真っ先に使う可能性がある核兵器は、射程が短く、威力も比較的小さめな戦術核ではないか。前線の敵に対して普通の砲弾やロケット弾のように使うのではないか、それだけに核兵器の「数を撃つ」ことになるのでは、とアナリストは予想していたが、11月のロシア軍は、ウクライナの国民を凍え死にさせることを狙うような卑劣な作戦を押し通している。病院にミサイルを撃ち込み、入院中の乳児などを殺したりしている。プーチンは、何者かにマインドコントロールでもされているような奇怪な発想と行動を続けているように見受けられる。

 小型核兵器使用後は、核実験。例えば、黒海のズミイヌイ島の上空で核爆発をさせる。「脅しの核実験」。

 総じて、アナリストの分析による想定によればロシアが核兵器を使用することは「当面ない」だろうという。

 ポーランドのミサイル着弾問題に対する関係各国大統領の立ち位置をまとめておくと、その位置付けは、次の通り。

○プーチン:ロシアは、ウクライナとポーランドの国境付近を攻撃していない。これには、(?)がつくと思う。
○バイデン:ミサイルがロシアから発射された可能性は低い。
○ゼレンスキー:NATOの集団安全保障に対するロシアのミサイル攻撃。
○ドゥダ(ポーランド):ロシアが意図的にポーランドを攻撃した形跡はない。ウクライナの迎撃ミサイルである可能性が高い。

★核兵器とは?

 大統領たちは、偶発的なきっかけで、第三次世界大戦勃発に繋がることを恐れている。それはそうだ。いくら取り決めで原則論を決めてあるとしても、政治的な状況は、いつも違うだろうし。いつでも、変わりうるだろう。それに、プーチンは平気で嘘をつく。
 また、権力者は権力を持てば持つほど判断ミスは、許されないから、ミスをミスとは、容易に認めない。

 そもそもウクライナ戦争の、いわゆる軍事侵攻は、プーチンの判断ミスから始まったことだ。元首生活が20年というプーチンは、もう判断力が錆びついている。錆びた判断力で世界を振り回されては、たまったものではないが、すでに国際社会の政治状況は、そういう「たまったものではない」というレベルを突破した危険なフェイズに入り込んでいるだろう、と私は思う。

贅言;以下の軍事用語の説明は、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)を参照した。前にも同じようなことを書いているので、用語説明は一部重複する部分もあることを承知して戴きたい。

 プーチンは、本当に核兵器を使うのか。核兵器には、大きく分けて「戦術核」と「戦略核」がある。「戦術核」、あるいは「戦術核兵器」は、戦場単位で通常兵器の延長線上での使用を想定した核兵器のことである。後に述べる「戦略核」のほかに「戦域核」(中距離核兵器)がある。戦術核はこうした核兵器に比べると、射程(射距離)が短い。当時の米ソ間の核軍縮協定(条約)などでは「射程(射距離)500キロ」以下のものが戦術核として定義されていた。
 核兵器は、このように、核弾頭の威力で兵器としての威力の大小をランク分けするものではないのである。この分類は使用目的と運用方法に依拠する。大型の核弾頭でも前線の敵部隊に使用すれば戦術核と呼ばれ、逆に小型核弾頭でも相手国の本土都市そのものなどを攻撃するために使われる場合は戦略核と呼ばれる。
 ということは、ウクライナ戦争の場合は、例えば、ロシア軍がウクライナの首都キーウ(旧キエフ)などを標的に「核」攻撃をした場合は、「戦略核」で、それ以外は、「戦術核」ということになるのか。一方、ウクライナ軍の場合は、侵略されたウクライナ領土の奪還のために占領地にいるロシア軍を標的に核攻撃をすれば戦術核ということになるのか。いや、そういうことはないのだろう。占領されているとは言え、自国の領土を核攻撃する権力者はいないだろうと思われるが、どうであろうか。

 戦術核、あるいは戦術核兵器は、地上配備の核砲弾、短距離弾道ミサイル(SRBM)、ロケット及びロケット弾、核地雷、航空機に搭載される核爆弾、空対地ミサイル、空対空ミサイル、海戦で使われる核魚雷、核爆雷などがあるという。

 戦略核、あるいは戦略核兵器は、大規模な戦略的目標に対して使用される核兵器のことを言う。一般的には先に述べた戦術核よりも高威力であり、敵国の軍事基地や行政機関、人口密集地、エネルギープラントなど比較的大規模な目標を破壊することを目的とする核兵器である。

戦術核:すでに述べたように冷戦時代、米ソ間の核軍縮協定(条約)では、「射程500キロ」以上を戦略核と言い、それ未満のものを戦術核と称した。また、戦術核は局地的な核戦争下において敵国船や戦車、歩兵などを直接的に攻撃することが目的のため、比較的威力が弱く作られている。

戦略核:大陸間弾道ミサイル、航続距離の長い戦略爆撃機、潜水艦発射の弾道ミサイルに搭載された核兵器が戦略核だと思われがちだが、隣国同士で核戦争となった場合などを想定すると、射程の短い短中距離弾道ミサイル、航続距離の短い戦闘機などに搭載された核兵器でも、戦略的な意味合いを持つ場合には、戦略核と呼ばれる。たとえ威力が低くても攻撃目標が大規模なら戦略核に分類されるという。

 ウクライナでは今、ロシア軍による民間インフラへの攻撃が続いている。戦場で、ウクライナに勝てない分をロシアは戦場外でのインフラ攻撃を増やして、民間人や子どもを標的としている。ウクライナの多くの国民は暖房の供給源や原発など電力(エネルギー)、飲料水(水源)を奪われながら厳しい冬期を乗り越えなければならない。苦境の冬とこれから対面して生きて行かなければならないのだ。

★ウクライナの「戦勝」情報の読み方

 朝日新聞11月13日付朝刊記事は、見出しの活字が躍っているようだった。記事は3段ということで大きくはないが、二本見出し。いずれも、3段見出し。

「ヘルソン奪還『歴史的』」。
左隣りに副見出し。
「ゼレンスキー大統領 掃討作戦進める」

「ウクライナ軍は11日、ロシア軍が撤退完了を発表した南部ヘルソン州のドニプロ川西岸で州都ヘルソン市に入り、市内をほぼ掌握した。ウクライナがロシア軍の侵攻開始後に実現した最大規模の都市奪還となる。(略)ゼレンスキー大統領は11日、「今日は歴史的な日だ」(略)」(と述べた)。

アメリカ国務省の「紛争監視団」(朝日新聞11月19日付朝刊記事引用)は、18日、ウクライナ軍が一部を奪還した南部ヘルソン州でロシア占領期間の「3〜10月」にウクライナ市民が被った「市民への違法な拘束」などに関する報告書を公表したという。この中で、私の目を光らせた情報は、「拘束・失踪」した人が少なくとも、226人おり、このうち、32人は「先住民族のクリミア・タタール人」とみられるということだった。戦場にあっても、先住民族などマイノリティの人々は、差別的に扱われているのではないか、ということが私には気がかりであった。アメリカ国務省の「紛争監視団」は、衛星画像や報道などの公開情報からロシアによる違法行為や戦争犯罪の証拠を収集しているという。先住民族の情報をメディアは、もっと報道すべきではないのか。ウクライナ軍の戦勝の陰には、こういう弱者にも目配りすべき情報がロシアによって隠されているから、要注意だろう。ロシアが占領したままで停戦などになると、こういう情報は隠し続けられ、不完全なまま闇から闇へと葬られてしまうからだ。ウクライナのあちこちに不当に埋められた市民の遺体など。新聞を読んだり、テレビを見たり、ラジオを聴いたり、SNSをチェックしたり、メディアの第一次情報ばかりを読んだりするのではなく、第二次情報も読み込んで、情報の構造性(裏側に見えにくい情報が隠されている)を忘れずにチェックするのもジャーナリストの大事な仕事だろう。

贅言;(12月6日)CNNによると、 ロシアのプーチン大統領は(12月)5日、ロシアが一方的に併合したウクライナ南部クリミア半島とロシア本土を結ぶ「クリミア橋(ケルチ橋)」を訪れ、10月の爆発による橋の損傷部分の修復を視察したという。
ロシア国営メディアが公開した映像には、プーチン氏がドイツのメルセデス・ベンツの車を運転したり、橋の一部を歩いたりしている姿が映っている。(略)「クリミア橋(ケルチ橋)」は全長19キロとヨーロッパ最長の橋で、車道と鉄道橋が並行している。10月8日に列車の燃料タンクが爆発して損傷し、プーチン氏はウクライナの治安機関による破壊工作だと非難。ロシア当局は数日後、修復工事を来年7月までに完了すると発表していた(以上、CNNのデジタル版より引用)。

★アメリカ中間選挙結果の意味

 アメリカ中間選挙については、マスメディアで盛んに報じられたので、ここでは、1点だけ問題点を明記しておきたい。

 「来年1月に新議会が始動すれば、共和党は、連邦議会議事堂襲撃事件に関するトランプ前大統領の関与などを調査してきた下院の特別委員会を解散し、代わりに、米軍のアフガン撤退や(略)バイデン政権の対応を調査する方針とみられる。バイデン氏を弾劾訴追しようとする動きもある」(朝日新聞11月17日付夕刊記事より引用)という。アメリカでは、形式的に民主主義的な手続きを取り、権力を握りさえすれば、悪も犯罪も握りつぶせるということなのだろうか。アメリカのデモクラシーの熟成度は、こういうものか、と疑う。犯罪解明のための特別委員会も淀みに浮かぶ泡(うたかた)のように淀みの環境が変われば、消えてしまうのだろうか。

 今、想定されるのは、トランプ対バイデンという対立軸か。これも実現するかどうか判らないような気がする。権力の「凄まじさ」を浮き彫りにしたアメリカ大統領選挙は、今後2年後の投票まで相互に対抗を演じることになるだろう。日本でも政権交代が実現すれば、権力はベクトルの向きを変えて、敵対した対立軸に対して猛威を振るうのだろうか。今回、安倍晋三前首相が亡くなっても、自民党では安倍派が分裂する気配が出ているくらいで、それも今のところは生殺し状態である。生ぬるく、日本の政治史における「安倍晋三問題」として本質的な認識を深めようとする動きはほとんど出てきていないようで、おおまかさというか、大雑把というか、鈍感というか、緩やかなものだ。こういう対応ぶりは、いかにも保守党的な体質ではないか。自民党に限らず、今や小政党は保守党ばやりである。保守党の共通する本質的なものを分析するのもマスコミならではの仕事である。マスメディア、頑張れ!

★ICBM、EEZ内落下

北朝鮮のミサイル発射のニュースの見出しである。

白抜き黒ベタ、3段の見出し。副見出しが、「北海道沖 北朝鮮が発射」。

本記リード記事。
韓国軍合同参謀本部によると、北朝鮮が18日午前10時15分頃、平壌近郊の順安(スナン)付近から日本海へ大陸間弾道ミサイル(ICBM)1発を発射した。(略)北海道の渡島大島(おしまおおしま)の西約200キロの日本の排他的経済水域(EEZ)内に落下したとみられる(以上、朝日新聞11月19日付朝刊記事より引用)。

これで、北朝鮮は、ミサイルでアメリカ本土を攻撃できることを実証したとして、金正恩を含めて高揚感(北朝鮮の官製メディアの報道ぶりでは、「お祭り騒ぎ」のような気分に見える)に浸っているのではないか。

贅言;排他的経済水域。英語では、Exclusive Economic Zone; EEZという。沿岸国が海洋および海底の生物・鉱物資源の探査・開発・保存・管理などに関して主権的権利をもつ水域のこと。要するに、領土の沿岸から続く海底の領分。

★ 北朝鮮とロシアの「平仄」

 北朝鮮のミサイル発射について盛んに騒ぐマスメディアがほとんど伝えていないと思う視点がある。私が思うには、それは、北朝鮮のこうした軍事行為が、何か、ロシアのウクライナ侵攻の具体化行動と「平仄を合わせている節があるのではないか」という直感的な疑問なのだが、いかがなものであろうか。北朝鮮は、ウクライナ戦争中もロシアに兵器を売ったりしているが、孤立するプーチンから見れば、そういう状況下にも関わらず「寄り添ってくる」貴重な仲間だけに金正恩を頼りにしているのかもしれない。北朝鮮のミサイル発射は、プーチンへの金正恩なりの応援歌なのではないか。要するにプーチンに対する金正恩流の「お友達の作り方」編なのではないか?

 その寄り添う姿の、いわば、シンボルとなるべきスポット(?)、金正恩の隣のスポットに10代の若い女性が突然姿を現したのだ。それもミサイル発射のイベント会場に姿を現したのだから、皆、驚いた。一部のメディアは、ICBMよりも、こっちの方がニュースヴァリューがあるとばかりに飛びついた。金正恩と「娘」の世代の年齢という若い女性は、肩寄せ合って、巨大なミサイルをバックにして立っている。巨大なミサイルは若い者たちが喜んでカップル写真の背景に使いたがるようなものではないだろうに。二人を写した静止画(写真)を北朝鮮の国営通信社・朝鮮中央通信が公式に発表した。その意味合いを解こうというメディアでは、ミサイルより話題にしているという。早々と続報が来たか。「金正恩の後継者?」、「将来的な後継の方向性を示唆した」、ICBMに対する「国際社会の関心をそらす意図」など諸説紛々。どこのメディアが、この先、この「カップル」の謎解きを書いた解答用紙を持ってくるだろうか。次号までの情報を皆で分析して問い明かしてみようではないか。

 「北朝鮮の朝鮮中央通信は19日、金正恩総書記が18日に新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星17」の試験発射に立ち会った時に、妻の李雪主氏とともに金総書記の娘が同行したと報じた」(朝日新聞11月19日付朝刊記事より引用)。

 さらに、続報が届いた。金正恩の子どもたちについて、韓国の「国家情報院」(同紙11月23日付朝刊記事より引用)からの情報。
北朝鮮の官製メディアが写真を公表した金正恩総書記の娘について韓国の国家情報院は22日、「第二子のキム・ジュエ」さんとの見方を報告した」という(以上、同紙より引用)。

 新聞記事が「報告」したと書いたのは、韓国の国家情報院は、マスメディアではないからだ。大統領直属の情報機関であり、秘密警察である。つまり、元のKCIA。国家の安全保障に関わる情報・保安・犯罪捜査などに関する実務を担当する。今回の同紙記事によると、以下の通り。
「22日の韓国国会の情報委員会に出席した議員によると、国情院は娘がジュエさんであることを『確認した』と報告したという」。国情院などの情報によると、金正恩総書記と妻の李雪主氏の間には、3人の子どもがいるという。第一子は、2010年生まれで男性らしい。第二子が、写真の女性で2012年か13年生まれ。10歳前後。第三子が今のところ性別不詳で5歳ぐらいか。
このタイミングで、こういう情報を表に出す判断をした事情の裏にあるものは何か?

★ 専制主義の動静
 というコーナーを設けてみた。
 専制主義国家とみられる国家のうち、ロシア、中国、北朝鮮などの権力者の「動静」をマスメディア報道から拾って一口コメントを付して、可能ならば毎号、このコラムで記録しておきたい。

○ ロシア:(ウクライナ東部ルハンスク州の親ロシア派支配地域に住む女性が、息子を亡くしたと話したとき)「問題はどう生きたかだ。あなたの息子は目的を達した。彼の人生は無駄ではなかった」(プーチンの発言)。
この息子の目的は、母親の元へ無事生還することではなかったのか。プーチンの不規則的な動員対策への批判こそ、母は、言いたかったのだろうに。
戦死した息子への母の感情を無視した権力者の発言に朝日新聞11月28日付朝刊記事は、「プーチン氏、戦死を美化」というひねくった見出しをつけて報じた。

○中国:「中国 ゼロコロナ抗議拡大とサッカー(ワールドカップ)の熱狂の関係?」。コロナ感染拡大で「市民の不満噴出」。「ゼロコロナ」政策に対する中国市民の不満は、「かつてなく強まっている」という。朝日新聞の上海駐在記者が伝えた。「中国のSNSには、上海市内に多くの人が集まり、習氏の辞任を求める動画が出回った」という。「習近平、やめろ」「共産党、やめろ」。ロシアのプーチンに対する不満の訴えのように中国も長期化した専制政権への不満が噴出し始めた。このような抗議は、その後、北京、広州などへ一気に広がったという感じ(その後、この政策も緩和されたという)。特に、カタール(アラビア半島から突き出したペルシャ湾の南岸にある半島の国家)で開かれていたサッカーのワールドカップを観戦する各国のサポーターらが皆マスクなどしないで、熱狂的に存分に応援している映像を見て、なぜ、中国国民だけが、マスクをして応援しているのか、という疑問にぶち当たったらしい。「大きなマスクは、習近平だった」ことに中国国民も気がついたか。抗議する人たちが手に持つ白い紙は、何も書かないことで言論統制への抗議を示しているという。大きなニュースになってきたから、私が当初見つけた「動静」として、ピックアップするようなネタではなかったか、どうか。サッカー大会とゼロコロナ抗議の関係も、興味深い「気づき」と思った。

○北朝鮮:金正恩総書記が、ICBM「火星17」の「試射成功」に貢献した兵士や科学者らと「記念撮影」をしたという。その際、再び娘と称する女性を同行し、金正恩の隣に立たせて撮影したという。北朝鮮の官製メディア・朝鮮中央通信が写真を配信した。父娘の後ろには、多数の兵士たちが立ち、「迎合」(おもねり)の拍手をしている。この「拍手群」が、すごい「密」状態になっているのが恐ろしい、と私は感じた。コロナ大感染を懸念した。同紙11月28日朝刊記事が先のプーチンの記事と並ベて掲載されている。他人の息子の戦死の孤独を勝手に美化する。核兵器の試射成功でできた密状態の恐怖。孤と密が並んでいる。

★マスメディアの世論調査では、岸田内閣の支持率低下続く
 余談だが、昨今の日本政治において、岸田内閣の支持率が低下するばかりなのは、政策もさることながら、「判断ミス」「判断遅れ」に国民が我慢できなくなっているからだろう。岸田首相は、基本的な認識において、国民の意識の実相が解っていないから、いろいろ小手先の思い付きを発表しても、準備不足、「やっつけ仕事」では、ますます支持率は低下するばかりだろうに。
 なぜ、このままでは低下するばかりだということが岸田政権には判らないのだろうか。参謀不在か。肝心なところをきちんと対応せず、頓珍漢なことばかり言ったりやったりしていれば、誰だって聞く耳を持たなくなる。「聞く力」が売りものの権力者に対して国民が「聞く耳」を持たなくなれば、権力と国民は、ますます乖離・分断されて行くのは当然の成り行きではないか。
 「黄金の3年間」を手に入れたって、そこは「猫に小判」の世界。小判の使い方が大事なのに。肝心の小判にそっぽを向いて明後日(あさって)の方角を見ている。その上、猫の目のように変わる視点では、何ができようぞ。 

 マスメディアは、定期的に世論調査を続けている。NHKは、11月11日から3日間、全国世論調査を行った。岸田内閣を「支持する」と答えた人は、先月(10月)の調査より5ポイント下がって33%だったのに対し、「支持しない」と答えた人は3ポイント上がって46%だった。「支持する」と答えた人の割合は、4ケ月連続で最低を更新したという。
 支持する理由では、「他の内閣より良さそうだから」が40%、「支持する政党の内閣だから」が33%、「人柄が信頼できるから」が18%などとなった。
支持しない理由では、「実行力がないから」が43%、「政策に期待が持てないから」が34%、「人柄が信頼できないから」が8%などとなった。
 朝日新聞は、11月12、13の両日、全国世論調査を実施した。岸田内閣の支持率は37%(前回10月調査は40%)で、昨年10月の内閣発足以降最低となり、初めて4割を切った。不支持率は51%(同50%)で、不支持率が支持率を上回るのは、3ケ月連続となったという。
 NHKと朝日新聞の世論調査は、ほど同じ時期に実施している上、支持率、不支持率を比べると、ほぼ同じ傾向を示しているところから、ほかのマスコミ各社の調査結果を比べるまでもないかもしれないが、私の感覚では、寺田稔総務大臣、葉梨康弘法務大臣の発言の拙劣さ、旧・統一教会との関わりについての事後の説明や処理の拙劣さが目立った山際大志経済再生大臣、彼らの出処進退についての岸田文雄首相自身の煮え切らない一連の対応の繰り返しなど、人事問題の対応について厳しい目で有権者が見ているだろうことは、良く理解できると思う。また、旧・統一教会の友好団体国政選挙で、一部の自民党国会議員に対し、事実上の「政策協定」にあたる「推薦確認書」への署名を求めていた問題では、自民党が実態を「調査すべきだ」と答えた人は、77%もいるなど、岸田政権の一連の対応ぶりには、7割前後の有権者(朝日新聞調査)が異を唱えていることが頷けると思う。

★ 膨張する一方の「防衛力」

 ところで、私たちの足元では「膨張する一方」の怪物が息を吹き返した。ロシアがウクライナへ軍事侵攻して以来、「そこのけそこのけ」という鼻息の荒さだ。以下、朝日新聞11月23日付朝刊記事より引用。

 「政府の国家安全保障戦略など安保関連3文書改定に向けた有識者会議は22日、報告書をまとめた(長い記事なので、一部だけ取り上げたいー引用者)。
「防衛力有識者会議の報告書」(要旨)を読むと、文脈に一定の強い流れがあることが感じられる。「防衛力の抜本的強化」「総合的な防衛体制の強化」「反撃能力の保有と増強」「常設」「制約をできる限り取り除き」「統制」「一体」「懸念を払拭」「足らざる部分は、国民全体で負担する」「国民全体」「幅広い税目による負担」などなど。特に、「強化」「増強」、「統制」「一体」など、近代民主主義の原理である「個」の尊重とは、逆方向へのベクトルである。

防衛費「GDP比2%」首相が指示、大幅増額

 朝日新聞11月29日付朝刊一面トップ記事の見出し。この指示に対して「翌29日、自民党安倍派を中心に党内には歓迎する声が広がった」と、毎日新聞も報じる。朝日新聞同じ紙面の左肩のトップは、「廃炉原発の建て替え明記」。本記リード記事には、最長60年と定めている運転期間についても、さらに伸ばせる制度を盛り込んだ」とある。岸田政権は、防衛費(軍事費)の中身を具体的に検討して積み上げるのではなく、いきなり「GDP比2%」というように数字優先で枠だけ決めるのか。廃炉原発も「60年」というように数字優先なのか。こういう逆転した発想に違和感を持つ国民が多いだろうに、そういう点には無頓着でいるように思えるが、いかがであろうか。

 岸田首相という人は、こういう世情の「風(かぜ)」も見ようとしないのだろうか。いや、首相が見ているのは自民党の安倍派という「数字」を見ているだけか。こうやって、岸田政権は、支持率という数字を下げているのではないか。

 軍備拡大路線を独行する「日本軍隊」、負担ばかり強要される個々の国民。日本国家の行く末は、戦前の過去に立ち戻る、ということか。なんとも重苦しいばかりである。実に、息苦しい。日本の右傾化は、官僚たちの書く、こういう文書で露骨に滲み出してきている、と言えまいか。アジア諸国の日本の将来への危惧も頷けるというものだ。

 すでに何度か触れてきたように「敵基地攻撃能力」の新たな保有方針も、岸田政権の右傾化をうかがわせるポイントだろう。マスメディアは、きちんと伝えているか。

★軍靴の音が響いて来る

 サッカー・ワールドカップの「日独戦」の、ドイツチームへの日本の逆転勝ちは、素晴らしい4年越しの努力の成果であったわけでとても喜ばしいことだった。世界ランキング24位の日本のチームが、同11位のドイツのチームとの戦いに臨み、前半0−1、後半2−0。結局2−1という素晴らしい成績で逆転勝ちし、次のステップへ勝ち進んだのだ。マスメディアの伝えるところでは、アジアの各国からは、アジアの代表日本というコンセプトで評価が寄せられているという。サッカーの支持率は、急上昇というところか。しかし、第2戦は、同31位のコスタリカのチームに0−1で敗れた。スペインには、2−1で勝って、決勝トーナメントに進出。

 決勝トーナメント1回戦では、同12位のクロアチアと対戦、前半先行したものの追いつかれ、1−1、PK戦で敗れた。順位は、ともかく、ヨーロッパなどの強豪と五分で競い合っている日本チームの姿には、敬服した。

 でも、歓喜に酔いしれながらも、私が注意深く見ていたらテレビの画面からは、「大和魂」とか、「日本の力」、「頑張れ! ニッポン」の連呼とか、消えたはずの戦前の感性的な価値観を誇示するような用語が色々飛び出してきたりして、私は耳を疑った。戦争報道、スポーツの国際試合などいろいろなところから、隙あらばと忍び寄る軍国主義が、軍靴の音も「気高く」(意気揚々という高揚感のまま)近づいてきているように感じられて仕方がない。この日独戦の勝利は勝利として寿ぐが、そこに紛れて軍国主義が足音高く押し入るようなことがあってはならない。

 軍靴の音は、突然響き出すわけではない。

★ウクライナ戦争の中の日本人志願兵の死

 ロシアによるウクライナ軍事侵攻の中で、ウクライナ軍に志願した兵士とみられる日本人が死んだ。当局の調べによると、日本人は福岡県出身の28歳の男性。一時、日本で陸上自衛隊に所属していたことがあるという。政府によると、男性はウクライナでの戦闘で11月9日に死亡したという。男性はロシアによるウクライナ侵攻が始まった後、ウクライナに入国していたとみられるという。
(朝日新聞11月13日付朝刊記事より概要引用)。

異国の戦場に散った日本兵の眼には、死の瞬間、どんな光景が写っていたのだろうか? 

★命が役者を繋ぎ、役者が藝を繋ぐ

 ウクライナ戦争は、専制主義者、独裁者が人民を大量に虐殺する。人民は、殺されたり、逃げ惑ったりしながらも、独裁者に抵抗する。抵抗は長く続き、独裁者は、いつの日か、息が切れて失墜するだろう。

 プーチンは、いずれ失墜する。だが、我が團十郎は、ざっと360年に渡って、途中、空白を挟んで13人に受け継がれ、代々が生き代わり死に代わりし続けてきた。その命は永遠である。

★ 團十郎代々が繋ぐものは?

 400年以上の歴史を持つ歌舞伎。江戸の荒事、上方の和事と言われるように、当初は阿国歌舞伎が京都で発祥し、以後、大雑把に言えば、遊女歌舞伎(女性だけの歌舞伎)、若衆歌舞伎(青年男性だけの歌舞伎)、野郎歌舞伎(成人を中軸とする。子役も含めた原則成人男性だけの歌舞伎)という流れで歴史を刻んできた。中でも今も歌舞伎の基幹を支えているのは江戸歌舞伎と呼ばれる。「荒事(あらごと)」の歌舞伎だ。その江戸歌舞伎の宗家は市川團十郎家で、江戸歌舞伎の祖と呼ばれる。十二代目團十郎の息子・海老蔵が今般、十三代目團十郎白猿を襲名し、11月の歌舞伎座から襲名披露興行が始まった。親から子へ、師匠から弟子へ、それぞれの家の藝とともに名前を継承して行く。歌舞伎の藝の継承は、先代から基本的に口伝で教えられ、役者の身体を繋いで次に伝えられて行く。身体が「型」を覚えて行く。どの名跡であれ、代々の歌舞伎役者は、どの時代であれ、時代とともに生き抜き、寿命が尽きれば死んで行く。

 例えば、11月と12月の歌舞伎座。私は、コロナ禍蔓延が続くここ3年間近くは東京も歌舞伎座も国立劇場も敬遠していた。それまで、毎月、「昼夜通し」(歌舞伎座の昼の部と夜の部を1日中、続けて=通(とお)し=て観てしまう観劇方式)で観てきた。歌舞伎座もコロナ禍の感染予防的に抑制された「客席の在りよう」を見るために数回通っただけで、東京も歌舞伎座も国立劇場もその後も敬遠していた。実際、この間、歌舞伎座も国立劇場も、感染拡大で何度も公演中止になったことがある。

 ウクライナとロシアに占拠されていた感のあるこのコラムも、團十郎の襲名披露とあっては、コンパクトにでも歌舞伎の話を久しぶりに記録しておこう、と思い立った。

★十三代目團十郎誕生

 市川海老蔵は、2年前の5月に江戸歌舞伎宗家の市川家の代々に名を連ねる十三代目團十郎の襲名披露をすることになっていたのだが、コロナ禍のために襲名も披露もできなかった。この時は、2020年5月から7月まで(東京オリンピック開催時期と重なる)の3ケ月間の襲名披露の舞台が企画・予定され、演目も配役も発表されていた。松竹、歌舞伎座は、感染症の蔓延を避けるため、襲名披露の舞台を断念し、公演を中止した。この時の舞台には、中村吉右衛門、片岡秀太郎、澤村田之助などが襲名披露の口上に並ぶはずであった。今回の披露の舞台には、こうした欠き難い役者の姿が見えないのは残念である。2人とも、この2年半の間に鬼籍に入ってしまったのだから、なんともしようがない。それでも、11月と12月の二ヶ月興行で歌舞伎座には、5人の人間国宝が集い、江戸宗家の新しい嫡男役者の誕生を祝う。因みに、記録しておくと、今般の歌舞伎座の舞台には、文化勲章受章者が菊五郎(人間国宝も)、白鸚。人間国宝認定者は仁左衛門、梅玉、玉三郎、東蔵が顔を揃える。白鸚は、体調不良で途中休演。現在、團十郎という名前には、文化勲章も人間国宝も無縁になっている。十三代目が、これから将来に向けて藝道精進の果てに辿り着けば良いだろう。十三代目に繋がった團十郎の代々を簡単にスケッチしておこう。

★江戸歌舞伎の味、「荒事」

 江戸歌舞伎の「荒事」は、神というか、超人的な力を持ったスーパースターというか、豪快な英雄の姿を芝居の基軸に据える演出手法のことだ。「和事」は、男女の色事を情感込めて描く演出様式だ。荒事を演じる主人公は、正義や若さを表す朱色の「隈取」(怒張する血管の様を顔に直に化粧で描く、いわば「仮面」)、大きな「仁王襷」を背中に背負うなど江戸の元禄期の明るさを視覚的にも強調した衣装、レンズやカメラなどない時代に後世の映画のクローズアップ手法を先取りしたような「見得」、歩く藝の「六方」などという誇張した所作の演出を考案したりするなど、とにかく、それ以前の歌舞伎を大胆に改革したエネルギー溢れる歌舞伎演出を創案したのが、初代の團十郎であった。二代目の團十郎は、初代の息子で、アイディアマンの父親の創案した藝を洗練させるとともに代々が受け継ぎやすいように「型」を整理していった。「助六」という演目を初演したのもこの二代目である。三代目は若くして(22歳)病没してしまった。四代目、五代目は團十郎歌舞伎の中興の祖。四代目は演技研究会を主宰した。六代目は三代目同様に若くして(22歳)病死。七代目は團十郎歌舞伎をブラッシュアップし、成田屋の家の藝を「歌舞伎十八番」として制定するために整備し直した。また、歌舞伎の高級化の試みとして、能の「愛宕」を元に、今日の「勧進帳」に繋がる演目を初演した。幕末期の人気役者・美貌の八代目は芝居先の大坂の宿で32歳の若さで自殺してしまった。
 明治期に入って、優れた團十郎が養子として市川家に入ってきた。「活歴もの」と呼ばれる史実に材を取った演目を創作・上演して「劇聖」と呼ばれるほど幕末明治期の名優になったのが九代目である。歌舞伎の持つ稚気、荒唐無稽さを抑えた演目を考案した。荒事の江戸歌舞伎に「史劇」を付け加えた。婿入りした十代目は没後追贈された。十一代目は松本幸四郎家から團十郎家に養子に入った。市川海老蔵時代に「海老さま」ブームを巻き起こし、戦後の歌舞伎界の華になった。そして病死した十二代目の團十郎を経て、今般息子の海老蔵が十三代目を継いだ。市川團十郎家は、このようにして團十郎役者の命脈を絶やさずに(絶やしそうになったが)現代に辿り着いた。代々の團十郎が命がけで繋いだものこそ、江戸歌舞伎の藝の命であった。命ある限り、代々は継承される。

★コロナ禍の中の歌舞伎座
 
 11月の歌舞伎座に久しぶりに行ってきた。十三代目團十郎誕生の場面を観るためだ。この3年間。コロナ禍蔓延中に複数回歌舞伎座に行ってみたが、当時は、歌舞伎役者にも感染者が出たりしていたので、歌舞伎座も観客の出入り口で「水際作戦」で感染を防ごうと、だいぶピリピリしていたのを覚えている。

 以下は、当時の規制ぶりを点描。
 感染予防の基本対策とも言うべき、3原則厳守を歌舞伎座の館内でも、幕間には盛んに連呼していたものだ。曰く、「マスク着用」、「手先や指の除染」、「フィジカル・ディスタンスの確保」(周辺の人たちと密状況にならないように隙間を確保する)。

 観劇中、座席の両隣は空席にしておく。空席の座席は、いずれもテープで封印されていた。

 閉幕時には、すぐに座席を立たず、プラカードを持った歌舞伎座の職員の先導で、前後の隙間を取りながら、一列になって客席からロビーへ退場させられたものだ。幕間の時間が過ぎれば、次の客が呼びいれられる。通しの客も一旦は観客席から追い出される。完全交代制であった。

 今回、11月の顔見世月の興行(歌舞伎界のお正月)では、「大向う」からの掛け声だけは、「半分」規制されていたが、そのほかのことは元に戻っていたように思う。幕間のロビーの風景など、元の木阿弥。密集状態そのもの。折しも、東京を含め全国的にコロナ禍は、すでに蔓延状態ではなかったのか? 巷のイベントは、「3年ぶりに復活」というお祭り騒ぎのありさま。それでいて、首都圏の感染者は増え続ける。病院の入院患者は、家族との面会も禁止。12月は、忘年会も、3年ぶりの復活か。自粛か。

 今回の十三代目團十郎襲名披露の舞台の演目は、以下の通り。

 11月の昼の部は、祝儀の演目が「祝成田櫓賑(いわうなりたこびきのにぎわい)」、歌舞伎十八番の内「外郎売(ういろううり)」、歌舞伎十八番の内「勧進帳」である。「祝成田櫓賑」は、鳶頭に人間国宝になった梅玉、鴈治郎、錦之助、芸者が時蔵、孝太郎、芝居茶屋女房に福助(福助の歌右衛門襲名もいずれ披露されるだろう)など多数の役者が祝儀の出演というところ。現代の歌舞伎座前の賑わいが、歌舞伎座の内部の舞台の上にタイムスリップして江戸時代の芝居小屋前(「木挽町芝居前」の場)の賑わいに重なるという演出。「外郎売(ういろううり)」は、八代目新之助(成田屋の嫡男)の初舞台。若い新之助を囲むのは、ベテランの工藤祐経(菊五郎)、大磯の虎(魁春)、小林朝比奈(左團次)、小林妹舞鶴(雀右衛門)、化粧坂少将(孝太郎)。歌舞伎十八番の「勧進帳」は、襲名披露の演目。弁慶は、海老蔵改め十三代目團十郎白猿。義経は、猿之助。富樫左衛門は、幸四郎。

 新團十郎の同世代の未来志向の役者たち。幸四郎、猿之助ら。
 さらに若い新之助が殿(しんがり)を勤める。藝の継承の連鎖。

 11月の夜の部は、歌舞伎十八番の内「矢の根」、「口上」(伝家の特技。「睨み」も)、襲名披露の演目は、歌舞伎十八番の内「助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)」である。
 江戸歌舞伎宗家の成田屋の大黒柱の襲名披露の舞台だけに、演目が豪華だ。
配役は、「矢の根」が、曽我五郎が幸四郎である。「口上」は、襲名披露のための口上を現在の歌舞伎界の重鎮役者がそれぞれ即興で述べて、会場を埋めた観客の笑いを誘う和やかな舞台を構成することになる。十三代目團十郎に加えて、八代目新之助の初舞台である。今回の口上の取り仕切りは、今や、高麗屋は元より、主亡き後の状態だった成田屋をも支える二代目白鸚である。しかし、白鸚は体調不良で休演だった。菊五郎が代役。
 そして、演目。江戸時代の七代目團十郎が選び抜いた成田屋の演目中の演目「歌舞伎十八番」の中でも最も重要な「助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)」の登場である。「助六」という演目は、実は作者不詳。誰が作った芝居かわからない。きっと、無名の座付き作者が原案を書き、役者を始め、大道具・小道具方、衣装方、床山など芝居好きな下層階級出の、そしてなによりも現場感覚のあるスタッフたちが毎日ああでもないこうでもないと言って工夫し、作品を洗練させていったのではないのか。荒事あり、色彩的な華麗さあり、滑稽さもあり、ということで江戸歌舞伎のエキスをたっぷり含んだ演目。

主な配役は次の通り。

 花川戸助六:海老蔵改め團十郎、三浦屋揚巻:菊之助、くわんぺら門兵衛:仁左衛門、髭の意休:松緑、白酒売新兵衛:梅玉、三浦屋白玉:玉三郎/*梅枝、曽我満江:魁春、三浦屋女房:人間国宝の東蔵、朝顔千平:又五郎、通人里暁:鴈治郎、福山かつぎ:*初舞台の新之助。

 「助六」は、実は12月も一部の配役を替えて歌舞伎座で継続披露される。
因みに、12月の歌舞伎座の演目も、先走り的に紹介だけでもしておこう。

 12月の昼の部は、「鞘当(さやあて)」、「京鹿子娘二人道成寺(きょうかのこむすめににんどうじょうじ)」、「毛抜(けぬき)」。

 12月の夜の部は、「口上」、「團十朗娘」、歌舞伎十八番の内「助六由縁江戸桜」。2カ月続けて成田屋伝来の演目中の演目「助六」を続演するという宗家らしい安定感のある構え。

 歌舞伎座に復活したもの。9年ぶりの大名跡「市川團十郎」。屋号の「大向う」としての「成田屋」という掛け声。だが、一般の観客の掛け声は禁止。でも、場内からはタイミングよく大向うが活躍する。要するに、團十郎襲名の演出として、歌舞伎座だが、役者の筋だか、とにかく仕込まれた大声(大向う)。コロナ禍で自粛されていた「屋号」が歌舞伎座の場内に響くように聞こえてきて、やっと歌舞伎座らしい雰囲気が戻ってきた。

こちらの詳細は、「助六」に的を絞って書こうか。それにしても、紙数は尽きた。次号まで、お預けとしておこう。

ジャーナリスト(元NHK社会部記者)

(2022.12.20)
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