■「政治としてのインターネット」

―掲示板とブログから見えるもの―

                         岡田 一郎
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 メールマガジン・オルタ24号の特集「マスコミはこれでよいのか」に対する
意見を投稿したところ、オルタの編集部の方から「2ちゃんねる」(にちゃんね
る)論を書くようにお話があった。さらに、加藤宣幸編集長より「2ちゃんねる
に限定せず、ブログなどについても触れてください」というお話があり、インタ
ーネット全般に関する文章をこのたび、オルタに掲載することとなった。

 ただ最初に断っておくと、私はインターネットに特別通じている人間というわ
けではなく、暇なときにいろいろなサイトを覗くだけの一般的なインターネット
利用者に過ぎない。そのため、インターネットに詳しい人が読めば、おかしな記
述が出てくるかもしれない。そのときは、ご教授願いたい。
 ここで、知らない方のためにまず、「2ちゃんねる」ついてごく簡単に説明し
よう。

◆「2ちゃんねる」とは

 まず、2ちゃんねるとは、若者を中心に人気のある、おそらく世界最大と思わ
れる大型電子掲示板の名前である。2ちゃんねるには政治・経済のようなお堅い
ものから、趣味やスポーツ、芸能に至るまでありとあらゆる話題を扱った掲示板
が置かれ(略して、「板」と呼ばれる)、さらにその掲示板にはさらに細かい個々
の話題を扱ったスレッド(「スレ」と呼ばれる)がある。2ちゃんねるを訪れた
各人は、2ちゃんねる内の数多くのスレッドの中から、自分が興味を持つ事柄を
扱ったものを見つけ出し、そこに書かれている情報を読んだり、自分が考えてい
ることや感想を書き込んだりするのである。書き込む際は自分の名前を名乗って
もよいが、普通は、匿名で書き込むので、それを良いことにでたらめなことを書
き込む者も多い。しかし、中には、匿名性を利用して、人には言えない秘密を書
き込んだり、また真面目に有益な情報を書き込む者もいるので、時には思わぬ重
要情報がスレッドに書き込まれていることがある。

 この「匿名で誰が書き込んだのかわからない」という気楽さと「重要な情報が
書き込まれているかもしれない」という期待から、若者を中心に多くの人々が、
2ちゃんねるに集まる。2001年8月9日時点での調査でに月約300万人の人が
2ちゃんねるを利用したという記録が残っており(1)、現在でも2ちゃんねる人
気は衰えていないから、今日では月に数百万人の人間が2ちゃんねるを訪れてい
るに違いない。

 月数百万人という数字を多いと見るか、少ないと見るかは人それぞれだが、2
ちゃんねるを見た人間がさらに周囲の人々に何らかの影響を与えることを考え
れば、2ちゃんねるの世論に与える影響は大きなものがあるといえるだろう。

◆2ちゃんねるの影響力と利用者の心性

 2ちゃんねるの影響力を世に知らしめた事件はこれまで何度かある。その場合
は、2ちゃんねるで話題になったウェブサイトに、2ちゃんねるでその存在を知
った人々が次々と押し寄せ、ウェブサイトの所有者をやりこめたり、問題のある
サイトを閉鎖に追い込んだというパターンが多い。(こういった現象を「祭」と
呼ぶ)自分が犯した犯罪を得々と自身のサイトで自慢していた人物を告発すると
いうように、それが社会正義の実現に寄与する場合もあるが、一方で特定の発言
をした人物に対してみんなで嫌がらせをするという言論弾圧につながりかねな
い場合もある。

 2ちゃんねるの名前が前面に出てこなくても、2ちゃんねるが世論形成に大い
に影響力を発揮したのではないかと思われる事例も数多い。例えば、2002年9
月17日の小泉純一郎首相の訪朝直後の社会民主党(社民党)バッシングや2004
年4月のイラクでの日本人人質事件の際の3人の人質バッシングである。これら
ニュースの第一報が報じられた直後の2ちゃんねる内の雰囲気はまさに狂乱と
もいうべきものであった。北朝鮮が日本人拉致を認めた直後には、北朝鮮の日本
人拉致を否定したことがある文化人の名前や社民党の国会議員・地方議員のウェ
ブサイトのアドレスがさられ、そうした人々のウェブサイトには北朝鮮擁護の立
場をとったことを非難する書き込みが大量におこなわれた。イラク人質事件の際
も、人質による自作自演説が2ちゃんねる内で書き込まれ、それが人口に膾炙し
ていくこととなった。2ちゃんねる内の社民党・人質バッシングがその後のマス
コミなどでの社民党・人質バッシングにどこまで影響を与えたのか、立証するこ
とはできないが、2ちゃんねる内での熱狂ぶりとその後の世論の熱狂ぶりがあま
りにも類似していることを考えると、両者には相関関係があるように思われる。

◆2ちゃんねるにおける言説 

 2ちゃんねるでの書き込みの大きな特徴は、国粋主義的な思想に基づくものが
多く、中国・韓国・北朝鮮に対してあからさまな敵意をむき出しにするものが多
いということである。そのため、上記の「祭」が政治的な色彩を帯びて展開され
るとき、えてして右翼的な世論を盛り上げる効果をもたらすのである。
 しかし、2ちゃんねる自体は、何らかの主義・主張を発信することを目的とし
ていない。2ちゃんねるの創設者である西村博之氏によれば、2ちゃんねる創設
のそもそもの目的は、多くの人々が集まり、意見や情報を書き込む場を作ること
によって、自分が会社を興したときの広告媒体にしようという軽い気持ちであっ
たという。(2)

 ただし、2ちゃんねるに書き込む者の中には、訪れた人間を何らかの方向に誘
導しようという意図を持つ者がまぎれこむ可能性がある(明らかに、特定の主
義・主張を押し付けようとする者は「工作員」などと呼ばれる)し、2ちゃんね
る内の書き込み内容が特定の方向に偏ってしまった場合、それを見た人が「これ
が多数派の意見なのか」と考えて、それにひきずられてしまう可能性もある。

 特に昨今では2ちゃんねる内での右翼的な書き込みを真に受けている人々を
2ちゃんねる以外でもよく見かけるようになった。ネット世界で右翼的な言説を
展開する人々をネットウヨ(ウヨは右翼の意味。ネット左翼の場合は、ネットサ
ヨという)というが、ネットウヨの温床は2ちゃんねるではないかと思われる。
私もネットウヨとは何度もインターネット上でやりあったことがあるが、ネット
ウヨの大きな特徴は反米と反日が頭の中でイコールで結ばれているおり、小泉政
権とアメリカ政府に反する者はすべて、左翼あるいは中国・韓国・北朝鮮の手先
と断定する点である。彼らに、反米を唱える者の中にも反米右翼という立場もあ
ることから説明しないといけない。ネットウヨの中には「中国への隷属は地獄の
道、アメリカへの隷属は繁栄の道」とうそぶく者もいる。私が日本社会党(社会
党)を少しでも評価することを言えば、ネットウヨたちはたちまち私を「左翼の
人非人」呼ばわりする。

 2ちゃんねる内では、知識や人格が未熟で困った発言を繰り返す人々は、厨房
(中坊=中学生の坊主から転じた言葉)と呼ばれ、古参利用者からバカにされる
が、まさに厨房レベルの右翼予備軍がネットウヨとして、インターネット世界に
展開しているのである。2ちゃんねる創設者の西村氏自身は最近の2ちゃんねる
においてネットウヨの一種である嫌韓厨(韓国・北朝鮮に対する誹謗中傷を書き
込む利用者のこと)の増殖を懸念している。(3)

◆2ちゃんねるを取り巻く言説
 昨今、若者の右傾化が言われているが、その実態は2ちゃんねるを見ないと理
解することは出来ない。はっきり言えば、左翼・リベラル派の人々が、思ってい
る以上に、2ちゃんねる内では戦後民主主義の理想も日本国憲法の権威もずたず
たにされ、強力な指導者の下でのファッショ的な政治体制の到来を若者たちは熱
望しているのである。
 それでは、2ちゃんねるの実態を左翼・リベラル陣営はどのように把握してい
るであろうか。私は2ちゃんねるについて論じたものをいくつか集めて目を通し
て見た。その結果、左翼・リベラル派の見方は大きく分けて次の3つに分類され
ると考えた。
 一つは、2ちゃんねるという存在を知らないまたは関心がないという立場であ
る。正直言って、左翼・リベラル派の方はパソコンに疎い人々が多すぎる。私の
個人的な体験から言っても、まず、パソコンを扱えない、インターネットをした
ことがないという段階の方が非常に多いように思われる。パソコンを使う、使わ
ないは個人の自由であるが、しかし、パソコンを利用しない限り、今日の若者の
右傾化がどうして拡大しているのか、理解することは難しいのではないだろうか。
 
 二つ目は、2ちゃんねるを取るに足らない者の集団として黙殺する立場である。
TBSニュース23のキャスター・筑紫哲也氏はインターネット上における言説を
「便所の落書き」と言って切り捨てたという。しかし、便所の落書きを見に、月
に数百万人の人間が訪れるであろうか。先に紹介した2ちゃんねるが大きな影響
力を発揮した事例を考えるならば、筑紫氏のような考え方はインターネットの影
響力を過小評価した考えと言わざるを得ない。
 
 三つ目は、2ちゃんねるの利用者(2ちゃんねらー)を斜に構えた集団として
規定し、特定の対象にしてある決まったレッテルを貼り、それを記号として楽し
んでいると判断する立場である。この立場にたてば、2ちゃんねらーに対してど
のような説得を試みても、彼らはこれと決めた対象に対して既にレッテルを貼り、
そのレッテルに基づいて議論することに喜びを見出しているのだから、何を言っ
ても無駄ということになる。(4)
 
 2ちゃんねる創設時の雰囲気はそういったシニカルなものであったのかもし
れない。しかし、彼らが貼り付けたレッテルを真に受けた世代が台頭しはじめて
いるのが、現在の2ちゃんねるである。第三の立場に立つ北田暁大氏(東京大学
助教授)も精神科医の斎藤環氏との対談で、「『2ちゃんねる』的なシニシズムが
急速に失われつつある。そうだとすれば『2ちゃんねる』自体の機能もここにき
て大きく変わりつつあると言えるのではないか」(5)と述べている。
 
 このように、左翼・リベラル陣営の人々は、これまで2ちゃんねるの存在をほ
ぼ無視し、仮にその存在に気づいたとしても、そこで展開される言説に意味はな
いと黙殺するかしてきた。つまり、2ちゃんねるに正面に向き合ってこなかった
のである。
 一方、右翼・保守的な人々は2ちゃんねるで展開される愛国主義的な言説に熱
烈な賛辞を送り、2ちゃんねるの出現に、彼らがこれまで求めてきた日本人に対
して求めてきた愛国意識の高揚を見る。保守系論壇誌『諸君!』では2ちゃんね
る上における愛国的言説を紹介するコーナー(「麹町電網(インターネット)測
候所」)まで存在するという。
 
 左翼・リベラル派の2ちゃんねる観が皮相的であるのに対し、右翼・保守的な
人々の2ちゃんねる分析は精緻で、2ちゃんねるに取り組む姿勢も真摯なもので
ある。そのため、右翼・保守的な人々の2ちゃんねる分析はかなりの真理を含ん
でいるように思われる。ただし、2ちゃんねらーを買いかぶりしているところも
ある。2ちゃんねらーの中には、斜に構えた姿勢をとる古参利用者も少なくない
し、少数派だが、左翼・リベラル派に属すると思われる利用者も存在する。
 
 ただ、明らかに言えるのは、2ちゃんねるにおける右翼・保守主義の隆盛は、
左翼・リベラル派の怠慢ぶりの証であるということである。左翼・リベラル派が
もう少し、2ちゃんねるという存在を真正面から捉え、自分たちの主張をそこで
展開していれば、2ちゃんねるが、ひいてはそこを訪れる若者が右傾化すること
はなかったであろう。
 「若者の保守化」という表現は、既に10年以上前から使われていて、もはや
使い古された表現だが、左翼・リベラル派はこれまで一体、何をしていたのか。
若者が好むサブカルチャーやパソコンを知ろうともせず、『朝日新聞』『世界』と
いった居心地の良い媒体から一歩も出ようとはしなかったのではないか。そうい
った姿勢が、2ちゃんねる利用者たちから「閉ざされた言語空間」に閉じこもる
傲慢な態度として批判され(6)、多くの若者を右翼的思想へとひきつける結果と
なったのである。(7)

◆「ブログ」とは

 2ちゃんねるのような掲示板と共にインターネットの世界で注目されている
のが「ブログ」である。ブログとは、個人の意見などを日記風に書いているウェ
ブサイトのことを一般的に指す。これまでのウェブサイトとは何が異なるのかと
いえば、まず、そのウェブサイトに書いてある内容についての感想を、直接書き
込むことが出来ることおよびその意見と関連していると思われる別のブログと
リンクさせる(つなげる)ことができるということである。

 匿名で思いついたことを無責任に書き込める掲示板とは異なり、ブログでは、
ブログの作者(ブロガー)が、自分の意見をブロガーの責任で書き込んでいくた
め、無責任な言説が書き込まれることは極めて少ない。そのため、ブログで展開
される意見は、右翼的なものにしても左翼的なものにしても、それなりに筋が通
っているものが多い。しかし、森羅万象なんでも扱う2ちゃんねると比べ、ブロ
グはブロガーが興味を持つ事柄に話題が特化することから、どうしても訪れる人
数が限られる。そのため、2ちゃんねるほど、ブログはこれまで世論に大きな影
響を与えないと考えられていた。

◆インターネットの政治利用
 
 ブログの影響力に最初に着目したのは自由民主党(自民党)である。2005年
総選挙直前、自民党は著名なブロガーを自民党本部に招き、武部勤幹事長との懇
談会を開いた。この試みは、インターネット世界における自民党の評価を大きく
上げることに成功した。この試みを武部幹事長に進言したのは、幹事長補佐とし
て自民党の広報活動の責任者に就任した世耕弘成参議院議員である。世耕参議院
議員は、2005年8月、広報活動に携わる自民党職員に、PR会社、プラップ・
ジャパンのコンサルタントを加えたコミュニケーション戦略チーム(別名・チー
ム世耕)を発足させ、自民党の広報戦略を緻密な分析のもとに構築していった。
ブロガーとの懇談会もそんな広報活動の一つである。(8)

 2005年総選挙直前には、2ちゃんねる上に、小泉改革を讃え、民主党を誹謗
する書き込みが大量におこなわれるという現象が起きた。2ちゃんねるの一部で
は、それもチーム世耕がおこなったのではないかと言われている。まさか、世耕
参議院議員がそこまでおこなったとは思えないが、2ちゃんねるにおいても、世
耕参議院議員が、インターネットを巧みに利用した政治家として一目置かれてい
るのは事実である。

 日本では、政権与党である自民党がインターネットを巧みに利用しているが、
インターネットはもともと、既成政治勢力と比べて資金力や動員力に劣る新興政
治勢力が既成政治勢力と互角に戦うための手段であった。

 1998年、アメリカのミネソタ州知事選挙で、泡沫候補だったジェシー・ベン
チュラが当選した。ベンチュラ陣営は、自身のウェブサイトを通じて、有権者に
対して献金とボランティアを呼びかけて、選挙運動の費用の大半と運動員をまか
なった。また、政策重視のページを心がけることによって、政策に疎いというベ
ンチュラ候補のイメージを払拭することに成功し、他陣営からの誹謗中傷もイン
ターネットを通じて払拭した。(9)

 2002年には、盧武鉉(ノ・ムヒョン)候補が「ノサモ」と呼ばれる勝手連的な
ファンクラブがインターネットを使って若い有権者に投票を呼びかけたことに
助けられ、劣勢を伝えられていた韓国大統領選挙に勝利した。盧武鉉の勝利は、
386世代(現在、30代 で、1980年代に大学を卒業 した1960年代生まれ)、と
呼ばれる若い世代の台頭を意味し、盧武鉉政権には知識人や社会運動家が多く登
用され、社会改革が推し進められることとなった。

 日本では、選挙期間中にインターネットを政治利用することが禁じられている
ため(現在、政府は自由化の方針を打ち出している)、インターネットを使った
選挙戦術に限りがある。しかし、本来、政権与党よりも資金力・動員力で劣る野
党にとって有利なはずのインターネットをむしろ肝心の野党のほうがうまく使
いこなしきれていないというのが現状ではないか。例えば、2002年9月の小泉
訪朝直後、社民党バッシングが吹き荒れる中で、かつて党の機関誌に掲載してい
た北朝鮮の拉致疑惑を否定する論文を社民党が党のウェブサイトにそのまま掲
示していた事件、あるいは、最近の民主党による偽メール事件など、インターネ
ットに関する不祥事は、与党よりむしろ野党のほうに目立つ。

 日本では、野党のインターネットに対する無知が、本来、「下からの革命」の
手段であるインターネットが与党による「上からの革命」に利用されることを許
しているのである。

◆ブログが世論を動かす

 翼賛化が進行する既存メディア、インターネットを使いこなせない野党を尻目
に、政権に対する批判メディアとして注目されているのが、ブログである。中で
も、「きっこの日記」は豊富な情報量で小泉政権を追い詰め、世の注目を浴びた。
(10)

 「きっこの日記」の更新者・きっこ氏の正体は謎に包まれている。自分では、
俳句とパチンコが趣味の、日々の食料にも事欠く貧しいヘアメイクだとしている。
時折、自分の貧しい生活を自虐的にブログに書き込んだりもするが、しかし、そ
の情報収集能力は、既存のジャーナリストをはるかに上回る。

 きっこ氏の名を一気に高めたのが、構造計算書偽装事件である。この事件が初
めて明るみになった時点で、きっこ氏は、ヒューザーや総研の名を出し、ヒュー
ザーの背後には大物政治家がいることまで示唆した。構造計算書偽造事件の最新
情報を流すのは必ずきっこで、新聞や雑誌の記者までが「きっこの日記」を読ん
で、記事を書いたことがあるとまで言われている。さらに、狂牛病(BSE)問題
では、アメリカ産牛肉の危険性とアメリカ産牛肉を使用する外食系企業の名を公
表し、ライブドア事件でも、堀江貴文容疑者と政界や闇の世界とのつながりにつ
いて新情報を提供し続けている。

 もしも、きっこ氏が本当に一介の市民であり、本人が言うようにヘアメイクと
しての人脈を利用して情報を収集したというのならば、一人の市民の力で政権に
打撃を与えることが出来る新時代の到来を喜ぶべきであるし、ジャーナリストた
ちの怠慢もまた責められるべきであろう。ただし、きっこ氏の正体については、
複数のジャーナリストではないのかとか小泉首相の政敵が情報を提供している
のではないか、といった説もある。

◆ブログと野党との連携

 きっこの正体が何であれ、反小泉陣営の中から、インターネットを駆使して、
政権を追い詰める人材が現れたことをまずは喜ぶべきであろう。既存のマスコミ
が政権に対する批判能力を失う中で、ブログが政権に対するチェック機関として
重要な役割を担っていく見通しが出来たからだ。

 問題なのは、政権に批判的なブログと野党との連携がほとんど出来ていないの
では、と思われることだ。野党の国会議員の中にはきっこと連携して、構造計算
書偽装事件に取り組んでいる者もいるようだが、民主党や社民党、共産党といっ
た野党各党はブログをどのように見ているのか。さっぱり見えてこない。

 自民党が主だったブロガーとの連携を深めたという話を既に述べた。自民党本
部に招かれ、幹事長と懇談し、総裁室まで見せてもらえば、露骨に「自民党をよ
ろしく」と言われなくても、ブロガーたちの政権批判の心構えは揺らぎ、自民党
に好意的になるのは目に見えている。

 しかし、ブロガーの中には、政権批判の姿勢を崩さないものもまだまだ数多く
ある。そうしたブロガーと野党はなぜ連携しないのか。きっこ氏ほどではなくて
も、どこからともなく貴重な情報を仕入れてくるブロガーは数多いし、鋭い戦略
眼を持つブロガーも数多い。「STOP THE KOIZUMI」をスローガンに、「改
革ファシズム止めるブロガー同盟」を結成している「世に倦む日日」(11)の更新
者thessalonike2氏(2005年9月22日以前はthessalonike氏)はその一人で
ある。2005年総選挙中に野党大団結を主張したり、無党派による小泉政権支持
の構造をボナパルティズムを使って説明するthessalonike2氏の分析力は見事
である。さらに、thessalonike2氏は左翼から右翼まで糾合して反小泉政権のブ
ロガー同盟を結成する行動力もある。例えば、このithessalonike2氏と反小泉
政権の一点で連携しようという党はないのか。

 「世に倦む日日」でなくてもよいが、ブログで形成される世論の動向に自民党
以外の政党が意を払っている気配が見えないのは、今後のブログの発展を考えれ
ば、問題ではないか。特に、民主党は2005年総選挙での敗北以後も、自らの広
報活動の改善につとめた形跡が見当たらないのはどういうことか。

◆2ちゃんねるとブログをどう見るか

 最後に私が2ちゃんねるとブログの存在をどのように把握し、これからどのよ
うに私たちは向き合っていくべきか考えているかを述べて、この文章を終りにし
たいと思う。

 私は2ちゃんねるは、大衆の本音を示すバロメーターであると思っている。2
ちゃんねるに書き込まれているような内容は、一昔前ならば、庶民が酒場で話す
ような内容で、公の場では絶対に出てくるようなものではなかった。例えば、イ
ラク人質事件のような問題が発生したとき、一昔前ならば、人々は私的な場で「人
質は自業自得」と話していても、公の場では「人道的見地から人質の救出が最優
先」と言っていたであろう。なぜならば、自分の本音が他の人々も共有している
かどうか確かめる術がなかったからである。しかし、今では2ちゃんねるという
存在が自分の本音が他人の本音と同じであることを教えてくれる。人々は、公の
場でも本音をさらけだすようになる。

 政府首脳が2ちゃんねるを見ているかどうか知らないが、政府首脳ですら人質
に対して自己責任を説いたり、中国・韓国をことさらに挑発するのは、自分の本
音と大衆の本音が同一であることを把握しているからではないか。
2ちゃんねるを見ずに、そうした大衆の本音を知ろうともせず、「なぜ、一昔前
の建前が通用しないのか」と頭を抱えても、何の問題解決にもならない。まず、
2ちゃんねるを見て、人々が何を考えているのかを知りそれが明らかにおかしな
ものであれば、まず議論してみるというところから出発しなければ、若者の右傾
化を止めることは不可能であろう。

 一方のブログは、新しいメディアの媒体である。ブログによって、誰もが様々
な問題について意見を表明することが出来るようになり、その記事がリンクされ
ることによって、自分の意見を多くの人々に伝えることが可能となった。その結
果、きっこ氏やthessalonike2氏のような市井に埋もれていた(彼ら・彼女らの
正体が本物のジャーナリストやライターである可能性もあるが)優れた書き手た
ちが、世に知られるようになった。やがて、「評論家」という職業は意味をなさ
なくなるであろうし、評論家やライターを発掘する「編集者」という職業も意義
を失っていくかもしれない。優れた書き手は大衆が発見し、大衆自らが評論家と
なるからである。かつて、ジャーナリストや評論家が、自民党や社会党の大物政
治家のブレーンとして活躍したが、やがてブロガーが政治家のブレーンを勤める
時代が来るかもしれない。

 月並みな結論になるが、今、私たちがしなければならないことは、2ちゃんね
るに正面から向き合い、ブログとはどういうものであるかということを知ること
である。そして、インターネットが今後、どのような方向に発展していくかを見
極めなければならない。

 特に小泉政権(または小泉政権が掲げる新自由主義路線)に対峙していこうと
思う者は、インターネット技術の研鑽に励む必要がある。小泉首相は、インター
ネットを支持拡大に利用した日本で最初の政治家である。政権発足当初には、メ
ール・マガジンの発行という形で若者の心をつかみ、2ちゃんねる上に現れた大
衆の本音を代弁し、さらにブロガーとの連携も模索している。小泉首相のメディ
ア戦略は、インターネットの発展方向を正しく見据えているのである。そして、
小泉首相の後継者もまた、世耕参議院議員など小泉政権のブレーンを使って、そ
のメディア戦略を推し進めていくことだろう。

 だが、裏を返せば、反小泉派もまた、インターネットの発展段階を正しく見据
えていけば、小泉政権そしてポスト・小泉政権のメディア戦略の行く先を予測す
ることが出来ないだろうか。

 小泉政権のメディア戦略は卓越したものであった。しかし、それはまったく奇
想天外なものではなくて、インターネットという新しいメディアを追いかけてい
ればある程度想定可能なものである。にもかかわらず、反小泉勢力が小泉首相に
振り回されてきたのは、インターネットを十分研究しきれていなかったためであ
った。反小泉勢力はこれまでの知的怠慢を反省し、小泉政権より一歩先んじた、
新たなインターネットを駆使した選挙戦術を編み出さなくてはならない。その第
一歩として、反小泉派の政治勢力がブロガーをブレーンとして結集させるところ
から始めてはどうだろうか。

【注】
(1) 井上トシユキ『2ちゃんねる宣言 挑発するメディア』文藝春秋、

       2003年、12頁。

(2) 同上、87頁。
(3) 同上、316頁。
(4) 北田暁大「嗤う日本のナショナリズム 『2ちゃんねる』にみるアイロニ

       ズムとロマン主義」『世界』720号(2003年11月)。

(5) 斎藤環×北田暁大「<対談>匿名化するメディアからメディア化する匿名

       性へ…2ちゃんねる、Blog、チャットのディスクール」『談』71号
       (2004年)、37頁。

(6) 西村幸祐「『2ちゃんねる』を目の敵にし始めた朝日、岩波の焦燥」

      『正論』386号(2004年8月)、308~309頁。

(7) インターネットが普及する以前からネットウヨのようなことを言う若者

    の集団が多数存在した。若者の右傾化はごく最近発生した問題ではない。
    にもかかわらず、左翼・リベラル派に危機意識があまり感じられない。彼
    らが考えている以上に、世論の右傾化がすすんでいるのである。かつては
    右派とされた田英夫も横路孝弘も、自民党総裁までつとめた河野洋平もネ
    ットウヨから見れば「極左派」である。

(8) 世耕の広報戦略については、世耕弘成『プロフェッショナル広報戦略』

         ゴマブックス株式会社、2006年参照。

(9) 横江公美『Eポリティックス』文藝春秋、2001年、46~61頁。
(10) http://www3.diary.ne.jp/user/338790/
(11) http://critic2.exblog.jp/

                    (日本大学生産工学部講師)

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