【「労働映画」のリアル】

第21回 労働映画のスターたち・邦画編(21) 高橋一生

清水 浩之


 《そっと見守られたい! あなたの職場にもきっといる?「参謀彼氏」》

 今年のNHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』(2017)。放送が始まるまではどんな内容になるか想像できなかったが、戦国時代を舞台にしながら、「同族経営」の中小企業を任された「お嬢さん社長」の奮闘記として話が進むようになってから、俄然面白くなってきた。柴咲コウ演じる井伊家の当主・直虎が、「社内抗争」や「経営再建」、そして「親会社(今川家)の介入」などに立ち向かう展開は、“マゲをつけた現代劇”として楽しめる。彼女の知恵袋となる住職・小林薫、借金返済の代わりに家臣に取り立てられた豪商・ムロツヨシなど、個性豊かな「社員」たちの中でも特に目立っているのが、高橋一生演じる井伊家筆頭家老、小野但馬守政次だ。

 政次はもともと直虎と兄妹のように育った仲だが、小野家が元々今川寄りということもあり、他の家臣たちには嫌われている。当主が相次いで亡くなり、存亡の危機を迎えた井伊家は「おんな城主」という奇策で存続を図るが、井伊家を任される筈だった政次は事あるごとに直虎と対立し、「速やかに主の座を降りよ」と迫る。だが、甥の虎松(後の井伊直政)が成長するまで自分が家柄を守ろうと奔走する直虎に対し、政次は対立を続けながら、その裏で様々な根回しや援護を行う。前・文科事務次官の座右の銘として話題の「面従腹背」ならぬ、「面背腹従」の姿勢が共感を呼んだ。

 井伊家の存続を願う気持ちで結ばれた政次と直虎の関係は、働く女性たちの間で人気を集め、ツイッターでは「#職場の高橋一生」というキーワードのもと、身近な同僚のどんな姿にトキめくかで盛り上がったりしている。ふだんは無愛想で仕事にも人一倍厳しい切れ者だが、「働く私」をいつも見守ってくれている。そしてピンチに陥った時は、さりげなく救援してくれる頼もしい存在。いま、職場の女性が期待する「男の同僚」像とは、もはやかつての「男らしさ」や「リーダーシップ」ではなく、対等な立場の「相棒」であり、ここぞという時に頼れる「参謀」なのかも知れない。ドラマ『民王』(2015、テレビ朝日)の首相秘書官役や、映画『シン・ゴジラ』(2016、総監督/庵野秀明)でのオタクな文部官僚役などで一躍注目された高橋一生は、そんな時代を代表するスターとも言えそうだ。

 1980年生まれの東京っ子で、現在36歳。母親に薦められた習い事のひとつとして児童劇団に入り、小学生の頃から演技の道へ。スタジオジブリの長編アニメーション映画『耳をすませば』(1995、監督/近藤喜文)では準主役を務めるなど、早くから演技力が認められていた。10代から20代にかけては、童顔の残る好青年として多くの作品に登場。初主演を果たしたホラーコメディ『怪奇大家族』(2004、テレビ東京)では、引っ越し先の家に出没する幽霊や怪奇現象に翻弄される若者の役だったが、この時すでに「達観した」雰囲気があり、幽霊たちとも自然に「共演」している姿が印象に残った。

 2010年、NHKで放送された企業サスペンスドラマ『鉄の骨』を見ていて、見覚えのない俳優の存在が気になった。大手ゼネコンの談合システムに叛旗を翻した、地方ゼネコンの若社長役。能面のような無表情、低い声で淡々と自説を披露する姿が強く印象に残ったので、名前を調べてみたら……驚いた。あの『怪奇大家族』の好青年ではないですか! そう、30代に入った彼は、クールな佇まいに低音の囁き声という、現在のイメージを完成させていたのだ。この頃から脚本家・坂元裕二のドラマにしばしば出演するようになり、『Woman』(2013、日本テレビ)ではヒロインを見守る心優しい医師、『モザイクジャパン』(2014、WOWOW)ではアダルトビデオメーカーのカリスマ経営者、そして今年のヒット作『カルテット』(2017、TBS)では愛すべきダメ男のヴィオラ奏者……と、まるで共通点のないキャラクターを演じ分けている(『モザイクジャパン』は、最近まで彼が出演していたことに気づかなかった!)。

 時の総理大臣とそのドラ息子の、心と体が入れ替わってしまうポリティカルコメディ『民王』では、首相秘書官・貝原役で大活躍。背広のポケットからドラえもんばりに何でも取り出す敏腕ぶりと、穏やかな口調の合間に鋭い毒舌を挟んでくる油断のならない性格が人気を呼び、貝原が主役のスピンオフドラマも作られた。

 善人も悪人も自在に演じ、「カメレオン」と評される高橋一生さん。ポーカーフェイスで微笑みながら、心の奥までは読ませない…面従腹背か、あるいは腹従? その独特の存在感は職場でも応用できると思うので、男性諸氏も要注目です!

(しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)
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●労働映画短信

◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
 働く文化ネットでは、毎月第2木曜日に労働映画鑑賞会を開催しています。お気軽にご参加ください。

◇第40回労働映画鑑賞会
・2017年 7月 13日(木)18:00~(参加費無料・事前申込不要)
・会場:連合会館 201会議室(地下鉄 新御茶ノ水駅 B3出口すぐ)
・上映作品:『フラガール』【労働映画百選No.81】
・2006年/120分/監督:李相日/出演:松雪泰子、蒼井優、豊川悦司、富司純子 ほか
 《1965年、炭坑の閉山に揺れる町で、再生を期して誕生したレジャー施設「常磐ハワイアンセンター」の実話を映画化。》

◎【上映情報】労働映画列島!6~7月
※《労働映画列島》で検索! http://d.hatena.ne.jp/shimizu4310/00170703

◇新作ロードショー

『ありがとう、トニ・エルドマン』
 《6月24日(土)から 東京 シネスイッチ銀座ほかで公開》 外国で働くキャリアウーマンの娘を心配した父が、「トニ・エルドマン」という別人になりすまし現れるが…。噛み合わない父と娘の関係をユーモアとともに描く。(2016年 ドイツ=オーストリア 監督:マーレン・アデ) http://www.bitters.co.jp/tonierdmann/
『裁き』
 《7月8日(土)から 東京 渋谷 ユーロスペースほかで公開》 インド社会の現実に切り込んだ法廷ドラマ。自殺を扇動する歌を歌ったとして逮捕された老歌手。その裁判の行方を、裁判に関わる人々の私生活とともに描く。(2014年 インド 監督:チャイタニヤ・タームハネー) http://sabaki-movie.com/
『世界は今日から君のもの』
 《7月15日(土)から 東京 渋谷シネパレスほかで公開》 人と関わるのが苦手で引きこもっていた女性が、ゲーム会社での「バグ出し」(プログラムの誤りを見つける作業)の仕事を始めたことをきっかけに、新たな一歩を踏み出していく。(2017年 日本 監督:尾崎将也) http://sekakimi.com/

◇名画座・特集上映

【札幌 シアターキノ】 7/1~7「西川美和映画祭」…ゆれる/永い言い訳/ル・コルビュジエの家
【山形ドキュメンタリーフィルムライブラリー】 7/14「金曜上映会」…いつもそこにあるもの(2015年 フランス)/家族のかけら(2012年 メキシコ)
【東京 有楽町朝日ホール/他】 6/22~25「フランス映画祭2017」…夜明けの祈り/パリは今夜も開演中/あさがくるまえに/他
【東京 品川 物流博物館】 6/25「巨大移転作業―引越し大作戦」…ビルと引越し/新聞はとめられない/いのちによりそう―埼玉県立小児医療センター移転の記録―
【東京 京橋 フィルムセンター】 6/27~7/16「映画プロデューサー 佐々木史朗」…ヒポクラテスたち/遠雷/空がこんなに青いわけがない/ナビィの恋/他
【東京 神保町シアター】 7/7~9/1「神保町シアター総選挙2017」…流れる/淑女は何を忘れたか/浪華悲歌/下町(ダウンタウン)/他
【東京 シネマヴェーラ渋谷】 7/8~21「羽仁進レトロスペクティブ 映画を越境する」…生活と水/不良少年/彼女と彼/アンデスの花嫁/他

【イオンシネマ茅ヶ崎/他】 6/25~7/9「第6回 茅ヶ崎映画祭」…茅ヶ崎物語/LIFE TREASURE 人生ハ宝モノ/ハワイの若大将/生れてはみたけれど/他
【長野相生座・ロキシー】 6/17~7/7「邦画ドキュメンタリー特集」…夢は牛のお医者さん/ヤクザと憲法/さとにきたらええやん/他
【奈良女子大学講堂】 7/7~9「ならシネマテーク」…ブルゴーニュで会いましょう(2015年 フランス)
【京都文化博物館】 6/27~7/30「古典・名作映画ノススメ5」…どっこい生きてる/蟹工船/山椒大夫/警察日記/他
【大阪 阿倍野区民センター】 6/24・25「ヒューマンドキュメンタリー映画祭 阿倍野2017」…羽包む/学校を辞めます/夜明け前の子どもたち/花はんめ/他
【大阪 大丸心斎橋劇場】 6/30~12/21「大丸創業300周年記念 ワンコインシネマ」…Shall we ダンス?/最強のふたり/鉄道員 ぽっぽや/ニュー・シネマ・パラダイス/他
【神戸 パルシネマしんこうえん】 7/1~13 未来を花束にして/海賊とよばれた男(2本立)

【広島市映像文化ライブラリー】 7/13~17「ケベック映画祭 in 広島」…マイ・マザー/ぼくたちのムッシュ・ラザール/わたしはロランス/他
【高知あたご劇場】 7/8~14「松方弘樹追悼上映」…脱獄広島殺人囚/仁義なき戦い
【福岡市総合図書館 シネラ】 7/5~16「アッバス・キアロスタミ監督特集」…パンと裏通り/友だちのうちはどこ?/そして人生はつづく/他
【湯布院公民館】 6/23~25「第20回 ゆふいん文化・記録映画祭」…旅役者/或る保姆の記録/嫁の野良着/息の跡/他

◎日本の労働映画百選
働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』記念シンポジウムと映画上映会
  http://hatarakubunka.net/symposium.html

・「日本の労働映画百選」公開記念のイベントを開催(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160614/1465888612

・「日本の労働映画の一世紀」パネルディスカッション(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160615/1465954077

・『日本の労働映画百選』報告書 (表紙・目次)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen_index.pdf

・日本の労働映画百選 (一覧・年代別作品概要)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen.pdf

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