【視点】

23年3月号の山崎洋氏の問いかけへ答えて

初岡 昌一郎

 編集事務局注:山崎洋氏より、23年3月号の初岡氏の「立憲民主党は軍事費激増と先制攻撃を容認する新軍事戦略の徹底的追求をウクライナ戦争フィバーに便乗する「新しい戦前」への回帰を憂慮する」について下記のコメントをいただきました。本稿は、それに答える形で書き起こしたものになります。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
山﨑洋氏から:「『オルタ広場』3月号の記事、拝見しました。日本が米国を巻き込んで、あるいは米軍の支援を当てにして、中国と戦争という筋書きはないと思います。米国はウクライナ戦争のような代理戦争を目指していますから、犠牲になるのはまず台湾で、日本が支援に力を入れすぎると危険を招くことになるでしょうが、安保条約があるので、中国が日本を攻撃することは考えられません。
 日本の指導部はむしろこの状況を利用して、脅威の強調による思想・報道統制、軍需産業へのテコ入れによる経済浮上を目指すでしょうが、米国はある程度以上の日本の軍事的強化には関心がありません。
 初岡さんのご意見でひとつ理解できないのは、なぜ立憲民主党にだけ呼びかけて、共産党や社民党は無視するのかという点です。勢力として期待できないというのは、ある程度、分りますが、社民などは、ほんとうは、国会よりも日常の活動でこの問題を訴え続ける必要があるのでは。支持者を増やすためにも。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 3月号の拙稿に対して、山崎さんから提起されている疑問・批判は、
(1)日本の軍拡がアメリカの戦略に従ったものである点に、なぜ触れていないか
(2)立憲民主党だけに要請し、他の野党、特に社民党と共産党を含めていないのはなぜかの2点です。同じようなコメントは他の読者からも私信として寄せられました。

 まず初めに理解して頂きたいことは、あの小論が現在進行中の国会における安保・軍拡議論の活性化を要望するために、私が支持している政党に対して書かれたものです。いくつかの根本的な問題点を挙げ、それらを含めて徹底した審議を要望するという、限定的な目的のために書いたものに他なりません。したがって、日本の安全保障上の諸問題を分析し包括的に論ずることを目的としたものではありません。そこで山崎さんから頂戴したコメントを好機として活用し、若干の補遺を試みることにいたします。

(1)安保体制上の日米関係  
 日米安全保障条約によって日本がアメリカの目下の軍事的同盟者となっており、密接な協力関係の下で日本政府による軍備拡大や軍事戦略が進められてきたことはご指摘の通りです。しかし、目下の同盟者であることは、決して自分の意思に反することを無理やりに押し付けられていることを意味するものではありません。むしろ、それを奇貨として利用し、負担をできるだけ軽くしながら自らの目的を達成する工夫してきたと見ております。60年安保当時から、私たちはこの面を重視してきました。この傾向は安倍政権によってますます顕著になり、今さらに明白な兆候を示すに至っております。
 その意味から日米安全保障関係を「支配―被支配」関係ではなく、「利用・被利用」の関係として基本的にとらえております。現下に進められている新安保戦略もアメリカに押し付けられたものというよりも、むしろアメリカの意向を積極的に利用しながら自らの政治的軍事的意思を追求しているものと理解しております。
 
 今回の大軍拡の推進者であった安倍前首相とその支持勢力による「戦後レジームの清算」構想は、現行憲法改正、特にその非戦条項の放棄により、戦後安保体制の抜本的な転換(目下の同盟者からより自立的軍事パートナー)を目指すものです。それが国外から観察している貴兄には「幻想」と映るのかもしれません。
 しかし、対中国政策では極めて大胆かつ冒険主義的軍事対抗政策を踏み出しているのを見ると、日本が先導して東アジアの軍事行動に走る潜在的な危険が高まると断じざるを得ません。「台湾有事」に受動的に巻き込まれる危険だけではなく、それを誘発する行動に出る危険の可能性を否定しきれないのです。実際に、その方向に日本の軍事戦略は既に動き出しています。

 歴史を振り返ってみると、近代国家として世界列強に仲間入りを目指した日本が初めて西欧軍事大国と交戦したのは、軍国日本の名を世界に知らしめることになった日ロ戦争です。この軍事的大冒険は今日明らかになっている史実から見て、イギリスに教唆された代理戦争の性格を持っています。日本のほとんどの歴史書がこれまで描いてきた虚像は、ナショナリズムの高揚と軍事大国を目指す国策に沿ったものでした。当時の日本政府は軍事費と兵器(特に新鋭艦船と大砲)の調達をイギリスに依存し、要員もイギリスによって指導・訓練されました。バルチック艦隊を日本海で邀撃し,名声をとどろかせた作戦の裏には、諜報能力のなかった日本にロシア艦隊の動きを逐一しらせ、作戦を「助言(指導)」したイギリスによる支援がありました。しかし、その戦争努力全体がイギリスの意向に従って遂行されたとみることはできないでしょう。

 幕末から形成された日英同盟の蜜月は第一次世界大戦まではかろうじて維持されましたが、第二次世界大戦では日独伊三国同盟によって英米と闘う道が選択されました。いかに強固に見えようとも、軍事同盟関係は所詮相互の利用・被利用を基礎としており、永続的なものでありえないことは世界史が雄弁に示しています。日米同盟もすでに変質を始めており、時とともにアメリカとは独自の道を選ぶ可能性を無視あるいは軽視することはできなくなっています。

 さて、最近の日本の軍事戦略を特徴的に示現している一例として、去る4月7日付日本経済新聞夕刊が二面の全頁を当てた「政界Zoom」欄特集記事*を挙げてみます。この記事は「石垣島防衛最前線のいま」という見出しで、最近の南西諸島への自衛隊配備と将来計画を現地地図に当てはめ、わかりやすく紹介しています。
 その配備図を本土に近いところから順に見てゆくと、
奄美大島に既設のミサイル部隊に加えて、昨年22年には新設の電子戦部隊を配備:
沖縄本島に昨年22年にすでに電子戦部隊配備(それを師団に格上げを予定):
宮古島に19年に駐屯地開設、22年にミサイル部隊配備:
今問題となっている石垣島には今年23年に駐屯地を開設、ミサイル部隊を配備:
最南端の与那国島には16年に駐屯地開設、本年度中に電子戦部隊配備という具合に紹介されています。
 ミサイル配備は戦略的攻撃型「防衛」のためで、その射程範囲は「1000キロ以上」とされています。これは主として中国と北朝鮮を射程内に入れています。同紙の記事によると、電子戦とは電磁波を利用する➀攻撃,②防護、⓷支援を目的としています。とくに、「攻撃」が第一の目的とされていることが要注意です。これらは、沖縄駐留のアメリカ軍事基地と密接な連携を想定しているのでしょうが、その指揮下に置かれているものではありません。むしろ、将来ありうるアメリカの沖縄撤退を視野に入れたものと見るべきでしょう。

(2)立憲民主党に対する要請
 小論が立憲民主党にだけ訴えていることは単純かつ実際的な理由からです。同党は野党第一党として、国会の運営、議事進行を与党と取り決めうる立場にあります。また個人的には、同党の創立以来、この党を支持、すべての選挙で同党に投票してきました。その党に対して要望を表明するのは当然な行為だと思っております。また、このメールマガジンが、同党国会議員のかなり多数の方々に送られていることを承知しているからでもあります。
 ご指摘の政党との協力関係については、特に国会審議で協力し合うのは当然だと思います。ただ、社民党の議員と組織の大半は最近立憲民主党に合流し、同党の本部専従職員全員が立民党本部に移っています。また、残留した福島党首も国会内では立民と同一会派に所属しています。このような観点から、旧社会党・社民党が一貫して主張してきた平和憲法擁護と国際紛争の平和解決の原則が立憲民主党において反映されることを希望しております。

 共産党は当然ながら日米安保と現在の軍拡に反対していますし、それは歓迎しております。しかし、同党の国民的社会的影響力は限られており、特に国会内ではマージナルな存在です。しかも、昨年来、長年にわたり同じ指導者が党首に留まっていることに内部から批判があり、党首公選論が下部組織内にあることが公然化しました。この種の批判はあらゆる民主的な組織にとって、決して不思議なことでも、不健全なことでもりません。しかしながら、日本共産党はこれを提起した党員を「議論を党外に持ち出した」という理由で有無を言わせぬ形で即決的な除名処分にし、その議論を完封しました。このことは、同党の体質が変わっていないことを示したとして、これまで比較的好意的立場をとってきた人々をも失望させ、さらに党外での影響力を失速させています。このことも、立憲民主党の気力・体力の弱さとともに、国民的な軍備拡大・安保政策の転換に対する反対と抵抗の声が微弱なものにとどまる一因になっているでしょう。

 国会論戦はこれまでのところ、新聞とテレビの報道で見る限り、国民の主要な関心事であるべき、日本の将来を左右する安全保障政策の根本的な転換が真正面から徹底的に議論されているとはとても思えません。これには野党、特に立憲民主党指導部の腰が定まっていなことが主因と言わざるを得ません。
 「新しい戦前」はかなり以前から国会審議にも定着しておりますが、最近ますます顕著になっているようです。明治憲法は外交と軍事を「天皇の大権」に属するものとして、国会の”介入”を制約というよりも、ほとんど基本的に排除していました。国会は予算審議の面からだけ影響力を行使できるはずでしたが、それを行使しようとした閣僚や議員は暴力(暗殺の実行や脅迫)や軍部の圧迫を正面から受けました。

 新憲法下でも、多くの安全保障関連事項や国際関係上の重要な問題が「外交上の機密」として国会審議の対象から外されており、その範囲は拡大の一途をたどっているように思われます。審議に不可欠な情報が「機密」扱いで提供されず、また提供を余儀なくされた場合にも、主要な項目は黒塗りとなっています。「安全保障」については、外交上の機密以上に「軍事機密」扱いがまかり通っています。この面から国会審議が空洞化し、国会が国権の最高機関であるという憲法の規定が危機に瀕しています。

  透明性こそが現代における民主主義に不可欠な基本的価値と原則です。専制的権威主義と民主主義を分ける最重要な現代的なメルクマールが、意思決定プロセスと情報公開および情報管理の透明性にあります。これがますます制約されてきたことが、国会審議の重大な機能不全を招き、ひいては軍事と外交に対する国民の知る権利を侵害しています。
 「新しい戦前」が国民生活全般、特に情報管理の軍事化の危険を伴っており、日本の民主主義に対する重大な脅威になる懸念は、日本軍国主義のDNAが政治の中に根深く温存されている兆候が表面化するにつれて高まっております。

 最後になりましたが、山崎さんが指摘されているように、現在の軍事予算の急拡大が国内経済の軍事化による浮揚策と密接に関連していることが、もう一つの重大な危機です。これまで禁止されていた兵器輸出が大幅に緩和され、規制は事実上骨抜きにされつつあります。現代の戦争では情報技術が極めて核心的な軍事戦力の中枢的役割を担っており、電子機器とその部品の軍事的転用がカギとなっています。その面で機器部品の軍事転用を監視することは容易ではありません。さらに、兵器の開発とその契約は単年度予算の枠を遥かに超えるものであり、一旦そのプロセスが回り始めると政府支出に歯止めをかけるのが困難となり、自動的に拡大の一途をたどります。
 これはアメリカの経験から明白です。ほとんどすべての兵器の開発と生産は、「コスト・プラス・利益」条項を含む契約であり、コストが膨らむとそれに比例した利益が上乗せされます。兵器を受注した企業にはリスク零の儲けが保障され、国家は際限のない「軍事費膨張」を負担する義務を負います。このプロセスは国民経済と国家支出に対して、時とともに増す重圧的な負担を課すことになるでしょう。まさにいま、この歯車が本格的に回り始めようとしています。

 最後に短く付言しておきたいことがあります。今年の3月に亡くなった作家大江健三郎はわれわれの同世代人です。彼は「深刻な悲劇の人為的原因を知りながら、沈黙を守ることはその共犯となる」という信条から、ヒロシマや沖縄、そして世界各地での戦争や非人道的行為に対して、常に積極的に発言してきました。このような姿勢をとることはあらゆる市民にとって、特に知識人や政治的社会的な活動家にとって非常に大事であると信じております。
 社会的な労働運動の中で活動的な人生を送ってきたものの一人として「従容として世を去る」ことを潔よしとせず、人生の終活期においてまでも蟷螂の斧を振り上げているのは、同様な考え方に依拠しているからです。

(3) 臓器移植目的殺人という新たな戦争犯罪
 戦争被害者がその臓器を略取され、移植目的で売られているケースを貴兄から知らされたことは衝撃的でした*2。これまで広くは気づかれてこなかった、この非人間的ビジネスが現代戦争のもう一つの隠された側面となっているのには慄然とします。コソボで多数派のアルバニア人が少数居住者となったセルビア人にたいして、またウクライナ民兵(ファシスト系)が少数派のロシア系住民に加えたと伝えられるこの非人道行為は、近年の他の戦争でもありえたと想定されます。
 これまでに、蔵器移植のために各国で子どもが誘拐され、売買されるケースがあることは世界的に報道され、映画にまで取り上げられました。また、この問題は児童労働との関連でも国際的に取り上げられてきました。しかしながら、戦争被害者の臓器を生体から取り出し、それらを売買するビジネスが現代の戦争から派生していることは、これまで見逃されてきました。高まる臓器移植の需要から見れば、これは想定外な出来事ではないかもしれません。これまでも一部では問題とされてきましたが、生体臓器売買闇市場の存在と、莫大な「料金」を購入者から奪取し、強者と弱者の間で貧富格差を利用して行なわれているこの”医療的“犯罪行為は、もはや看過されるべきだはありません。
 非人間的な「臓器移植」ビジネスの闇を暴き、国家と国際社会の倫理と法の網をかけるための世論を喚起すべき時が到来していると痛感しております。これはまた、現代のあらゆる戦争、特に「民族浄化」と住民一掃に走る危険が大きな民族間戦争を阻止すべき、新たに有力な理由の一つとなります。
                        (以上)

(国際関係研究者)

※編集事務局注:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230407&ng=DGKKZO69975930X00C23A4EAC000
※2:今月号掲載の山崎洋氏による「NATO空爆とコソボの悲劇」            
https://www.alter-magazine.jp/index.php?go=kxZ6UN
に詳しい。 

(2023.4.20)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップバックナンバー執筆者一覧