【海峡両岸論】

「台湾有事」はどのように作られたか

~日本衰退を加速する岸田軍拡路線
岡田 充

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 岸田文雄政権は2022年12月16日、専守防衛を空洞化する敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有をはじめ、防衛予算を5年で国内総生産(GNP)比2%に倍増し、日米統合抑止力(軍事一体化)の強化を柱にする「国家安全保障戦略」(NSS)など安保関連3文書を閣議決定した。(写真 発表する岸田首相 官邸HP)大軍拡路線への転換を正当化するのが「台湾有事論」だ。それがどのようにして作られたかのか、バイデン米政権の「グランドデザイン」を基に、日米両政府の2年の動きをまとめる。米戦略に追従する大軍拡路線には対中抑止効果などなく、逆に中国敵視によって東アジアの緊張を激化させるだけである。雪だるま式に増えかねない軍事予算圧力から「失われた30年」を漂流する日本の衰退はいっそう加速する。

 米の挑発と受け身の中国

 米中の戦略的対立はトランプ政権下の2018年、米中貿易戦として始まる。対立テーマはその後、香港抗議活動、コロナ発生源問題、新疆ウイグル自治区の人権問題などへ同時並行的に変化、2020年からは中国が「核心利益」と位置づける台湾問題が最大の対立課題になった。
 台湾問題の経緯を振り返れば、米国の意図的挑発に対し中国が対抗措置で報復する「因果関係」がみえてくる。米中対立で中国側は「受け身」の立場と分かる。
 台湾問題をめぐる米挑発をみる。トランプ政権末期から

1.金額、量ともに史上最大規模の台湾への武器売却
2.閣僚・高官を繰り返し台湾に派遣
3.軍用機を台湾の空港に離発着
4.米軍艦の台湾海峡の頻繁な航行
5.米軍顧問団が台湾入り台湾軍を訓練―などである。

 これに対し中国軍は20年8月から軍用機を、台湾海峡の「休戦ライン」と米台が主張する「中間線」を越境させ、軍事演習を波状的に行う対抗措置を採ってきた。2021年に誕生したバイデン政権も、台湾問題を中国との最大の争点として中国が武力行使に出ないギリギリの挑発を仕掛けてきた。
 中国の論理を説明すると、「核心利益」に関しては、交渉による妥協や譲歩を一切認めないため、強硬反応以外の選択肢はない。バイデンもそれを見越して挑発を繰り返してきた。挑発の狙いのひとつは、中国が許容できない一線を意味する「レッドライン」がどこにあるかを探ることにあった。

「インド太平洋戦略」がグランドデザイン

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 台湾問題をめぐるバイデン政権の対中政策は22年2月に発表した「インド太平洋戦略」[i]に詳しい。(写真 戦略に関するISAS Special Reportsの表紙)バイデンは同10月「国家安全保障戦略」を発表したが、そのアジア太平洋版がこのリポートであり、対中戦略の「グランドデザイン」と言える。
 戦略は、米中対立を「自由な世界秩序を求める」理念と「抑圧的な世界秩序を求める」理念との戦いと規定する。「民主vs専制」という二元論だ。パワーバランスについて「米国単独では中国と対抗できない」との認識から、日米同盟をはじめ同盟・友好国との「再編強化がカギ」と強調する。バイデン政権が誕生時に発表した外交政策の①同盟関係の復活②多国間協力の回復―が、対中政策でも具現化されたのである。
 具体的には、台湾問題で対中抑止を強化するこの戦略を「少なくとも10年に及ぶ長期計画」と位置付け、次の3点を挙げた。

1.対中抑止を最重要課題とし、同盟国と友好国が共に築く「統合抑止力」を基礎に、その中核として日米同盟を強化・深化。日米豪印4か国の「クアッド=QUAD」と米英豪3国の「オーカス=AUKUS」の役割を鮮明にした
2.「台湾海峡を含め米国と同盟国への軍事侵攻を抑止する」と明記、軍事的な対中抑止の前面に台湾問題を据えた
3.米軍と自衛隊との相互運用性を高め「先進的な戦闘能力を開発・配備する」と明記した

日米安保を「対中同盟」に

 ここで「インド太平洋戦略」に基づき、日米両政府が台湾有事に向け、具体的にどのように連携を深化していったかを振り返る。
 まず取り上げるのは2021年4月、ワシントンで開かれた菅義偉・バイデン大統領の日米首脳会談である。会談は
1.台湾問題を半世紀ぶりに共同声明に盛り込み、日米安保の性格を「地域の安定装置」から「対中同盟」に変えた
2.日本が軍事力を飛躍的に強化する決意を表明
3.台湾有事に備えた「日米共同作戦計画」の策定―で合意[ii]した。

 日米首脳会談の共同声明に「台湾海峡の平和と安定の重要性」が書き込まれたのは1969年11月、佐藤栄作首相とリチャード・ニクソン大統領による首脳会談の共同声明以来、52年ぶりだった。
 この首脳会談では、沖縄施政権の日本返還で合意した。当時ベトナム戦争遂行中の米政府は、沖縄返還後も米軍基地の自由なアクセスを担保する必要があり、台湾問題の重要性を声明でうたったのだ。一方、菅・バイデン首脳会談では、台湾有事に向けた日本の主体的関与を具体化するため、南西諸島のミサイル要塞化を加速する必要があった。半世紀前も今も変わらないのは、米軍にとっての沖縄基地の重要性である。
 ここで思い出すのは首脳会談前月の3月、前米インド太平洋軍司令官のデービッドソン海軍大将が米上院軍事委員会で、「中国軍が27年までに台湾に侵攻する可能性がある」と述べた証言。証言時期から判断すれば、その狙いが、日米首脳会談に向けて台湾有事を緊急課題にし、日米安保の性格変更の「地ならし」と、対日世論工作にあったことが分かる。

安保3文書は「中間決算」
 21年10月に菅政権を引き継いだ岸田も、日米合意を忠実に推進する。22年5月23日東京で開かれた岸田・バイデン首脳会談を振り返ると、台湾有事をめぐる日米の「戦争シナリオ」が、まるで坂道を転げ落ちるように完成していったことが分かる。この時の共同声明は

1.日米同盟の抑止力、対処力の早急な強化
2.日本の防衛力を抜本的に強化し防衛費を増額
3.日米の安全保障・防衛協力を拡大、深化
4.米側は日本防衛への関与と、(核を含む)拡大抑止の再確認―をうたった。
 
 安保関連3文書が、米巡航ミサイル「トマホーク」の導入による「敵基地攻撃能力」の保有と並んで、軍事予算のGDP(国内総生産)比2%倍増を明記した背景がよくみえる。3文書では日米軍事一体化のため、自衛隊に有事の際の「統合司令部」新設もうたわれた。
 政権がメディアと一体になり台湾危機を煽り、それが中国脅威論の翼賛化に拍車をかけていった。わずか2年で「戦争準備国家」に移行・変質させていく過程は、1930年代の再現すら思わせる。安保3文書は、バイデン政権のグランドデザインの「中間決算」に過ぎない。

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独立阻止に照準、統一急がず

 日米が煽る中国の「台湾侵攻」について、中国はどう考えているのだろう。習近平・党総書記は、共産党20回党大会(22年10月16~22日)初日の党活動報告[iii]で、台湾政策について次のように述べた。
 「台湾問題の解決は中国人自身のことであり中国人自身が決めるべき。最大の誠意をもって最大の努力を尽くして平和的統一の未来を実現しようとしているが、決して武力行使の放棄を約束せず、あらゆる必要な措置をとる選択肢を残す。その対象は外部勢力の干渉と、ごく少数の台湾独立分裂勢力と分裂活動であり、広範な台湾同胞に向けたものでは決してない。祖国の完全統一は必ず実現しなければならず、必ず実現できる」。
 習演説についてNHKニュース[iv]は、習が「統一のためには武力行使も辞さない姿勢を示した」と伝えた。共産党の台湾政策は「平和統一」であり、もし「武力統一」に方針転換したなら歴史的ビッグニュースだ。
 確かに誤解を招きかねない表現だと思う。だがよく読めば、武力行使の対象を「外部勢力の干渉と、ごく少数の台湾独立分裂勢力と分裂活動」としている。統一の対象である「広範な台湾民衆に向けたものではない」点がポイントだ。「武力統一」を容認したのではなく、米国や台湾独立派に向け「武力行使」を否定しない、従来方針の繰り返しにすぎない。
 メディアは、習発言をとらえ「2024年までに台湾に侵攻も」[v]などと台湾有事を煽った。だが中国が台湾統一を急ぐ主体的・客観的条件は揃っていない。大会は党規約も改訂し「台湾独立に断固として反対し抑え込む」という表現を追加した。だが統一を急ぐ表現や武力行使を容認する記述は一切ない。(写真 中国共産党規約の表紙
 党規約について「日経」は「習政権は共産党規約を改め、台湾統一を3期目の最重要目標に掲げた」と書く。これも明らかに踏み込み過ぎコメント。繰り返すが党規約には、習演説にある「統一を実現できる」という文言すら入らなかった。仮にこれを入れれば、5年の任期中に、統一を実現しなければならない「縛り」になってしまうためだろう。
 習は2022年末に発表した「23年の新年のあいさつ」[vi]で「両岸は一つの家族。両岸同胞が、中華民族の幸福を築くため手を携えて共に歩むことを心から願っている」と、平和統一に触れずに訴えた。22年のあいさつにはあった「祖国の完全統一の実現は、両岸同胞の共同の願いだ」のという表現も消え、台湾人の情理に訴える内容である。これから判断すれば、2027年までの5年間は独立阻止に照準を合わせ、統一は急がない方針とわかる。

統一は「大局」に従属

 台湾統一の重要ポイントは主体的・客観的条件にある。統一は、帝国主義列強によって分断・侵略された国土を統一し、「中華民族の偉大な復興」を実現する建国理念の重要な柱。従って統一の放棄はあり得ない。
 習は前回19回党大会の党規約に、党の「歴史的三大任務」として①近代化建設の促進②祖国統一の完成③世界平和と共同発展を促進―を挙げた。この記述は、今回の改定党規約でもそのまま残された。3大任務に優先順位はあるのか。統一は、経済発展を保証する平和的国際環境の実現という「大局」に従属する任務であり、優先順位は高くない。経済発展を犠牲にしても統一を断行するわけにはいかない。
 中国の統一戦略は、1979年の米中国交正常化を境に「武力解放」から「平和統一」に変わった。22年8月に発表された最新「台湾白書(台湾問題と新時代の中国統一事業)」[vii]も平和統一以外の選択肢には一切触れていない。習の台湾政策「習5点」[viii](2019年1月)は、台湾問題の主要敵を「外部勢力の干渉」(アメリカ)と「台湾独立」(蔡英文政権)に絞り、武力行使を否定していない。その理由は「武力行使を否定すれば台湾独立勢力を勢いづかせるだけだ」(鄧小平が福田赳夫との会談で 1978年)とされてきた。
 中国政府は2005年、武力行使の条件を定めた「反国家分裂法」を制定した。先の「台湾白書」は、武力行使を「最後の手段」とし、「武力行使を準備するのは、平和統一を実現するため」とすら書く。つまり「武力統一」と「武力行使」は同義ではないのだが、この二つを混同する中国・台湾問題専門家は少なくない。

武力行使は一党支配を危機に

 中国にとって武力統一も武力行使も「悪手中の悪手」。その理由を中国の主体的・客観的条件から考えよう。
 第1に軍事力という主体的要因。中国は軍艦数や中距離弾道ミサイルの数で、米国を上回るが、総合的軍事力では依然として大きな開きがある。ロシアがウクライナ侵攻から1年を経ても制圧できないことを考えれば、200キロ離れた台湾海峡を渡海し本島制圧に成功するのは極めて難しい。米中衝突は核戦争を覚悟する必要があり米中共に衝突は望んでいない。
 第2は、「統一支持」がわずか3~5%程度にすぎない「台湾民意」。民意に逆らって武力統一すれば台湾は戦場化する。仮に武力制圧に成功しても、国内に新たな「分裂勢力」を抱えるだけであり、統一の「果実」はない。
 第3に客観的条件。武力行使への米欧諸国の反発と制裁は、ウクライナ問題の比ではないはずだ。バイデンは、武力行使を奇禍として中国を完全に「へこます」制裁を発動するはずだ。武力行使は、「一帯一路」にもブレーキをかけ、3年に及んだ「ゼロコロナ」政策によって3%台に落ちこんだ成長の足をさらに引っ張る。習は、中国を社会主義の「新発展段階」に入ったとし、「素晴らしい生活への需要を満たす」ことを新任務に据えて「共同富裕」を提起した。
 成長が止まり「新発展段階」が行き詰まれば、共産党の一党支配自体が揺らぐ恐れがある。「武力行使」を否定しないのは、米台の対中挑発への警告の意味を越えない。

「一つの中国」空洞化と「代理戦争」

 バイデン政権が日本と共に中国を軍事抑止しようとする「グランドデザイン」は、少なくとも10年に及ぶ長期計画。日本は安保3文書によって「中間決算」を出したが、グランドデザインの長期目標はどこにあるのだろう。
 その内容を明瞭に示す資料はない。ただこの2年のバイデン発言や米議会の動向から推測すると次の3点に要約できる。第1は、米政府が半世紀にわたって維持してきた「一つの中国」政策の空洞化である。第2に米日台の暗黙の同盟構築、第3としてウクライナ同様、台湾有事でも米軍を投入しない「代理戦争」である。
 「一つの中国」政策の空洞化については多くの説明は要らないだろう。バイデンは22年9月18日、米TVのインタビュー番組[ix]で「我々は台湾が独立するのを奨励しないが(独立するかどうかは)彼らが自ら決めること」と述べた。台湾側が独立の意思を決定すればそれを容認するという「独立容認論」だ。
 住民自決への支持であり、米民主党の伝統的政策から考えればバイデンの本音と考えていい。しかし、米国務省の公式台湾政策は①どちらか一方による現状変更に反対②台湾独立を支持しない③海峡両岸の対立は平和的に解決するよう期待―であり、バイデン発言は明らかに政策違反だ。
 ホワイトハウスでアジア政策を取り仕切るカート・キャンベル・インド太平洋調整官は、発言直後に「政策変更はない」と火消しに追われた。米国の台湾問題専門家ですら発言を「中国は米国が台湾独立を支持しているとみなしており、この発言は中国に戦争を決断させかねない」と厳しく批判した。バイデンはこのインタビューでも、中国の武力行使に対し事前に対応を明かさない「曖昧戦略」を否定する発言をした。「曖昧戦略」は事実上ないと考えていい。

台湾政策法が火種に

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 反中機運が超党派で高まる米議会はどうか。議会には、台湾を同盟国化して攻撃用兵器を供与、在米の台湾代表機関に外交特権を与える超党派の「2022年台湾政策法案」[x]が上程され、22年9月上院外交委員会を通過した。法案は、中国に対する「米台統合抑止」の必要性も挙げ、米台による対中「戦争計画」を提言している。将来的には、米国を「要」に、米日台の軍事同盟化を狙う内容である。(写真 ワシントンDCの米議会
 法案が成立し米政府が条文を忠実に履行すれば、米政府の「一つの中国」政策は、完全に空洞化する。バイデンは22年12月23日、総額約8679億ドル(約114兆円)に上る23会計年度(22年10月~23年9月)国防権限法案に署名し成立させた。この中の台湾支援の柱は、①27年度までの5年間で最大100億ドルの軍事資金援助を供与②2024年の環太平洋合同演習「リムパック」に台湾を招待③米政府官僚を台湾に最大2年派遣するフェローシップ計画の創設―など。
 台湾政策法が、23年1月から始まる共和党主導下の下院を通過すると、11月バリ島での米中首脳会談での「和解」[xi]を損なう恐れがある。国防権限法案は「台湾政策法」の軍事供与など一部を先取りした内容だ。

進む米日台同盟

 第2は「米日台の暗黙の同盟構築」。バイデンが台湾問題を米中対立の「核心」に据えたのは、米1国ではもはや中国に対抗できないからである。米日台の暗黙の同盟化はその回答の一つである。3者の軍事協力は既に進んでいる。
 アーミテージ元米国防次官補[xii]は「台湾有事があれば米国が台湾に送る武器や物資を日本で保管できるようにしたい」と明言した。米政府はウクライナ戦争の教訓から、東アジアで燃料・弾薬補給体制が「不十分」と認識し、台湾向けの弾薬・燃料を南西諸島に備蓄する方針だ。
 この発言を受け、浜田防衛相も9月6日の日経インタビューで、南西諸島地域に「燃料タンクや火薬庫などを増やす」方針を言明した。水面下でも米日台軍事協力は進んでいる。インド太平洋地域で、海軍と海上法執行機関の協力をうたう米軍の「パシフィック・パートナーシップ2022」[xiii]の合同演習が22年7月、パラオ沖で行われた。海上自衛隊と米英海軍艦船に交じり、台湾巡視船が極秘裏に参加したのが一例だ。
 米海軍病院船を中心とした演習では、各国の軍艦船と巡視船艇が連携し被害艦船の乗組員救助や、負傷者を病院船に移送する訓練が行われた。台湾艦の参加は、演習が「台湾有事」での負傷兵救助を想定した可能性を示唆している。

米軍投入せずアジア人同士の戦い?

 米政権の対中挑発の行動パターン[xiv]を振り返れば、①米国が挑発し中国に競争するよう仕向ける②中国に軍事的、経済的に「過剰な対応」を引き出させる③国内外で中国の威信や影響力を喪失させる―が読み取れる。
 それによって中国の台頭を抑え、米一極覇権を回復するのが目的だ。米国が望むのは緊張緩和ではなく緊張激化なのだ。岸田政権の安保関連3文書は、そんな緊張激化路線を側面支援する。
 米政府は「台湾有事」でもウクライナ戦争同様、米軍を投入しない代理戦争の可能性を選択肢として検討している。それを想起させるのは、米軍制服トップのミリー統合参謀本部議長の米上院公聴会での発言[xv]だ。

1.台湾は防衛可能な島で、中国軍の台湾本島攻撃・攻略は極めて難しい
2.最善の防衛は台湾人自身が行うこと
3.米国はウクライナ同様、台湾を助けられる

 米国は、約20年に及ぶアフガニスタン侵攻作戦を21年8月終結し米軍を撤退させた。内政の深い亀裂・分断に加え、未曾有のインフレ進行に直面する米国が、「民主と自由を守るため」台湾に派兵する余力などない。世論の支持も得られまい。台湾有事でも、米国は後景に引き、日台中のアジア人同士が戦う可能性がある。ウクライナ戦争同様、代理戦争こそ米国は自分の手を汚さずにすむベストの選択。その場合、日本は「ハシゴ外し」に遭う。

対中国戦争反対が74%

 米国にとって台湾は、対中軍事抑止と対抗のカードである。米本土防衛という自身の安保の重要カードではない。台湾民衆もそれをよく知っている。ある台湾のTVの世論調査[vii]によると、「もし両岸で戦争が起きた場合、米国は台湾に派兵し防衛すると信じるか」との質問に、「信じる」はわずか30%で、「信じない」の55%を大幅に下回った。
 では日本人にとって、台湾有事のリアリティはどの程度あるのだろう。朝日新聞が2022年12月20日付で報じた世論調査によると、「敵基地攻撃能力」の保有については「賛成」が56%と「反対」(38%)を上回った。圧倒的多数の支持とは言えないまでも、政府とメディア一体の台湾有事キャンペーンの効果の表れがみえる。
 一方、公益財団法人「新聞通信調査会」の世論調査[xvii]によると、台湾有事に危機感を持つ割合は79・1%と約8割に上る。だが、中国が台湾を軍事侵攻した場合の日本の対応について、「自衛隊が米軍軍とともに中国軍と戦う」に賛成は 22.5%に過ぎず、「反対」は 74.2%に達した。
 中国との戦争に、日本が参戦するのは拒否するという反応をどう見ればいいのか。回答理由は明らかではないが、軍事力では日本を圧倒する中国軍と戦っても勝ち目がないこと、南西諸島だけでなく日本全体が戦場になることへの「恐怖感」「忌避感」があるのは想像に難くない。
 岸田は外相時代の2016年1月、蔡英文が台湾総統選挙で当選した際、「台湾は我が国にとって,基本的な価値観を共有し,緊密な経済関係と人的往来を有する重要なパートナーであり大切な友人」と、初の外相祝賀談話を出した。安倍指示に基づく談話とみられるが、台湾と共有する「価値観」を守るため、日本人の多くに参戦する覚悟などない。
 多くの日本人にとって、台湾は政治的文脈からすると反中意識の裏返しであろう。米軍と共に「台湾防衛」に参戦するリアリティ(現実感)は乏しい。バイデンも岸田をあまり頼りにしないほうがいい。

「戦争をする国」に大転換

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 冒頭触れたように、安保関連3文書の閣議決定(12月16日)は、台湾有事を前提に組み立てられ、大軍拡路線の下で専守防衛という憲法原則を骨抜きにする内容。これに反対する立場から私は、「平和構想提言会議」(川崎哲共同座長)の提言(12月15日)[xviii]作成に参加した。
 ここで3文書と平和提言の内容を改めて紹介する。「作られた危機」である台湾有事で、日本の参戦に道を開く3文書が、日本防衛に役に立たないどころか、中国敵視によって東アジアの緊張を激化させかねないこと。歯止めない大軍拡路線は、日本衰退を一層加速させ、米国との「心中体制」に日本を追い込む危険がある。

 まず安保関連3文書の骨格は次の通り。
1.防衛予算を5年間に国内総生産(GNP)比で2%に倍増(43兆円)
2.敵基地攻撃能力(スタンド・オフミサイル)を保有。国産型の改良と米国製巡航ミサイル「トマホーク」購入
3.アメリカ軍と自衛隊の「相互運用性」を強化、台湾有事の際、米軍と自衛隊の一体運用を可能にする組織創設。陸海空の3自衛隊部隊の統合運用を担う「統合司令部」を設置し米軍とのパイプに
4.対中国認識を従来の「懸念」から「これまでにない最大の戦略的な挑戦」と変更
5.防衛移転3原則(武器輸出)の見直し検討
6.サイバー攻撃を防ぐため、攻撃元を監視・侵入などで対処する「能動的サイバー防御」の採用

 劇的な政策変更に対する平和構想会議の提言の要旨は次の通りだ。(写真 提言を発表するメンバー 「東京新聞デジタル版」から)

1.「戦争しない国」から「戦争する国」への政策大変更が、国会の承認や憲法改定を伴わずに行われた手続き上の問題
2.「専守防衛」の憲法原則を骨抜きにし日本を世界第3位の軍事大国にする大軍拡
3.殺傷能力ある武器の輸出承認は、平和国家としての日本の信用棄損
4.軍事力中心の抑止力至上主義は、「安保のジレンマ」から軍拡の悪循環招く
5.米国への過度な軍事依存を正し、アジア外交と多国間主義の強化を
6.「攻撃用兵器不保持」の再確認を
7.辺野古新基地と南西諸島ミサイル要塞化の中止
8.米国に核兵器の先制不使用働きかけ

ガバナンスの正当性失う

 提言から4つの論点を整理する。第1は「手続き」上の問題。これほどの政策変更が、国会での議論や承認を一切経ない閣議決定で行われたことは、記憶にとどめなければならない。日本のガバナンスの正当性が問われる。安倍元首相が、憲法違反の濃厚な「集団的自衛権」の行使容認を2014年、閣議決定で押し切った前例の踏襲である。
 憲法の条文を変えるのを国民投票で問う「明文改憲」ではなく、「解釈改憲」で事足りるとする悪しき前例がまたも上書きされた。「戦争する国家」に変貌させることは、国民投票を通じて憲法を明文的に変えなければ許されない重大な政策変更に当たる。
 第2は、敵基地攻撃能力の保有が「抑止力を高めるため」という政府の主張の正当性である。日本と中国の経済力はGDP比で「1対4」近くまで拡大している。中国は核保有国であり三隻の空母を保有する米国に次ぐ、世界第二の軍事大国。
 日米は、中国がグアム米軍基地を射程にする中・短距離ミサイルを1200発保有しているとみる。一方、米国は中国を射程に収めるミサイルは配備していない。トランプ政権は2019年、米ソ中距離核戦力全廃条約(INF条約)の破棄を通告しており、バイデン政権も中距離ミサイルの東アジア配備を急ぐ。

対中軍事抑止の神話

 従来の弾道ミサイルは、大気圏外に打ち上げられたミサイルが放物線を描きながら大気圏内に再突入し標的に向かう。しかし中国、ロシア、北朝鮮が実戦配備を急いでいるのは、「極超音速ミサイル」。極超音速で空を滑るように飛行するため、コースは予測できず地上や海上のイージス艦では迎撃できない。イージスアショアに至っては、金を食うだけの無用の長物だ。
 中国は日本が「敵基地攻撃能力」を保有したからといって、ミサイル配備を止めない。日本攻撃は危ないとして、対日軍事戦略を見直すわけでもない。そもそも、日本が米国と共に台湾防衛のために参戦しない限り、中国が日本を攻撃する意図などない。台湾有事の際「尖閣(中国名 釣魚島)も奪う」というシナリオがあるが、戦争の最中、誰が無人の孤島を占領するというのだろう。トマホーク配備は「安保のジレンマ」によって、新たな軍拡競争の引き金を引くだけ。軍事抑止の神話は捨てるべきである。
 米政府は一極支配秩序が軍事覇権によって成立した自己経験を、中国にもそのまま投射して中国対応を判断する傾向が強い。しかし中国の場合、伝統的な重商主義的政策を背景にした経済力こそが力の源泉である。侵略と支配を支えるために軍事力を維持する米国のような軍事覇権国家ではない。

衰退加速の転換点

 第3は、大軍拡は日本衰退を加速する転換点。軍事費は兵器開発・調達費と購入費の返済、訓練、人件費、弾薬や燃料の備蓄費用などに充てられる。1966(昭和41)年の国会で福田赳夫蔵相は「防衛費は消耗的な性格を持つ。国債発行対象にすることは適当でない」と答弁した。
 にもかかわらず安保3文書の決定を受け、岸田政権は2023年度当初予算案で、4343億円の建設国債を初めて防衛費に充てる方針を明らかにした。まるで「防衛費増額は国債で」を遺言にした安倍亡霊にとりつかれているようだ。
 国際通貨基金(IMF)によると、日本の政府債務残高は2022年10月GDP比で263%と米国のほぼ2倍。主要7カ国(G7)ではイタリアでも161%と先進国でダントツだ。10年に1回世界を襲う金融危機を、いったいどうやって乗り切るつもりなのか。
 日本の一人当たりGDPは1997年まで世界4位だった。しかしバブルが破裂した1998年からほとんど増加せず、2013年には世界25位にまで転落。この30年間、賃金水準も下降しているほど。「失われた30年」から脱却できる見通しは立たず、少子高齢化が進んで労働生産性人口が減少する一方。
 円高に歯止めがかからなかった2022年、その理由を欧米との金利差に求める議論があったが、真の理由は衰退ニッポンそのものにあった。生産性の薄い軍事費は、福祉はもちろん教育投資を犠牲にする「金食い虫」でしかない。安保のジレンマが予算を膨張させ、歯止めがかからない。

台湾政権交代なら岸田に痛手

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 第4は、岸田政権の対米追従政策の見直し。台湾有事論を政府とメディア一体で進めてきた過程を振り返れば、バイデン政権が米一極支配復活を求める「グランドデザイン」に、日本政府が唯々諾々と追従してきた姿勢がみえてくる。
 多極化が進む世界で、米欧日など先進国の相対的な地位低下は著しく、アジア、アフリカ、中南米など、途上国の力と声が高まっている現実を正視しなければならない。同じ米同盟国とはいえドイツとフランスは、対ウクライナ戦争への対応を含め決して米国の「グランドデザイン」に完全に同調しているわけではない。
 日米同盟強化ばかりに血道をあげてきた岸田は2022年11月バンコクで、習近平国家主席との初の対面会談にこぎつけた。しかし台湾など安全保障問題での対立の溝は埋まらなかった。それはそうだろう、日米同盟強化と台湾有事に向けた軍事力増強をうたう安保3文書は明らかな中国敵視政策だからだ。これを「外交敗北」という。
 米国の対中包囲網を二人三脚で進めてきた台湾側にも変化の兆しがみえる。22年11月の統一地方選挙で蔡英文政権は惨敗。(写真 民進党主席辞任を発表する蔡英文 NHKデジタルから)この間の「抗中保台」政策は民衆の離反を招き、24年1月の次期総統選でも対中関係の見直しを迫られている。政権交代となれば、両岸関係の緊張が緩和され米中対立の環境は大きく変化する。台湾有事の可能性は遠のき、安保関連3文書に基づいた岸田政権の軍拡路線に対する疑念や風当たりは強まる。日本にも影響が及ぶ。
 進めるべきは、中国脅威を煽って対中軍事抑止の言い訳にすることではない。中国敵視をやめて、停止状態の日中首脳交流を再開して信頼醸成を図ることである。外交を正常軌道に戻すことだ。

日中関係正常化へ提言

 最後に平和構想会議の日中関係に関する提言を付記する。
1,中国への「敵視」政策を停止すること。中国を「脅威」と認定することは、敵視することに他ならない。日中国交正常化の共同声明、日中平和友好条約を再確認すべきである。安倍元首相は2018年の訪中で「お互いに脅威にならない」ことで習近平国家主席と合意している。その再確認が必要。
1,首脳レベル相互訪問の早期再開に合意すること。林外相は速やかに訪中を実現し、相互 訪問実現にむけた環境整備に着手すべきである。
1,「台湾独立を支持しない」と表明すること。これは日中国交正常化の共同声明とこれまで の日本政府の一貫した立場に従うものである。バイデン米大統領も2022年11月14日の習氏との首脳会談で「台湾独立を支持しない、二つの中国、一中一台を支持しない」ことをあらためて誓約しており、日本も同様の表明をおこなうべきである。そのことが中国に安心を与え、台湾海峡の緊張緩和につながる。
1,これら中国との信頼醸成・緊張緩和の措置をとることは、環境問題や人権問題について「譲歩」することを意味しない。環境問題や人権問題については、国連や国際法の枠組み の中で積極的に議論と交渉を進めていく。
1,日中間の安全保障対話を進め、緊急時に防衛当局間をつなぐホットラインを開設すること。こうしたチャネルを通じて、中国の軍事力強化の意図を正確に分析・認識することが重要である。
1,日中間の軍縮・軍備管理対話を促進し、相互的な軍縮・軍備管理措置を追求すること。
​(了)

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[i] 岡田充(東洋経済ONLINE 2022/02/19 「台湾有事で日本を主役にするバイデン政権の思惑 台湾への軍事侵攻に日本が抑止力として関与?」)台湾有事で日本を主役にするバイデン政権の思惑 | 中国・台湾 | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース (toyokeizai.net)
[ii] 岡田充(海峡両岸論第126号「虚構の『台湾有事』切迫論 武力行使は一党支配揺るがす」第126号 2021.05.10発行 (weebly.com)
[iii] 習近平党活動報告(新華社 22・10・16)(二十大受权发布)中国共产党第二十次全国代表大会在京闭幕 习近平主持大会并发表重要讲话-新华网 (news.cn)
[iv]「統一のためには武力行使も辞さない姿勢」(NHKニュース 22・10・17習国家主席“アメリカをも超える強国建設”長期政権へ強い決意 | NHK |  
[v]「中国、24年までに台湾侵攻も」 米海軍トップ: 日本経済新聞 (nikkei.com)
[vi] 習近平23年新年談話(台湾「聯合報」22・12・31) 習近平新年賀詞提「兩岸一家親」 連續兩年對台喊話 | 兩岸要聞 | 兩岸 | 聯合新聞網 (udn.com)
[vii]「台湾白書」(観察者 22・8・10)国务院台办、国务院新闻办联合发表《台湾问题与新时代中国统一事业》白皮书 (guancha.cn)
[viii] 岡田充(海峡両岸論99号「30年内の統一目指すが急がない 習近平の新台湾政策を読む」)第99号 2019.02.14発行 (weebly.com)
[ix] 岡田充(Business Insider 2022・9・22) バイデン大統領「台湾独立容認」ポロリ発言。それでも「なぜか」中国と台湾が静かな理由 | Business Insider Japan)
[x] 岡田充(Business Insider 2022・9・6)台湾を「同盟国」に「攻撃的兵器」付与も。米「台湾政策法案」は中国との新たな火種に… | Business Insider Japan
[xi] 「五不四無意」
中国新華社の報道によると、バイデンはバリ島での習近平との初の対面首脳会談で、「台湾独立を支持しない」など従来のオンライン会談で誓約した「「四不一無意」(四つのノーと一つの意図せず)に加え、「『二つの中国』、『一中一台』を支持しない」、「米中デカップリングをするつもりはない」、「中国の経済成長を邪魔するつもりはない」、「中国を包囲するつもりはない」などを誓約する意思を習に伝えた。中国側はこれを「五不四無意」としてアップデートさせた。
[xii] 「日本に武器供与拠点を」(「日経」22・6・24インタビュー)
[xiii] 岡田充(東洋経済ONLINE  2022/09/15 )台湾有事を見据え水面下で進む日米台の軍事協力 | 中国・台湾 | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース (toyokeizai.net)
[xiv] 岡田充(Business Insider 2022/7/6)ウクライナ侵攻「予言」したランド研究所のレポートが話題。台湾有事煽る米政権の戦略とシナリオが「酷似」と | Business Insider Japan
[xv]岡田充(東洋経済ONLINE 2022/05/21 ) 自分たちで守れ? 台湾有事でも派兵しない米国 | 中国・台湾 | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース (toyokeizai.net)
[xvi] 岡田充(Business Insider 2022/3/31)台湾の最新世論調査「中国は軍事侵攻しない」が約6割の“意外”。なぜか日本は「侵攻懸念」が8割超で… | Business Insider Japan 
[xvii] 新聞通信調査会(2022・11・12)第15回メディアに関する全国世論調査(2022年)プレスリリース配付.pdf (chosakai.gr.jp)
[xviii] (平和構想提言会議 提言最終版.pdf

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※この記事は著者の許諾を得て『岡田充の海峡両岸論』2023年1月8日号から転載したものですが、文責は『オルタ広場』編集事務局にあります。

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