【コラム】フォーカス:インド・南アジア(37)

安倍元総理死去:遅延のインド新幹線は頓挫へ!

福永 正明

1. 安倍元総理死去とインド

 7月8日の安倍元総理の急逝に際して、インドはモディー首相が自ら非常に感情的な「追悼」の意を表明し、政府機関における国旗を半旗掲揚とした。その保守的姿勢、自己支持者層優先の政治主張などから、モディー首相と安倍元総理(さらに、トランプ前大統領も)とは、非常に親密な関係とされてきた。
 安倍元総理自身も「インドへの個人的思い」が強いとされた。その代表例が、2007年の第一次政権での訪印では東インドのコルカタ(旧カルカッタ)を訪問、極東国際軍事裁判(東京裁判)でインド代表判事を務めた故ラダビノード・パール判事の息子と面会であろう。現職の内閣総理大臣の訪印日程としては異常な偏向であり、当時より批判されてきた。
 安倍元総理とインドの関係については、別稿にて論評したいと考えている。

2. 安倍・モディー政権による「日印原子力協力協定」締結と実績なし

 筆者は、これまで本コラムにおいて、安倍・モディー両首脳の主導により進められた、「日印原子力協力協定の締結」に強く反対した。
 核拡散防止条約(NPT)に未加盟のインドに対して、原子力関連貿易である物資・技術輸出、さらにはインドの「使用済み核燃料の再処理」まで認めた「日印原子力協力協定」は、2017年発効した。
 しかし、東芝による原子力敗戦、日立の英原発輸出中止など状況は最悪となり、原子力協力は一切進んでいない。
 実質的にインドは、フランス、アメリカなど日本企業も関係する外国企業からの原発輸入をほぼ断念し、ロシアからの原発輸入推進、さらに国内製造原発建設へ向かう。インフラ整備事業の中核とされ、対中けん制策であると安倍元総理により強引に進められた対インド原発輸出は、完全に頓挫している。
 今後も十分な監視が必要であるが、安倍元総理が強引に進めた「対インド原発輸出」は、夢物語となった。

3. インド高速鉄道(新幹線)事業も頓挫へ!

 「高速鉄道(以下、「新幹線」)計画」は、インド最大商業都市ムンバイと、モディー首相出身地でかつて州首相を務めたグジャラート州の州都アーメダバードの約500㎞を結ぶ事業である。
 2015年12月の安倍・モディー首脳会談にて、日本の「新幹線」方式を採用することに合意、国際協力機構(JICA)を通じた資金(円借款供与)と技術面での援助を決定した。円借款は、総事業費1兆6500億円規模のうち最大で81パーセントと巨額であり。その供与条件は、償還期間50年、据置期間15年、利子率は年0.1パーセント、調達条件はタイド(日本系企業の受注条件)である。
 当初の事業計画では、2023年の完成見込とされ。JR東日本の新幹線E5系車両、当初はインドが車両25両を輸入し、さらに現地生産する計画であった。新幹線の営業運転では、最高時速320㎞を予定し、大半は高架運行だが、アラビア海の海底7㎞を含めトンネル21㎞も建設する。事業利点として日印両政府は、現状の鉄道移動では8時間が、、「新幹線」では2時間強から3時間弱の大幅短縮となることを強調する。
 計画が公表直後から、インド現地の建設予定地住民や市民団体はもちろんのこと、日本のNGOからも、「非現実的な住民抑圧・環境破壊の事業」として批判が集中した。
 ところがインド政府は、完成前倒しを表明、独立75年周年の本年(2022年)8月15日の独立記念日に完成予定と発表していた(この時には、安倍元総理が現職総理として完成式出席と報じられた)。
 だが遅延発表が続き、現時点でも全線開通の見込みはまったくない。
 本事業は、安倍政権の重要政策「インフラシステム輸出戦略」の軸とされ、総理自身のトップセールスが繰り返された。これに応じてモディー首相も、「新幹線」型式の採用合意に積極的であった。16年11月訪日の際、東京から新神戸まで安倍首相と共に新幹線乗車、新幹線車両を生産工場見学も行った。
 モディー首相は、「メイク・イン・インディア(インドで造る)」政策を掲げ、工業活性化による経済成長の持続を図る。それは将来、インドからの高速鉄道輸出への期待がある。
 2020年9月の安倍首相訪印時、アーメダバードにて「新幹線」の起工式を両首相が行った。モディー首相は起工式後、「インドにミニジャパンを設けたい」と新構想も発表、また違う場では「新幹線は日本が作ってくれる」とインドの実質負担なし建設を強調した。
 だが事業開始後の土地収用では、沿線予定地域各地の住民たちが激しい反対運動を展開した。土地収用は大幅に遅れ、23年完成は不可能である。さらに住民の人権擁護、環境保護、経済合理性などの点から、事業そのものへの疑念も高まっている。
 インド経営大学院大学アーメダバード校の調査では、50年の契約期間内に借款を返済するためには、1日当たり80.000人から118,000人の旅客、あるいは100往復以上の運行が必要とされる。 2019年9月、全区間を約2〜3時間で運行する「新幹線」運賃は、3,000ルピー(約5,203円)程度と発表した。これは、現行鉄道の所要8時間で約360円程度の運賃であり、14倍以上も高額となる。また、同区間の航空便での所要時間は1時間10分程度、運賃は5,000ルピー程度である。
 問題は、中層以上の人びとやビジネス客が、1時間以上も遅くなるが、低額となる差額を理由に「新幹線」に乗り換えるかである。つまり、現在のノンビリ走るが安い鉄道旅行者たちは航空機にも高速鉄道にも乗らないであろう。さらには、忙しいビジネル客らは、搭乗手続きも簡単で時間短縮となる飛行機を使い続けるであろう。「新幹線」の旅客は、誰もいない。

4.まとめ

 本事業の破綻と頓挫は、本年7月7日付け現地紙の報道でも明らかである。それは、土地取得の遅れ、コロナ感染症拡大などにより、事業のコストが上昇を続けており、実質は4年以上の遅れであるとした。
 すなわち、インド中央政府鉄道大臣は、建設費用の高騰が継続しており、土地収用も遅れていることから、2026年までのグジャラート州内一部区間(51㎞)の開通をめざすことを表明した。
 報道によれば、グジャラート州内の区間は、2028年までに運行が「予想」される。他方、マハラーシュートラ州では土地収用の遅れのため遅延が著しく、必要な事業用地の71%は確保できた。だが、強硬に反対する住民も多く、州政府森林局が自然破壊反対を理由に売却を拒んでいる。
 鉄道法により「土地取得90%完了まで土木工事契約不可」の条項があり、土地取得の遅れが計画遅延に直結している。実際、重要な駅ターミナル建設工事などの入札が遅れ、されにキャンセルが続いている。

 しかしながら6月末からマハラーシュートラ州政治では混乱が生じた。2019年から州政権を握っていたヒンドゥー主義を掲げるシヴァ・セーナー党が分裂、ウダヤ・タッカレー首相は少数派2転落し辞任した。さらに分裂派の中心であるエクナート・シンデーが州首相に就任し政権を奪取した。新州政権は、中央政府のモディー政権(インド人民党・BJP)と連携を進め、大政変に成功した。7月14日の現地報道(NDTV)では、新州政権は、日印「新幹線建設事業」を推進する立場を明確とし、事業に関する全ての許認可を実行したと報じた。すなわち、マハラーシュートラ州の新政権は、「新幹線建設事業」に新展開をもたらし、インドでの現地州事業は大きく変化している。
 しかし、新政権が従来の建設慎重な政策を転換したとしても、急激な工事は不可能である。つまり今後の土地取得に期待し、加速したとしても、1日でも工事が遅れれば、それは事業全体の遅れとなることには相違はない。

 「新幹線」事業は、膨大な経費高騰となることは明らかである。事業の81%は、日本からの借款により行われるが、それは国民から拠出されている。こうした事業遅延による追加費用の積算、さらには現行の借款額の変更などについては日印両政府間での合意はない。
 本年6月30日、日印両政府は「インド高速鉄道に関する第14回合同委員会」をオンライン形式で開催と外務省は発表した。そこでは、「ムンバイ=アーメダバード間高速鉄道事業の円滑な推進に向け、土木工事等の進捗を確認すると共に、今後も同事業を着実に進めていくことを確認しました」とし、「日本政府としては、ムンバイ=アーメダバード間高速鉄道への新幹線システムの導入の実現に向け、引き続きインド政府と緊密に協力し、取り組んでいく考えです。」とする。
 しかし国民に開示するべき、上記した多数の問題についての対策、今後の借款増額、日本の対応などは、一切述べられていない。先ずは、遅延の現状、今後の見通しなど、すべての情報を開示するべきである。
 もう本事業は完全に頓挫したことは明らかである。日本の「新幹線」をインドで走らせるとの安倍元総理の夢は、消失した。
 私たちは、主権者であり納税者として本事業に関心を持つべきであり、「即時中止」を訴え続けなければならない。

(大学教員)

(2022.7.20)
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