【マスコミを叱る】(36)

2016年11~12月

田中 良太

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◆◆【「電通過労死事件」から自殺報道を考える】

 私は自分自身のメールマガジンとして「隠居の小言」を書き、ネットで随時発信している。74歳なのだから、もう「隠居」でよいだろうと思い、ウェブネームというべきものとして「21世紀小言幸兵衛」を名乗っている。その11月22日号を[自殺した女子社員は可哀想な被害者か? 電通問題を考える]とした。全文は以下のとおりだ。

◆「鬼十則」メールマガジン
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 電通の鬼十則をご存じだろうか? 私自身、存在そのものは知っていた。しかしもちろん十カ条全部をスラスラ言えるなんてことはなかった。
 読者諸兄姉への情報提供の意味で、以下に全文を掲げる。

1.仕事は自ら創るべきで、与えられるべきでない。
2.仕事とは、先手先手と働き掛けていくことで、受け身でやるものではない。
3.大きな仕事と取り組め、小さな仕事はおのれを小さくする。
4.難しい仕事を狙え、そしてこれを成し遂げるところに進歩がある。
5.取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……。
6.周囲を引きずり回せ、引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地のひらきができる。
7.計画を持て、長期の計画を持っていれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。
8.自信を持て、自信がないから君の仕事には、迫力も粘りも、そして厚味すらがない。
9.頭は常に全回転、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそのようなものだ。
10.摩擦を怖れるな、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君は卑屈未練になる。

 4代目社長の吉田秀雄氏が1951(昭和26)年に、社員の行動規範としてつくったという。それがいまでも社員手帳に刷り込まれているというから驚きだ。吉田氏は故人(1963年没)で、1903(明治36)年生まれ。明治生まれの人が、米国占領下の時代につくったのだから、「古文書」といえる。それが21世紀のいまも生きていたというのは不思議だ。来年の社員手帳から掲載しないことを検討していると報じられているが、そんなことを即決できない古い体質に二重の驚きを覚えた。

 厚労省は法人としての電通や労務・人事系の社員らを労働基準法違反容疑で書類送検する方針と報道されている。検察が不起訴にするなら、検察審査会への申し立てなど一騒ぎだろうから、事件は法廷で審理されることになりそうだ。
 事件の発端となったのは、昨年末24歳の女性社員が過労自殺したこと。「体も心もズタズタ」「毎日次の日が来るのが怖くてねられない」「もう4時だ。体が震えるよ……しぬ」などの言葉をSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)上に残した。
 母親が離婚したため母子家庭で育った。「お母さんを楽にしてあげたい」と猛勉強して東京大学に入り、トップ企業だと聞いて電通に就職した。その8カ月後、自殺という悲劇に終わった短い人生だった。この女性は、電通への就職が事実上決まる内々定(内定が内定する)以前に鬼十則の存在を知っていたのだろうか?
 知っていた可能性はもちろんある。「キミ、これをコピーしてくれ」と言われたとき、第3項をタテに「そんな小さな仕事はやりません」と拒否できる。「じゃー、どんな仕事をするんだ?」と続いたら、第6項をタテに「貴方を引きずり回すような仕事です」と言う。鬼十則をこういう具合に利用したなら、愉快な社員生活をおくることが可能だ。こう考えて電通に入社したなら、なかなかの傑物と言える。しかし女性社員にこんな考えはなかったようだ。その逆だからこそ、自殺の悲劇に終わったのだろう。

 電通は政治家や大企業幹部、そして有名人の子女を無条件で入社させる、広義の「コネ採用企業」としても知られていた。有名人の子弟を「キミの時間外労働はまるっきりムダ」などと怒鳴りつけることはできない。この女子社員のようなタダの秀才が不利なことは、誰でも分かる。
 おそらく自殺した女子社員は、鬼十則だけでなく、電通という企業について何も知らず「トップ企業」というだけで就職先に選んだのではないか? 大学入試のとき東大を選ぶのと同様、「トップ」に魅力を感じた。この社員だけでなく、母親にも「電通ってどんな会社?」と訊き、入社の可否を相談する相手はいなかったのだろうか?と疑問に思う。

 私ごとで恐縮だが、学生時代のアルバイトは家庭教師ばかり。それでも必ず「下見」をした。予備的な訪問と断って、先方の家を訪ねる。「通勤」の電車に乗っている時間は1時間以内か、を確かめるだけではない。親と話をして、私は何を期待されているかを探る。教えるのが中学生で、「必ず日比谷高校に入れるようにして」とか、高校生で「必ず東大合格を」といったことでは困る。そういう過大な要求がないことも「要確認」だった。
 電通に入社した女性社員は「終身雇用」のつもりだったのだろうが、電通に何を要求されているのか? 確かめたようには思えない。世代の相違ということはあるのだろうが、就職先の企業について何も知らない。知ろうとしたとも思えない。不思議にすぎて、信じがたい「就職意識」だ。
 厚労省が電通の労働時間問題について厳しい姿勢をとっていることは、もちろん正しい。しかし過労自殺した女子社員を可哀想な「被害者」と見るとはできない。被害者となることは避けようという意識があまりに希薄だった。女性社員の方も、悲劇を引き起こした「元凶」として批判されるべきだというのが私見だ。
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 このメールマガジンは、私がアドレスを知っている人、約460人に Bcc で直接送信している。「まぐまぐ」の無料マガジンとしており、読者数は688人と表示されている。またフェイスブックにも送っている。フェイスブックの読者数はわからないが、かなり多数だと思っている。

◆厳しい批判が多数
 「自己責任論だ」という批判があった。これはメールだったので、「私は自殺した女性社員の責任を問おうとしたのではない。一生勤務するつもりの会社を選ぶにあたって、高低だけを尺度とし、電通を『最高』と判断して入社したのはおかしいのではないか?という意見を表明しただけ」と反論した。
 このやりとりをフェイスブックで紹介したのだが、「過労がひどくなると鬱(うつ)症状が出てくる。鬱のひどさを貴方は知らない。だから自殺を批判できるんダ」といった批判が何件もあった。
 私ごとだが、「深刻に考え込まない」「反省はするが後悔はしない」を処世訓としている。鬱のひどさを知らないというのは、良く見抜かれたものだと感心した。
 しかい鬱のひどさについて言えば、精神神経科の医師が知っていれば良いことだ。一般人では、体感した人だけが知っている。「知らない」のは体感したことがないからだ。鬱を体感したことがないのは、誇るべきことではないか。逆に「オマエはバカだ」と言わんばかりに批判された。私は処世訓の故に、鬱のひどさを体感したことがない。オマエの処世訓は正しいと賞賛されてしかるべきだ……と考えた。
 鬱のひどさといったことでさえ、知っている方が偉く、知らないのはバカだ、と言わんばかりの論理にあきれた。これこそ「知識の多さ」を無条件でプラスとする「教育過剰社会」の弊害以外の何ものでもない。

◆最初は匿名だったオルタ連載
 私が「オルタ」にこの連載を始めたのは、第120号(2013.12.20)から。当時のタイトルは「マスコミ昨日今日」で、筆者は「大和田三郎(元マスコミ政治部デスク)となっていた。ご存じのとおり「オルタ」掲載の記事は、原則として実名である。「私のマスコミ月評だけ何故ペンネームなのか?」と、編集部と多少のやりとりをした。最終的には「当方は、貴方のことを何も知らないんですヨ」と言われ、ペンネームを了解せざるを得なかった。言外に「トンデモナイことを書かれたら困る。実名の原稿なら、編集部で書き変えることはできない。ペンネームとして、編集部による書き変えアリとする」という意思を感じた。
 その第1回記事には末尾の「開始にあたって」が付いている。
 「デスク日記」(みすず書房の宣伝月刊誌「みすず」に掲載。1年分を単行本として刊行)が始まってから50周年に当たることを指摘。毎月のマスコミ報道を論評する、と宣言している内容となっている。

◆書き換えられた開始宣言
 しかし私の書いた「開始にあたって」は、まったく異なる文章だった。当時はマスコミOBと話すことも珍しくなかったのだが、「イマドキの若い者は」式のマスコミ報道批判が目立った。「さいきんの若い記者は、酒も飲まず、他人と話すこともないらしいネ」などという言葉をよく聞いた。こういう発言に対しては、「そういう言葉は、貴方が老いたことを証明するもの」と言い返すことにしていた。
 報道が変質しているのは事実だ。それは報道に関わるさまざまな事象が変化しているからだ。その変化の一つが「デスク日記」がないこと。私はデスクではないが、「読者日記」なら書ける、と執筆開始を宣言したのだった。

◆削除された「消えた自殺報道」部分
 そのときもう1項目、自殺を報道しないのはおかしいということも書いた。私は新聞記者となってから最初の10年間、ほとんど警察担当で過ごした。事故・事件の現場に行って取材し、記事を書くのが仕事だった。とくに自殺の記事をよく書いていた。交通事故の記事にはパターンがある。加害者か被害者かの過失があり、その過失の内容も決まりきったものばかりだ。しかし自殺記事にパターンはない。動機がポイントだが、その内容は千変万化と言えるほど。必然的に、自殺記事は、「書いた!」という満足感を味わえるものだった。

 特捜検察が動く大事件では、「不正」を問題にし、糾弾する。ときに大キャンペーンが展開されたりする。これに対して自殺で浮かび上がるのは「不幸」である。自分自身の不幸を強く意識し、耐えられなくなるから、自殺するのだろう。その不幸を描くことも、記者の重要な仕事だと思っていた。
 しかし何時からか、自殺報道は、新聞・テレビのニュースから消えた。連日ラジオを聞きながらパソコンに向かっているのが、私の暮らしである。ときどきJRまたは私鉄について「○○線は、××駅で人身事故があったため、▼▼-▽▽間で不通になっています」というアナウンスが入る。この「人身事故」は99%まで、飛び込み自殺のはずなのだが、「■■さんが自殺した」という記事にはならない。新聞も同じことで、1人だけの自殺が記事になることは稀となった。

 いじめに起因して、小中高校の児童・生徒が自殺した場合は、必ず記事になる。しかし一般の成人男女の自殺は記事にならない。自殺の件数は20世紀末から21世紀初頭の10年間、連続で、日本の自殺件数は、年間3万人を超えたことが、毎年記事になっていた。いまは「3万人超」ではないとされているが、これは統計操作による数字ではないかと疑っている。
 年間自殺件数を発表してるのは警察庁と厚労省。警察庁が、「死因を『自殺』とするのは、遺書があるなど、自殺以外とは考えられないものに限定せよ」という通達を流した場合、自殺件数は即減少ということになる。それは「疑惑」にすぎないが、「自殺は記事にしない」ことが、あらゆる新聞・テレビに共通する「原則」になっているのはおかしい。こうした報道の「偏り」についても指摘したい……。

 「開始にあたって」では、こうした主張もしていたのだ。しかし肝心要の「自殺報道が消えたという問題提起は削除され、「デスク日記50周年」という客観的な記述だけが残った。それこそ当時の「オルタ」編集部のイデオロギーだったのではないか?
 フェイスブックでの「自殺」論議では、以下のような主張もした。

◆自殺は殺人以上の大罪
 鬱病について私は、人並みの関心・知識なら持っているつもりだ。鬱病患者の自殺願望が強いということを知っている人はなおさら、「自殺は最も忌まわしい犯罪。他殺も、やってはいけない行為だが、自殺はそれよりもはるかに強く『やってはいけない』ことだ」という倫理観を主張し、「社会の共通倫理」に仕上げなければならない。
 キリスト教では、「自殺した者は地獄に堕ちる」とされているという。「死後は天国に行きたい」と願望しているキリスト教徒にとっては、自殺に対する強いブレーキになっていると聞いている。

 いまでは天国の存在など信じていない人が多いのだろうが、自殺禁止の文化は残っているようだ。これに対して「電通事件」で自殺した24歳の女性社員については、電通の「社風」を告発した「英雄」のような扱いが目につく。私は「自殺賛美」に近い風潮を告発し、自殺を倫理に反する行為として強く非難する文化が確立する必要があると考えた。その点を強く訴えた文章のつもりだったが、「自己責任論」などと誤読されたのは残念だ。
 彼女の自殺の原因が電通の酷使にあるのか、それとも彼女自身にあるのか?といった二者択一論議をしたつもりはない。母子家庭で、母親を楽にしてやりたいと思って猛勉強し、トップの東京大学に入った。就職でも「トップ企業」として電通を選んだ。大学でも、就職先の企業でも、上下の感覚しかない。大学はともかく、企業選びなら、仕事の内容、企業の経営状況と将来の見通し、組織の体質など、見るべき点は多項目にわたるはずだ。とくに企業の体質は重要で、私なら「鬼十則」を社員手帳に掲載している会社など願い下げだ。

◆電通を築いた吉田氏 ― 何故鬼十則だけ
 現役の電通社員と付き合ったことはないが、会社を卒業したOB同士の付き合いならあった。また間接的に知っている社員・OBも少数ではない。それぞれ「仕事一筋」でも「会社に奉仕する人生」でもない。楽しみながらの企業マン生活といったところだ。
 「鬼十則」の作成者として知られる吉田秀雄(第4代社長=1947年就任、63年没)について「現代日本・朝日人物辞典」(1990年10月、朝日新聞社)は、社長になって以後の業績について、以下のとおり記述している。

<戦後、(昭和)47年に第4代社長になると、戦前の広告界の低調の原因は人材の貧困にあったと、引揚者や事務縮小で要職を離れた人材を積極的に確保。また幹部を一般社員より早く出勤させて早朝会議で鍛え上げ、「鬼十則」の社訓をつくって社員を激励した。
 もう一つの功績は民間放送の育成である。吉田は中央、地方の新聞関係者を説いて放送局を出願させ、同時に多大な人的、物的援助を行った。民放の財源は公告である。以後ラジオ、ついでテレビが普及するにつれ、「電通」の事業も拡大した。戦後の広告産業のめざましい成長は、「先見と実行の人」といわれた吉田秀雄によって成し遂げられたといってよい。その功績は国際的にも評価され、61年にIAA(国際広告協会)国際広告功労賞を受賞。>

 これを読むと吉田秀雄氏について「電通第4代社長・鬼十則の作成者」という知識しかなかった私自身、いかにひどく高度成長イデオロギーに毒されたいたか。強い自己批判を迫られていると思わざるを得ない。
 テーマが電通と自殺だけでなく、オルタにも及んだ。焦点の定まらない文章になった。韓国の朴槿恵大統領弾劾成立という政変、トランプ次期米大統領の組閣・就任準備などニュースの多い期間だったが、あえてこのテーマを選んだ。
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(注)
 1.2016年12月10日までの報道・論評を対象にしています。
 2.新聞記事などの引用は、<>で囲むことを原則としております。
   引用文中の数字表記は、原文のまま和数字の場合もあります。
 3.政治家の氏名など敬称略です。
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 (たなか・りょうた=元毎日新聞記者)


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