■ 海外論潮短評(42)
  

~國際政治の中で増大する宗教の影響力~ 初岡 昌一郎───────────────────────────────────


■國際政治の中で増大する宗教の影響力


  アメリカの国際問題専門誌『フォーリン・アフェアーズ』11/12月号は「今後
の世界」を特集している。宗教の復興が国際政治を今後ますます世界の政治動向
に影響力を強めるだろうと予測する、スコット・トーマスの論文をその中から取
り上げて紹介する。上記の見出しは、同論文の副題で、本題は「グローバル化し
た神」である。

 この特集には、巻頭論文であるジョセフ・ナイ「アメリカン・パワーの未来」
の他に、クリントン国務長官の「シビリアン・パワーを通じてのリーダーシッ
プ」を始め、「武力よりもGDPが問題」、「ステイク・ホールダーは無責任か」
「人口構成の将来」、「サイバースペースの民主主義」、「クリーン・エネルギ
ーの将来」、「教育ギャップ」、「世界を誰が養うか」などの諸問題について論
考が掲載されている。

 それらのなかから本論をあえて取り上げた理由は、他の問題よりも重要とみる
からではなく、日本で比較的に関心が低く、あまり注目されていないテーマだか
らである。筆者のスコット・トーマスは、イギリスのバース大学講師で、ロンド
ン大学キリスト教・諸宗教間対話センター研究員でもある。論壇ではあまり知ら
れていないが、若手研究者であろう。


■世界中で勃興する宗教


  アメリカ南部から中東に至るまで、世界中で宗教が興隆している。多様な宗教
的伝統と異なる経済発展レベルを持つ国で宗教が伸びており、その理由が貧困や
社会的疎外だけによるものでないことを示している。宗教的再興はファンダメン
タリズム(偏狭な教理と厳格な規則や儀式を持つ)の増大と単純に規定できない。

 人口構成がこの傾向を強めている。将来の世界の宗教的分布は、西欧先進国と
旧ソ連邦諸国から南の開発途上国に人口が大規模にシフトする事によって影響さ
れるだろう。北の人口は、1900年には32%であったが、1970年には2
5%、2000年には18%となった。2050年には、10%になりそうだ。

 宗教がこの人口分布の変化を推進する動力となっている。宗教が今や人口増加
の最も正確な指標の一つである。宗教的な人々は、世俗的な人々よりも多くの子
どもを持つ傾向にある。宗教はまた、都市化現象でもある。開発途上国でますま
す多くの人が巨大で、貧窮した都市部に居住するようになっているが、そこで宗
教が広がっている。

 常識的にいえば、教育の普及、科学技術の進歩、繁栄によって、世俗化は近代
化の不可避的な一部である。だが、現状では巨大都市が宗教リバイバルの天国と
なっている。歴史的に、宗教は都市環境に巧みに適応してきた。キリスト教はロ
ーマ帝国の諸都市で都会的宗教運動を形成した。

 フランシスコ派は、市場経済の勃興に伴う貧困と不平等に対応して、中世ヨー
ロッパにおける都市改革運動として始まった。イスラムも都市環境で拡大する事
で同じ道をとるかもしれない。都市化は社会不安につながり、都市が犯罪的テロ
的ネットワークを提供しうるが、都市化はまた有意義な宗教団体に教化の機会を
提供し、このような脅威を阻止する可能性を十分に与えている。

 西欧とキリスト教の関係が崩壊している事も、宗教再復興のもう一つの側面で
ある。キリスト教は伝統的に西洋もしくは西欧の宗教であり、その文化に深く浸
透していた。パレスチナのユダヤ教に起源を持つキリスト教は異教世界を征服し
イラク、インド、中国へと東に広がっていたが、モンゴルの侵略がそれを西欧
に押し戻した。

 今やそれがグローバルな南側の人々、文化、諸国が支配的なポスト西欧型宗教
となって、そのルーツに帰りつつある。アメリカの政策策定者の多くはイスラム
をワシントンの外交政策に対する最も大きな挑戦とみているが、グローバルなキ
リスト教もそれに劣らず重要なものとまもなくなるだろう。


■キリスト教とイスラム教の再復興


  今日の世界における最もドラマティックな宗教的動向は、ペンタコスタ派とエ
バンジェリカル派プロテスタンティズムの伸張である。それはグローバルな南側
への人口シフトの一環であり、キリスト教の世界的転換の基幹的ファクターであ
る。信仰的核心の多くの点で両派は多くの共通点を持っている。聖書を文字通り
に解釈すると言う意味で聖書の権威に従っており、異教徒を回心させることが必
要と考えている。

 ペンタコスタ派は、カトリックに次ぎ、単一最大のキリスト教集団となってい
る。この派の教徒が多いのは、ブラジル、中国、インド、インドネシア、ナイジ
ェリア、フィリピン、アメリカであるが、チリ、ガーナ、グアテマラ、南アフリ
カ、韓国にも存在する。

 新興キリスト教会派の急激な発展は、旧来から根を張っている宗派と衝突して
いる。インド、インドネシア、ナイジェリアでは、ペンタコスタ派の住民がかな
り多く、キリスト教徒が全体としてかなりの規模の少数派を構成している。ムス
レム教徒対キリスト教徒の緊張がこれらの国で近年高まっており、ナイジェリア
では特に目立った暴力事件が頻発している。

 かつて宗教は極めて個人的なものとみなされ、政治にはほとんど無縁であった
が、前述の福音諸派キリスト教は政治的に活発化している。彼らは民主主義を支
持し、信仰の自由を主張しているが、聖書至上主義は宗派的非寛容を生みやすい。

 イスラムも過激なファンダメンタリズムを超えて、リバイバルを見せている。
ベールを被る女性はますます増え、ひげを伸ばす男性もますます増えている。
  イスラム世界はアラブ世界をはるかに超えて拡大しているので、女性、民主主
義、資本主義、テロリズムなどについて、イスラム教徒の立場を一般化するのは
困難である。


■アジアにおける宗教的な新しい波


  マルクス主義的な過去からみて驚くのは、中国で福音派キリスト教が大きく伸
びていることだ。2050年までに中国のキリスト教徒数は、人口の18%にあ
たる、2億1800万人になるという予測がある。現在のところ、ペンタコスタ
派とエバンジェリカル派の教徒は増加する中産階級に集中している。1949年
から1953年の間に、共産党政権が外人宣教師追放し、牧師がほとんど中国人
になってから、キリスト教が拡がった。

 既成宗教(キリスト教と新儒教)が社会的調和を促進するとみて、比較的自由
に活動するのを中国は黙認している。他方、中国北西部は2000万人以上のム
スレム教徒を抱えており、回教再覚醒の渦中にある。中国当局は、中東に留学し
ている若いムスレム教徒に気を尖らしている。特に、サウジアラビアは厳格なワ
ハブ派の影響を広めるために中国人に奨学金を与えている。中国におけるキリス
ト教とムスレムの興隆は、今後の政治的安定、民主主義、人権、外交政策を彩る
ものになろう。

 他のアジアもダイナミックな宗教的変化を経験しつつある。西欧の宗教と異な
り、アジアの宗教は個人的ではなく、もっと共同体的社会的に根付いている。し
たがって、宗教的活力は政治的な色彩を帯びやすい。

 宗教的多様性はインドでも広がっている。インド人の80%以上はヒンズー教
徒であるけれども、ジャムとカシミールではムスレム教徒が67%を占める。イ
ンド東部の諸地方の小州ではキリスト教徒(ナがランドの90%、ミゾラムの8
7%、メガラヤの70%)が多数である。ケララ州(25%)とタミールナド(
6%)でもみるべき少数派である。シーク教徒はパンジャブ州人口のほぼ60%
を占めている。
 
  インドにおける積年の社会的緊張はカースト制に関係している。特にアンタッ
チャブル(不可触賎民)として知られる、最下層のダリトが多くヒンズーから福
音派キリスト教に改宗している事が、ヒンズー教指導者たちを激怒させ、両宗教
の対立につながっている。


■グローバル化した宗教と政治的社会的活動


  グローバリゼーションは宗教を多元化している。中東欧におけるオーソドック
クス(ギリシャ正教)、ラテンアメリカにおけるカトリック教会、インドにおけ
るヒンズー教のような宗教的独占を持続するのは困難であろう。不均等発展であ
るとしても、宗教は個人の選択の問題となり、もはや支配的文化によって押し付
けられるものではない。

 イスラム法と宗教的自由の境界、社会内での女性の役割、改宗に関する規制な
どに関して、イラクの新議会や他の多くのムスレム諸国における論争は、イスラ
ム圏で生じているこのシフトを示している。

 宗教団体による聖俗両目的の融合は別に新しいことではない。信仰と政治闘争
は開発途上国で相互に支えあう事がしばしばあった。例えば、北アフリカでスフ
ィ兄弟団は19世紀、フランスの占領にたいするイスラム教徒の戦いを支持した。

 西欧ではこの宗教と政治の融合がよく思われていない。グローバルな南側の宗
教世界では、社会的、慈善的、政治的に、そしてテロリスト的団体間でさえ、宗
教と政治がオーバーラップしていることがよくある。腐敗と揺らいでいる社会的
下部構造に悩む弱体な国家や崩壊国家においては、宗教的社会団体が教育、社会
福祉、ヘルスケアの主要な担い手であり続けるだろう。


■信仰と外交政策


  興隆する宗教は、伝統的な国民国家システムにおける諸関係を変化させそう
だ。宗教は、多くの国で全般的な外交政策の方向を理解するうえで重要なファク
ターとなる。

 ボスニアとコソボで西側諸国が、キリスト教徒ではなく、ムスレムを支持した
ような例外はあるけれども、多数の歴史的実例は、宗教が集合的アイデンティテ
ィを強め、外交政策を誘導したことを示している。冷戦後、ドイツのカトリック
は、カトリックのクロアチアがユーゴスラビアからの分離を認めるよう国家に圧
力をかけた。ギリシャやロシアなどの正教国は、1999年にNATOによる正教セ
ルビアへの爆撃に反対した。

 イスラム圏では、宗教の外交政策に対する影響は明白である。サウジアラビア
の文化外交は、イスラム世界にたいする影響力を確立し、厳格なイスラム解釈を
世界に広め、宗教的寛容と共存の慣行と伝統を持つ国を動揺させている。他方、
イランも同様に攻撃的な宗教外交を展開し、シイア派的救済信仰をアラブ諸国に
輸出し、レバノン(ヒズボラ)、パレスチナ(ハマス)、イラクにおいてセクト
的運動を支持している。

 国際関係におけるもう一つの見落とせないファクターは、外交政策の方向にた
いするキリスト教のインパクトである。特に、グローバルな福音派キリスト教の
拡大をはじめとして、グローバリゼーションが新しいタイプのアイデンティティ
と政治行動を強化した事によって、アメリカの外交政策がますます影響を受けて
いる。これが南側諸国における紛争の重要な宗教的な側面となっている。

 宗教以外に他のファクターがこれらの紛争に寄与している事は明白であるが、
宗教思想も深くかかわっている。インドネシアとナイジェリアでイスラムとキリ
スト教徒の衝突が近年において再三繰り返されたし、コートジボアールとケニア
で新たに両派の激突があった。社会不安についての統計は、国内で宗教的少数派
が人口の10-20%に達すると、特定宗派を後押しする政策に十分な抵抗がで
き、解放闘争さえも組織しうることを示している。

 新しいタイプの世界が出現しつつあり、グローバル・サウスを構成する人民、
国家、宗教団体の角逐がそれを形成している。世界の主要な宗教は全てグローバ
リゼーションが提供している機会を捉え、あたらしい聴衆に届けるためにそのメ
ッセージを変容させている。


■コメント


  宗教に関する論文は、一般の社会政治経済分野の論文よりも要約が困難だが、
この論文でもそれを痛感した。特に論証のためにもちられている引用や実例には
読者に馴染みのないものが多々あリ、これを省いて抽象的な論断と映る紹介が増
えることが悩みの種であった。できるだけ、筆者の強調点をカバーする事に努め
たつもりである。

 ここで紹介を大幅にカットした部分は、アメリカにおけるポピュリスト的な福
音派新興キリスト教が共和党右派と連携し、内外政策に今後ますます影響を行使
する可能性に触れた部分である。カットの理由は、この危険性については
  最近の中間選挙に関連してかなり広く日本でも報道されている。しかし、今後
の世界の動向にとっては最も気になる動きである。

 メディアにおける国際情勢の分析は第一に経済動向、第二に軍事情勢、第三に
大国の国内政治であって、それ以外のファクター、特に社会的文化的ファクター
は、無視ないし軽視されがちであるが、グローバルな国際関係論は包括的かつバ
ランスの取れた認識を必要としている。国家が依然として国際関係の最大のアク
ターではあるものの、その独占はとうの昔に失われ、今や様々な主体が複合的な
関係を國際的に構成し、非国家セクターのウェイトは増大している。

 単純なナショナル・インタレスト論では、今日のグローバル化した国際関係を
理解できない。国境を越えて、人々の利害と思想が交錯しているので、様々なア
クターの諸関係を把握しなければよくわからない。国家間の利害や政治的対立よ
りも、環境や貧困などのグローバルなイシューをめぐる政治的経済的社会的対立
が国際関係をますます動かすであろう。

             (筆者はソシアルアジア研究会代表)