■ 海外論潮短評(43)

~グローバルに押し寄せる高齢化社会の波~

                        初岡 昌一郎
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 「グレイ色の"津波"が、予想されていたところに到来しただけではなく、地球
全土を飲み込みつつある」。アメリカの国際問題専門誌『フォーリン・ポリ
シー』2010年11/12月号に掲載された、フィリップ・ロングマン論文は
このように口火を切っている。

 筆者のロングマンはかつて『USニューズ・アンド・ワールドレポート』誌副編
集長であったが、今はニューアメリカ財団上級研究員で、人口問題専門家として
健筆を振るっている。彼がこれまでに書いた論文や記事は、『ファイナンシャル
・タイムズ』、『ハーバード・ビジネス・レビュー』、『ニュー・リパブリッ
ク』などに掲載されている。以下は、同論文の要旨。


■"世界は人口爆発に直面している" ― 「確かに、だが高齢者人口増加による」


  国連人口局の予測によると、世界の人口は向う40年間に約三分の一増加し、
現在の69億人から90億人となる。 以前に予測されていたよりも出生率が低
下したのにも拘わらず増勢が続くのは、高齢者の急増という予想外な理由による。
今世紀中葉には、5歳以下の子どもは4900万人減少すると予測されている
が、60歳以上は12億人増加する。

 人口のグレイ化が急速に進行する理由は、第二次世界大戦直後の人口爆発時に
誕生した世代が世界的に高齢化することにある。特に欧米等では、復員軍人の帰
国によって、1940年代から50年代にかけて出生率がドラマチックに高くな
った。そして1960年代と70年代には、多くの開発途上国がベイビーブーム
を経験した。乳幼児死亡率が衛生・医学の進歩のために大幅に減った時代でもあ
る。今先進国では戦後世代が60台に達しているが、途上国の人口爆発世代もあ
と20年で高齢化に突入する。

 グローバルなベイビーブーム世代も将来減少に転ずるが、それまでに出生率が
継続的に低下するので、人類は史上初めて本格的人口減に直面することになろう。
ロシアの人口は、1991年当時よりも既に700万に減少している。日本の
場合、現在の1.25%という特殊出生率が継続すると仮定すれば、2959年
には新生児が一人になる。最近の『ネイチャー』誌の調査によると、世界的にみ
て人口が2070年以後減少に転じる可能性は五分五分である。国連予測による
と、2150年にはグローバルな人口が今日の半分になる。


■"高齢化は富裕国の問題だ"― 「間違い」


  ローマ時代やアラブ中世において、文明化と贅沢な生活が人口減につながると
考えた学者たちが既にいた。しかし今日、とても贅沢のレベルに達していない社
会において、出生率が人口維持レベルを下回ってきた。
 
1970年代にまず北欧で「人口維持を下回る出生率」が問題化した。その後、
他のヨーロッパ、ロシア、多くのアジアとラテンアメリカの諸国、カリブ海諸
国、さらには南部インドへと問題が拡がった。レバノン、モロッコ、イランなど
の中近東諸国でさえも、今ではこうした現象が見られるようになった。現在、人
口維持を下回る出生率となっている59ヶ国中、18ヶ国が国連の定義による"
開発途上国"である。

 実際、ほとんどの開発途上国が前代未聞のスケールで人口高齢化を経験しつつ
ある。イランを例にとると、1980年代末までは、女性は平均約7人の子ども
を産んでいた。ところが今日では平均1.74人となり、人口維持に必要な2.
1人を下回っている。したがって、2010年から2050年の間に、イランに
おける60歳以上の人口が今日の7.1%から28.1%になると予測される。
この数字は今日の西欧における60歳以上の割合を上回る。イランだけでなく、
キューバ、クロアチア、レバノンなど、同じように急速な高齢化を経験している
諸国が、高齢化社会到来前に豊かになるチャンスは必ずしも大きくない。

 高齢化進行の理由の一つは都市化にある。世界の半分以上の人口が今や都市に
住んでいる。都市において子どもは補助労働力ではなくなり、むしろカネが掛か
る存在となる。他によく挙げられる理由は、女性の働く機会が増えた事と、年金
制度が普及し、子どもに老後を頼らなくなる事である。決して、人口抑制政策が
効果を上げたからではない。確かに、人口抑制策を推進し、時には強制までした
インドで人口が減る兆しが見えるが、抑制策をまったく採らなかったブラジルな
どの諸国でも同じ傾向が生まれている。


■"西洋は人口的に命運が尽きる"― 「そうなるかもしれないが」


  アジアのほうが先行きさらに暗い。アジアの世紀を予測する人たちは、ハイパ
ー(超急速)高齢化時代を考慮に入れていない。日本の"失われた10年"は、1
980年末に労働力が減りだした時から始まった。アジアの人口動態からみて日
本は例外的ではなく、むしろ先駆的だ。台湾と韓国も最低水準の出生率であり、
15年以内に人口減少が始める。シンガポール政府は心配のあまり、手厚い出生
奨励策をとってきたが、今では結婚奨励策までも採りだした。

 中国はいまのところ、人口減初期段階に伴う経済的メリットを享受している。
少子化初期社会では女性の労働力化が進むので、その段階では労働者数は減らな
い。しかし、一人子政策の徹底と極めて低い出生率によって、一人が二人の親と
4人の祖父母を支える、いわゆる"1-2-4社会"へ急速に突入する。
 
  将来、アジアは慢性的な女性不足社会となり、人口稠密なこの地域がアメリカ
西部開拓時代のような男女比率になりかねない。選択的な中絶により、中国では
男性が16%多くなっている。インドも似たような男女比率になり、結婚難とな
っている。これまで、アジアほど急速な高齢化と人口構成のアンバランスを経験
した社会は歴史上にない。


■"高齢者は働き続ける" ― 「もし、健康であれば」


  これは疑問符付の仮定である。中年層のアメリカ人は、ますます杖や歩行器、
車椅子に頼っている。多くの顧客が身障者なので「ウオールマート」はカートを
電動化した。最近の調査によると、50-64歳のアメリカ人の40%以上が、
既に日常生活を正常に行なえなくなっており、500mの歩行ないし階段10ス
テップの登昇を休息なしにできない。これは、10年前と比較して大幅な体力低
下である。
 
  アメリカ人だけではなく、肥満と運動不足のライフスタイルがグローバルに拡
がっている。1995年から2000年の間に、成人の肥満は世界的に2億人か
ら3億人に増加した。そのうち、1.15億人が開発途上国にいる。あらゆると
ころで、マクドナルドとケンタッキーが店舗を増やしており、自動車内とテレビ
の前で過ごす時間がますます増えている。

 今や、世界中で10億人以上がオーバーウエイトと推定されており、心臓病か
ら糖尿病に至る成人病が蔓延している。 もちろん、人々が健康に老いて行くの
を支援し、もっと長く働かせるためにできることは多い。最近のEU委員会報告が
指摘しているように、もっとパートタイムの仕事を提供する事は高齢者が労働市
場にとどまるのを奨励するだけではなく、労働と家族生活の緊張を緩和し、出生
率を引き上げる。健康な食生活は生産的な生活を延長するのに役立つ。

 しかし、グローバルな競争に参加しうる高齢者の数は限られたものであろう。
標準退職年限を引き上げるべきという、今や世界中で共通して見られる議論の根
拠は薄弱だ。心身障害率が進み、多くの高齢者が働けなくなる割合が爆発的に高
くなっていることから、高齢者が労働市場に長くとどまる傾向が今や頭打ちにな
る傾向にある。
 
  高齢者が現代経済の求める技能を持っていたとしても、多くのものが働き続け
るのは困難だ。アメリカで技能職の失業率が高止まりしているのに、使用者が有
能な技能職不足に悩んでいるという報告は、このパラドックスを裏付けている。
変化が激しく、技術的に急速に高度化する社会では、技能がすぐに陳腐化し、高
齢労働者は追いつけない。


■"高齢化社会は平和的になる" ― 「必ずしもそうならない」


  「老人性平和」の到来を語る学者の論理は、一人っ子世界では徴兵制が不可能
になり、戦死は許容されなくなるという。年金とヘルスケアのコスト増大が軍事
費拡大に歯止めとなり、軍備の維持をますます困難にすると見る。中年層と高齢
者によって支配される社会はリスクを嫌うようになり、戦争や暴力肯定のイデオ
ロギーに左右されるよりも、犯罪防止や社会保障などのプラクティカルな内政に
関心が高まる。
 
  高齢化により安定的かつ平和的になった社会の例として、よく引き合いにださ
れるのが日本である。西欧も"68年世代"がまだ若かった時、国内的動乱で揺ら
いだが、戦後のベイビーブーム世代が老い、子どもが減るにつれて政治的社会的
課題がラジカルなものではなくなった。

 だが、このバラ色のシナリオには幾つかの問題点がある。まず、急速に高齢化
する国で経済的混乱による社会的諸影響の結果、若年者数に急変動が生ずる事が
ある。その好例はイランである。国連予測によると、15-24歳のイラン人は
2020年までに2005年当時より34%減少する。これは、1979年革命以後の
イラン経済の急激な下降を反映したものであり、また宗教者政権が妊娠中絶を容
認したことも影響している。

 しかし、2020年から35年にかけて、出生率の継続的低下にもかかわらず、子ど
もの数が34%急増すると予測される。出産可能年齢のイラン人女性がこの間に急
増するので、母親世代よりも一人当たりの子ども数が減ったとしても、絶対数が
増える。だが、これは長期的な人口トレンドではなく、一時的な"エコー・ブー
ム"にすぎない。

 リビアからパキスタンにいたる他の多くの回教国も、同様な若年人口変動を経
験するだろう。ほとんどの中央アジア諸国も、2020年代にエコー効果による大規
模な人口増加に直面する。ラテンアメリカで最も不安定なペルーとベネズエラに
ついても、これが当てはまる。向う20-30年、問題の山積する地域でエコー・
ブームが若年層を爆発的に増加させる一方、先進工業国では高齢化が進行する。
これが世界を最大の危険に晒す。


■"グレイの世界は貧困化する" ― 「手を拱いていれば」


  社会の富と人口構成の関係は循環的。出産率が低下し、高齢化が進むと、養育
・教育する子どもの数が減る。これが女性を正規労働に参入するのを可能にし、
家計収入を増加させ、少なくなった子どもに対する教育費支出を拡大する。他の
条件が同じならば、これら二つの要因が経済発展を刺激する。1960年代から70年
代にかけ、日本がこの局面を通過した。他のアジア諸国がすぐ後を追い、中国が
今その段階に突入しつつある。

 しかし、その後は暗転する。時が経るにつれ、低出生率は就労人口を減少さ
せ、高齢者負担を増大させる。高齢化は消費減につながる。若い成人層が減る
と、耐久消費財と住宅の新規需要は落ち、起業精神も低下する。高齢者は新規事
業の開拓よりも、既存の雇用維持に関心を寄せる。無理やり消費を拡大しようと
して信用供給を増加させ、公共投資や補助金にカネを注ぎ込むと、結局は潰れざ
るを得ないバブルを拡大させ、公的債務増大のツケを後に残す。
 
  しかし、出生率は永久に低下することを運命付けられていない。一つの突破口
は、スウェーデンの道である。それは、女性が多くの子どもを出産し、養育する
事による経済的不利益を回避するために大規模な国家的施策を採る。しかし、こ
の道を選択した諸国もこれまでの成功は限られたものである。

 もう一つの道は「タリバン・ロード」だ。これは伝統的価値への回帰で、女性
が母性の役割以外に社会的経済的役割を持てなくする。これは高出生率を維持す
るかもしれないが、ファンダメンタリストを除き、受容されうるものではない。

 第三の道があるにはあるのだが、そこに到達する道筋は確実ではない。かつて
存在したような、家族単位の農業と家族企業が形成していたような社会を復活さ
せる道である。そこでは子どもは負担ではなく、財産であった。家族が消費単位
ではなく、生産的企業単位であるような社会を構想してみたい。家族の経済的基
礎を復活させうる社会こそが将来を持つ。それ以外の道は灰色である。


■コメント


  高齢化社会の問題を世界的に捉える視点はこれまであまり見えなかった。これ
までの人口論は、地球が継続的な人口増にどこまで耐えうるかという観点が中心
となっていた。そして、先進国は高齢化と人口減に直面し、開発途上国は人口爆
発に悩むという理解が常識となっていた。新生児10人中、9人が途上国で生まれ
るという比率に変化はないものの、今や出生率自体がグローバルに低下しつつあ
る。
 
  出生率の低下は歓迎すべき事であろうが、人口のアンバランス、特に急速な高
齢化が現下の世界的課題となっている事が本論で浮き彫りにされている。高齢化
が特殊日本的な問題でない事、そしてこの傾向が構造的かつ長期的なものであ
り、人口構成の是正は容易なものではなく、可能であっても時間がかかることが
分かる。

 こうした認識は、現在まで積み重ねられて来た政策の抜本的な再検討を迫るも
のである。消費拡大のための刺激策を中心とした成長政策が如何に幻想的で、不
可能かつ非現実的な目標を追い求めてきたかを浮き彫りにする。これは誤った認
識というよりも、そのような政策から短期的な私的利益を追求する強欲に基づい
ていたと見るべきかもしれない。それを許してきたツケは最早許容の限度を越え
ている。

 国際競争上の優位追求を口実とする経済成長策や、安全保障上の脅威をプレイ
アップした防衛費の維持拡大よりも、国際的国内的な人間安全保障を優先し、生
活の質を向上させる道を選択しなければならない。高齢化社会の得失を長期的に
踏まえた経済的社会的イノベーションが焦眉の課題となっている。

 ロングマンの結論は、ややノスタルジックかつ空想的に聞こえるかもしれない
が、今後現実味をますます帯びるような気がする。環境と資源を大事にするグロ
ーバル社会を構想すると、大量生産と大量消費を無理やりに推進する市場競争至
上主義と決別を図らざるをえなくなる。"スモール・イズ・ビューティフル"の世
界こそグローバルな未来であろう。

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