■ 海外論潮短評(25)

~ グリーン・エコノミー(環境保全型経済)~       初岡 昌一郎

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 アメリカの国際問題専門誌『フォーリン・ポリシー』2009年5/6月号が
、最近経済政策の主流となりつつある経済のグリーン化を取り上げている。グリ
ーン経済の核心は化石燃料からクリーンなエネルギー源に転換することで、それ
によってあわせて新しい雇用を創出することを見込んでいる。オバマ大統領が公
約に掲げたことから世界的に一挙に期待が高まった。

 『グリーン・エコノミー』と題するこの論文調は、同誌がよく採用している一
問一答形式で議論が展開されているので分りやすい。筆者のマシュー・カーンは
カリフォルニア大学経済学部教授で、『グリーン・シティズ』などの著書がある


◇◇「経済のグリーン化が不況に終止符を打つ」 : それは無理◇◇


 オバマ大統領は、向こう十年間に1,500億ドルを経済のグリーン化のため
に支出することを環境政策の柱として公約した。それは、500万人の新規雇用
を創出することになり、これにより不況から抜け出すことに役立つと述べた。

 イギリスのゴードン・。ブラウン首相は,"低炭素経済"を創出する'グリーン・
ニューディール'を提唱した。国連は、世界的にGDPの1%を環境対策に振り
向けるよう要望している。これに応えてカナダ、日本、韓国などの富裕国は、エ
コ‐フレンドリーなプロジェクトやグリーン・ビジネスを推進しようとしている

 これら多くのアイデアは環境上の理由からみて検討に値する。だが、経済を再
活性化するという多重効果を提供するかどうかは疑問だ。現下の不況が、住宅と
信用のバブルという、根本的に異なる問題から生じているからである。当面する
緊急な経済的課題は、電力自動車への転換や太陽光発電の推進という長期的な政
策によっては解決されない。

 率直に言って、反炭素規制は雇用を創出すると同時に喪失させる。アメリカを
例に取ると、石炭依存の火力発電による電力料金はカーボン規制によって跳ね上
がる。エネルギー集約型の旧産業である製紙、セメント、金属材料などはコスト
高に直面し、廃業や海外移転に迫られる。

 長期的に視れば、創造的破壊は肯定すべきだ。燃料多消費型産業を殺す同じ規
制は、ソーラー・パネルや燃料効率の良い自動車や家電にいたる製造業に新しい
機会を創出する。しかし、クリーンな技術が経済的苦境からわれわれを脱出させ
ると期待してはならない。グリーン革命は、犠牲なしに短期的に達成されるもの
ではない。


◇◇「政府は代替エネルギーを促進すべきである」 : それは方法次第◇◇


 政府の過去の実績は誉められたものではない。2005年のアメリカ・エネル
ギー政策法は、国内で販売するガソリンに再生可能な燃料を混ぜること義務付け
た。この法規上の義務は、意図されていたように、既に大規模に補助金を受けて
いるトウモロコシから作るエタノールに大きな需要を生み出した。この政策にコ
ーン生産地域選出の議員たちは興奮したが、環境保護論者やエコノミストは不安
に駆られた。自分の力では生き残れない産業は、常に納税者に依存しようとする

 エタノールは特殊な例ではない。特定の産業を支援するために設置された日本
通産省の歴史を振り返ってみるとよい。日本の成功の原動力とみなされるこの機
関は、実際には衰退産業の財政支援を行なってきたもので、アメリカでの最近の
研究によると、1955年から95年までの生産性向上にまったく役立っていな
い。

 なぜ政府が支援策と補助金によって失敗を重ねてきたのか。それは、未来予測
が難しいことに帰着する。トップダウンによる政策遂行(例。ソ連の5カ年計画
)を避け、個人のイニシアティブと実験を奨励するのが良い。企業と個人にカー
ボンを削減するのに最も効率的な方法を見つけさせるのには、中央政府の補助金
よりも、非中央集権的なアプローチが好ましい。

 成功の可否について見通し不明な研究や技術に補助金をばら撒くよりも、汚染
燃料の利用者に真の経済的社会的コストを負担させるという、汚染者負担の原則
を徹底させることによって、公平な競争基準を政府が確立すべきである。カーボ
ン税導入がこれに役立つ。


◇◇「中国がグリーン化でアメリカを追い抜く」 : 当面は見込みなし◇◇


 『ニューヨーク・タイムス』のコラムニスト、ニコラス・クリストフなどが、
水素燃料の採用と新燃料規制で中国が躍進しており、グリーン化でアメリカを追
い抜くといっている。不幸な現実をみると、中国における水質と大気の汚染度は
極めて高い。

 平均的には、中国人一人当たりのグリーンハウス・ガスの排出量は、アメリカ
と比較すればはるかに低いが、このギャップは急速に縮まっている。中国におけ
る自動車保有と電力消費が急増している。2001年の北京における自動車保有
は150万台であったが、2008年には330万台となった。中国人がアメリ
カ並みにエネルギーを消費するようになれば、資源と環境に対する圧力は劇的に
上昇する。

 クリーンかつ再生可能なエネルギーの生産で中国はますます遅れをとっている
。石炭が豊富にある中国は、石炭火力発電所の増設で増大する電力需要をまかな
っている。中国は60億トン以上の二酸化炭素を排出する世界最大の大気汚染国
となっており、この傾向が変化する兆候は見られない。中国がグリーン化でアメ
リカを追い越すというのは誇張に過ぎないが、中国のグリーン化は世界を益する


◇◇「ヨーロッパはグリーン経済が雇用を創出することを立証した」 : 
     まだされていない◇◇


 楽観論者は成功物語を挙げる。デンマークは風車のPR国から風車タービン技
術の主導的な輸出国に昇格した。好例としてよく引用されるスペインは、再生可
能なエネルギーの生産者に多額の補助金を出している。ドイツは太陽光発電に巨
額な金を注ぎ込んだ(補助金批判者は、これがシリコンの価格を急騰させ、世界
各地のソーラー電力のコストを押し上げたと指摘する)。

 昨年、ドイツとスペインは太陽熱発電に対する補助金を削減したので、多くの
生産者は自力で生き残りに苦闘している。擁護論者は、このような幼稚産業は初
期において政府の経済的保護を必要としているが、まもなく市場において競争力
のある産業に成長すると主張する。しかし、市場による資本供給が困難になって
いる現状において、この理論は厳しい試練に曝されている。

 デンマークは明白な成功例であるが、ヨーロッパでも失敗したグリーン化の例
に事欠かない。"グリーン雇用"と名づけて旧型産業に対する補助金を衣替えする
ことは、政治的なご都合主義である。ヨーロッパの自動車産業は燃料効率向上技
術の導入を口実に、このような補助金を要求している。懐疑論者は産業界の誠意
を疑っている。

 政府が予算上制約されていることを忘れてはならない。多額な戦略的補助金を
まかなうためには、誰かが費用を負担しなければならない。増税は消費と投資を
歪め、経済の活性化を害う。


◇◇「'グリーン・シティ'は幻想だ」 : そうでもない◇◇


 2030年までには、世界人口の60%が都市に住むようになる。将来の雇用
機会は都市にある。かつてマルクスとエンゲルスは、資本主義がマンチェスター
のような汚い都市を生み出したと嘆いた。今日の資本主義的ゲームに勝利しつつ
あるのは、クリーンな空気、公園、都市交通を志向するグリーン・シティである

 
  今日、世界中で高い生活の質と高い環境の質を持つ都市が高度な熟練労働者を
惹きつけている。その好例がストックホルムだ。このスウェーデンの首都は、そ
の明らかな物理的な美観と相まって、大学、文化施設、金融的中心として総合的
な共進効果をあげている。ヨーロッパでは、高ガソリン価格と都市開発余地の限
界が、市内の歴史的中心地区のコンパクトな開発と高度な高速都市交通開発を促
している。

 世界で最も汚染された都市のいくつかを持つ中国でも、市場の力がクリーンな
空気を求めている。北京の大気汚染度はロサンゼルスより4倍も高いが、地域に
よって汚染度に相違があり、汚染度が高く、緑地の少ない地区の土地価格は低い
。経済成長が最優先されている国でさえも、グリーンを選好する階層が声をあげ
つつある。


◇◇「グリーン・カラー雇用は宣伝文句にすぎない」 : その通り◇◇


 グリーン・カラー雇用として売り出されているのは:、例えば、
  A.油をこぼすことなく、ガソリンを給油所に運ぶトラック運転手
  B.ハイブリッド技術を向上させる研究をしている科学者
  C.エネルギー効率を向上させようと家庭を巡回する相談員など

 オバマのエネルギー政策の雇用効果の推定が大幅に異なるのは不思議ではない
。'グリーン・ジョッブ'の定義があやふやだからである。グリーン雇用の正体が
まちまちで普通の雇用のグリーン化に重点があるのか、新エネルギー政策の雇用
効果を指すのか分らない。グリーン化は雇用上プラスとマイナスの側面を持って
おり、それ自体に雇用効果があると過大に評価すべきではない。


◇◇「地球温暖化阻止が経済成長を押し上げる」 : 立証されていない◇◇


 炭素税や排ガス取引政策が、安価でクリーンな動力の開発を促進すると楽観論
者は期待している。将来の世代のために、現在のエネルギー消費を15%削減す
べきという主張は説得力を持っている。しかし、これが成長を刺激するとは考え
られない。カーボン削減のための投資には他の投資資金を振り向けざるを得ない
からだ。

 他方、地球温暖化防止のコストは巨大化している。アメリカン・ドリームがみ
んなのもとなり、80億人が燃料効率の良い自動車を保有するようになったと想
像してほしい。それでも、二酸化炭素が削減されるといえるのだろうか。科学者
は、気候変動防止のために年間の炭素排出を70億トン削減すべきだといってい
る。

 今日、政治家たちは'グリーン雇用'などという疑わしい計画に補助金を支出し
て、行動を行なっていると主張する。そして、科学者が必要だとする炭素排出を
削減するための直接的かつ効果的な規制を回避している。

 正しい政策によってグリーンな経済を構築し、気候を安定化させることは可能
である。そのための最初のステップは、転換が容易で、痛みを伴わないと見せか
ける、安易な眼くらまし的政策に期待するのを止めることだ。若干の補助金をあ
ちこちにばら撒き、技術的な開発に過大な期待を寄せ、グリーン・ジョッブなど
の幻想に頼る誤魔化しと手を切ろう。これが、不都合な真実である。


■コメント


  グリーン経済は必要で、推進しなければならないが、それによる雇用上のプラ
ス効果を過大に評価するのを戒めることは妥当な指摘だろう。経済のグリーン化
はそれ自体が必要となっているもので、雇用効果は副次的に検討されるべきもの
である。その雇用効果を過大に評価してグリーン化推進論を主張することは、そ
れ自体として別な観点から推進されるべき雇用拡大政策をなおざりにしてしまう
だけでなく、実現不能な幻想を振りまく。幻想は直ぐに壊れ、ブーメランのよう
に跳ね返って、本来の目的自体に否定的なインパクトをもたらす。

 経済のグリーン化とは、気候変動の主原因である二酸化炭素ガスを削減するた
めに、石油と石炭などの化石燃料依存から脱却を目指すことが主柱である。広義
には、資源の再利用、ゴミの減量、地球緑化なども含められている。

 地球温暖化阻止は、人間生活と人類の将来の壊滅的な破壊を回避するために不
可欠なことだ。このためには、資源の大量使用と環境破壊をもたらす、経済の量
的拡大とそのための消費拡大奨励政策を抜本的に転換するほかない。

 しかし、人は痛みの伴う手術や対策を本能的に回避しようとする。特に、自分
が十分理解していない、またそれほど切実に必要性を実感していない問題につい
てそれが当てはまる。選挙民に不都合な真実を率直に語りたくない政治家は、辛
口の規制よりも、甘口の補助金政策に飛びつきやすい。そうした補助金に依存す
る外郭団体や天下り受け皿企業が待ち構えており、表面上の政策目的にかかわり
なく、自分たちの狭い私的な利益を優先して補助金を無駄使いする。こうした従
来型の構図が現在の環境政策や雇用政策にも浸透している。

 口当たりの良いスローガンに期待するよりも、将来を厳しく見つめて、とるべ
き道を迷わずに選択する覚悟、つまり経済成長とそれに伴う量的な生活拡大を抑
制し、経済の根本的転換を受け入れる判断が必要なことは、今や明らかになって
いる。社会的な公正の条件の下でのみ、痛みを最小化してスムースにこうした転
換が達成できる。これが、北欧社会から学びうる教訓である。

               (筆者はソシアルアジア研究会代表)

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