■EDTA療法について          

動脈硬化治療へのオルタナティブにみる代替療法の実際と可能性

                    芝田 果里
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  日本は世界に誇る長寿大国とはいえ、老衰が死因となる場合は全死亡者数のたった2%といわれています。昭和56年から現在に至るまで、日本人の死因率第1位はガン(悪性新生物)で、残念なことにその死亡者数は年々増え続けており、ついに全死亡者数の約30%を占めるに至りました。このような現状に歯止めをかける一つのきっかけになればと、オルタ41号に副作用のないガン治療として故ライナス=ポーリング博士が発表した「高濃度ビタミンC点滴療法」を紹介させていただきました(オルタのこだま「ガン治療
へのオルタナティブ」)。
  続く死因率第2位の心疾患(主に心筋梗塞などの虚血性心疾患)、第3位の脳血管疾患に目を向けてみますと、それぞれによる死亡者数が約15%で、一見ガンによる死亡者数が突出しているように見えます。しかし虚血性心疾患と脳血管疾患の原因がどちらも動脈硬化であることを考えると、ガンと同じく30%もの日本人が動脈硬化によって命を落としていることがわかります。この現状を重く受け止め、動脈硬化に対する米国発の最先端代替治療である「EDTAキレーション点滴療法」をご紹介させていただきたいと思いま
す。心疾患が死因率第1位という米国において、その死亡者数は近年減少傾向にあると報告されています。「EDTAキレーション点滴療法(以下、キレーション療法)」が心疾患による死亡者数の減少にどれほど貢献しているかは未知数ですが、米国人の3人に1人が受けているといわれる代替医療は少なからず影響を与えていると考えます。このことからキレーション療法の紹介にとどまらず、実際に国民が受けている治療法は何かという視点に立って、米国や欧州諸国と日本の医療事情を比較することで、長きに渡り日本人を脅かし続けてきた病を克服するヒントが見つかればと願います。


<<キレーション療法とは>>


  キレーション療法は、動脈硬化に対応する代替療法として、全米約2000もの医療施設において年間80万件が行われている人気のあるオルタナティブ療法です。合成アミノ酸であるEDTA(エチレンジアミン四酢酸)というキレート剤を約90分から120分かけて静脈点滴することで、硬くボロボロになった血管を、やわらかくしなやかな血管へと修復する作用があるといわれています。“キレーション(chelation)”の語源はギリシャ語“chele(蟹のはさみ)”に由来しており、重金属をしっかりとつかんで体外に排出するEDTAの性質からキレーション療法と呼ばれています。「薬物療法」「カテーテル療法」「バイパス療法」といった従来の心筋梗塞の治療法は身体への負担が大きいうえ、再発のリスクを残しているといわれています。それらの欠点を補うように、「EDTAキレーション点滴療法」は週1回から2回の点滴という手軽さで血管内部が掃除され、結果として動脈硬化の予防につながるといわれています。また従来の治療法に比べて身体に優しいことから、動脈硬化予備軍から再発予防目的など幅広い層から支持を集めています。また治療法が身体に優しいことは、医療費が少なく済む点で財務当局からも期待されています。


<<米国と日本におけるキレーション療法>>


  もともとキレーション療法は、重金属中毒に対するオーソドックスな治療法として認められて、日本においても保険が適用されています。しかし1950年代から米国では、キレーション療法によって血管壁に沈着した余分なカルシウムがキレート剤と結合して、体外に排出されるのではないかという仮説が立てられ、動脈硬化とキレーション療法に関する研究が進みました。この仮説をもとに、心臓病患者2万3000人にキレーション療法を行ったところ88%以上に改善がみられ、この報告を受けた米国政府は2003年、3,000万ド
ルを投じて米国国立衛生研究所(NIH)管轄による大規模なキレーション療法への研究を発足させました。その結果は2010年頃に終了するといわれていますが、その研究結果を待たずして米国では多くの人がこの治療法を選択しています。現在では動脈硬化への期待を超えて、アトピー、アレルギー、慢性疲労、老化、頭痛、肌荒れ、集中力低下、更年期障害、しみ、しわ、便秘、下痢、骨粗鬆症、喘息、関節リウマチの予防や改善などの効果をキレーション療法に求めるなど、同療法への期待は大きく、その研究結果には
世界中から関心が寄せられています。

 キレーション療法は数年前に日本に上陸し、都内を中心に普及しつつあります。しかし、動脈硬化への効果が発端となった米国での広まり方とは少々違って、日本ではアンチエイジング(抗加齢)やデトックス(解毒)といった美と健康のクオリティを高める新しい療法として紹介される傾向がみられます。肩こり、便秘、冷え性、イライラ、肌荒れ、といった症状が、有害金属の蓄積による体調不良と重なる症状が多いため、病院で原因不明とされた不定愁訴への対処法としてキレーション療法が選ばれることもあります。半減期が長い重金属は、必然的に加齢によって体内に蓄積されますが、キレーション療法によって重金属を排出することで若々しい身体の状態を取り戻し、心身不調の改善が
期待される、というアンチエイジング医療の考え方が注目されています。また、大気汚染や化学物質が混じった水道水といった環境問題や、残留農薬やマグロなど大型魚の水銀蓄積といった食への不安など、日本の現代社会が抱える問題も追い風となって、社会問題に意識が高い方にも有害金属の蓄積に対する関心は高まっています。


<<代替療法の広がり方にみる日米の保険制度の違い>>


  このように、日本においてキレーション療法は、病気への予防や治療というよりも、よりよい健康状態を求める方を中心に「解毒」「若返り」「未病」を目的として注目されている傾向がありますが、日本と米国におけるキレーション療法の広まり方の違いには、医療保険制度による影響が一要因として考えられます。日本の医療制度は、すべての国民が公的な医療保険制度に加入する国民皆保険で、医療費の2割から3割を支払えば、どの医療機関にも自由にかかることができる制度として、世界でも高く評価されています。しかしながらその保険診療枠の制限から、代替療法を実際に受けるための条件は決して整っているとはいえません。日本の医療保険制度では、保険診療を自由診療のために利用することが禁じられており、保険診療に少しでも自由診療が併用されると医療費の全額が個人負担となります。これが混合診療といわれる問題ですが、このことからわが国では保険診療以外の治療、つまり代替療法を提供、あるいは受けることに大きな制約があるのです。

 一方米国では、日本のような国民皆保険制度はなく、公的な医療保険、及び福祉プログラムの対象は高齢者、低所得者、障害者、公務員など特定の限られた人々だけとなっているため、大部分の国民は自らが民営の保険会社や、民間団体が提供する医療保険に加入しなければなりません。こうして結局米国人の4600万人、人口比にして6人に1人がどんな医療保険にも入っていない状態に置かれています。米国の医療費は高額なことで知られていますが、医療費支払いの回収不能を防ぐために、受付時に保険加入しているか証明の提示が求められます。このときIDなどの提示ができないとデポジット(手付金)が徴収されたり、最悪の場合は診察が拒否されることもあるといいます。こうした医療現場でのほころびが近年取り沙汰され、アメリカの医療制度を批判した米映画
『Sicko(シッコ)(マイケル=ムーア監督 2007年)が公開されたり、ヒラリー=クリントン米大統領候補が国民皆保険案を掲げるなど、アメリカの医療制度の社会福祉水準が低劣なことは明白です。しかし反面で、アメリカ国民個人の医療に対する自主的なスタンスがこれをカバーしている側面を見落としてはなりません。たとえば、病気になってから多額な医療費を負担する事態を回避するために、健康維持や疾患への早期対処への意識が高く、国民の3人に1人が代替療法を利用しているといわれています。また病気にかかってからも医者の診断に盲従することなくセカンドオピニオンを求めて努力する傾向があり、医者もこうした患者の姿勢に協力的です。このようなスタンスには民間の保険会
社の多くが代替医療の支払いをカバーしていることが大きく影響していると考えられますが、こうした背景をもつ米国において代替療法は実践されやすい環境にあるといえます。日本の国民皆保険制度は世界から高く評価されていますが、それゆえ保険範囲内に収めるための処方や処置を提供された結果、医療的な矛盾が生じることがあります。一方で医療サービスが不十分なアメリカ政府には頼ることはできないと、国民一人一人の健康に対する意識が高まり、結果的に代替療法が活発に研究、実践されるようになった、という展開はなんとも皮肉に思います。

 このように今日の米国では代替療法が広く国民に浸透していますが、かつて米国でも代替療法は「科学的根拠が確立されていない」という理由でネガティブに捉えられているきらいがありました。もちろん現在でも保守的な医療人たちは代替療法に対する根強い偏見があることも事実ですが、こうした偏見を覆すような調査報告が1993年にハーバード大学より提出されました。その報告は「代替療法を治療として選んでいる大多数は、大学以上の教育を受けた教育水準の高い人たちである」、というものでした。代替療法は非科学的で、その利用者もおそらく知識レベルの低い層だろうと見積もっていた医療人たちにとって、この研究報告がニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスンとい
う権威ある医療情報誌に発表されたことは衝撃でした。アメリカ以外の国に及ぼす影も大きいことを考えると、医療界においても歴史的な研究報告であったといえるでしょう。


<<日本における代替医療への取り組み>>


  世界に類をみないといわれる日本の国民皆保険制度ですが、代替医療の分野に関しては普及率だけでなく、代替医療に対する国家の取り組みにおいても他の先進諸国に比べると積極性に欠けているように感じます。たとえば、日本には海外ですでに認可されている治療や代替療法に対して、研究開発に取り組むための政府機関がありません。一方、キレーション療法や高濃度ビタミンC点滴療法といった代替療法を発信して注目されているアメリカでは、1991年に国立衛生研究所(NIH)内に補完代替医療センター(NCCAM)を設置し、代替医療の科学的研究に国をあげて取り組んでいます。また情報も積極的に提供しており、NCCAMが行った過去の研究結果から現在進行中のものまで、国境を越えて誰でも簡単に検索や閲覧することができます。このような海外での代替
療法への研究を、日本政府が積極的に注目し、活用していけば、医療への国家予算の効率化が見込まれます。
  国家予算を比較しても、米国では年間約115億円が割り当てられているのに対し、わが国はその100分の1にも満たない約1億円しか当てられていません。保険診療枠内で国民の健康を守る路線を継続するのであれば、保険で認められる治療法を広げるための国家努力として、代替医療をスタンダード治療へ格上げするための政府管轄研究機関を設立することが必要なのではないでしょうか。


<<イギリスにおける代替医療への取り組み>>


  他の先進諸国としてイギリスの代替医療への取り組みをみてみますと、1983年に英国王室基金の援助により、補完代替医療の科学的根拠を確立するための研究機関としてThe Research Council for Complementary Medicineが1983年に設立されました。この機関では米国NCCAMと同様、インターネットを利用した研究機関、及び研究者間のネットワークを構築したり、補完代替療法に関する研究論文の情報提供などに力を入れています。また1991年には英国保健省が「開業医は補完医療の治療家を自分のクリニックで雇用してもよい。その費用は国の保険でまかなう」と発表したことで、英国国民にとって代替医療がさらに身近なものになりました。英国王室のチャールズ皇太子自身も補完代替
医療研究5カ年計画を提案し、実際に発足されるなど、イギリスが代替医療に対して積極的であることがわかります。イギリスも日本と同じく国民皆保険制度が適用されており、原則的に国民は無料で医療が受けられますが、利用できる病院に制限があったり、診療まで待ち時間が長いなど、取り組むべき課題が多く、結果として民間病院や民間保険の利用率が高くなっています。


<<ドイツにおける代替医療への取り組み>>


  主要先進国のなかでも補完代替医療が浸透しているドイツでは、医師国家試験で補完代替医療についての出題があるなど、医師にとって補完代替医療は必須の知識として捉えられています。また外国では食品として扱われているいくつかのハーブが、ドイツでは医薬品として認可されているなど、公的医療保険で認められている診療に独自性が感じられます。ドイツでの医療保険制度は国民皆保険と選択の自由の両立を目指した医療保険制度が適用されています。一定所得に満たない国民は、公的医療保険の加入が義務づけられていますが、一定所得以上の国民は (1)公的医療保険に加入する(2)公的医療保険の代替型で、なおかつ医師を自由に選択できる民間保険「完全医療保険サービス」に加入する (3)公的医療保険でまかなわれないサービスを補完する民間保険「部分医療保険サービス」に加入する という選択肢から選ぶことができます。こうした
選択肢が提供されている中で、国民の92%が公的医療保険に、7%が民間医療保険に加入しているといわれています。しかしこのような保険への加入選択権が認められているがゆえ、ごくわずかに保険未加入者が存在していることから、ドイツでは国民皆保険に向けての医療改革法案が進められており、さらなる医療サービスの充実化が図られています。


<<海外との比較から浮き彫りになったわが国の医療制度の課題>>


  こうした先進諸国における医療保険制度や各国の課題を比較してみると、医療サービスの選択肢をどこまで国が保障するかが、よりよい医療保険制度に必要なキーワードとなるのではないでしょうか。日本の国民皆保険制度に求められているものは、まさに医療サービスの選択肢を広げるための積極的かつ前向きな姿勢と考えます。代替療法に対しての積極的な取り組みもそのひとつです。欧州では、伝統医療といったいわゆる「代替医療(Alternative Medicine)」には、「補完代替医療(Complementary and Alternative Medicine)」という単語が使われています。この言葉には、代替療法が、主流となる治療法の「代わりとなるもの」ではなく、「補うもの」として捉えられているスタンスが象徴
されているのです。二者択一的な排他的アプローチとは一線を画した、柔軟で包括的な医療の考え方がヨーロッパの医療の根底には流れていることが伺えます。病気ではなく人を治すためには、選択肢の幅を人道的治療ができる範囲まで広げることが必要となります。このような基本的な考え方に医療人が立ち返り、助長するための規制こそ、国が掲げるべき医療制度なのではではないでしょうか。健康保険で認められる医療の枠を広げるための国家努力こそ、年々増加している特定の疾患による死亡者数に歯止めをかけるための具体策であり、国民を守るという国民皆保険制度の本来の目的に沿うのではないかと思えてなりません。

■参考文献:
厚生労働省がん研究助成金「がんの代替医療の科学的検証と臨床応用に関す
る研究」班:『がんの補完代替医療ガイドブック』より
American Cancer Society: 2006 Cancer Facts & Figures
Eisenberg DM.et al,Unconventional medicine in the United States.
Prevalence, costs, and patterns of use,N Engl J Med,328,p246-252,
1993.
Eisenberg DM.et al,Trends in alternative medicine use in the United
States, 1990-1997:  results of a follow-up national survey,JAMA,
280,1569-1575,1998.
                          
                   (筆者は在横須賀・医事評論家)

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