香港「国家安全法」の背後にあるもの
――中国の本音と実態について広い視野で見る

朱 建榮

 香港国家安全維持法(以下、国安法と略称)が中国の国会に当たる全人代の5月全国大会で決議され、その後わずか1か月で法律が制定・採択され、7月1日より実施されることになった。
 本来は3月に開かれるはずの全人代で審議・決議され、3か月間ぐらいの法制定プロセスを経て、7月の導入が予定されていたが、新型コロナウイルスの襲来で日程が狂った。それゆえ、一段と慌ただしさを見せ、急な制定となり、香港社会及び国際社会に与える衝撃も倍に強かった。

 国安法の制定は「時代逆行」で香港の「一国二制度」を破壊し、中国大陸と同じ「一国一制度」に押し込んだ、との批判が出ているが、これは必ずしも事実、真実ではない。
 中国側が主張する法的根拠はこの通りだ。返還時に制定され、香港の憲法に相当する「香港基本法」の23条が「独自の立法によって、あらゆる売国、国家分裂、反乱扇動、中央人民政府転覆および国家機密窃取行為を禁止し、行政区の政治的組織や団体が、外国政治組織と団体と連携するのを禁止する」と定めているが、香港自身が(2003年に制定を試みたが)できなかった。どこの国の法律にもあるのに香港だけが欠けているこの部分に対し、北京が今回、自ら法制定に乗り出し、香港基本法18条にある、中国本土の法律を香港に適用できる「例外リスト」(すでに国慶節、国章、領海などを定めた10個前後の法律が入っている)を盛り込む「付属文書3」に、今回の「国安法」を入れることで法的整合性を有する、としている。

 もう一つは現実的必要性の問題があった。「国家分裂、反乱扇動」などを取り締まる法律がないまま、その空白を突かれて去年から香港独立が煽られ、政治・経済・社会が完全にマヒする危険性が高まったのを座視してよいのか。特に米中対立が「新冷戦」の様相を呈し、アメリカが明らかに香港を中国揺さぶりの梃子とし始めた中で、中央政府はその法体系の欠落した部分を急遽補強することを決意したのである。

 「香港国安法」の是非をめぐる論争はおそらく一つだけの結論は当面出ない。イデオロギー的、価値観的な判断だけに走るより、少なくともその他の側面、複雑なスペクトルについてまず視野を広げてみる必要がある。本論は「国安法」問題を世界的な視野、米中駆け引きの角度も取り入れて、特に中国の見方と本音、香港の実態とその行方について、各国の注目記事を引用・紹介しながら解説したい。

   一 全世界を巻き込んだ論争

 日本では「27カ国も」中国を批判、だから中国が「孤立」と伝えられているが、27カ国が国連人権委で国安法に批判もしくは懸念を示した同じ会場で、中国擁護と表明したのは53カ国だった。ネットでそれを図解化したものを見つけたので、ここに添付しておく。

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 これを見て分かるが、中国批判を表明したのはほとんど先進国で、アジアで懸念を表した国はただ一つ、日本だった。中国と対立が多いベトナムを含めて大半の国が中国支持を表明。インドは中国と国境摩擦をしているが、去年夏、建国以来カシミールで実施された自治法を廃止し、中央政府の直轄にし、その激動が今なお続いているので、発言しない態度(棄権)を取った。アフリカからは発言保留の南アフリカを除いてすべて中国を擁護した。中国支持が圧倒的に多いことに関して「北京から金をもらっているから」だけでは到底解釈できないものがある(アラブ湾岸諸国は中国より金持ちだ)。やはり、途上国の大半は国家・民族の統一、外部の干渉反対という点において最大の共通点を有すると見るべきではなかろうか。
 ちなみに、7月3日の時点で中国支持を表明した国は更に20カ国以上増え、70カ国以上になった。反対の27カ国はそのまま。

 香港問題は全世界から、これが米中対決の一環と見られており、プーチン大統領が7月8日、習近平主席との4か月以内の4回目の電話会談で、「香港での国家安全を守る中国側の努力を断固と支持し、中国の主権を破壊するいかなる挑発的行為にも反対」と表明した。

 国際社会を巻き込んだ香港をめぐる論争の本質について、アメリカがこれを対中揺さぶりの梃子にし、中国はその仕掛けを予防的に断ち切る、という攻防戦にあると見抜くシニア外交官がいる。シンガポールの元国連大使で現国立大学教授のキショール・マブバニ(K. Mahbubani)が、香港がアメリカの中国を揺さぶる「政治サッカーのボール」だと指摘している。
① 香港「鳳凰網」サイト200630 新加坡資深外交家馬凯碩:美国只是把香港当作“政治足球”
 https: //ishare.ifeng.com/c/s/v0040aVQec6FNx6mj5TTrd57bVc1AdmycatawzP4YT-_TwB5H5Hf1bSEE6BgnCsr25KSyD26-_-_i4Pb1VJW4D5953YpA____?spss=np&aman=63ja6d2ae54391ybaf1b96hcc4u8e584a30d7dP930&from=groupmessage
 要旨:
1、 米国は自国内のマスコミに関して、2017年まで外資支配のテレビ局の設立を認めず、現在も「外国代理人登記法」をもって管理している(しかし香港ではもっぱら政府を批判するテレビ局とマスコミの存在を「自由の象徴」とし、資金援助している)。
2、 NYタイムズのスクープによれば、戦後のアメリカが1980年まで他国の選挙に公にもしくは秘密裏に介入したのは81件あった。
3、 アフリカ系男子フロイドが警察に押し殺された後、大規模な抗議運動を誘発したが、大統領含め複数の政治家が軍隊出動による制圧を公言した。だが香港警察による動乱の阻止に対しては批判を繰り返し、明らかにダブルスタンダードだ。
4、 香港民衆の不満は根底には経済格差と社会問題に由来したが、外部がそれに過大な政治的意味合いを持たせ、煽った。
5、 アメリカが起こした対中国の地政学的戦略競争の中で、相手の弱みに付け込むのは超大国の常套手段だ。香港はそのための「政治的サッカーボール」になった。

 香港が「国家安全維持法」によって自由が失われ、その人材と資金がシンガポールなどに流れるとの説がある。それに対し、香港元行政長官梁振英が6月21日、次のように反論した。
 シンガポールは今の香港よりもっと厳しい「公共秩序法」「内部安全法」をもち、一連の取り締まりをしてきたのに、どうして香港が国安法をもつからシンガポールより自由がないと言うのか(下図)。

画像の説明

 ヨーロッパ専門家の羽場久美子・青山学院大学教授の分析も、本人の了解を得てここで紹介する。

 全人代の国家安全法は、香港独立が目指される中、必要な措置であったろうと(国際政治的には)思います。
 ウクライナでマイダン革命がおこった後、核配備もあるであろう黒海のセバストポリ(クリミア半島)をNATOに抑えられる可能性は極めて高かったので、ロシアは軍事力をもって押さえましたが、中国がこれをやると国際政治経済がストップしてしまうので、法的措置を取ったのは極めて重要であったと思います。(中略)
 警察の黒人殺害と全土に広がるデモで、トランプは国家転覆ではない政権批判デモに対して連邦軍の投入まで示唆してしまい、天安門を批判する正当性も失いました。
 中国政府の冷静な対応がアジアの繁栄と歴史の秩序転換を進めるカギになると思います。道のりは長いですが戦争をとどめ世界の繁栄を維持する勢力になってほしいと思っています。

 羽場教授が香港の事態とアメリカ国内の混乱の両方に触れ、「ダブルスタンダード」の問題を指摘した。考えてみれば、アメリカで今でも続いている抗議運動が仮にその規模を10分の1に縮小して中国で発生すれば、日本のマスコミではトップニュースとワイドショーで毎日取り上げられているだろう。中国のトップか大臣クラスの誰かが、「(香港や大陸の)抗議デモに軍を投入」とトランプのように口にしたとすれば、実際に行動がなくても、「共産党の本質」「天安門事件の再来」といつまでも後ろ髪を掴まれていくだろう。
 しかし実際に連邦軍がワシントンDCに出動したにもかかわらず、日本の報道では軽く一過性的に触れただけ。民主主義だからこのような発言が認められるのか。トランプ一人の「無責任」のせいにして、その人が超大国の軍事力を握っている構造自体の問題は何も考えなくていいのだろうか。

 では香港国安法がすべて「悪」と決めつけ、その背後にある実際の状況を見ようとしない姿勢と思考様式の問題はどこから来るのか。この一か月間、香港問題とアメリカの抗議運動の両方を見比べて、ある思考様式に原因があるのではないかと思いついている。以下は、米国の抗議運動を見る中国の目の変化、衝いた問題点、およびその過程でクローズアップされた思考様式について考察し、その上で振り返って香港問題を捉え直してみたい。

   二 ポリティカル・コレクトネス=「政治正確」

 5月25日、ミネアポリス近郊で黒人男性ジョージ・フロイドが警察に首を膝で抑えつけられ死亡したことをきっかけに、アメリカの120以上の都市で人種差別に反対する抗議運動が展開され、ペロシ、バイデンら民主党リーダーが跪いて謝罪の意を表した。一方、抗議運動は思わぬ方向に展開され、シアトルでは自治区が設置され、少しでも「黒人差別」と連想されかねない言葉や標識が変えられ、ひいては建国初期の複数の大統領も「奴隷主」だった故、その像が倒された。

 今の中国の民衆の多くはトランプ政権にいじめられている思いが強く、米国の内乱に「ざまを見ろ」との気持ちをSNSに一時期、噴出させた。ところが、間もなく中国のネットメディアで論戦が展開され、その後、むしろペロシら民主党重鎮が跪いて黒人に謝罪し、「Black」という表現の使用すら憚れる風潮を「偽善」と呼び、冷ややかに見るようになった。以下の記事はその変容の過程を検証したもので、やや長いがその主要部分を抄訳しておく。

① 多维新闻網200621 蘇天澤:從支持黒人示威到反白左 中國輿論場為何起變化
https://www.dwnews.com/%E4%B8%AD%E5%9B%BD/60200840/%E7%99%BD%E5%B7%A6%E7%9A%84%E6%80%92%E4%B8%8E%E7%81%AB%E4%BB%8E%E6%94%AF%E6%8C%81%E9%BB%91%E4%BA%BA%E7%A4%BA%E5%A8%81%E5%88%B0%E5%8F%8D%E7%99%BD%E5%B7%A6%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E8%88%86%E8%AE%BA%E5%9C%BA%E4%B8%BA%E4%BD%95%E8%B5%B7%E5%8F%98%E5%8C%96
 抄訳:
1、 多くの中国人が当初、アメリカのデモ隊を支持したのは、アメリカ警察による残忍な法執行に対する嫌悪感を表明するためだった。しかし、米国の暴動がさらに広がり、在米中国人の一部も襲われたニュースが伝わると、中国自身が抱える黒人や少数民族の特権の問題が再提起され、アメリカのデモ隊に対する態度が微妙に変化し、受け止め方も複雑化した。世論はアメリカのデモ参加者を支持することと、「黒人の命が尊い」主張をする「白人左派」(白左)に対する批判、の二つに分かれた。
2、 アメリカの「白左」を批判することは中国では新しい現象ではない。2016年に「白左」に反対したトランプ氏が大統領選で勝利した際、中国のネットでも「白左」に対する批判が相次いだ。なぜ「白左」を批判したか? 一言で言えば、彼らはしばしば人類道徳の高度に立って、少数派、最下位グループ、および疎外された人たちのために発言し、その権利と利益を積極的に擁護するが、中国の国内要因の観点からみれば、多くの中国人は、国内の現実問題を直視せず、理屈ばかり言う中国の自由主義左派がアメリカの「白左」に似ていると見たからだ。
3、 本当は多くの中国人は、「白左」が語る価値観、理念に憧れる部分もあるが、現実離れという不信感とともに、ペロシ議長のような反中政治家も「白左」側に立っている(香港の動乱が美しい地平線との「名言」を発した)こと、在米中国人も略奪を受けていることと合わせて、「白左」が中国でネガティブなイメージになり、一般大衆における人気が一気に萎んだ。

 アメリカの「白左」が、中国国内の「赤左」(共産党イデオロギー的な理屈ばかり言う人)とイメージが重なり、反発されたのかもしれない。

 中国のある経済学者は、この「白左」はイデオロギー優先の「ポリティカル・コレクトネス」すなわち「政治正確」の思考様式の産物で、結果的にアメリカ自身を一段と分裂に陥れ、トランプのような極端勢力の台頭に道を開いていると厳しく批判した。

② 房東経済学200617 左祸:一个被白左祸害的世界
https://mp.weixin.qq.com/s?__biz=MzI5ODMzMDU3OA==&mid=2247490890&idx=2&sn=9766dfb8ddb9be2058e8bd92faa418cb&chksm=eca62df7dbd1a4e16a804ae8619cdf25746565ab149f5a3c319678c5fae5558dc7f7d7bdf907&mpshare=1&srcid=06208X5oxVrK5Ez3zTtRri3S&sharer_sharetime=15926142490
 抄訳:
1、 有名なスポーツウェアメーカーのアディダスが新規雇用者の3割を黒人やラテン系に確保と発表し、映画制作会社が『風と共に去りぬ』を発売しないと宣言。この二つのニュースに接し、苦笑した。アメリカとヨーロッパの「白左」が歴史の複雑さと書く事件の時代的背景を無視して取った行動は時代錯誤であり、現下の過激行為を招いている。千年前の岳飛(民族英雄)が封建王朝を擁護したから批判すべきと中国人の誰かが言ったら、気ちがいと思われるに決まっている。「白左」たちはまさにこのような性格を持ち、ワシントン(初代)大統領らが奴隷主だったため清算しようとしている。
2、 このような「政治正確」的なやり方はある段階では人の目を引くが、沈黙の大多数から反発されるだけで、最終的にトランプのような人に利する。もしトランプが再選されたら、彼が優れているからではなく、その戦う相手があまりにもデタラメだからである。

 アメリカ現地で「BLM」(Black Lives Matter)の抗議運動を観察した中国人研究者は、それを「中国の文化大革命のアメリカ復刻版」と呼んだ。「政治理念さえ正しければ現実を無視して、何でもやっていい」中国の教訓が生かされていないとも批判した。

③ 中美企業峰會200616 沈群:我们一直担心文G再来,但它還是爆発了,是在美国——一个親歴文G者正親歴美国文G
https://mp.weixin.qq.com/s?__biz=MjM5OTY1NTU3Mg==&mid=2649492656&idx=1&sn=48d465af20eb71f817ee1ecce7236f7b&chksm=bf208d4b8857045d28a9f1dd0eb31700bf00b05905a02375a412ca1c6fec626d0112a22bcb76&mpshare=1&srcid=0616q0nLfKplx4aZKlrmxqBx&sharer_sharetime=15922877383

 奇しくもその2週間余り後の7月3日、トランプ大統領が、ワシントンら4人の元大統領の像を山の頂に彫ってあるマウントラシュモア国立モニュメントのふもとで講演し、その中でも、南北戦争で奴隷制維持のために戦った南部連合の指導者の彫像を各地でひき下している運動について、(物事や人を一方的に非難・否定・糾弾してまわる風習を意味する)「キャンセル・カルチャー」だと非難した。中国では「キャンセル・カルチャー」はすなわち文化大革命だと解釈されている。

 ではここで「白左」たちの行動パターンと、中国知識人とアメリカ保守派の両方から批判されている「ポリティカル・コレクトネス」について考察を進める。

④ 日本語版ウィキペディア「ポリティカル・コレクトネス」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%AA%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%8D%E3%82%B9
 ポリティカル・コレクトネス(英: political correctness、略称:PC、ポリコレ)とは、性別・人種・民族・宗教などに基づく差別・偏見を防ぐ目的で、政治的・社会的に公正・中立な言葉や表現を使用することを指す。「政治的妥当性」、「政治的公正」、「政治的適正」、「政治的正当性」、「政治的正義」などの訳語も使われる。
 1980年代に多民族国家アメリカ合衆国で始まった、「用語における差別・偏見を取り除くために、政治的な観点から見て正しい用語を使う」という意味で使われる言い回しである。

 同項目は、同言葉の起源と変遷、論争を列挙しているが、論争を説明する部分で、次のように解説した。

 自由主義の観点からは、元々は左翼同士が相手に対する皮肉を込めて用いていたポリティカル・コレクトネスという用語を、最も強く政治利用したのは1980年代中盤以降の新保守主義者達であり、彼らがポリティカル・コレクトネスという言葉を使う度に、人種や社会階級、性別、その他様々な法的な不平等の本質的な問題点から人々の政治的議論を逸らしてしまう効果を生んだと主張されている。
 新保守主義者は、何事につけ高邁な政治理念、イデオロギーから解釈し決めつけようとする「ポリティカル・コレクトネス」は「本質的問題点から政治的議論を逸らしてしまう」と批判している。すでに触れたとおり、この言葉は中国語では「政治正確」と訳され、同じ論理で「現実離れした空論は一番危ない」と考える大半の中国の民衆の見方と実は一致している。

 中国社会は一見、一つのイデオロギーに律されているようだが、実際は多様化が進んでいる。その中で「政治正確」的な発言は多くの場合、白目で見られる。鄧小平時代以来、現実に即した柔軟な政策がイデオロギー的に「正しくない」としても評価されるが、理屈ばかり言って現実を無視して押し付ける政策は知識人や一般民衆から嫌われる。このような事例は枚挙にいとわない。
 だからこのような「政治正確」へのアレルギーがアメリカの抗議運動への見方にも示され、日本の一部の(米政権を揺さぶるものなら中国では何でも喜ばれる)推理と違って、「政治正確」的なやり方に対する目が厳しく、それが結果的にトランプ政権に利すると指摘している。
 例えば、「全国香港マカオ研究会」理事の田氏が「アメリカ流の『政治正確』の間違い」との文章を出した。

⑤ 橙新聞200612 田飛龍:美式「政治正確」的不正確
http://app.orangenews.hk/Mobile/News/articleNormalDetail?a_id=010152128&fontSize=15&isShared=1&from=groupmessage&isappinstalled=0
 要旨:
1、 アメリカはもともと多元的自由社会だが、平等を過度に要求する「政治正確」により、ついに歴史的彫像の斬首と「歴史的虚無主義」を招いた。
2、 この種の「政治正確」は極端化、ポピュリズムないし暴力化の傾向と破壊性をもち、フランス大革命の急進主義に染まり、民主主義の規範性と制度化から乖離し、三つの政治的誤謬をもたらした(省略)。
3、 「政治正確」に流されていけば、米国の憲法と市民社会の理性的メカニズムも崩壊しかねない。専制主義的傾向を持つトランプと、ポピュリズム的な「跪く民主主義」も政治ゲームに過ぎず、問題の解決にならない。

 このような「政治正確」の問題点を多くの日本人も冷静に指摘している。「Prof. Nemuro」の署名で、「political correctness(ポリコレ)の狂気と危険性」について「多くの日本人が過小評価している」として、次のように指摘している。

⑥ トランプ対ポリコレ~反差別運動の本質|Prof. Nemuro|note200620
https://note.com/prof_nemuro/n/na981893f0a76
 アメリカの反差別運動が文化大革命を想起させる気違いじみた展開になっていることは、前回の大統領選でのトランプの警告の正しさを裏付けている。
 反差別運動とは、「社会秩序を維持していたルールやコードの撤廃や全面的書き換えにつながる(→文化大革命や新自由主義)。そこから必然的に生じる衝突がこれで、既に内ゲバが始まっている。弱者・マイノリティを糾合した革命運動が抱える根本的な矛盾である。」

 ネットで調べたら、理念が正しい主張すれば何でも許されてしまう「政治正確」について、日本でも実例挙げて批判した記事も出ている。

⑦ 「ポリティカル・コレクトネス」は言葉狩り? 花王の事例が問う論点(石田 健) 講談社190620
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/65307?page=3
 ポリティカル・コレクトネスは差別の内実や構造に目を向けず、功利的な視点から暫定的・限定的な措置を下すだけのものに過ぎない。その意味では、人々が差別について理解し、議論を深める契機を奪う可能性すら持っている。
 ポリティカル・コレクトネスは差別を解消するのではなく、むしろその乱用によって、差別的な言説・思考に蓋をする可能性を持っており、構造的な理解を停滞させる危険性がある。
 &deco(blue,,){「言葉狩り」に問題があるとすれば、それがもたらす息苦しさではなく、その差別の内実・構造に目を向けないまま表面的な言説のみを批判して、差別に向き合ったと思考停止する人が現れる可能性である。
};
 ここで「政治正確」の話を長々としたが、以下の3点に要約する。
1、 中国では、アメリカの黒人殺害で触発された広範な抗議運動について、一部の民衆は「ざまを見ろ」と見るが、知識人層の大半は、「やりすぎ」と冷静に見ている。
2、 イデオロギー、「価値観」が正しいなら問題にも目をつぶる言動は、実際の複雑な世界を捉えられないこと、時々、現実とかけ離れた認識と結論に結ぶとの認識。
3、 香港問題に関する日本の大手マスコミの報道姿勢と視角も「政治正確」的な発想にとらわれているのではないか、との問題提起。

   三 香港問題に多角的視点が必要

 昨年6月以降、香港で「反送中」の大規模抗議デモの発生後、日本と欧米先進国の報道は、「民主主義がすべてより優先」「学生が民主、政権(背後は北京)が民主と自由を奪う」、だから反体制側が暴力を振るい、地下鉄と公共施設を破壊し、立法会と空港を一時占拠しても「大義名分」のもとで「理解」される、との捉え方が支配的だった。その延長で、香港警察はアメリカ、イギリスなどの警察より抑制的に秩序を維持しているにも関わらず、「過剰な暴力使用」「北京の手先」と決めつけられた。

 このような「政治正確」的な発想に押し込められる中で、香港のデモ参加者の人数については今日まで虚構が許されている。去年6月に発生した二回の抗議デモの参加人数について、一回目は主催者発表が103万人、警察発表が24万人で、二回目は主催者発表が200万人、警察発表が33万8,000人だった。しかし日本では「100万人」「200万人」としか言われなくなっている。ほかのすべての国のデモの人数に関する日本の報道は警察発表を中心にし、せいぜいカッコつきで「主催者発表」を追加するが、香港に関してだけ、いつの間にか、「100万人」「200万人」と一人歩きするようになった。

 香港問題をめぐる分析の視角も、「自由」vs「抑圧」の軸に絞られた(自己規制した?)。それに対し、台湾の著名な言論人は当初からもっと深さと幅の広さを持つ視点を提起した。

① 風傳媒190708 石之瑜觀點:「反送中」殖民性在哪?為何台灣沒有?
https://www.storm.mg/article/1459588
 要旨:
1、 「反送中」の大爆発は根底では、かつての英国植民地政府に勤務した林鄭長官が持つ自分が「総督」だという錯覚と、いまだに自分が英国人と思い込む多くの香港民衆が、彼らの目に映る「中国の特区長官」と戦う構図である。
2、 両方とも、植民地統治時代の錯覚に浸ったまま、すでに民族国家統治に移行した現実を認識していない。
3、 「林鄭長官が中国の傀儡だ」と暴露することを通じて、抗議デモの参加者たちは植民地時代の余韻を味わい、中国とは違うのだという上からの目線で酔いしれることができる。だから、自分は「中国人」と異なる「香港人」だと強調する。
4、 しかし対立両方にはいみじくも、古い植民地「母国」を失ったが新しい民族的母国にどう対応すればわからない、との共通点がある。二つの「疑似的英国勢力」の対決が、「反送中」抗争の主要な性格を成している。

 このような視点が日本では紹介されなかったが、少なくとも「香港国安法」の発効後、その分析の多くが当たっていると振り返ることができる。
 当時の日本のアナリストは、
 「若者の間では「攬炒」という発想が広がっている。ともに焼かれてしまおう、「死なばもろとも」という意味である」
 「破壊行為も、景気後退も、不動産価格の下落も、大陸客の減少も、小売業の不景気も、アジア最悪の経済格差と特権層の政治権力の独占という体制に絶望してきた市民は、むしろ「世直し」として喜んでしまう」
とそのような破壊行為を「政治正確」的に理解・正当化する見方が多かった(「香港のデモ参加者は単なる「暴徒」ではない」、『東洋経済』19年10月19日)。しかし「国安法」が施行されると、いわゆる民主派の面々が慌てて政治団体を脱退したり逃げ出したりし、大半の人が静かに見守っている(この原因についての分析はあとに譲る)。
 このあり様は、やはり台湾の石教授が解釈した通り、彼らは「砕身粉骨」の覚悟で「民主主義」を崇高な理想にしているというより、今でも植民地時代であるとの錯覚をもち、ややもすると「宗主国」(今は米国?)に介入を懇願していたが、「国安法」の制定でびっくり仰天し、初めて現実に「我に返った」、だから「身の安全」を最優先にした、という一面があるのではないか。実際に「民主派」著名人の面々に「国安法」に徹底抗戦に身を挺した者は一人もいなかった。

 では話が戻るが、そもそも北京はなぜ「香港国安法」に踏み切ったのか。
 香港中文大学の劉兆佳名誉(「栄休」)教授は、北京は去年以来の事態を極めて深刻に受け止め、「背水の陣」で対応したと説明している。

② 多維新聞網200601“香港保衛戦”背後 中国内外大局已変
https://www.dwnews.com/%E4%B8%AD%E5%9B%BD/60180439/%E9%A6%99%E6%B8%AF%E4%BF%9D%E5%8D%AB%E6%88%98%E8%83%8C%E5%90%8E%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E5%86%85%E5%A4%96%E5%A4%A7%E5%B1%80%E5%B7%B2%E5%8F%98
 要旨:
1、 去年の6月まで、北京は間違いなく、「国安法」を考えていなかった。しかし抗議運動が最初の「反送中」から「五大要求」に発展し、「光復香港・時代革命」のスローガンになり、性格が変質したと判断された。
2、 これまで、欧米からの批判と制裁、香港市民の気持ちなどへ色々と懸念して躊躇したが、今回の立法は国家安全の厳しい情勢を前に、強い危機感と緊迫感に追い込まれて、背水の陣を敷いたのだ。

 別の記事も、香港の「変質」に対する北京の分析と危機感を紹介している。

③ 多維新聞網200705“任性的香港”正在付出惨痛的代価
https://www.dwnews.com/%E9%A6%99%E6%B8%AF/60202623/%E6%B8%AF%E7%89%88%E5%9B%BD%E5%AE%89%E6%B3%95%E4%BB%BB%E6%80%A7%E7%9A%84%E9%A6%99%E6%B8%AF%E6%AD%A3%E5%9C%A8%E4%BB%98%E5%87%BA%E6%83%A8%E7%97%9B%E7%9A%84%E4%BB%A3%E4%BB%B7
 要旨:
1、 半年間持続した「反送中」運動が香港の畸形な政治を助長し、それが北京に、香港の安定・大陸の改革・台湾政策・外交戦略のいずれの面とも「底線」(Bottom line、限界)に来たと判断させた。
2、 香港の「氾民派」(立法会に議員を持つ二つの民主派政党)が武闘派と連携し、民主党主席胡志偉は「次回の選挙で過半数を取れば政治の財政予算案を否決し、これで『五大要求』を当局に呑ませる」とも公言した。彼らの目論む香港の将来について北京は到底呑み込むことができない。
3、 「氾民派」は更に西側の支持を取り付けて北京に圧力を加える「国際路線」を進め、アメリカの対中揺さぶりと合流した。これらの行動は北京に、自ら香港の「乱局」収拾に乗り出すことを「逼迫」したのである。

 前出の全国香港マカオ研究会理事の田氏はインタビューで、より多くの北京の判断の背景を紹介した。

④ 多維新聞網200709 抗命歧途倒逼修法 香港反対派輸在哪里
https://www.dwnews.com/%E9%A6%99%E6%B8%AF/60203200/%E6%B8%AF%E7%89%88%E5%9B%BD%E5%AE%89%E6%B3%95%E6%8A%97%E5%91%BD%E6%AD%A7%E9%80%94%E5%80%92%E9%80%BC%E4%BF%AE%E6%B3%95%E9%A6%99%E6%B8%AF%E5%8F%8D%E5%AF%B9%E6%B4%BE%E8%BE%93%E5%9C%A8%E5%93%AA%E9%87%8C?utm_source=web_push&utm_medium=referral&utm_campaign=all
 要旨:
1、 「反送中」運動がなければ、「国安法」の制定に踏み切ることはなかった。北京のもう一つの憂慮は、香港警察が秩序維持にすでに実力・限界を超えた(「使出了洪荒之力」)ことだった。
2、 「国安法」によってさまざまなマイナスが生じることも承知しているが、「どちらを選んでもマイナスがあるが、長期的に見てマイナスの少ない方を選んだ」(「两害相权取其轻」)
3、 立法は決して「一国二制度」を変えるためではない。変えて何らメリットがない。「香港は永遠に中国の香港だ」との点を確保するためだ。「一国二制度」の枠が安定すれば、香港の繁栄と安定こそ中国が望むところだ。

 筆者はこの間、三人の友人・知人に個人的に感触、見解も聞いた。まず一人目は元同級生の香港企業家だが、彼はこう言った。「大半の香港市民は国安法への懸念を心に持っている。しかし去年以来の無秩序の情勢は大半の住民の生計に関わる経済と社会秩序、安定を大きく損なった。だから現時点では『两害相权取其轻』、比較してマイナスが少ない方を選んだ、というのが正直なところだ」

 ある日本人学者も現地取材で、香港民衆のこのような「安定を優先に選ぶ」揺れる気持ちを伝える記事を書いており、紹介したい。

⑤ ダイヤモンド・オンライン200529 姫田 香港国家安全法で対立深める中国と世界、香港市民を救うのは誰か
https://diamond.jp/articles/-/238640?fbclid=IwAR1kYKGqaSJLRzvbHiS-VNVghfOG7NJFuE2i1iuXVUjrVx-2X419cZAuLCs

 一方、アメリカ警察が黒人を殺害し、過剰な暴力を使ったこと、トランプ政権が警察を弁護したことに関し、香港警察を厳しく批判してきた香港民主派の議員らは思考混乱に陥り、インタビュー取材から逃げ回った。記者の質問に対する民主派議員の対応の一覧表が下記の記事にある。

⑥ 香港文匯報200602 洋主子陷暴亂 攬炒議員噤聲
http://paper.wenweipo.com/2020/06/02/YO2006020003.htm?from=groupmessage

 米紙ガーディアンにも、黒人フロイドの殺害事件が香港民主派を困らせたと分析した興味深い記事が掲載された。関係部分の英語と日本語訳を紹介する。

⑦ The Guardian200614 How the killing of George Floyd exposed Hong Kong activists' uneasy relationship with Donald Trump
https://www.theguardian.com/world/2020/jun/14/how-the-killing-of-george-floyd-exposed-hong-kong-activists-uneasy-relationship-with-donald-trump
 Hong Kong's movement contains a spectrum of political views, and Trump has at times been hailed as an ally for his tough stance on China. When the US government passed the Hong Kong Human Rights and Democracy Act last year, demonstrations held placards giving thanks to the president and his government.
 香港の運動には多くの政治的見解が含まれ、トランプは時々、中国に対する厳しい姿勢によって盟友だと称賛された。米政府が昨年「香港人権民主主義法案」を可決したとき、デモ参加者は大統領と米国政府に感謝するプラカードを掲げた。

 When the US protests started, Hong Kong internet users shared tips with Americans on how to protect yourself in a crowd, how to defuse tear gas canisters, how to “be water” when overwhelmed by riot police. Many identified strongly with the movement.
 米国の抗議行動が始まったとき、香港のネットユーザーは、群衆の中で自分を守る方法、催涙弾を取り外す方法、機動隊に圧倒されたときに「水になる」方法などを伝授した。

 But when coverage began highlighting violence, looting and arson, as Trump railed against the protesters and police used teargas, pepper spray and excessive force, (中略)Some Hongkongers distanced their movements from the destruction of the US protests by saying Hong Kong protesters didn't loot, appearing to suggest there was more justification in the US police crackdowns, while also ignoring that there had been some vandalism and violence in Hong Kong.
 しかし、暴力や強盗、放火が多く報じられ、トランプ氏がデモ隊を激しく非難し、警察が催涙ガスや唐辛子スプレー、過剰な武力行使を行った際、(中略)一部の香港人は、香港の抗議者は略奪していないと言って、米国の抗議者の破壊行動に距離を置いた。米国の警察の弾圧は(香港警察より)もっと正当性があると言わんばかりだが、香港でも一部の破壊行為と暴力があったことから目を逸らした。

 In a widely read op-ed on Thursday last week, leftwing literary site Lausan warned Hong Kong people that Trump was no friend, and that the movement's relationship with the US political right was increasingly untenable.
 先週木曜日、左翼の文学サイト「Lausan」に掲載された広く読まれるコラム記事は、トランプは友人ではないと香港の人々に警告した(中略)。

 “Just as these politicians don't care about black lives, they don't care about the lives of Hongkongers either,” it said. “Instead, their support for the Hong Kong movement has always been contingent on their broader geopolitical goals and is as fickle as the whims of US foreign policy.
 「これらの政治家が黒人の生活を気にしないのと同じように、彼らは香港人の生活も気にしない」と書かれた。「その代わり、香港運動に対する彼らの支持は、常に彼らのより広範な地政学的目標に依存しており、米国の外交政策の気まぐれと同じくらいよく変わる

 “In truth, US support for Hong Kong was never meant to benefit the Hong Kong people. The city was only ever a way for the US to punish the CCP [Chinese Communist party], even if it meant sacrificing it.”
 「実際、米国の香港への支援は、香港の人々に利益をもたらすことを考えているのではない。たとえこの都市を犠牲にしても、米国がCCP(中国共産党)を罰する方法に過ぎない

 トランプ政権はただ香港の民主派を利用しているだけ、との指摘は前出のシンガポール元国連大使の見方と一致している。
 アメリカ国内の「政治正確」が結果的にトランプを助けていると同じように、去年以来の動乱およびトランプ政権の対中揺さぶりが「国安法」を結果的に制定させた。5月末に全人代がその制定を決議して以降、大半の香港市民が抗議運動に参加しなかったのは、社会と経済の先が見えない混乱と麻痺に辟易したためだ。この点についても客観的な報道と分析をもっと見たい。

   四 北京の真の狙いと今後の展望

 「国安法」が香港で執行され始めた7月1日の抗議者逮捕について、日本では「早くも10人の香港人が本法違反容疑で逮捕された」と伝えられたが、「その後」についてほとんど触れていない。実際にはそのうちの9人が当日中に保釈され、一人だけ、「香港独立」の看板を掲げたオートバイに乗って人群れにつきこみ、群衆にけがをもたらす具体的な行動をとったことで7月6日起訴された。
 もう一人、警察をナイフで刺し、大けがをさせた容疑者が仲間からさっそく航空券を入手し、ロンドン行きの飛行機に当日深夜に乗り込んだが、機内で警察に連行された。その後、協力容疑者7人も逮捕された。

画像の説明
''① 観察者200710 香港警方拘捕7人,涉嫌協助刺傷警員的暴徒逃離香港
https://www.guancha.cn/politics/2020_07_10_557108.shtml''

 その日以降、大規模な抗議デモが起きておらず、経済指標と見られる香港株価指数は、国安法の話題が浮上した5月の2万3,000点から上昇し続け、7月1日から二日間続伸して2万5,000点に迫った。6日には2万6,000点を突破した。財閥を含め、大規模な住民と資金の流出も見られていない。これに関して、日本では経済紙を含め、ただ経済指標欄で「株価上昇」と伝えたが、ロイター通信は次のような解説記事を発信した。

② ロイター200702 香港国安法を投資家が歓迎、「本土資金」に期待
https://jp.reuters.com/article/china-hk-investment-idJPKBN2430GJ?rpc=122
 香港国安法の施行によって香港の自由が損なわれると懸念する人々もいる。しかし香港市場に上場する中国企業は増え、中国本土からの資金流入は拡大し、世界第2位の経済大国である中国本土と香港の金融的なつながりも一層強化されると、市場関係者は期待している。
 「中国企業が香港で上場を続ける限り、パーティーは続く」と言うのは、ゲオ・セキュリティーズ(香港)のフランシス・ルン最高経営責任者(CEO)だ。
 「金融業界人は金もうけのことしか頭にない。何があろうとも、金もうけという人生唯一の目的以外には目が向かない」。ルン氏によると、金融業界は「民主主義の闘志たち」とは別の「パラレルワールドに住んでいる」という。
 この分断は香港で広がる所得格差を反映しているのかもしれない。また香港が本土経済への依存を強めている実態も浮き彫りにしている。

 BBC放送が「香港財界はなぜ去年の『反送中』に反対したが今回の『国安法』を支持したか」について香港経済人と学者に取材した。

③ BBC News 中文200605從《逃犯條例》到《国安法》 香港商界為何反應迥異
https://www.bbc.com/zhongwen/simp/business-52920036
 三つの理由が挙げられた。
1、 「反送中」は財界人の個人的利益を損なうが、「国安法」は企業の具体的利益に影響しない。
2、 昨年の社会運動で彼らの経営する店などの利益が損害を受けたが、「国安法」への懸念もあるが、比較すれば軽い方だ。
3、 コロナ禍による経済への打撃も彼らの姿勢を微妙に変えた。

 7月12日、民主派の立法会議員候補予備選が「予想以上」とされる投票率で行われた。今後の焦点は9月に行われる予定の立法会議員選挙だ。情勢がまだ流動的だが、そもそも中国が「国安法」の制定を強行して何を狙っているのか。これについて、二人目で北京の知人とのやり取りで以下のことを聞いた。
1、 北京が狙ったのは、外部の介入を受けた大規模な混乱の再発阻止だ。主に二つの効果を期待している。一つは「予防線を敷く」こと。もう一つは「抑止力」を持たせること。
2、 コロナ禍を喜ぶべきではないが、香港に関しては去年同様な大規模な動乱の発生を遅らせる時間をくれた。考えてみろ、香港の独立派は外国の煽りと支援を受けてこの春以降、去年同様の激しい講義・破壊活動を展開したはず。9月の立法会選挙前後にそれがピークに達する。香港警察の限られた力ではすでに対処の限界。立法会、空港、地下鉄などが再び占拠され、香港警察が対処できなくなった時点で、中国は秩序維持のために、武装警察を出動せざるを得ない。しかし法的根拠がないままの出動に、アメリカはじめ西側諸国はどう見るか。間違いなく、ロシアのクリミア占領に対する制裁以上の厳しい措置を中国に課してくるだろう。
3、 この前景を見越せば、「長痛不如短痛」(長い痛みより一時的痛みを選ぶ)、国安法を先に整備したほうが結果的に国際社会での孤立を回避し、香港現地で制御不能な事態が発生せずに済む。やむを得ない「外壁作り」に踏み切った。
4、 狙いの一つである「予防線を敷く」とは上述の通り、事態が深刻化し、収拾不能に陥る前に、先手を打って最悪の事態を回避することだ。
5、 もう一つの狙いである「抑止力を持つ」とは、反体制勢力、特に武闘派に対して、去年後半のような過激な行動を取ること、香港独立を図る動きがあれば、いつでも取り締まれる、との強い牽制をかけることだ。

 人民日報の記事も、このような「抑止力」への期待をほのめかしていると台湾系新聞が解説している。

④ 人民日報:港國安法貫徹港人治港 管不了、管不好中央才出手 - 世界新聞網200622
https://www.worldjournal.com/7007235/article-%e4%ba%ba%e6%b0%91%e6%97%a5%e5%a0%b1%ef%bc%9a%e6%b8%af%e5%9c%8b%e5%ae%89%e6%b3%95%e8%b2%ab%e5%be%b9%e6%b8%af%e4%ba%ba%e6%b2%bb%e6%b8%af-%e7%ae%a1%e4%b8%8d%e4%ba%86%e3%80%81%e7%ae%a1%e4%b8%8d%e5%a5%bd/?ref=%E6%B8%AF%E6%BE%B3_%E6%96%B0%E8%81%9E%E7%B8%BD%E8%A6%BD

 日本のベテラン記者岡田充氏も、「威嚇効果が狙い」とその狙いを指摘し、次のように分析した。

⑤ 海峡両岸論NO.115 主権防衛に「レッドライン」引く 国家安全法は「反分裂法」の香港版200614
http://www.21ccs.jp/ryougan_okada/ryougan_117.html
 北京で開かれていた中国全国人民代表大会(全人代=国会)は(5月)28日、香港独立や政権転覆、外部勢力の介入を禁じる「国家安全法」(国安法)の制定を採択して閉幕した。貿易戦争、台湾、香港、新型コロナウイルスなど、トランプ政権による「対中新冷戦」イニシアチブで守勢に立たされてきた中国が、主権という「最後の砦」にレッドラインを引いた形だ。同法は2005年3月に成立した台湾独立に対する「反国家分裂法」の香港版でもある。香港民主派は「一国二制度」を破壊するとして反発しているが①米国で反差別抗議デモが拡大、香港どころではなくなった②香港経済の先行きを懸念し「安定バネ」が働き始めた―などから、大規模抗議活動が再燃する可能性は低い。

 6月中旬の時点で、香港に対する「国安法」制定の狙いが、台湾に対する「反国家分裂法」と同じように、「予防線を敷く」ことを狙っていること、大規模な抗議運動が再燃しないと展望する記事を公表したことは日本でも勇気が要るだろう。「政治正確」のイデオロギー思考にとらわれず、現実に即した冷静な分析がその後、客観的事実に証明され、これが真のジャーナリストの姿だと思う。

 岡田氏が台湾と香港に関する二つの法制定の関連性を次のように解説した。
 「反国家分裂法」第8条は(中略)、「台湾独立」の三要件を挙げて、(非平和的方式を取るという)「レッドライン」を引いている。当時、世界中のメディアはこれを「武力行使法」と批判したが、規定をよく読めば、現状のままなら武力行使はしない「現状維持法」でもあった。
 同時に「レッドライン」の威嚇効果によって、台湾アイデンティティ意識をもつ広範な台湾人と、「台湾独立派」(台湾ナショナリズム)を分断する意図もあっただろう。この法律によって、馬英九政権以来どのような政権が登場しようと、「現状維持」以外の選択肢はなくなった。独立派を抱える民進党政権も、「現状維持」の枠の中に押し込められたのである。(中略)
 国家安全法も、独立、政府転覆、外国介入にレッドラインを引くことによって、中国の主権を犯す行為に明確な禁止枠をはめた。逆に言えば、これに反しない限り、言論・結社の自由は現状のまま認める「現状維持法」でもある。独立派と穏健な民主派とを分断する効果も狙っているのは間違いない。北京が得意な統一戦線工作の作法。

 ぜひその本文全文を読んでほしいが、その中の「威嚇効果が狙い」との指摘はまさに北京研究者が語った「予防線」と「抑止力」と照合する。中国が内心恐れるのが「天安門事件の再来」との指摘もその通りだと思う。
 去年後半以降、香港の一部勢力が過激な抗議運動をもって中国軍の鎮圧を誘い出す思惑があったことはすでに多く伝えられた。法がないまま、解放軍か武装警察を出動した場合、どんな釈明が行われようと、まさに「クリミア占領に対する制裁以上の厳しい措置」が中国に突き付けられることが明白である。その場合、香港どころか、中国自身も大混乱、ないし崩壊に追い込まれかねなかった。しかし「国安法」があれば、逆にその「威嚇効果」により、正面対決が回避される、との読みだ。

 ちなみに、国安法に基づく中国政府の香港駐在「国家安全維持公署」が7月8日、香港島の繁華街のホテルを臨時的場所として開設したが、「抗議活動を威圧するため」と解釈された。それに関し、中国ネットのスクープ記事(深度調査部200710)は、「解放軍の香港駐屯基地に設置されるという大方の予測に反して繁華街のホテルを『臨時本部』に選んだのは主に、もともとイギリス軍の駐屯基地だった今の解放軍総部から盗聴器が数多く発見され、秘密保持を確保できない懸念によるもの」と書いている。

 今後のもう一つの焦点は欧米による中国制裁がどうなるかだ。
 香港中立紙は金融界代表のインタビュー記事を掲載し、「トランプによる香港制裁は手段が限られており、影響が限定的」と分析。

''⑥ South-China Morning Post200530 Hong Kong finance chief Paul Chan says city has nothing to fear from Donald Trump sanctions over national security law
https://00m.in/dLHPo''

 日本でも同様な見方を示す記事が出ている。

⑦ 東洋経済オンライン200602 香港「国家安全法」めぐるトランプ砲は不発か
https://toyokeizai.net/articles/-/353841

 中国のネットに、事情に詳しい方による分析記事が出ており、その見解を紹介する。

''⑧ 微信200702 中美香港交锋的结局
https://00m.in/0WvtA''
 要旨:
1、 アメリカとの闘いは必然的に生じる。国安法は、米国が香港を利用して中国に圧力を加え、揺さぶりをかけるカードを無効にしたことを意味する。国家安全にかかわる問題では米国に絶対譲歩しない姿勢も見せた。
2、 アメリカは超大国の体面上、香港問題で制裁を加えるポーズを見せるだろう。発表された中国の役人に対する制裁と香港への技術輸出の制限、これは痛くもかゆくもない。殺傷力を持つのは独立関税区の地位への承認を取り消すことと、香港金融機関への全面切り離しの2点。これは香港の金融センターの地位をマヒさせるが、世界的金融秩序も大混乱し、ブーメラン効果も大きいので、米国も簡単に踏み切れない。
3、 中国が香港の主権を守る決意と投下可能な戦略的資源は米国よりはるかに多い。不退転の決意で逆に米国とチキンゲームをしていく。

 香港内部は真に安定するまでまだ道が長い。米中対決にも不確定要素が多い。その中で中国はその行方をどう展望し、どのような手をさらに打つか。これについて3人目の聞き取り相手で、香港某中国系TVの「評論員」からの解説を紹介する。
1、 中国は今後、「三つの博弈(ゲーム、勝負事)」を抱えている。一つは香港社会が相手。市民の多くが国安法を内心恐れていることが分かる。これから香港の繁栄維持にもっと力を入れ、「花銭買軟着陸」するだろう。「大量に資金や資源を投入し、国安法ショックからのソフトランディングを図る」ことだ。
2、 二番目はアメリカとの駆け引きだ(省略)。
3、 三番目に、実は中国首脳部内の駆け引きもある。香港の安全保障を最優先に強硬路線を主張する人たちと、「一国二制度」の長期的展望に立ったバランス重視の人たちだ。「香港の第二回回帰」や「国安法が『基本法』よりも優位」と前者の主張を示す言い回しは最近、下火になった。韓正(党中央の香港マカオ指導チーム主任)はバランス感覚があり、現在、主導権を発揮しつつある。

 数日前、北京の意図を反映する注目記事も出た。「一国二制度は死んでいない、中国はその新しい均衡を図っていく」と解説している。

⑨ 多維新聞網200707 余一竹:“一国两制”未死 新的平衡到来
https://www.dwnews.com/%E9%A6%99%E6%B8%AF/60202927/%E6%B8%AF%E7%89%88%E5%9B%BD%E5%AE%89%E6%B3%95%E4%B8%80%E5%9B%BD%E4%B8%A4%E5%88%B6%E6%9C%AA%E6%AD%BB%E6%96%B0%E7%9A%84%E5%B9%B3%E8%A1%A1%E5%88%B0%E6%9D%A5

 香港の今後について、まず9月の立法会選挙、続いてアメリカの大統領選の結果などが占いのポイントになろう。ステレオタイプの見方、理念先行の「政治正確」的発想から脱却して、その行方についてもっと柔軟で幅のある視野を持って見守っていきたい。
 30数年前に日本に来て、中国語にない日本語のある表現を学んだ。「必要悪」である。簡単に善悪の価値判断で結論を出せないこともある。「香港国安法」はもしかすると、これに当たる。問題はこれからの実践だ。「国安法」に、言論自由、香港ゆえの活力を奪いかねない拡大解釈の隙間が残っている。それが真に「一国二制度」を壊すものではないと証明するには、まだまだ多くの努力が求められている。

 (東洋学園大学教授)

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