【書評】回想のライブラリーを読んで

青年運動を共にして以来、65年余にわたり先導いただいた先輩

佐々木 啓之

 出会いは、東京都社会党青年部大会(1959年)において、それまでの党青年部という活動から対象を広げて社会主義青年同盟という大衆的青年運動(共産党は、当時民主青年同盟を組織していた)に活動範囲を広げていこうとするときのことでした。
 初岡さんは、ここで世界での動き、西欧を中心に社会主義青年同盟・民主青年同盟(世界民青連)が組織されてきており、その活動範囲も、政治運動だけではなく、青年が求めるより幅広い活動(含むスポーツ、音楽など)へと転換しつつあるのを参考に、新たな方向性をもとめられた。つまり、日本の社会の状況(経済・政治状況だけでなく)の変化に対応した、多数派形成への組織として、その必要性を皆に訴えたのです。彼は、当時はまだ国際基督教大学の学生であったのかもしれません(社青同全国組織の発足は1960年秋)。
 1962年には「世界青年学生平和友好祭」がヘルシンキで開かれました。この世界祭典の準備事務局員としてすでに初岡さんは活動されていました。私は日本代表団(150名)の労働代表の責任者として参加し、フランス・ドイツ・イタリアなどの労働運動や青年政治活動の現状を知る機会をえました。
 その祭典終了に続き、世界民青連大会もワルシャワで開かれました。そこに自分も労働組合(総評)の代表として招待されており、このヘルシンキからワルシャワまで向う列車で、初岡さんと共にするチャンスをえたのです。ここで、これからの日本における労働運動、政治運動について、幅広い視野・知識を学ぶことができました。
 この出会いと考え方は、以後もずっと強く私の脳裏にきざまれていました。総評全国オルグ(交通運輸担当)となり、またさらにその後に都議会議員となってからの活動、また未だに今日までにいたる(人生終盤ともいえる)私の生き方となっています。感謝以外の言葉を知りません。ありがとうございます。
 この『回想のライブラリー』を読んで、あらためて「思い」をいたします。初岡さんは、大学教授にもなられ、教育者として教壇にたってこられました。世の中には多くの社会人文科学の先生方がおられますが、彼のような「良き教師」ははたしてどれだけおられるでしょうか。というのも、ずっと早くから国内外の労働者、知識人、政治家などあらゆる分野の人々と共同して仕事・経験をし、その社会の現場から積み上げたひと、そんな方はそうはおられないのではないでしょうか。
 初岡さんが直接に労働組合のポストについたのは全逓本部だったと思います。そこに誘ったのは、すでに全逓本部の中央執行委員となっていた新井則久さん(青年部長から中執へ)でしたね(彼は27歳から亡くなる55歳までの27年間もその分野で活躍されました)。

 そして、世界では国際自由労連・国際産業別組合、国内では総評をはじめ労働組合にかかわっただけではなく、しかも、各分野にわたるジャーナリスト、政治家、大学教授・学者、知識人との交流にわたるような、数知れないものです。この「ライブラリー」にも登場する国内外にまたがる多くの方々。出会った経験から築かれるその比類ない広大な人々とのつながり(人脈)。本書につづき、残されている「後編」を、ぜひ、期待いたしております。

(2026.02.20)
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