【運動資料】

TPPが国家主権を侵すことに気付いたアメリカ議会—TPAはアメリカ議会を通る見込みなし—

篠原 孝

 オバマ大統領の来日前に、2組のアメリカ議会の国会議員団との懇談の機会があり、目黒雅叙園で開催された会合では、いつものとおり“NO!TPP”バッジと“Stop TPP”ネクタイで完全武装した私のまわりに数人の議員が集まった。
 「日本でTPPに反対している国会議員がいるとは知らなかった」
 「どういう理由で反対しているのか」
 「このバッジとネクタイはどこで手に入るのか」等々
 日本でも2010年10月1日に菅首相が突然TPPに言及した時までTPPの何たるかを知る人は僅かであり、国会議員も大半が内容を承知していなかった。
 交渉内容を秘密にする守秘協定とやらがあり、いまだもって内容が明らかにされていない。アメリカも数年遅れでやっとTPPへの関心が高まりつつあるようだ。ところがさすが三権分立が徹底している民主主義の国である。TPPのいかがわしさにいち早く気づき、拒否反応が日本の議員たちをはるかに凌ぐ勢いで広まっている。

<Fast Track が交渉を左右>

 異口同音に述べた結論は、議会がTPPの交渉を政府に授権する Fast Track(追い越し車線、早期一括採決方式、現在はTPA(貿易促進権限法)とよばれている)は絶対通さないということである。
 NAFTAやWTOが関税を超える諸々の国内法に影響を与えるようになると、アメリカ議会が、Fast Track を与えなくなった。議会の立法権を侵害することに気付いたからである。最近20年間で認められたのは、ブッシュ政権(2002-7年)の貿易協定にだけである。かつてはあくまで関税の引き下げなり非関税障壁に限られていたが、近年は知的財産権や投資や環境まで協定の内容が広がり、そう簡単には Fast Track を認めなくなった。つまり立法府が決めることに国際協定が先に口を挟むことは許さないということである。

<共和党はTPPが国家主権に抵触すると拒否反応>

 日本ではISDS(投資者国際紛争解決)ばかりが国家主権を損なうと問題にされてきたが、アメリカはその他の分野での国際協定もままならんということでは、はるかに先をいく。TPPは、特許、著作権、食の安全、政府調達、財政規律、人の移動、医療制度、エネルギー政策、環境規制、労働規制など広範に及ぶ。これらは、そもそも議会で制度が作られるべきなのだ。民主党は、これらが消費者セーフガードを裏口から崩し、医薬品を高価格に押し上げ、国民生活を脅かすことを憂いている。一方、共和党は国家主権に抵触し、憲法問題を引き起こすと問題視している。TPPはとてもUSTRの役人に任せておける問題ではないということだ。

<議会が次々とオバマに書簡を送りTPAに反対>

 そこに、600社の大企業にはTPP協定の内容を相談しているというのに、肝心の議会には梨の礫である。ますます怒るのは当然のことである。議会は業を煮やし、次々と大統領にTPAを通さないと書簡を送りつけた。
 13年末、オバマの与党である民主党の下院議員201名のうち151名がTPAを支持しないと表明した。また、30名の共和党議員もオバマに反対の書簡を送っている。共和党はどちらかというと自由貿易推進だが、何かと敵対的なオバマに権限を与えないとしている。
 14年1月、一部の有志議員によりTPAが議会に提出された。1か月のうちにほとんどの下院民主党議員が反対を表明した。また、上院の審議採決の鍵を握るリード上院内総務は、TPAを上院で採択するつもりはないと表明した(私の質問に対し甘利TPP担当相は、日本でいうと石破幹事長のような要職にあると答弁)。一方、日米牛肉・柑橘交渉で名を馳せた上院の提出者のボーカス上院議員(モンタナ、共和党)は、中国大使に転出し、TPAの推進力を失った。そして、後任の貿易小委員長は、議会により強い権限があるTPAを自ら作りたいと表明した。
 もちろん、関係業界はすさまじいロビー活動を展開しているが、共和党の右派ティーパーティのロン・ポール上院議員をはじめとする共和党議員はますますTPA反対を強めている。また、世論調査でもアメリカ人の大半は、NAFTAのような貿易協定(TPP等)には反対している。

<振り回されるだけの日本>

 米韓FTAは、政府間では07年に成案を得られていたが、アメリカ議会は承認せず、牛肉や自動車等の再交渉が行われた。韓国が更に妥協を重ねて発効したのは12年2月と、署名から5年も要している。国会の手続きや方法がかなり変わったアメリカを相手とする国際交渉は、いつもアメリカに振り回される。こうしたことから、TPPが政府間で成立しても、個々の条文がアメリカ議会にいろいろチェックされ、相当修正させられ、それをもとに再交渉を強いられるおそれがある。
 従ってアメリカの国会議員にいわせると、アメリカ議会が権限を与えていない相手とよく交渉して全く無駄だということになる。11月の中間選挙の対立を回避するためか、どう楽観的にみても成立は早くて年末である。悲観的にみると。仮に政府間(交渉担当者レベル)で合意が成立し署名しても、アメリカ議会が通す見込みは皆無という見方もある。

<議会を無視、大企業ベッタリのUSTRに愛想をつかす議会>

 USTRはもともと政府(行政)の暴走をチェックするために議会の手足となるべく設けられた組織だが、今は完全に政府の一組織に組み込まれてしまっている。そこに例の秘密交渉である。議会が交渉権限を持ち、かつ Fast Track がなく政府が交渉権限を与えられていないというのに、議会に交渉中の協定案を全く開示していない。13年夏以降さすがに一部の議員には知らされるようになったというが、その閉鎖体質は是正されていない。民主主義の原則からはずれる異例の秘密交渉である。
 前述の151名の書簡に対する回答もなく、多くの質問は無視されている。功を焦るフロマンは、議会に対し口先だけの言訳をし、NAFTAの後1710億ドルの赤字になったにもかかわらず、黒字になったと虚報告し、議員を激怒させている。

<バレると困るひどい内容だから秘密交渉にする以外なし>

 なぜここまで秘密にするのか、理由は明らかである。いとも簡単に労働者を解雇でき、環境規制が緩やかになり、それこそ大企業にだけ向いた協定内容が知れたら、協定が大反対され成立しなくなってしまうからである。国民にも議会にも正々堂々と誇れる内容ならば、情報を開示してこんなによい内容であり、もうひと押しこの点を入れ込もうとしているなど、いくらでも開示できるはずである。ところが、4月末の日米交渉のように(よくわからないが)とんでもない妥協をし、公約や約束事を破っているとしたら、日本政府もとても怖くて開示できなくなる。日米ともに秘密にしておくのが一番よいことになる。つまり、悪事がバレたら困るから秘密交渉にしているのである。

<早く気付け日本の保守>

 私は拙著「TPPはいらない」でも、労働絡みで、日本の労働者保護法制がズタズタに引き裂かれると警告を発し、連合こそTPPに反対するべきだと主張した。ここにきてTPPを先取りする形で雇用法制の改悪に走る安倍政権の正体がようやく露呈し、労働界も今あわて始めている。ちょっとずつ秘密がバレだし、日本もやっとひどい内容に気付き、連合もやっと動き出した。遅きに失した感がある。
 今、集団定自衛権の議論の真盛りである。文芸春秋は日本の保守、特に安倍首相の保守性を取り上げている。アメリカの保守 共和党は、国家の主権を侵すとTPPに反対している。真正保守だからである。「真正保守は反TPP・反原発が当然 —日本の保守が反TPP・反原発にならない不思議— 12.10.19」で指摘したが、本家の保守ならTPPに大反対しなければならない。
 そして、美しい日本の国土を汚し、愛する国民の健康を蝕む原発には絶対反対しなければならない。それを保守新聞読売、産経も同じように矛盾した主張に気付かない。この極めて重要な点を見逃して、軍事面の抽象的論争に明け暮れる日本の保守は偽物でしかない。
 日本の議会もアメリカ議会のように、国家主権を侵すTPPに反対していかなければならない。

 (筆者は民主党・長野県選出・衆議院議員)

※この原稿は篠原孝メールマガジン375号:http://www.shinohara21.com/blog/から著者の許諾を得て加筆転載したもので文責は編集部にあります。


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