【視点】
迫るか改憲、戦後日本の最大の岐路
—高市圧勝、小選挙区制度の生んだ現実
羽原 清雅
年明け早々、就任間のない高市早苗首相のもとで突然、衆院が解散され、その16日後には投開票。政策論議も見えないうちに、ふたを開けたら、自民党単独で316議席を確保、全議席465の3分の2を超す圧勝。
こうして任期の4年間が始まった。当面の物価高騰対策、予算審議での財政政策、軍事・防衛政策などの課題が山積する。なかでも、最大の課題は「数」の力をそろえたことで憲法改定の動きが強まり、衆参の国会での発議が通れば、国民投票が実施されることになる。
自民党の熱望するこの課題の一方では、現行憲法を擁護する世論も少なくない。各地に広がった第9条の会など、高齢化の護憲勢力の動きだが、新たな若い世代がこの平和の基軸ともいえる日本社会の原則を学び、日本の将来像を考えて、その擁護や改革などの行動に立ち上がることも重要だろう。
高市統治にとって、この80年来の自民党の悲願であった大課題がどう進められるか、国民全体の将来がかかってこよう。安倍政治を踏襲する女性首相の右傾路線と意気込みで、この戦後初めての試練はかつてないほどに身近になるだろう。高市再任を含めたこの「4年間」はかつてない緊迫の時期である。
もう一点は、このような異常なほどの結果をもたらした選挙制度、いわゆる小選挙区比例代表並立制の存廃の行方が注目されよう。この制度はこれまで30年間の日本政治を動かすルールとなり、政治の潮流を支配してきた。選挙自体は11回続き、さまざまな政治の姿を見せて、政治の潮流を左右してきた。長年の野党の政権の経験を持ったが、全体的には自民党有利の展開を示した制度であり、国会での「数」を握るこの党のもとで、真に民意に添った政治が行われていたかどうか、再検討すべき時期に来てもいる。先に触れた改憲問題とも絡み、草の根から改革の動きが出てくる時期ともいえよう。
*「国論を二分する政策推進」でいいのか 高市首相は1月19日の衆院解散表明の記者会見で、「国論を二分するような大胆な政策、改革にも、批判を恐れることなく果敢に挑戦していくためには国民の信任も必要」と述べた。おそらく、憲法改定など、自民党が長年主張しながら、世論の賛否は大きくかけ離れて、なかなか進まない状況に業を煮やしたものだろう。だが、世論を2分している問題を「数」の力で押し切るかのこの発言は、一国の主張としてはきわめて不穏当なものである。
米国が共和、民主両党の支持が分断され、トランプ大統領の乱暴な発言で国内ばかりでなく、国際的にも各種の問題が2分してきているなかで、高市首相はこれに倣うかのように、憲法をはじめ見解の異なる問題をめぐって強引に結論を出そうとするその表明でもある。
確かに国会の場が圧倒的な自民党勢力で占められたことで、強引な結論も出し得る状況になっている。だが、論議の対立する一方だけに走ることは、国政をゆだねられた政治権力として極めて妥当ではない。おかしな憲法の改定ともなれば、対外的な緊張を招くなど、将来に大きな禍根を残すことになる。きわめて危険な首相発言である。国民をわけもなく2分してはならない。
国会の論議よりも政府主導の「政高党低」の風潮が目立つ状況だからこそ、こうした姿勢はとくに危険なのだ。
*重要な政策の論議を欠いた衆院選挙 選挙は、今後の政策のありようを明示し、その問題点や実施した場合の瑕疵などを有権者に語り、判断を仰ぐべきものだ。だが、こんどの衆院選では多くの国民の苦しむ物価高の打開策は十分語られただろうか。消費税減税の方向は与野党が一斉に述べたものの、具体的な点は先送りされた。通常国会で論議されそうなスパイ防止法案、安全保障政策の改定に伴う莫大な軍事防衛予算や核持ち込みの容認、軍事的資材の輸出拡大、インテリジェンス(情報収集、分析)の強化策などのアピールは乏しく、また「責任ある積極財政」をうたうが、具体性を欠いていた。美辞麗句が氾濫したものの、実質的な論議は深まらず、上滑りが目立った。野党の主張も広がりがなかった。
自民党は、各派閥の政治資金を着服したいわゆる「裏金議員」を公認、萩生田光一、丸川珠代、松野博一ら43人中41人が当選した。前回の石破選挙の際は、公認しなかったことで落選23人、当選17人だった。この問題は本来30年前にリクルート事件の端を発して、国税から国民一人250円ずつを各政党に出す代わりに、与野党の首脳が政党の政治献金のありようを廃止する方向を決めたものの5年後には棚上げし、自民党は長期にわたって責任を取らなかった。この大きな課題を放置し、ごく一部の「裏金」問題だけに矮小化したところに問題があった。野党の追及に手ぬるさを感じてならない。
*小選挙区制度の欠陥あらわに 今度の衆院選は、小選挙区比例代表並立制導入から11回目で、これまでにないほどの大政党有利の様相を見せた。
だが、自民党圧勝は議席数においての話で、有権者の民意としては全く異なる。「勝った、勝った」というが、じつは民意とはかけ離れているのだ。そのからくりは小選挙制度にある。
もともと、2大政党のあいだで政権を交代して担当することで、政局の安定を図ろうとの意図のもとに、2大政党に有利な、とくに政権に就くべき最大の党には小選挙区、比例区ともに多めの議席を与えるように、制度の仕組み自体が政権党の足場を安定させるよう有利に作られている。
制度による議席配分を見ればよくわかるのだが、今回の選挙では3分の2の議席を握った自民党の得票率は小選挙区は過半数以下の49,2%、比例区は36,7%に過ぎないのだ。つまり、有権者の支持は半数を満たさないのに議席だけが全体の3分の2を与えている。
さらに言えば、小選挙区制選挙11回ともすべて自民党の得票数は半分以下で政権の座に就いたことになる。11回のうち、民主党が政権を握った2009年の衆院選でも、小選挙区の得票が47,4%で、議席は73,7%を占めていた。
つまり、政権党に多数議席を与えることで、政治を安定的に動かしていこうとの狙いがあるため、歴代政権は得票数が過半数以下で采配を振るってきた。「民意」本位の選挙システムでない以上は改定を急ぐべきところ、30年も持続させてきた。だが、大政党の議員らはその有利なシステムを捨てがたく、制度の改革などには目をつむってきた。あえて言えば、そのような欠陥的ともいえる制度が、政治の方向をゆがめ、民意をごまかすかの制度を持続させてきた。
ひとたび政権を握った政党は、いかにも「民意」をもとに政権を左右してきたように見えるが、実際は極力公平でなければならない選挙制度自体がゆがんでおり、その過半数に至らない少数政党の意思で、各種の重要な制度や法律が決められてきたことになる。
したがって、民意が尊重されるべき民主主義が形骸化していたことは認めざるを得まい。民主主義はときに形式だけになり、実質は時の政治権力の思うままに「選挙に示された民意」の名のもとに動かされていく怖さがある。
高市圧勝政権の今後の政策推進が必ずしも「民意の反映」とは言い切れないことを知っておきたい。
*「改憲」には4年間の余裕がある 高市首相は安倍晋三元首相の政治姿勢やその手口を継承し、安倍氏の悲願であった憲法の改定の具体化に向かうだろう。とすれば、自民党勢力が結党以来訴えてきた改憲に動くことは間違いあるまい。「4年」という在任期間は大きい。
条件は整いつつある。先に衆院選当選議員を朝日新聞・東大研究室の調査では、改憲賛成者は自民党99%、維新の会100%、野党の中道改革連合でも58%、国民民主党も96%、参政党93%、チームみらい73%という。賛成は93%、反対は共産党とれいわ新選組の3%。参政党は憲法草案には表現の自由、人権などには触れることもないが、賛成している。
改憲の理由は、自衛隊保持を憲法に明記しよう、また緊急事態の際には議員任期を延長しよう、というもの。ただ、絶対多数のもとで、ほかの改憲項目が登場してくる余地もあるだろう。
過去の調査を見ると、安倍政権再登場時の2012年が89%、安倍政権時の14年84%、17年82%、岸田政権時の21年76%、石破政権の24年は67%と多少の減少傾向にあったが、今回は反転した。ただ、自衛隊問題だけでの改憲論議であり、現行憲法はほかにも改定を必要とする意見もあり、憲法全体を逐条的に見直す必要もあるだろう。
国会での改憲の発議は3分の2以上で可能で、自民党が過半数を割り込む参院も与野党の勢ぞろいとなれば、発議は可能になる。そのうえで国民投票となり、過半数を得れば、改定される。
国民投票に際して、有権者には各地の9条の会などの反対は強いが、高齢化して活動は低調といった面もある。学生運動なども低調で、どう盛り上がるだろうか。ただ、若い層には戦争イメージなどは薄く、賛成に回る可能性もある。
「中道」となった立憲民主党は、集団的自衛権の限定行使を容認、安保関連法をめぐって違憲部分廃止の主張を合憲に変えている。安直である。それに、「中道」勢力は衆院ではわずか49人、参院も立憲・公明合わせても60人だが、賛成派も少なくない。
歯止めがあるとすれば、世論の盛り上がり以外にはない。
*官邸設置の「有識者会議」の持つ意味は 高市首相は、「悲願」とする消費税減税について、国民会議を開いて協議をゆだねる、という。客観性を持つためである。しかし、この「有識者」による会議は実際に冷静・客観性を持ち、かつ国民の側で判断をするのか。
安保関連3文書の例を取ってみよう。10年ほど前の2015年、「集団的自衛権」の行使に道を開いた安全保障関連法が成立する。この法律に基づき「防衛力の抜本的強化」を目指すことになり、国是でもあった「専守防衛」が空洞化される「敵基地攻撃能力の保有」を認めたのが2024年末の安保関連3文書の岸田内閣下の閣議決定だった。
そして高市内閣は軍事防衛体制の強化を進めるため、安保3文書の改定に取り組み、①防衛費の増額 ②武器輸出制限の大幅緩和 ③「核兵器」の国内持ち込み容認のための非核3原則の見直し、を図る。自民党は4月に向けて、こうした軍事強化の提言をまとめようとしている。
日本の防衛費は長らく国民総生産(GDP)比1%を守る姿勢であったが、トランプ大統領の示唆が働いたものか、政府自民党はこの3文書改定により5年で2%へ軍事予算を引き上げる方針だ。しかも、その引き上げは具体的に現場で必要な経費を積み上げたものではなく、「総額ありき」のつかみ金のような扱い。軍事費は別枠の扱いで予算が増額されていく。
では、この3文書はどうつくられたか。3文書は、長期の国家安全保障戦略、中期の国家防衛戦略、当面の防衛力整備計画から成る。国家安全保障会議、各省庁間、与党内の会議などを終え、「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」を4回開催し、閣議決定された。多くの関係者、専門家、の論議を重ねてはいる。だが、しょせんは専門家の論議にとどまる。役所内などはともあれ、基本的に防衛軍事のプロたちであり、とくに最終段階の有識者に反対論を述べるものなどは出ず、総体として防衛軍事強化の立場の論議になる。外交的、和平的、あるいは平和論者などはほぼいない立場からの結論である。政府は、その論議に関わるメンバー選びについて、反対や異論の論者などは選ばない。このような権威付けのための顔ぶれ、決定過程の非公開主義では、政府・与党サイドの結論になることは目に見えている。
しかも、首相は国論が2分する政策に取り組むという。外交の平和的打開や民間交流による国情の理解増進などの道はない。偽装的な民主主義の政治の舞台は、多数支配が可能である。国民の間の侃々諤々の意見が交わされることもない。下手をすれば、戦乱の道に踏み込むような体制が相次いで準備される。戦前の緊迫を招いた近衛文麿内閣から東条英機内閣へと段階的に激化する危うさが状況を変えつつ迫ってくるようでもある。
軍事体制が進むにつれて、国としての外交も民間交流も薄れ、相手国への憎悪、忌避感覚が国民の間に次第に広がっていく。その兆候はすでに始まっていよう。例えば、高市首相の2025年11月の台湾有事発言である。彼女は明らかに従来の首相発言の域を踏み出して、中国を刺激した。そこに、外交問題にとどまらず、日常生活上の貿易問題、資源の交易阻害、文化交流などの国民間の交流後退などをもたらした。こうした責任を問われるべき彼女は強気に対応することで、その発言を正当化し、日本の強い示威的姿勢を支持する若い層をとらえた。だが、それは不要な対立を招き、緊張だけを増した。このようなケースが繰り返されれば、アジアでの国際関係をマイナスに引きずるだけだ。愚かである。
事前に危機の方向を食い止める措置はないものか。野党の少数化と不勉強な権力追随の姿勢のなかで、1960年代の安保条約改定時のような国民の多様な政治意識と参加の場は、形を変えながらも必要ではないのだろうか。
安全保障の取り組みだけではなく、政府は「有識者」的な会議に下駄を預け、責任を回避しつつ思う方向に向かう手法を用いる。高市氏の減税策の取り組みで、「国民会議」なるものに結論を任せるのも、軍事防衛問題同様の狡猾な手段ではないのか。「国論2分の政策遂行」の裏にある怖さである。
*野党の責任は大きい 衆院選における野党、とくに立憲民主党のだらしなさは目に余る。
小選挙制度の構造的問題もあるにせよ、政府与党に立ち向かう姿勢はすでに政党の資格を失っている。有権者が見捨てるのは当然という一面すら否定できない。
にわか作りの中道改革連合は、前立憲は小選挙区でわずか前議員のみ7、比例区で14の計21議席のみ、前公明は比例区のみに立てて28議席。しかも自民が比例区の候補者を少なく立てていたことで14の議席を他党に譲り、このうち中道が6議席をもらっての49議席(全議席の1割)である。みじめというしかない。ほかに野党らしい野党は、共産4、みらい1に過ぎない。
小沢一郎、岡田克也、枝野幸男、安住淳、海江田万里ら幹部級を落選させた後に、新代表に小川淳也、幹事長に階猛が就任したものの、参院は従来通り立憲、公明党のままだ。このような陣形ではまとまった政党活動は出来まい。公明の地方組織は首長、地方議会では長年密着してきており、一枚岩政党とは言え、立憲とはそう容易に手を組みにくい。
先に1月の「オルタ広場」の拙稿で、中道改革連合の新たな結党、体制作りは先延ばしし、大きな政治的ロマンを打ち出して選挙に臨んでは、と書いたが、立憲、公明の既成勢力の融和は今後も多難だろう。
余計なことながら、これまでも野党第1党には指摘してきた。自民党政治をいたずらに右傾、保守化させず、より多くの国民の納得する政策と政治姿勢に力を入れるためにも、野党の存在は大きい。そのために、対抗しうる政策、将来社会へのありよう、有権者への接近とその方策、党内基盤の成長、国会議員の学習や世情対応策の努力などの必要を書くなどしてきたが、再起する意欲があれば、あらためてひと言述べておきたい。
第一に勉強不足で、国会での質問に新たな角度やニュース性がない。つまり、政府提案などに対して深い内容の質問がなく、新材料を掘り起こす努力やシンパの助言などを収集する努力が乏しい。
第二に、今や政権を取れるわけもないが、少なくともシャドウキャビネットというからには、折々の討議を本格的に続けて、有権者に新たな目を開いてもらい、魅力を感じられるだけの政策を常にアピールすべく、報道機関が取り上げるよう日常的に努力すべきだった。
第三に、有権者への接触が足りない。SNSの時代とはいえ、日と場所を変えながらの「辻立ち」をやり、顔を見せつつ、長期的に目につく活動ぶりをみてもらうことだ。街頭での有権者との議論もあっていい。労組などの組織も大切だろうが、ごく普通の生活者との関係が大切。無駄なようだが、有権者はそのまじめな姿勢を見るうちに名前を覚え、誠実に見える言動に支持を与えるものだ。努力とはそういうもの。ウソも多いSNSなどの機能に頼るだけでは、仮に当選しても政権を期待するほどの思いは生まれない。
第四に、若者を引き寄せる魅力を見せ、活動家を育成し、シンパを構築していくべきだ。資金難という問題はあるが、自民党のようにはいかない以上、やはりカンパ、イベントなどの地道な活動が必要だ。若い人たちに戦争や軍事といった「歴史的には遠くなった話」をしつつ、社会のあるべき、あれかしの将来像を語ってほしい。
第五に、各方面の専門家に食い込むとともに、常にごく一般の人々の抱える課題、壁、難題、夢などに触れる広い視野と機能を育てるべきだろう。政治家としての「学びの場」を作る。そのうえでの国会での活動、議場での質問などの輝きを求めたい。有権者を一過性にとらえるべきではない。
第六に、党内での役割を率先して果たすことは当然として、派閥やグループは自分自身の思いを主張し、判断力を鍛える場として活用し、上意下達のロボットにならないことが望ましい。
第七に、国会や県会議員はもちろん、地元の町村議会に議員を送れるよう、その人選、教育、活動などを支え、先行きの地元組織での支え手として育てること。参政党が地方議員を各地に広げ、支持勢力を伸ばし、それなりの足場を設けたことに学び、公明党との政治的関りをを共にする努力とともに、非創価学会の人材を見つけ、育てる努力が不可欠であることを肝に銘じよう。
(2月17日現在、元朝日新聞政治部長)
(2026.02.20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最新号トップ/掲載号トップ/直前のページへ戻る/ページのトップ/バックナンバー/ 執筆者一覧