【コラム】
酔生夢死

足を食べて延命するタコ

岡田 充


 マスクやフードで顔を隠しながら警察官に連行される15人の男たち。タイのリゾート地パタヤで「不法滞在」容疑で逮捕され、日本に護送された「振り込め詐欺」事件の容疑者。その姿をみて考えたのは、この30年の日本とアジアの関係と、日本社会の現状だった。
 22歳から54歳までの働き盛りが、タイで集団生活しながら日本の高齢者を相手に「詐欺電話」をかけまくる。彼らの中には、バブル崩壊後の就職氷河期を経験した「ロスト・ジェネレーション」(ロスジェネ)もいるにちがいない。

 まず日本とアジアの関係。ちょうど一世代前、彼らの父親たちは、急激な円高が進んだため、製造業の拠点を海外に移転しようと、東南アジアや中国を必死に駆け回っていたはずだ。バブルと円高が重なり、若い女性たちはブランド品を買いあさりに香港やパリ、ニューヨークの高級店に列を作った。彼らの母親の世代だ。
 30年後のいま日本は「世界競争力ランキング」の順位が30位と、前年より5つ順位を下げ過去最低を記録した。国内総生産(GDP)で日本は世界第3位だが、10年後にはインド、ブラジル、インドネシアに抜かれて6位に転落する。アジアでの地盤沈下も鮮明。「アジアの盟主」どころか、今や犯罪の「出稼ぎ」で、アジアに行く時代になった。

 15人をすこし遠景から眺めると。別の風景も見える。パタヤから詐欺電話をかけまくった相手は、おそらく彼らの親たちかその上の世代だろう。容疑者の多くは「多重債務者」で、借金の返済が犯行の動機だという。「ロスジェネ」の約3割は、雇用が不安定で低賃金の非正規労働者とされる。そんな「3割」と15人の姿がダブって見えるのだ。

 中高年の「引きこもり」容疑者が殺傷事件を起こして以来、80代の親が50代の子の面倒をみる「8050(ハチマルゴーマル)」が社会問題化している。
 暴論を承知であえて言う。かなりの蓄えがあり年金で生活できる高齢者から、カネをだまし取り、それを借金返済の一部にする。そんなカネの循環は「不平等な所得と財産を、国に代わって再配分している」ようにもみえるのだ。もちろん彼らを奴隷のように支配している暴力団組織が、「稼ぎ」の上前をピンハネしているのだが。

 加害者と被害者の関係を何に例えればいいのだろう。そう、タコが自分の足を食いながら、生命維持を図っている姿に似ていないか。30年に及ぶ経済低迷の一方で、安定を維持しているようにみえる日本社会。しかし一皮むけば、すべてに内向きで、「自分の足を食べながら生き長らえている」。そんな姿が浮かびあがる。
 「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とおだてられ、欧米の絵画や不動産をジャブジャブと買いまくっていた時代から30年。写真の印画紙のポジとネガのように反転している。

画像の説明

  パタヤで逮捕された15人の容疑者~TBSニュースから

 (共同通信客員論説委員)

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