1.中国・深センから

      『訪日中国人向けアテンド ~お食事編~』   佐藤 美和子
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 日本の原発事故問題がなかなか解決しないこのご時世では、日本を訪問する中
国人出張者や観光客はほとんど居ないかも知れませんが……2月号の『訪日中国
人向けアテンド ~観光編~』に続き、今号はお食事編をお届けしようと思いま
す。

 中国人アテンドの鉄則その一は、「何があっても食事時を外してはならない」
です。
  日本でもよく知られているように、中国では生活の根幹である食事を、それは
大切にします。いかなる理由であれ食事時間が遅れると、子供のように文句を言
う人や、まるでエネルギー切れでもしたかのように反応してくれなくなる人が出
たりします。実はうちの相方も、食事時間が遅れると途端に不機嫌になるのです
が(笑)、中国ではこういう人、多いです。かつて私が中国の工場勤めをしていた
頃、会社の事情で社員の昼食時間が臨時的に1時間遅らされたことがありました。

その日の中国人社員たちはそりゃもう不平たらたら、お昼12時を過ぎると目に見
えてみんなグテ~っと電池が切れたようになってしまい、ほとんど仕事になりま
せんでした。それくらい、食事はきちんきちんと決まった時間にしっかり摂る習
慣を持つ人たちなのです。ほかの何を犠牲にしても、食事時間だけは定刻に確保
すべし!

 中国人は私たち日本人と違い、感情をストレートに表現します。日本人なら、
相手の気持ちを慮って、たとえ口に合わなくても無理して少しでも口にしてみる
努力をするし、まずいと感じてもそれを顔に出さないよう気をつけますよね。で
も、中国人は違います。まずいと思ったらハッキリまずいと言うし、苦手ジャン
ルの食事であれば、いくら勧められても手もつけません。日本人の考える、食べ
物の好き嫌いといったレベルではないのです。鉄則その二、「相手の食べ物の好
みのリサーチは、観光アテンド以上に重要!」です。

 例えば、前に私が通訳を担当したとある訪日中国人の一行は、日本の招聘者か
ら破格に歓待されていました。折角日本に来たのだからと懐石料理に高級寿司、
うどん蕎麦の有名店と、毎食手を替え品を替え、色んなレストランへ案内されて
いました。それなのにその中国人一行、中でも年配者はわずか数日のうちにみる
みるやつれていきました。

 彼ら一行は、内陸部の小さな地方都市出身者でした。同じ中国でも大都市なら
ば、回転すし店がたくさんあって、ちょいと高級目な食事として人気がありま
す。しかし内陸部の地方都市では、まだまだ生モノや冷たい食事を受け付けない
人がいます。生野菜サラダは火が通っていないから食べられない、キンキンに冷
えすぎたビールは腹を下す、暑いだろうからと気を利かせて注文した冷やし中華
やざる蕎麦は温かくないから喉を通らない、会議のあとすぐに食べられるように
と用意されていた幕の内弁当も冷えているからイヤ。

 あまりのやつれようを心配していると、実は日本に来てからこの5日というも
の、ニンニクをひとかけらも口にしていないんだ。申し訳ないが、あなた方が用
意してくれる料理はどれも口に合わない。せめて温かくさえあればなんとか食べ
られるものの、しかしニンニクを食べないことにはパワーが出ない。和食はどれ
も薄味で、油の使用量も少なすぎる。しかも食事の分量も少なくてちっとも食べ
たような気がしないが、なによりニンニクがなければ私たちはますます食が進ま
ない。生でいいから、なんとかニンニクを調達してきてくれないか?

 そう言われて、その場で慌ててスーパーへ走りましたよ!日本では生ニンニク
は胃を悪くすると言いますが、食べ慣れているのか彼らは平気でポリポリ齧りな
がら食事をし、徐々に元気を取り戻してくれました。折角の高級料理も相手の好
みを無視すれば、無駄になってしまうのですね。 ただし、相手が大都市出身者
や若者に高所得者ならば、話はまた違ってきます。

お寿司は当然食べ慣れているし、ピザ屋や和洋(中)折衷のバイキングなどで、
生野菜サラダだっていつも食べています。20年前、四川省の農村からきた大学生
の友人を、当時北京に一店舗だけあったケンタッキーへ案内したところ、彼はフ
ライドチキンをそれは辛そうに食べ、コールスローサラダやバンズ(パン)は結
局手付かずで終わってしまいました。しかし今ではマクドナルドやケンタッキー
に、年配者の姿だって珍しくありません。実は彼らもこういう洋食が好きという
訳ではないのですが、孫が喜ぶので付き合ううちに、だんだん食べ慣れてきてし
まうのだそうです。

 しかし農村部では、ラーメンなら一杯3元(約40円)前後で食べられるとこ
ろ、マクドナルドのセットメニューは20元(約260円)以上。都市部では、小学
生が学校帰りに寄り道して友達とハンバーガーを食べていたりしますが、低所得
層だといまだにハンバーガーを口にしたことがない人もたくさんいます。都会で
はスターバックスコーヒー店で席を確保するのが一苦労なほど大人気なのに、農
村部ではコーヒーは苦いといって受けいれられない。都市部では日本よりずいぶ
ん割高な価格設定のハーゲンダッツだって普及しているのに、田舎ではアイスク
リームは体を冷やすから体に悪いと食べない人もいる。そんなふうに、中国は土
地によって、経済格差も食文化格差もどんどん広がる一方なのです。

 食文化の差異が激しいと言われても、アテンドする方は一体どんな料理なら大
丈夫なのか、困りますよね。そこで、出身地や年代を問わず、大抵の中国人にウ
ケがよいものを二つばかりご紹介しましょう。

 一つ目は、焼肉です。日本の焼肉は、まずその柔らかい肉質にとても驚かれま
す。中国の牛肉はなぜか独特の臭みがある上に、筋張っていたり硬かったりする
からです。濃厚な味付けのタレやニンニクを使うところも、中国人の好みにドン
ピシャ。辛いもの好きな人も多いので、さらにラー油や唐辛子を別途持参してお
くと完璧です。ぜひ、一度は焼肉店への案内を加えてみてください。

 そして二つ目は、『王将の餃子』です。いくら和食を食べ慣れている人でも、
やはり油ッ気の少ない和食が続くと調子が悪くなってきます。そんな時、間に中
華料理を入れてあげると喜ばれるのですが、店の選択を誤ると効果がありません。
本場の味を謳っているような店だといいのですが、高級な中華料理店は得てして
日本人の味覚に合わせてあることが多い。また、分量も中国のようにドーンと豪
快に!という店も少ないですよね。そういうレストランではいくら中華と銘打っ
ていても、彼らにはお国で普段食べているものとはまったく別物に感じてしまう
ようです。

 その点王将の餃子ならば、庶民的で気兼ねが不要で、味が濃厚でニンニクもた
っぷりで、ほっと一息つけるのだそうです。実は、中国で一般的に食べられる餃
子といえば水餃子(茹で餃子)であって、鍋貼と呼ばれる焼き餃子は食べ残した
水餃子を翌日焼きなおして食べる、残りもの的な意味合いがあります。それでも
熱々の料理に威勢の良い店員、熱気溢れる賑やかな店内といった中国のレストラ
ンに通じる雰囲気が、高級中華よりも彼らを喜ばせるようです。アテンド中の相
手がなんだか元気がないな?と思ったら、病院や薬局ではなくまず王将へどうぞ
(笑)。

 またこれは食事ではないですが、中国人は大のフルーツ好き。普段から食後や
オヤツにと、毎日のように食べています。日本滞在中は果物を食べる機会が減っ
てしまうため、食後のデザートにはケーキやアイスクリームなどのスイーツ系よ
り、果物のほうが喜ばれるでしょう。年配者は特に、(あれだけ油を使う料理は
大好きなのに?)ケーキのクリームはその油分のせいで胃がもたれると言って、
あまり好みません。

 より美味しくより甘くと品種改良が重ねられている日本の果物は、中国のもの
より甘かったり美味しかったりします。特に、日本の桃を気に入る人が多いです
ね。中国の桃は固くてゴリゴリシャクシャクした食感、甘みも物足りないので、
日本の大きくて甘くて柔らかい桃に驚かれること請け合いです。ま、お値段にも
驚かれること請け合いですがね……。

 そして最後に。中国には、食事などおもてなしのお礼を、後日改めて述べると
いう習慣はありません。その場で一度、感謝の意を表せば充分です。逆に後日お
礼を述べたなら、暗に「またご馳走してほしい」と催促していることになるのだ
そうです。そのことを知らない日本人は、ずいぶんご馳走したのにお礼の言葉も
ないと不満に思いがち。また日本人のお礼文化を知らない中国人は、ずいぶん前
の食事のお礼をまた述べてくる日本人の意図って一体なんなのだ?といぶかしむ
羽目になります。

 かつては我々日本人が中国を訪問するばかりで、食文化を含む文化交流も同じ
く一方的でした。近年、日本を訪問する中国人が劇的に増え、中国国内でも日本
の食文化がどんどん受け入れられ始め、これからは中国人も徐々に日本の文化へ
の理解を深めていくのだろうと思っていました。けれど今回の大震災や原発事故
で訪日中国人は激減し、こちらでも放射能汚染を恐れるあまり、日本からの輸入
食品や日本料理屋が敬遠されつつあります。どうか大震災や原発事故が、やっと
芽生えた気運を押しつぶしてしまいませんように……。 
  
      (筆者は中国・深セン在住・日本語教師)

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