【コラム】宗教・民族から見た同時代世界
見えてきた新ローマ教皇レオ14世の立ち位置
プレボスト枢機卿って「誰?」といわれながら昨年5月のコンクラーベ(ローマ教皇選挙)に登場し、一躍、米国人としては初のローマ教皇に選ばれたレオ14世の立ち位置が、就任後10カ月を経て、明らかになってきている。
前任のフランシスコ教皇が飾らぬ人柄でリベラルな路線を大胆に展開し、衆目を集めたあとだけに、地味な感じは拭えないが、筋はしっかり通っているようだ。
この3カ月ほどの動きと発言を、いくつか振り返ってみよう。
◆前任者譲りのリベラル志向
昨年11月には、トルコを訪問し、世界遺産のブルーモスクを訪れている。ここは、3代前の教皇ヨハネ・パウロ2世以来、先々代のベネディクト16世、先代のフランシスコも訪れていて、世界宗教の一翼を担うリーダーとしてイスラムとも積極的に対話する姿勢を示すものであろう。
同国西部で折から開催された、東方正教会やプロテスタントなどキリスト教各派の指導者も参加するニカイア公会議1700周年記念式典に出席したレオ14世は、世界に蔓延する、宗教を利用して戦争や暴力、狂信を正当化する行為を非難し、民族、国籍、宗教、個人の属性や見解を超えて他者と対話、協力するよう強く訴えた。
クリスマスには、恒例のサンピエトロ広場での教皇の演説に、レオ14世が初めて登壇した。
教皇は、イエス・キリストの誕生の物語は、神が世界の人々の間に「壊れやすいテントを張った」ことを示していると述べ、「であれば、どうして、雨と風と寒さに何週間もさらされているガザのテントのことを思わずにいられるだろうか」と、パレスチナの状況に話を向け、住民の惨状を嘆いた。次いで、ウクライナで続く戦争について、ウクライナとロシアが戦争終結に向けて直接対話する「勇気」を見いだすよう訴えた。
国境地域で死者を出しているタイとカンボジアの衝突にも触れ、「古くからの友情」を回復させ和解と平和に向けて努力するよう訴えた。さらに故郷を離れ欧州や米国を目指す難民や移民への思いやりを求め、とくに米国については、米国に住む外国人は政権から「極めて無礼な」扱いを受けていると述べ、トランプ大統領の強硬な反移民政策をあらためて批判した。
米国では国民の5人に1人がカトリック教徒とされ、政治的にも一定の影響力がある。政権内でも、バンス副大統領やルビオ国務長官、ホーマン国境問題担当長官らがカトリック教徒だ。その米国カトリック界は、いま、トランプの移民政策を巡って深刻な分断状態にある。
教皇に近い米国カトリック司教協議会(USCCB)は11月に「無差別な集団国外追放に反対」し「非人間的な言説や暴力がなくなることを祈る」との特別メッセージを発表した。片や、政権内カトリック教徒など保守派は、教皇などの発言を真っ向非難し、「教皇はどうすれば天国に行けるのかを教えればよい」「彼に政治に対する権限はない。自分の役割を守るべきだ」と攻撃する。
巷でも、保守派が移民税関捜査局(ICE)の収容所前でのミサを妨害したり、それに対してリベラル派の教会が「イエスは難民だった」とキャンペーンを張るなどの対立が広がっている。
◆ミレニアル世代の新聖人が誕生
ノーベル平和賞を受賞したベネズエラの野党指導者マチャド氏が、「ノーベル賞は他者に譲渡できない」とのノーベル委員会の指摘を尻目に、トランプ大統領の歓心を買おうと、彼に平和賞のメダルを贈った。トランプ氏は大満悦で受け取ったが、マチャド氏は無視されたまま、ベネズエラ統治はトランプ氏の思惑どおりロドリゲス暫定大統領を軸に、という、笑いにもならぬ珍事が、1月にあった。その数日前、マチャド氏はバチカンにレオ14世を訪ねている。だが、レオ教皇が何を語ったかは、伝えられていない。
さて、世界に向けての社会的発言ばかりが教皇レオ14世の姿ではあるまい。もう少しパーソナルな側面に寄ってみよう。
11月にあった映画関係者との対談で明かされたところによると、レオ14世が好きな映画は、フランク・キャプラ監督の「素晴らしき哉、人生!」(1946年)、ロバート・ワイズ監督のミュージカル映画「サウンド・オブ・ミュージック」(1965年)、ロベルト・ベニーニ監督作品「ライフ・イズ・ビューティフル」(1997年)などだそうだ。因みに、後の2本はナチスがらみである。
もう一つ、「おや!?」というエピソードを付け加えておこう。昨年9月、教皇は、15歳で死去した少年を「聖人」に認定した。ロンドン生まれのイタリア人、カルロ・アクティスくんである。ゲーム好きのコンピューター少年で、生前、得意のプログラミング技術を活かしてカトリックの信仰を広めるウェブサイトを開設した。そのサイトが注目され、「神のインフルエンサー」と呼ばれたりしていた。
「聖人」は、15世紀の英国との戦いでフランスを救ったジャンヌ・ダルクや東洋にキリスト教を広めたフランシスコ・ザビエル、インドで貧しい人たちの救済に尽くした修道女マザー・テレサ、あるいは豊臣秀吉の禁教によって長崎で殉教した「日本二十六聖人」のような、信者の特別な崇敬の対象となる殉教者や、生涯をかけて信仰を貫いた者が対象なのだが、なんと、15歳のコンピューター少年を、新聖人に叙したのである。
カトリック信仰に新しい次元を拓こうとの意図からであろう。合理的世界と非合理の世界、その間を行き来しながら、信仰と現実との適合に心を砕いているらしい、教皇レオ14世である。
(2026.02.26)
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