■編集後記

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◎34号の編集が終わり、いざ発信というとき、「北」による核実験の報道があっ
た。編集部としての緊急発言を巻頭に載せ私たちの意思を表明することにした。

◎5年におよぶ小泉劇場内閣は安倍政権に交代した。「オルタ」の先号では帝京
大羽原清雅教授によって安倍政権登場の背景をなす政治風土についての的確な
分析がなされたと思う。今月号では私たちの国民生活がどのような課題に直面
しているか地方自治の視点から地方の現場を踏まえた3人の方で《特集:再考・
地方の時代》を考察した。

◎森田桂司氏は八尾市助役を勤めるなど40数年間自治体職員として地方行政の
第一線に立ち、現在は自治体学会の代表委員を務めるなど豊富な行政実務経験
の持ち主である。その現場体験から政官業癒着の閉塞状況を打破するには分権
の徹底による真の構造改革を実現し、究極的には民主的な地方政府の樹立を目
指す以外に途はなく、そこにこそ日本の民主主義の未来が託されるという。

◎北海道・夕張市の財政破綻は全国ニュースになり、多くの国民が知ることに
なった。しかし、それがどのような事情によったのか。実情はどうなのかとい
うところまでは知られてはいない。これについて旭川市の南忠男氏にその実態
を解明していただいた。急激に進む過疎化は人々から暮らしを奪い、町や村を
壊し、国土を確実に荒廃させている。「美しい国」どころではなく、このまま
格差社会を放置すれば、まさに「国のかたち」が壊れてしまいかねないのである。

◎1975年、当時、横浜国大経済学部長で構造改革派の経済学者として高名だっ
た長洲一二氏が神奈川県知事に当選し、高らかに「地方の時代」の幕明けを告
げたとき、多くの人々は半信半疑であった。しかし同氏が分かりやすい語り口
で分権・自治の重要性を説きつづけたとき、その行政実績とともに多くの国民
は納得していった。まさに鮮烈な政治的メッセージを全国に発信したのである。
その長洲知事を副知事として支えたのが久保孝雄氏である。自らも経済学の学
徒であったその久保氏がこのほど『知事と補佐官』を上梓された。
それこそ輝ける「革新知事」の裏方として献身された貴重な記録は一巻の政
治絵巻である。これを「『長洲自治体政権』から学ぶもの」として書評という
形をとって元東京都会議員で自らも構造改革派の論客であった棚橋泰助氏に
今日的課題として論じていただいた。

◎一極集中が進む東京での問題を明らかにしたのが「浜田山・三井グランド環
境権訴訟」である。巨大資本と行政が癒着したとき市民の生活環境は確実に
破壊され、都市は無秩序なコンクリートジャングルと化し、二度と甦ること
はない。「オルタ」編集部は、これに反対して立ち上がった市民による法廷闘
争を弁護団長の斉藤暁弁護士のご協力を得て、長い間、公害研究会代表とし
て雑誌『環境破壊』を主宰するなどし、数々の住民運動にかかわり、全国の
公害反対運動に詳しい仲井富氏にレポートをお願いした。なお、訴訟原文の
抜粋を資料として添付した。

◎小泉内閣はいくつかの「負の遺産」を残した。その最たるものは日本に「格
差社会」を作り上げたことであろう。巧妙に練り上げられた政治的パホーマ
ンスに熱狂した国民はやがて大きな代償を払うことになるのだろうが、そも
そも「格差」と「不平等」とは同じなのか、どう違うのか。「敗戦」を「終戦」、
「退却」を「撤退」と言い換えて万事あいまいにし、厳しい現実から目をそ
らさせるのは日本の支配者の常套手段なのではないか。と西村徹先生が「格
差を考える」で問題を投げかけられている。いつもながら文学者の鋭い考察
には耳を傾けざるをえない。特に政治家の人々には是非読んで心して貰いた
いと思う。

ことのついでに、いささか文学的情緒には欠けるが、西村説を裏付ける「日
本の格差社会」を国際水準で比べる数字を並べて見る。(岩波新書橘木俊詔著
「格差社会」より)
 社会の不平等度を測るのに使われるジニ係数が日本では1981年の0.314から
2002年の0.384と大幅に悪化していることは比較的知られているがこれを国際
水準で見るとOECD24カ国中不平等度の低い方から15番目で(1)平等性の高い国
(北欧諸国)(2)中程度の国(ドイツ・フランスなどヨーロッパの大国)
(3)不平等性の高い国(アメリカ・イギリス・イタリアなど)日本はなんとこの
(3)グループに入るのである。
  
 さらに分かりやすい相対的貧困率では、実に先進国中第三位である。1位メキ
シコ2位アメリカ3位トルコ4位アイルランド5位日本だが先進国ということでは
3位になる。デンマークは26位で最優良である。日本の貧困率は世界にその富を
誇るアメリカとまさに肩を並べる。1億総中流どころか小泉=竹中ラインが推
し進めた「新自由主義」経済政策が日本をアメリカ・イギリス型格差是認社会
に近づけたのは云うまでもない。こういう日本は誇るべき社会なのか。
「美しい日本」なのか。小泉路線を継承発展させるという安倍首相に問いたい。
「再チャレンジ」などという前に、まず、国際的に見ても異様に低い日本の最
低賃金額を引き上げるべきではないか。これを声高に要求しないとすれば連合
など労組も同罪であろう。

◎富田昌宏氏からは彼が尊敬する日本における青年団運動の父、田沢義鋪の再
評価論がよせられた。あらためてその不屈な足跡には私たちも敬意を表したい。
【人と思想】ということで今月号に引き続き「オルタ」の次号では戦時中に田
沢義鋪が後藤文夫と組んで軍部の暴走を喰いとめようと工作した秘話に現代の
視点からあらためて光を当てることになっている。

◎初岡昌一郎氏の連載「回想のライブラリー」への反響は何回か紹介したが今
月は今井正敏氏から「オルタのこだま」に高い評価が寄せられた。

◎佐藤美和子さんの生き生きとした「中国人の日本観・日本人感」は人間臭さ
が伝わってきて愉しいが、同時に中国人社会が短時日の間に急速に変化して
行く様子がよく読み取れる。高沢英子さんの随想はまさに健筆家の女性なら
ではの視点から社会的な広がりを持ったテーマがとりあげられ、読みながら
男性としての視野でしか世界を見つめていない自分を反省し勉強させられて
いる。早くも、お二人の連載効果か、気のせいか女性からの「オルタ」購読
申込が増えてきたように思う。

(編集部 加藤宣幸 記)     
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