【コラム】大原雄の『流儀』
私論・マイ「メディア史」(4)
★★ 国立劇場の閉場、2年
なんでも、語り合う。「流儀族」。
ニュースでは、大きく取り上げられないが、日本の伝統芸能の関係者には、大変な大問題が起きている。これだ!
国立劇場が閉場してから、ざっと、2年が経つ。東京から見ても、日本列島から見ても、歌舞伎座に並び、歌舞伎の殿堂と言える劇場が国立劇場であった。さらに、国立劇場は、東京の人形浄瑠璃(文楽)の常打ち劇場であったのだ。
2年前に国立劇場が長期間、閉場するとあって、私も閉場式を観に行ったものだ。民間資金を活用する再整備計画であると派手な 前宣伝をしていた。主だった歌舞伎役者もずらりと顔見せをしていた。新しい国立劇場は、建物の下層階はゆったりした歌舞伎の大殿堂空間を生み出し、上層階は、地方から詰めかけてくる歌舞伎ファンの、いわば定宿的なホテルとなり、安定した収入を確保する、演劇のユートピアにでも生まれ変わりそうな勢いだったように記憶が残っているが、違うかな。
最近は、私の記憶術も、部品が手入れ不良で、具合が悪くなっているような気配があり、信用ならないから困ったものだ。
ところが、最近では国立劇場の話題をトンと聴いたり、見かけたりしないものだから、何か変だなあ、と思っていた。私の方も我が身の周辺で日本ペンの活動の活発化に伴い、多事多忙の日々を送っていたら、そうだ、一年前頃にも、国立劇場の再整備が、入札が不調に終わって、モタモタしているような情報が入り、調べてみたら、杞憂どころか、実際の趨勢らしい、ということだった。国の伝統芸術の劇場の有り様を、それほど、ぞんざいにする政治家ばかりではなかろうと、高をくくっていたら、国立劇場再整備計画は、二度目の入札も不調に終わってしまったというではないか。
それどころか、この後も再開発の道筋さえ立たずに消えてしまうかもしれないという不安感が、私の胸中にも広がってきたというわけだ。
★ 訂正して、おわびします(特別版)
▼(7月)29日付国際面「北朝鮮 李政権との対話拒否」の記事で、金与正朝鮮労働党副部長の名前を1カ所予正氏」と誤りました」。
と朝日新聞社は、説明しています。
判りますか。29日付朝日新聞の記事です。
29日の記事を見ると、何を訂正したか、誤字を直したのだから、何を誤ったかは、良く判ります。誤字に気が付かなかったことは、「誤りました」というわけですね。しかし、日朝の対話拒否の根源は、判りませんね。
最近の朝日新聞は、落ち着きがない、ような気がする。訂正とおわびは、その落ち着きのなさを示す、バロメータのような気がするが、このところ、システム上のケアレスミスのような訂正が、目立ち過ぎるのではないか。
★★★ 「土曜の夕刊 本日をもって休止します」
休刊日は、馴染みがないわけではないが、休止日って、聞きなれないなあ、と思った。
新聞社は何回か、予告をしたのだろう。でも、普通の新聞読者は、新聞なんて、見出しの文字に目をざあっと通したら、読み捨てにしてしまうのではないか。私なども、メディアと新聞紙との読み比べの連載をしているので、細かなところまで読んでいるが、そうでなければ、読まなかった、と思うなあ。
休止のお知らせや新しい紙面のピーアールなどは、当該新聞紙を読んでみてください。いろいろなことが書かれてていますから。
そうか、朝日新聞は、土曜日には、その日の夕刊は、読めなくなったのだ。
休止する『土曜の夕刊』は、8月2日をもって休止をしました。というわけだ。
次の、土曜日、8月2日は、朝日新聞夕刊が、「休止」、止めて、休むって、ことか。いや。なんなのだろうか。いや、「急死」した日、ということ なのか。
休止って、なんだろう。休刊と休止、何が違うのか。
★★ 無くなって、初めて判る夕刊紙
という、無名氏の句(いや、自作、駄作)を思い浮かべたが、「夕刊紙」が、いつの日か、「朝日紙」に、差し代わっても、私は驚かないだろうと思う。なぜなら、朝日の紙面から、このところ、日々、狼煙(のろし)が上がっているように見えるからだ。
ということか。
疑問が解消するまで追いかけるのが、ジャーナリストなら、これでは、i追及が足りない。
★★★ 参院選は、与党も野党も、「見通せない」
「取材を続けていて、先の展開が読めないなんて、本来ならば記者失格ですよ」。
と、若い頃なら、先輩記者たち、先輩デスクたちに叱られましたよ。
昔の先輩たちは、皆さん怖かったですからね。?
★★★ 社告を見れば、全てが「見通せる」。
朝日新聞は、あす2日から土曜日の夕刊を休止します。
(略)
新聞をご購読の方は追加料金なしでご利用いただけます。
社内では、追加料金の有無を巡って、議論があったのだろうな。
社告の中の、大見出し。
「引越し 夕刊変わります 新コーナー」。
そうかな?
これまでの印象まとめてみても、変わり映えしないぞ!
★★★ 一、二、三、反対党
日本の政治は、今、おかしくはないですか。
社会の有り様を問題提起する小党が潰されようとしている、と思えば、論理矛盾なことを言葉のリズムに乗って、言葉遊びするだけの小党が、ホップ・ステップ・ジャンプをさせてしまう。いや、いや。こっちの方が、存在感があるのでは、ないかい!?
なんでも、反対党。なんでも、賛成党。
さて、今回は、・・・
★★ 流行のワケ 迫ります。
ならば、
一、二、三、四の、三四郎。
私たちは、漱石に期待したい。
★ 明治は、遠く、なりにけり。
もう、「古希」どころか、◯寿」に近い私は、大衆社会時代の一般の有権者の一人に過ぎない。
清き一票で、誰に、何を託すのか?
毎回悩む。悩んだ末に、投票台の前に立ち塞がり、挙げ句の果てに、投票箱に白票を投じてきたこともあった。それでも票の持ち帰りは、したことがない。投票所には、可能な限り、足を運んだ。今では、期日前投票を利用している。
地元の選挙管理委員会を通じて、今年(2025年、7月20日)参院選の「投票立会人」という業務委託を依頼された。
どういう業務かって?
投票日の7月20日の日曜日には、午前7時前から午後8時まで、途中、短い休憩を何度か挟みながら、市役所の職員たちとおよそ12時間以上投票場所の部屋の中で有権者の投票行為の、ルール違反、間違いなどをチェックしたり、手助けをしたりする仕事をしたのだ。間に、コンビニ弁当を2回食わされた。透明なプラスチックの弁当箱にフライなど油をたくさん使ったような痕跡のあるオカズが半分ほど入っている。カップに入った味噌汁なども添えられている。年寄りには、あまり、歓迎しにくい食材の弁当だった。夕食も似たようなメニュー。日常生活では、若い人のような食材を高齢者はこのまない。
立会人は、一般市民でも2人体制で組む。今朝顔を合わせたのが、初対面という組み合わせ。交互に休憩するが、その間は、1人体制。投票所の中で、投票箱が改められる。箱が開けられ、中に何も入っていないことが関係者全員で確認される。箱に複数の鍵がかけられる。箱は、有権者の投票ルートごとに定位置に戻される。
さて、投票場所に、外から、有権者がゆっくり、一人ずつ入場してくる。早朝から長い列を作って、待っていた熱心な有権者の人たちだ。これから午後8時、夜暗くなるまで、長丁場のある意味では、手遊(すさ)びな時間が始まりとなる。
今回の参院選は、有権者に関心が高そうだ。特に批判者は、若い人が多いかもしれない。
高い物価が若いご夫婦の消費生活を圧迫している。アメリカの、トランプ政権の強引な政策実施には、皆怒りまくっているのではないか。アメリカの経済的な苦痛は、太平洋を飛び越え、日本を襲って来ている。高い関税問題も堪らない。トランプ政権の脅し文句に泣き寝入りはできない。氷河期をいつまでもいつまでも、歩かせるつもりか。若い人たちが怒っている様子が、投票所を見守っているだけでも判るから、おもしろいものだ。
私も、若い現役記者時代、つまり、行政相手に実際の取材をする記者時代には、「票読み」という情報整理を事前にいろいろ準備をして、選挙取材に対応したものだっただけに懐かしい。
企業秘密の調査法もあるので、一般市民の皆さんに全ては触れられないが、概略を述べてみたい。当時は、有権者の投票行為を予想するために、マスメディアは、主に二つの調査をした。
① 世論調査。年齢、職業、性別、所得などを事前に調査
② 選挙情勢調査。候補者に関する様々な取材の成果。記者の命に相当する情勢メモ
一つは、世論調査であったが、NHK の場合は、独自の世論調査所を持っていたので、記者や報道番組出身のベテラン職員が、その後、研鑽を通じて身につけて来た世論調査の計算式に従って、候補者別の得票予測を打ち出す。
これを元に選挙情報の取材を重ねて来た複数の記者たちが、それぞれの選挙の陣営のスタッフの立場に立っているかのように政治的な状況だけでなく、社会状況や経済状況、人間関係などなどを総合的に検討する。その選挙区の有権者なれば、こういう投票行為をするだろうという最終的なストーリーというか、シナリオのようなものを選挙区の投票率、候補者別の得票率など統計学的な数式に基づいて予想し、報告書を書き上げることになる。当時は、選挙用のコンピュータも少なく、ギリギリの最終予想などをするときなどに活用できる程度だった。
例えば、今回の参院選で言えば、トランプ大統領が固執した関税問題が、アメリカの外交問題として日本の選挙結果に直接影響していただろうから、これをどこまで見込めているかは、大きな選挙の論点となっていることだろう。トランプ氏の様々な言動も、ファクトもフェイクもごちゃ混ぜで票読みの大きな柱立てとして、目の前に立ちはだかっている。
今回の参院選問題が、乗り越えなければならない第二の大問題の一つは、勿論、日米の防衛費増額問題を下準備を重ねる中で隠していないか、という疑問、というか、当然の問題意識を感じなければ、ならないということだろう。つまり、記者の取材メモこそが、選挙という政治の現場ノートであろう。今回の場合、隠されている日・米の防衛費問題取材である。
事前の投票予測だった票読みは、今では、投票所周辺で実施される出口調査に変わられていることだろう。投票を終えて、口が軽く、気持ちも軽くなっている有権者にカメラを向けるという行為である。報道のカメラは、有権者の顔つき、表情、言動なども掬い取る。
例えばの、話。
25年7月に実施された参院選(参議院議員選挙、参議院選挙、参議院選、参院選挙、あるいは参院選などと表記されるが、メディアの表記は、参院にしろ衆院にしろ、要するに字数が多過ぎるから短縮しているのであろうと思われる。象徴的に言うならば、「選挙」の選は、泥水を掛けられても、政治家は、手を離さないだろうが、「義」に通じる「議」は、熟議の真相を隠し通してでも、政治家は、有権者には見せはしないのではないか。
今回の問題点は、国会民主主義の重要な論点を晒すべき選挙が国民から国会論議を隠している、という点にあるということだろう。結果として、これは、具体的には、政治資金の裏金処理問題。政権与党は政権与党に都合が悪い論点を与党が隠すなら、野党が問題点を精鋭化させるように闘って見せれば良いのではないか。国民に何が論点かを判りやすく説明して見せられるかどうかは、現代の野党の弁論術の基本ではないのか。情報の取材術の基本ではないか。そういう戦術を野党が組み立てれば良いのではないか。
しかし、いうは易く、行うは難しで、これがなかなか一筋縄では、結果が出てこないんですね。
朝日新聞7月13日付朝刊一面記事の見出しが弱い。選挙の結果は、7月20日、明らかになった。元々の記事は、次のようなものだったという。
防衛費の増額について会談(日米当局者の会議)で言及しないで欲しい。
6月上旬、日本政府の当局者は、アメリカ政府の当局者にそう伝えた、という。
会談の下準備を重ねる中で日米両方の当局者が、話し合った、という。
その日本側の結論が、議論の方向性については、アメリカの言いなり(本当かどうか?)になるから、日本国民には知られないように協力してほしいというものらしいから、呆れるし、驚かされる、ではないか!?
政権維持のみを求める与党は、どっちを向いて政治をしているのか?少なくとも、国民ファースト、有権者ファーストではないだろう。
★★ 日本のGDPに比較される、防衛費の大雑把な傾向
第二次世界大戦の後、いわゆる、戦後の時代、日本の防衛費は吉田茂元首相時代以降、概ね、GDP1%の枠内が、日本の防衛費のガイドラインだった。非武装の平和国家らしく。
岸田文雄前首相の時代になって、アメリカの後押しで、 日本の防衛費の見直し機運が高まって来た、というわけだ。
2027年度の予算案ではは、ほぼ 2% 倍増へ
さらに、強引な、ゴーイングマイウエイのアメリカのトランプ流に押されて、「ファースト主義」が、当たり前のように蔓延しているではないか?
倍々ゲーム的に、増え始め、高いトランプ関税並で、
今後、防衛費も、高止まりか、あるいは、右肩上がりが続くか。
3・5%は、三段跳び、なんてごめんだぜ。
この記事の一面での見出しは、以下の通り。
★★ 見出しは、防衛費増額 会談で言わないで」
だった。
確かに、弱い見出しだったなあ。やはり、見通せないか?
参院選最中なら、政権与党として不利になる情報の表沙汰(暴露)は、まずいが、参院選さえ、潜り抜けられれば、
(略)
「必ず自国の判断として防衛力を大幅に強化する」。日本側はそう言って(アメリカの)説得を試みた」という。
★★ 大学時代と就職試験受験へ
あの頃の、マスコミ就職試験の方式は、次のようなものであった。
このコラム「大原雄の『流儀』」は、タイトルにあるように、私の勝手流の連載スタイルで書き進んで行こうとしていることを改めて宣言しておきたいので、ご寛容にお願いしたい。
もう、現役の報道マンを辞めて、フリーのジャーナリストとしてボランティアで活動している。早速、中途半端なタイミングであれ、宣言したい。年齢が年齢だ、喋れるうちに喋ったり、書いたりしておこう、と思う。
若い人たちに遺す財産の残余があれば、その資金で、「ジャーナリズムの証言集」のような全集を刊行してもらえたら、これに過ぎる喜びはない。核が兵器として使われる時代が来れば、ジャーナリズムは、死ぬ。
早稲田大学では、学部時代は、第一政経学部政治学科で勉強していて、政治思想史のゼミ(藤原保信教授)で、政治思想史を英語の原書を講読し、学友たちと研究し合った。
藤原さん(その頃、私たちは、へそ曲りと生意気盛りが、横並び、つまり、同居する世代であったから、ゼミの指導教員を「さん」づけで、呼んでいた。
大学の学部では、2年生までは、語学(私の場合は、英語とドイツ語)を講師の先生から学んでいたが、語学の授業は、時間数が足らず、適当に教室に出て、購読して、原語を訳して、担当教員から点数をつけられて、教員の持つ手帳に成績が記録される、というようなシステムだったので、まあ、教室に出る日には、それなりに予習・復習をして、教室に出ている間は教員の発音を学んだりしていれば、定期的な原語講読のテストにも合格し、「優」を取ることは、それほど難しいことではなかった。しかし、これでは、客観的に語学ができるというレベルには、達しないことも、紛れもない自覚であったことも確かだ。私は、早稲田大学の学部生活などしか体験していないので、偏った、というか、限定された、というか、そういう限られた情報を元にして、この連載コラムを書いていることを最初にお知らせしておきたい。
学部の1年生から2年生までの2年間は、私の印象では、高校(気分を引き継ぐ)「4年生時代」と大学「1年・2年生」を繋ぐ、いわば、結節・青春真っ盛りの時代で、青春期の人生の中でも、「純正青春」ともいうべき1年間であったと思われる。
政治学専攻ながら、教養課程では、文学概論で、文芸評論家の平野謙のご高説を聞いたり、ドイツ語の講読では、美術評論家の坂崎乙郎と同じテキストを読み込んだりしていた。
★★ 中学生の夢だった新聞記者になるか、ならぬか
さて、回転軸も狂って、頃(ころ)は、私の中学生の時代。1960年代か?
プロ野球のナイター試合中継(巨人対◯◯)が、雨天休止の裏番組として放送されたテレビドラマ「地方記者」シリーズを観て、地方記者に憧れ、新聞記者(今、思い出せば、広い意味での「ジャーナリスト」というイメージだった、と思う)になりたいと思った、ということだったのだろう。
学部時代の入社試験では、代表的な全国紙である新聞社を就職先として、的に据え、入社試験に臨んでいた。当時は、もう、ハッキリ覚えていないが、新聞の時事用語をきちんと読んでおくことと語学力を磨いておくことぐらいが、マスコミの就職試験のための準備であったか、と思われる。語学や専門書の読み込みは、要するに、役員面接で、うまく受け答えができれば、先ず、内定がもらえたのではないか。まあ、それは私の側の勝手な思い込みだから、気にしなくても良い、と思う。早稲田大学政治経済学部には、政治学科や経済学科のほかに新聞学科、自治行政学科という専攻学科があり、専攻を特化させた学科では、同じ学部ながら、互いに内定者の数を競い合わせていたような向きもあったかもしれないが、新聞社によっては、新聞学科のような学科よりも、きちんと専門学部の勉強をして来た学生が試されるのではないかと言われており、私も専門学専攻優先派であり、英語やドイツ語の政治学の原書解読に取り組むことを優先としていた、と思う。
当時の新聞社やテレビ局(NHK や民放などテレビ、ラジオの各局)、大手通信社、大手出版社などを2つのグループに分けて、「学校推薦」と称して、どちらかのグループの一方しか受験できないようにしていた。
さて、私は、全国紙の大手新聞社を筆頭とするグループから東京・有楽町に本社のある新聞社を選び受験をした。早稲田大学だけでも400人とか、何百人かが受験するという。
この大手新聞社などでは新聞社が早稲田大学周辺の予備校の大教室を借りて筆記試験を実施した。試験問題は、語学、時事問題、作文などであった。ある大手新聞社などでは、当時は、まだ珍しかった、グループ面接を役員の前で数人でやらせて、誰が会議の進行や、議論の方向性作りのリーダシップをとって、会議をまとめて行くかなど、ああ、帰趨を見ているな、ということがわかったものだった。
なぜか、私は筆記試験に合格し、次は、大阪本社で予定されている役員面接に参加して欲しいということになった。そして、ある日、新幹線に乗り込んで、指定された大阪本社の会議室の椅子に座らされた。しかし、これまでと違って、何か、対話が弾まない感じがしたものだ。結果とその後の対応については、後述するということにしよう。
「流儀」を持ち出して、時代を逆流した私の「『流儀』だ。
参院選挙の結果報告は、『オルタ広場』の読者の方が、当然、早い。メディアでは、インターネット経由の方が早い。こちらの手段は、記事の切り口の巧みさしか、秘術はない。
★★ 参院選総括は、勝者なし
大原雄流に書きたいので、引き続き、私自身はタイムマシンに乗って、時空を行ったり来たりするしかないだろう。
参院選の政権与党の、自公は、簡単に書くと、非改選の議席を含めて、過半数に届かなかった。
その分、増えたのが参政党という、右翼色の強いポピュリズム系の政党である参政党である。
私見では、参政党は、情緒的な政党で、30歳代の情緒的なセンスを代弁していた。
ようにおもわれる。大衆社会状況の中で、30歳代が、暴走した、というのが私の参政党に対する印象である。
★★ 一、二、三の、参政党
この「小」政党は、今回の参院選「比例区」で、立憲民主よりも集票能力があった。
その主張は、自民支持層だけでなく、手取りを増やしたいという即物派の政治意識を代弁して、国民民主支持層(の票を食った。)国民民主の支持層をも動かしたように思える。こうした新しい保守層が、日本人ファーストという意味不明な感じがする旗印の下に新興政党の支持者や、従来、政治的に無関心だった支持層まで、惹きつけたと言えるようだ。なんとも、 不気味な社会が、きたものだ。
★ ★ 四、五の、言わずに、サンセイトウ
立憲民主党、国民民主党の、総括である。これに加えて、リーダーが事実上抜けた自公の残骸を利用して、擬似政権を構築したと言えるのではないか。だが、自公も見通せない。
とは、いうものの、野党側も立憲民主党を軸にして、自公の擬似政権に対抗できるほどの確固とした政権には、育ちそうもない。参政党も実力以上に膨らんでしまったが、現状の膨らみ具合が、上限だろうと思われる。国民民主は、手取りレベルが最重要な政治課題になるしかないのではないか。共産、社民も、上限か。
これでは、今回、参院選のスタートラインに立った政党は、いずれも、「 ◯◯ファースト」と声高に騒ぐだけの烏合の衆に過ぎないのではないか?
★ 少数党の存在感、強まるか
各党の、比例区(比例得票率)の、得票数のデータがおもしろい。
保守票 自民: 1280万票
国民民主: 762万票
参政:742万票
野党票 立憲民主:739万票
以下、(得票数順に)公明、維新、れいわ、保守、共産、みらい、社民
521万票から121 万票までが、犇めく。
牧舎に牛が多数押し込められている様子がみえる。
以上
別の見方をすれば、
自民1280万票
立憲民主739万票
の間に、
国民民主762万票
参政742 万票
が、入り込む。
これはなにか?
これについて、ある政治学者の説。概要が、私と、ほぼ同意見なので、一部を借用。
「石破を嫌う(与党ー注・引用者)右派的有権者層はもはや参政党や国民民主党への支持に転じており、その層において『辞めるべき』という意見が強くなっている」と分析をした。教授によれば、7割が辞めるべき派ではないかと説明している。屈折しているのだろう。
以上
7月20日。参院選の投開票日。
午前7時。
投票場所の施設が市の職員の手で開門され、
有権者は、
列を乱さず、ゆっくり場内に入って来る。
投票率は、悪くないかもしれない。
私は、そう思い、立会人を務めるために定位置の椅子に近づき、ゆっくりと腰を下ろした。
投票日の昼前。
この日。
投票場所の中に入っている有権者の数が多すぎるのではないかと最初に感じた瞬間からであった。30代くらいの男性が、やはり多過ぎるぞ、と私は思った。次いで、ベビーカーに乳幼児を乗せたヤングファミリー、ロングスカートを履き、ミニ扇風機で風を顔に当てているのは、おしゃれな若い女性。お年寄りも老後の生活を託す思惑があるのか、若い有権者くらいは、ここへきているかもしれない。この年齢別の有権者の波は、1時間か1時間半くらいの間隔で、私の座席にむかって押し寄せてきたように思えた。
長い選挙取材でも
こういう体験をしたのは初めてではなかったか?
夕方。午後4時。
「少し早いが、皆さんには、弁当が用意されているので、別室で食べて下さい」。
参院選は、比例区の投票があるので、投票が終了するまで、もう一つか、ふたつは、波が来るだろう? ということか。
コンビニ弁当ばかりを食う生活では、若い人たちも早晩バランスを崩すだろう。
時代を見抜く、時代の立会人。
それこそが、我ら、ジャーナリストだったのではないか。今からでも良いから、再起しよう。
(了)
(2025.8.20)
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