【コラム】神社の源流を訪ねて(89)

神社、神宮の起源

栗原 猛

◆熊信仰を朝鮮半島にたどる

 ことしの冬は熊の被害が各地で起きて大きな話題になったが、和歌山県の熊野神社や出雲市の同名の神社を何度か訪ねているので、気にかかった。熊はハングル語でコム(곰)で、곰 は神に通じると言われる。
 百済では熊を神聖な存在として尊ぶ信仰が根付いていた。アイヌの世界観では、森に棲む動物はすべてが姿を変えた人間への贈り物とされた。中でも熊は「山の神の化身」であり、神聖な霊的存在として格別に尊ばれ「山の神」として大事に扱われた。したがって熊を狩ることは「神からの恵みを受け取る行為」であり、熊の魂は人間に恵みを授け、再び神の国へ帰ることと考えられた。だからやたらに殺傷していいというわけではなかった。
 また韓国の檀君神話でも熊は重要な存在である。天神の子桓雄と、熊の化身の女性との間に生まれた檀君が、朝鮮を開いたとされる。

 熊に対しては日本の古代人も特別の思いがあったようだ。例えば熊野権現を祭神とする熊野神社は、全国に約3000社以上もある。和歌山県の熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)は、その総本山である。

 島根県松江市八雲町にも熊野神社がある。神社の近くに宿をとって、朝早めに訪ねると、境内は木々の若葉に埋もれて、参詣客はまだ1人もいない。荘重な空気が漂っている。
 宮司さんが1人、高帚で木の葉を掃いていたので、近づいて「清澄な雰囲気ですね」と尋ねると、「その昔は出雲の山のずっと奥で炭を焼いていたといわれます。熊野本宮大社もそこから移ったということですよ」と言った。山奥で炭を焼いていたという。薪を大量に必要としたのは鉄と焼き物だが、その頃だったら鉄の生産と関係があるのではないか。

 朝鮮の開国神話である檀君神話を遡っていくと、熊との関係が濃密である。井上秀雄氏は『古代朝鮮』で、熊信仰のスタートはツングースの熊信仰にたどれるという。熊信仰は朝鮮半島を南下して、百済の三番目の都・熊津(ゆうしん)、さらに下り、慶尚南道鎮海市に熊川倭城という地名にも熊が使われている。そして海を渡って古代の聖地とされる和歌山県那智の熊野信仰に至るわけだ。

 天神やその子孫が山頂に降臨する話は、北方の信仰に多いとされる。また朝鮮半島では南部の新羅や加羅で多く見られることから、井上氏は「これらは日本の天孫降臨神話につながるものである」と指摘される。

 朱蒙神話にある日光に感精して子をはらむ日光感精神話は、黄帝など中国の古代神話でも知られる。また匈奴や鮮卑などの北方民族の神話にもうかがうことができると言われる。

 こう見てくると、記紀などの天日槍伝説、対馬の天童伝説などにも広くアジアに通じ合うことがうかがえ、興味は尽きない。  以上

(2026.4.20)
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