【統一地方選挙前半を振り返る】

■神奈川――「溶解現象」のなかの自治体選挙    皆川 昭一

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横浜では、知事選挙、県会議員選挙に併せて市会議員選挙が行われた。今回の
選挙の結果、自民党、民主党、共産党も、市民運動的色彩の強い神奈川ネットワ
ーク運動(横浜市ではネットワーク横浜)、そして市民運動、住民運動グループま
でが、従来の活動スタイルが神通力を失い、溶融現象をおこした。政党の統治能
力(ヘゲモニー)喪失は、小泉時代から顕著になってきたことであるが、大衆も
アモルフ化して方向性を見失っている。松沢はこのアモルフな大衆のエネルギー
を新たに上の方から再編することに成功したように見える。


 ◇自民と民主という政党を超越した松沢


 神奈川県知事選挙は、現職一期目無所属、民主党が「勝手連的に」推薦する松
沢成文(49)、自民推薦・無所属の杉野正(48)、共産推薦・無所属の鴨居洋子
(62)で闘われた。
 勝手連となったのは松沢が民主党の推薦を断ったからだ。しかし松沢は民主党
国会議員からの転身、民主党の後押しがあることは誰の目にも明らかだ。しかし
その告示日当日、松沢の応援に駆けつけたのは誰あろう、石原慎太郎である。無
党派知事の「首都圏連合」と称して、埼玉県知事の上田清(民主党)も壇上に上
った。松沢は、午前中は、石原の応援に東京まで出かけていった。東京で自民党
が支持する石原を松沢が応援し、民主党が応援する松沢を石原が応援し、お互い
にエールを交換したのである。石原にコケにされた神奈川自民党の河野太郎県連
会長は「組織として機能していない」と地団駄踏んだがゴマメの歯ぎしりであっ
た。一方の民主党は「もともと勝手連的な応援だから」と松沢の石原から応援を
受けた行動、石原を応援した行動を黙認した。当の松沢は「石原が応援にきたの
は自分が政党丸抱えでないしがらみのない証拠」と涼しい顔。こうしたねじれ騒
ぎで社民党は松沢支援を撤回し自主投票となった。共産党陣営は「松(沢)も杉
(野)も大して違いはない」と切って捨てた。

 選挙結果は松沢が200万票を超える支持を集めて圧勝、自民推薦の杉野は63
万票、自民・民主の批判票の受け皿となった鴨居は56万票で、自民党に迫る勢
いで善戦したが、いずれの陣営とも足下にも及ばなかった。
 同時に行われた県議選では、松沢に寄り添う形で選挙を展開した民主党が議席
を伸ばし、第一党の自民党と2議席差に迫る勢いを見せた。神奈川ネットワーク
運動と共産党はともにそれぞれ4議席から1議席へと大幅に後退した。

 松沢は得意の「マニフェスト」を武器に、巧みに政党のイニシアティブを奪い
取って自民、民主の対抗軸を無化し、超越してしまった。一期目の松沢知事に野
党としてかたくなに対抗してきた自民党はなぜ松沢に対抗するのか、その理由を
示すことは出来なかった。また民主党は松沢を自民党が背後に控える石原が応援
するというねじれについて説明できなかった。「松沢とは何者か」ということがあ
いまいにされたまま、200万票を獲得したのである。大量得票に裏打ちされた強
力なイニシアティブ(独裁)に対して議会は翼賛的に振る舞わざるをえなくなる。
神奈川県では自民党が制度疲労を起こして勢いを失い、民主党は松沢の傘の下で
一見元気を回復したように見えてはいるが、単なる翼賛勢力に過ぎなくなって政
党としての実体がない。自民、民主、共産、ネットワークのすべてが力を失い、
松沢だけが高笑いする結果となった。
 横浜の辺境・栄区でも、県議選、市議選においても、松沢を支えた「大衆の反
乱」が顕著な現象となっていることが分かった。


 ◇ドブ板選挙の限界を示した有力自民県議の落選


 栄区はかつて県会議員の議席は2議席、自民、民主が1議席ずつ仲良く(?)
分け合っていたが、定数削減で1議席となり、一転血で血を洗う激しい選挙区に
変貌した。2万5000票前後で、前回は300票差で自民が勝利、今回は民主が逆
に700票の差を付けて返り咲いた。自民候補は4期連続当選のつわものである。
県議会でも議会運営委員会の委員長を務めるボス的な存在であった。区内におけ
る彼の活動スタイルは徹底したドブ板作戦。区内のあらゆる会合にこまめに顔を
出し、気さくさもあって知名度は抜群であった。これに反して民主党候補にはそ
れほどの知名度はない。政治活動もそれほど活発ではなかった。労組出身の泥臭
い匂いが消えていたわけでもない。繰り返すが、熱心に地元を回って、顔を売っ
てというスタイルは旧来の保守系の典型的な選挙スタイルである。彼はその超優
等生であった。盤石に見えたそのスタイルが破綻したのである。真面目さだけで
は駄目、政策がきちんとしているだけでは駄目、愛想がよくても駄目、こつこつ
と歩き回るだけでは当選は覚束なくなった。田舎選挙区の栄区でも伝統的自民パ
ターンが崩壊してしまったのである。小泉純一郎はほんとうに自民党をぶち壊し
てしまったようである。


 ◇意味を失う「日常活動」と無力化する市民・住民運動


 栄区では市議選に5人が立った。定数は3人である。自民現職(1期)女性、
民主現職(3期)女性、無所属現職(1期)男性、共産新人女性、無所属新人女
性という顔ぶれ、現職3人に2人の新人が挑戦する形となった。女性が4人、男
性1人で女性の数が圧倒している選挙区である。現職はいずれも30代という若
い選挙区でもある。
 市議選の結果は、現職無所属男性候補は2万票というダントツの得票数でトッ
プ当選し、現職女性候補が1万3千から1万2千の高得票で、新人2候補を1万
票近い差を付けて当選した。新人挑戦者は3千票台で足下にも寄せ付けなかった。
次点にもならなかったのである。

 この男性候補は、前回よりも8千票あまりも票を伸ばした。地域において政治
活動をしていたわけではない。ひたすら駅頭に立って、頭を下げていただけであ
る。「あれで議員やれるなら税金ドロボー」と白い目で見られ、配布するビラも政
治資金の使い途の報告をやっていた程度、手渡されたビラをみて「議会と行政の
区別すらついていない」と酷評する向きもあった。選挙では街頭宣伝用の宣伝カ
ーも用意しなかった。しかしけなげに駅頭で頑張る姿に我が息子のイメージをダ
ブらせた主婦層の支持は圧倒的で、定年間近の団塊世代男性が激励する姿もよく
目にする光景となった。彼が政治的には何者か、あいまいで不明のままだ。何を
主張するのか分からない。
 
2位で当選した自民党女性候補は「政策はないただの男が駅頭でただ頭を下げ
るだけであんなに票を取るとは信じられない。私たちの日頃の活動の意味は何だ
ったのか」と怒りを見せたという。この女性候補は、豊富な資金にモノをいわせ、
区内至る所にポスターを張り巡らせ、同時にドブ板スタイルの挨拶回りを組織的
日常的に行っていた。当選したとはいえ、1位の男性候補に7000票も差がつい
ては、日常的なドブ板活動も金権も意味を失ってしまったと感じたのかもしれな
い。

 「道路問題でも学校統合問題、上郷開発などでも、栄区民のために何をしたか
わからないX氏が2万近い支持を集めました。市民の適切な判断材料の提供が少
なかったのでしょう。今後心したいことです」と共産党は批判する。熱心に街頭
や駅頭で政策宣伝活動を行ってきた共産党の8倍強の票をこの政策提示がまった
くない若い候補が奪ってしまった。日常活動が意味を失ったのである。
 また無所属新人として挑戦した女性候補は福祉関係から出馬、市民運動や住民
運動を当てに出来ると読んだが、惨敗した。栄区は市民運動も住民運動も活発な
地域であるが、その運動が、意味があるのかないのか自分で問い直さなければな
らない時代が始まったのかもしれない。

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 知事選では松沢というアジテーターの前にすべての政党が無力化されようとし、
県議選では自民党のドブ板がすり切れたことが証明され、市議選ではノンポリ青
年の出現の前に日常的な政策活動や市民運動は云うにおよばず金権選挙までが無
化された。「大衆ファシズム」といった時代がかった政治用語が、栄区の有権者
のひとりの頭の中を駆けめぐっている。
        (筆者は市民運動家・元横浜市議会議員)

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