【コラム】

有閑随感録(81)

中部電力データ不正使用から思う
矢口 英佑

 「喉元過ぎれば熱さを忘れる」とはよく言ったものである。2011年の福島原発事故は、多くの日本人に精神的傷跡を残した人類史上、チェルノブイリと並ぶ原発大事故だったはずだ。今もって住んでいた地域に戻れない福島の人々もいて、大きな悲哀を引きずる日が続いている。さらには事故後の原発の処理も遅々として進まず、放射性物質を含む処理水の海洋放出が完了するには30年程度かかると言われている。あれから、かれこれ15年。そうした負の遺産を引きずっているにもかかわらず、日本という国はいつの間にか原子力発電推進に舵を切ってしまっているのだ。
 その流れの中で、中部電力浜岡原子力発電所(静岡県御前崎市)の「基準地震動」の算定に関わるデータを、中部電力が不正操作していたという。原発再稼働を急ぐあまりの結果だったとしたら、これ以上の無責任はないだろう。
 なぜなら浜岡原発は南海トラフ巨大地震の想定震源域内にあって、巨大地震への対策の強化が求められ、2011年の福島原発の事故を受け、稼働を停止していた。その一方で、国の原子力推進を受ける形で浜岡原発3号機と4号機が再稼働に向け、原子力規制委員会による審査を受けていたからである。
 なにしろ浜岡原発は日本で最も危険な場所にある原子力発電所と見られているのだから、慎重の上にも慎重に、より厳しい基準のデータを積み上げていかなければならなかったはずなのだ。
 2026年1月7日の原子力規制委員会では中部電力が耐震設計の目安となる最大の揺れを示す基準地震動を決める際に、都合のよいデータを抜き出すなどしていた不正があったと報告された。
非常に気になるのは、今回の不正が発覚したきっかけが2025年2月に「公益通報」で情報提供があったことだろう。外部からの通報だったということなので、中部電力内部からはこうした不正データによる報告書作成に警鐘を鳴らす者がいなかったことになる。昨年2月に通報を受けた原子力規制庁もにわかには信じられなかった(あるいは信じたくなかった)に違いない。だからこそ、原子力規制庁が情報提供者からの詳細な聞き取りを実施し(偽情報であることを願っていたかもしれない)、その後、中部電力と何度も面談を行ったのだろう。非常に慎重に事実確認作業を進めたことがわかる。結局、2025年12月になって中部電力がようやく公式に原子力規制庁に不正を報告することになった。
 この経緯を見ればわかるように、今回の事案は、すべてが中部電力みずからの動きではなかったことだ。「公益通報」があって、原子力規制庁から指摘を受けて、仕方なく動き出したのである。組織的に起こされた自浄作業の結果ではなかったのだ。
 報道によれば、中部電力は2025年11月、原子力部門が2013年2月~19年5月に、浜岡原発の安全性向上対策工事の一部で不適切な仕様変更手続きが行われていたことが発覚し、2019年時点で取引先から未払いの追加費用数十億円の精算を求められてもいた。5年以上も放置していたとは呆れるばかりだが。問題を受け、原子力本部長の副社長ら幹部2人が引責辞任していた。
 報道にある、不適切な仕様変更の内容はわからないが、5年間も費用未払いで放置できるのには一体どのようなカラクリがあるのか知りたいところだが、2人が引責辞任しているのだから不正を犯していたということなのだろう。
この頃には今回の事案も社内の者には既に把握されていたはずで、組織としての中部電力が大丈夫なのかと思いたくもなる。
 そのようなつもりで少し時間を遡ると、次のような公示を中部電力が出していたことが目に止まった。
「浜岡原子力発電所におけるデータ改ざんなどの不適切な事案につきまして、皆さまに大変ご心配をおかけしましたことを深くお詫び申しあげます。
 このたび、「社外の有識者によるご意見を聴く会(仮称)の設置」をはじめとする具体的な再発防止対策をとりまとめ、5月21日、国に報告いたしましたので、その概要についてお知らせいたします。
(この内容は2007年5月21日の状況をもとに作成しています。)」
とあることから、この公示が今回の事案でないことがわかるだろう。つまり中部電力は今回だけでなくデータ改竄を過去にもおこなっていたのである。その際には、次のような公示文も見える。
 「不適切な事案について(中略)データ改ざんなど14件の不適切な事案があったことを確認しました。(火力、水力も含めると、中部電力全体で40件)データ改ざんなどの不適切な事案は2002年度以前におこなったものであり、現在は全て是正され、継続的におこなわれているものはありませんでした」
 この公示文に続けて「再発防止対策について」、「新たに実施する主な取り組み」を中部電力はそれぞれ掲げているが、これらのことが守られていれば、今回の事案は起きなかっただろうと思えるだけに、なんとも白々しい。
 「審査、白紙に戻す」のは当然だろう。だが、今後、審査に通ったとしてもマグニチュード8、あるいはそれ以上の地震が想定されている南海トラフ大地震が起きれば、〝想定外〟の巨大さだったという言い訳で済まされまい。原子力発電所だけにそのような事態になれば、もはや取り返しのつかない事態になることは福島原発事故が教えている。
 やはり原子力発電推進はやめるべきなのだ。

 元大学教員

(2026.1.20)
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