【コラム】
技術者の視点(19)

時代と共に

荒川 文生


 エンジニーア・エッセイ・シリーズ#3で「所変われば品変わる」と述べましたが、そう来れば、次は「歌は世につれ、世は歌につれ」でしょうか? ここでエンジニーアが謳う歌は、人間の生活を便利で豊かにする営みの技(わざ)や術(すべ)と言う訳です。彼らが謳う歌は、一見突飛な目新しいものを目指しているのですが、実は、必ずその基(もと)と為るものがあり、その意味でその展開は連続的なものです。それは、あたかも政治的革命によって社会が以前と全く違うものと為ったように見えても、権力者の一部が置き換えられただけで、社会を支える多くの人々は依然とほぼ同じであると言う意味で、その展開が連続的であるのと軌を一にしています。その基(もと)と為るものとは、いったい何なのでしょうか?

 生きとし生けるものには、すべてその営みの基として「命を守る」事があります。人間は、そのひとつとして「火」を使うことを営みの技(わざ)や術(すべ)として、その生活を便利で豊かにして来ました。その基礎の上に立って、人間は様々な価値観を文化と文明として歴史を紡いできました。その歴史的変化のなかで、「幸せとは何か」と言う問いかけへの答として、権力や金の力が追い求められています。
 それらの力を生み出すものは、精神力を含む広い意味での「エネルギー」と言えます。物質的なエネルギー源としての地下資源を確保するための争いが、国家的規模で展開されたのが19世紀以降の戦争であり、そこには人間の生活を便利で豊かにする営みである筈の技(わざ)や術(すべ)が、人の命と生活を物質的にも精神的にも破壊する道具として使われていますが、そこには人間の悍ましさが、いやと言うほど見て取れます。

 それを端的に示すものとして「武器」を考えてみましょう。20世紀に人間の生活を便利で豊かにする営みである筈の技(わざ)や術(すべ)のひとつである原子力が、核兵器として覇権国の支配力を裏付けるものとして、世界の平和を脅かすようになり、21世紀に入ると核兵器の使用が人類の生存を脅かすものだということが明らかに為っています。それでも未だ悍ましき権力者のひとり二人が、核兵器のボタンを押しかねない現状が存在する以上、心を安める訳には行きません。

 この様に技術は、人間を人間たらしめる基盤の一つと言えますが、それは技術を扱う人間の在り様によって、豊かで美しくもあり、危険で悍ましくもあるのです。この事実は、技術の本質を問い質す上での基本と為るものの重要なひとつです。ところが、日本で多くの方が「私は文科系で、技術のことはよく判りません。」と、謙遜も含めて仰います。エンジニーア・エッセイ・シリーズ#6「文系と理系」では十分述べきれませんでしたが、実は、これはこれほど技術の適用や開発にとって有害な仰り方は無いのです。
 その訳は、既に述べたように、技術の本質が人間存在の本質に通じており、技術のメリットもディメリットも「人間如何にあるべきか」の答え如何で、その適用方法や開発方針の是非が異なって来るからです。ただ、人間存在の本質に就いての明確な回答が、直ちに得られるわけではないと言う事からすれば、その答はその時代の価値観の如何で、異なると言うべきでしょうか。
 何れにしろ、学問的に人間存在の本質に就いて研究している文学や哲学の分野で検討されている「技術論」が、もっと実践的な成果を政治的にも社会的にも適用されるべきでしょう。例えば、国家経済の発展を価値観の基としている政治情勢の下に技術開発政策の方向性を定める上で、その問題に携わる「文科系」の人々も技術の本質に就いて、より深く想いを致すべきで、「技術のことはよく判りません。」などと宣ることは、ゆめ、許されません。

 19世紀に発展した自然科学は、事実の合理的分析を武器に自然の克服を目的として展開されてきました。その一つの結果は、神学の非合理性を暴き立てつつその権威を否定することを通じ、「神」によって守られてきた自然を守り崇拝する「人間らしさ」が見失われ、経済発展が自然破壊を齎している事実に目を覆ってきたことではないでしょうか? 幸い、今や、自然保護が重要な価値観の一つに為りつつある状況のもとで、技術が人間の生活を便利で豊かにする営みの技(わざ)や術(すべ)であるという本質的原点に立ち戻りつつ、新しい時代の新しい技術の在り様に就いて「文科系」や「理科系」を問わず、人間として考えて行く時代が到来しています。然もないと、人間もその単なる一部にすぎない「自然」から、そのバカさ加減を嗤われることに為るでしょう。

  時遷(うつ)り技(わざ)は変われど山笑ふ  (青史)

 (地球技術研究所代表)

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