■【私の視点】

 政権交代とは何だったのか              木下 真志
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 2009年夏の総選挙の結果、戦後長らく続いた自民党を中心とした政権に代わり、
民主党を中心とした政権が誕生した。これは選挙によって衆議院の最大与党が交
代するという、日本の歴史のうえで、いわば「革命」的なものであった。有権者
の多くは、この政権交代に、日本の政治の転換を期待していたように思う。
 
  その転換とは、長く続いた官僚依存、国対政治、地方・地元への利益誘導政治、
公共事業依存型の経済体質、対米追随外交、派閥政治、金権政治、当選回数至上
主義による頻繁な内閣改造、貧困な福祉政策、毎年秋に展開される政局をめぐる
ゴタゴタ等々からの脱却である。

 民主党政権は、子ども手当、高校授業料無償化、事業仕分け、公共事業からの
脱却(「コンクリートから人へ」)など、スタート直後は国民の期待に応えていた。
この「国民の期待」には、政治の転換だけでなく、庶民の「生活」の転換も含ま
れていよう。
 
  つまり、「格差」の拡大、長期的な経済の低迷など二○○年代に蔓延した「閉
塞状況」から、何とかもう少し余裕のある生活、あるいは(一九九○年頃の)華や
かな生活への復帰も夢に描いていたように私には感じられる。誤解をおそれずに
いえば、政権交代に期待していたのは、単純に昇給(や福祉の充実)ではなかった
のか。

 しかしながら、この期待とは裏腹に、政権交代によって有権者(あえて庶民と
しよう)の生活レベルが急によくなったわけではない。諸々の経済指数に大きな
変動がなかっただけでなく、民主党政権になっても生活は変わらず、昇給が実現
しないことが判明すると政権への熱は一気に冷めた。では、民主政治において政
権交代は、国民の生活改善(端的には給料アップ)が目的なのだろうか。
 
  違うであろう。政策の転換という問題以上に大切なことは、同一政権の長期化
は、政治家の慢心を生む点である。権力は必ず腐敗するのである。制度疲労も起
こる。民主政治というシステムに潤滑油を入れるためには、どうしても一定期間
ののち、政権交代が欠かせないのである。

 万が一、政権が長期化した場合でも腐敗しないで済むことは可能か。私には、
議員立法の活用、自民党時代に活用された事前審査の見直しがその方策として考
えられる。 加えて、国会改革が必要であろう。委員会段階での議論には党議拘
束をはずし、国会全体が「良識の府」になることであろう。「良識の府」は参議
院だけの専売特許ではない。参議院を「良識の府」とすることは、衆議院が衆愚
政治でよいことを認めていることにもなる。

 一例を挙げよう。例えば、生体肝移植や脳死の問題を議論するのに、国会議員
は医師ではない(者が多い)から基本的には専門知識が不足している。議論の中で
新しい知見を得ることで、当初の意見とは異なる結論が得られるかもしれない。
そもそも医学的な難問について、国会で議決すること自体、国会の仕事としてな
じまないことなのかもしれない。このような難題には既存政党の枠組に拘束され
ないことが肝要なのである。国会の論議の活性化のためには、各国会議員がボス
の意向に忠実に行動するのではなく、自分で考えて行動することが求められてい
るのである。

 では、税制や福祉政策についてはどうか。新人議員が立候補する際、単に当選
可能性が高まるということに加え、基本的な政策について共感したから特定政党
の支援を受けるのであろう。いったん当選すれば、支援(公認)を受けた政党の一
員となり、すべての問題について党議拘束を受け、個人の意見を封印しなければ
ならないのでは、立場の弱い新人議員は採決要員として機能しているにすぎなく
なってしまう。
 
  政党の幹部が経験と政治的勘で党の方針を決めることは致し方のないところと
しても、幹部がすべての問題に精通しているとはいえない。医学的問題に限らず、
多くの場合、政策立案や法律起案に素人であり、特定の問題に関しては新人議員
の方が見識があるかもしれない。しがらみのない新人議員は問題によっては所属
政党以外の党の出した結論に共鳴するかもしれない。にもかかわらず、自分の意
見とは異なる所属政党の方針に服従する。これは、政党の存続のためには効果的
なのかもしれないが、民主政治の深化のためには好ましいとはいえない。

 各国会議員の意向と有権者の意向が一致することが民主政治の基礎であろう。
それぞれの国会議員が有権者の意向を受けて国民のために尽くす、理念的にはこ
れでよい。しかしながら、これは一種の擬制であり、その議員を支持した後援会
内部も諸政策について詰めて議論すれば、決して一枚岩ではないであろう。
そのためにも、現行の党議拘束は、有権者の声が政策に反映するという民主政の
基本を妨害することにもなっている。 
 
  もちろん、まだ思考の段階であり、実現に向けては乗り越えなければならない
問題は多数ある。首相選出は多数決で決選投票を重ねればよいかもしれない。比
例代表制度の扱い、予算審議や外交案件などでは実現は困難が伴うかもしれない。
さしあたり、震災への復興支援等、個人の判断で行動する方が望ましい課題に関
してできることから少しずつでも改め、国民の声がより反映された、民主化され
た審議・決定を期待している。

                          (筆者は大学嘱託研究員)

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