【オルタの視点】

改憲の論議の前に

羽原 清雅


 2017年10月の衆院選が自民党圧勝を受けて、改憲に向けての動きが加速されてきました。
 得票率と議席配分、過大な死に票などの問題があり、そのひずみのある制度のもとでの改憲に向けての論議や作業は不本意ではありますが、現実としては受け入れざるを得ないように思います。
 ただ、現状での安倍的改憲のスケジュール的な動きに沿って進んでいいのか、との疑問があります。野党は、護憲、部分改定、自民同調など多様ですが、基本的には反対の立場も、賛成の立場も、安倍的改憲の段取り、改定項目などにそって対応していくように感じます。

 不磨の大典とまでは言いませんが、憲法は国の基本として、よほどのことが生じない限り、長きにわたって、これからの日本のありようを固めていくことになります。
 したがって、安倍首相の「我が権力のもとで」急ごうとする段取りのみならず、自民党の設定する ①自衛隊の9条明文化 ②教育の無償化 ③緊急事態条項 ④参院選挙区「合区」解消、の憲法の特定の具体的条項についての国会論議を始める前に、なすべきことがあると考えます。

 というのは現時点では、自民党は野党時代に改憲草案を作り発表していますが、その内容は憲法全体に及んでおり、9条以外にも、さまざまな大きな問題を内在しています。にもかかわらず、そのうちの手が付けやすく、野党も同調しそうなごく一部分をターゲットにしています。しかし、このような虫食い的な改定にとどまらず、改憲の成否によっては、今後も相次ぐ改定を求める動きもありうるので、やはり憲法全体の統一性をまず論じたうえで、個別のテーマに入ってほしいものです。
 たとえば、安倍政権下で問題化した特別秘密保護法、安全保障関連法(集団的自衛権の容認)、組織的犯罪処罰法(共謀法)などの審議を通じて問われた「立憲主義」のあるべき姿について、各政党はどのような考えで改憲に臨むか、こうした憲法総体について「守る原則はなにか」といった点を明らかにしておくべきでしょう。

 もう一点は、現行憲法成立の「意味合い」を明らかにし、そのうえで個別の改憲条項を論議しなければならない、という点です。というのは、自民党などが長きにわたって改憲の理由として主張してきた「押し付け憲法」論は、戦後の日本の民主主義のありようがまだまだ不十分であるにせよ、この現行憲法によって、自由主義圏各国において国際的、歴史的に築かれてきた本来の民主主義を採用したこと自体を否定することにつながります。

 民主主義を生み出した先進国は、マグナカルタ以来800年余にわたって、多くの民衆の血を流しながら、「民主」のための試行錯誤を繰り返しつつ発展させてきました。そして日本でも、この制度の導入自体は広く国民各層に理解と合意が生まれ、そのうえに定着してきました。ただ、この理念に基づく憲法と法制度の導入からまだ70年余、あるべき社会の姿についてこなしきれない未熟のなかで、権力者の間違いもあり、国民の揺らぎや行き過ぎなども否定できませんでした。完成・完璧という事態などのない制度ながら、これからも、その未熟さを反省し、改革し、意識を育て、といった彷徨を重ねなければならないでしょう。それは、どの憲法にしても基本的な課題として残された問題で、長期的に考えていくべきだと考えます。

 具体的に言えば、「主権在民(国民主権)」「基本的人権」「平和主義(戦争放棄)」のもとに、形式のみから実質的な「三権分立」、国権の最高機関である国会に対して責任を持つ「議院内閣制」、あるいは統帥権を排除した「国民統合の象徴としての天皇」といった、国としての基本を設定したことなど、戦争を経た、その反省のもとに現行憲法制定によって、日本は大きな転換を成し遂げました。
 しかしながら、これまでも、これらの原則が時の政権によって、解釈を変えられ、用語の意味合いを拡大され、あるいは強引に無視されたこともありました。「立憲主義」という基本までも無視される事態も経験しました。

 その一方では、70年という歳月は社会状況を大きく変えて、法制度が実態にそぐわなくなった点もあります。有権者の意識の変化もあります。したがって改定に臨む国会論議でも、まず大原則の再確認のうえに立って、社会の変動に伴う改定の要不要、可否を考えるべきです。

 安倍首相は、9条1、2項を残して「自衛隊を明記する」と申しましたが、法律家は「後法が旧法に優先する」として、この措置が将来的に憲法解釈を変えることにつながる、と指摘しています。
 このような大きな変動を招く憲法改定という措置は、少なくとも「最悪」の事態を招くような方向に進むことは避けなければなりません。ムードや空気、そして「数の力」で事に当たらず、大きな視点、長期的な展望、多様な解釈についての一致、過去の歴史に学び未来の構築に寄与できる作業でなければならないでしょう。

 とくに、この憲法が生まれる契機になった第2次世界大戦、という以上に明治維新後の日清、日露、第1次大戦、対朝鮮、対中国の軍事行動なども反省しつつ、この国の将来にわたる、長いありようを考えなければなりません。時代が変わり、戦乱未経験の若い世代が次の時代を担うのは当然のことで、だからこそ、かつての軍事に頼った歴史について実感を持てるような改憲の論議であるべきです。

 現行憲法から今の日本外交を見ると、中国には尖閣問題、北朝鮮には拉致問題という先鋭的な課題を前面に押し立てることで、ほかのトータルとしての友好、交流の関係を阻害している感がありますが、憲法の理念、あるいは日中の条約からすると、ほかの手法もあるのではと思いますし、見解の相違は長い時間をかけつつ、交流を深めるなかでの相互の違いを理解、許容、譲り合いによって解決していく、といった憲法の理念を生かす方がいいように感じます。
 こうした基本的な理念を生かす憲法のあり方も、改憲論議の前提になろうかと思います。

 あらためて繰り返せば、改憲の動きに進む前に、現行憲法の制定時の日本を知り、総体としての憲法の意味を理解・確認し、そのうえで9条なりの個別の論議に入るべきだ、と考えるのです。「改憲」という大きな変革を論議する以上、大原則についての各政党、あるいは国民の意識についての姿勢を問うておかなければならないと考えます。

 すでに改憲については、野党時代の自民党草案、読売新聞試案などが出ています。これらは、今後審議を本格化させる衆参両院の憲法審査会でも取り上げられるでしょうが、その指摘を参考にしつつも、それらの意見ばかりを論議の前提とせずに、より広い立場から議論を交わしてほしいものです。これらの案には、逐条的に見ていくと、矛盾、拡大解釈の余地、言葉のまやかし、解釈変更の下地と思われる内容をはらんでいます。

 繰り返しになりますが、守るべき憲法の原則について、各政党が一致すること、また、その原則を今後の国会活動等において、各政党はもちろん、とくに実権を握ることになる与党擁立の政権が順守することをまず確認して、そのうえで、改定すべき点を明らかにして各論の論議に入るべきです。
 希望の党入りした、かつての日本のこころ代表の中山恭子氏は「立憲主義は憲法を縛るものか」との疑問を提起しています。このような基本的な点での一致、せめて政党内部での一致をベースにしなければ、仮に改定憲法が生まれても、運用において先行きに大きな不安を抱え込むことになります。
 さらに、ある政党から改憲に同調する条件として示されている「教育無償化」などは、行政措置として可能という指摘もあり、憲法全体を論議の対象とすべきなかでの「取引」的な政党の些末な対応は好ましいとはいえません。

 安倍首相は2020年、予想される在任中に改憲を果そうと述べていますが、この大きな問題に対して時間を限って進め、また「数」の力を持って強行することだけは阻止しなければならないでしょう。世論調査は、日程を急ぐことに反対の意思を大きな数字で示しています。
 国民の広範な関心と、政治家の過去・現在・未来を踏まえる見識が必要な憲法論議です。少数意見の開陳も許されるであろうなかで、ひと言記しました。

 (元朝日新聞政治部長・オルタ編集委員)

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