海外論潮短評(74)

無人爆撃機作戦の失敗と潜在する大きな危険
—戦術が戦略を支配する時—

                    初岡 昌一郎


 このところ無人爆撃機をめぐる報道を日本の新聞でも数回目にしたので、気になって留め置いていた諸論文を想起した。外交問題専門誌としてアメリカだけではなく世界的に影響力の大きい『フォーリン・アフェアーズ』誌7/8月号が、アメリカがテロ対策にますます多用されている無人爆撃機(ドローン)の利用について、賛否両論を掲載している。

 ここに紹介する論文「無人爆撃機作戦はなぜ失敗を余儀なくされているか」の筆者は、ジョージ・メイソン大学公共政策学教授オードリー・K・クローニン教授。女史はテロ対策の専門家で、多数の著書と論文がある。対テロ戦のために利用されている無人機が、効果の点からだけではなく、奇襲攻撃により宣戦布告なき戦争を誘発する危険を指摘している。今はアメリカが独占している無人機が国際的に拡散すれば世界の安全保障は重大な危機に晒される、と指摘している。以下はその骨子。

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対テロ戦争の重点は地上戦から空爆に
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 戦争に倦んだアメリカでは「ブーツ・オン・ザグランド」(派兵)が政治的禁句となり、テロリスト勢力を空爆で殺害する方が選好されるようになった。選択された手段はドローンと呼ばれる無人爆撃機である。アメリカ軍の戦場から遠く離れたパキスタン、ソマリア、イエーメンに対し、ワシントンはこの手段を多用し、限定目的の殺人によってテロの脅威に対応してきた。

 他の武器と同じように、無人機も戦術的には有効である。しかし、問題はアメリカの反テロリズムという戦略目的に役立つかにある。反テロ対策が効果を上げるには、一貫した戦略が不可欠である。今日のアメリカ政府の問題点は、無人機プログラムが独り歩きしており、戦術が戦略を決めていることだ。

 アメリカの反テロ対策の主たる目標は3点である。第一が、アルカイダとそれに連なるグループを戦略的に撲滅すること。第二に、紛争を局地化し、新しい敵を生み出さないこと。第三が、アメリカ国民の安全を保障することである。無人機はそのいずれにも資するものではない。

 短期的に見ると、無人機はアメリカ国民を守りうるが、無人機攻撃はアルカイダを撲滅するのに役立たたず、かえって現地の反抗的な人々の大群の中から確信犯的な敵を生み出す。反テロ対策の中心的な手段として無人殺人機を採用することは政治的に誤った判断である。

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アルカイダの弾力的な持続力
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 ペルーやフランスの例にみられるように、テロ集団の指導者を逮捕し、司法のプロセスにまかせる方が、彼らを殺すよりも効果がある。殺害は新たな殉教者を生む。

 無人機の利用を制限するというオバマの公約にもかかわらず、軍は無人機による幹部殺害でアルカイダを壊滅させようとしている。パキスタンでは、2004年以後、約350回の攻撃が辺境地域におけるアルカイダ中核要員の約70%を減少させた。しかし、アルカイダの拠点がパキスタンからイエーメンと北アフリカに移動したので、無人機もその後を追跡した。

 無人機攻撃が行われた地域では全般的な暴力のレベルが低下したが、活動家が他に移動しただけの場合も多い。無人機爆撃の脅威がアルカイダの行動様式を変化させ、勢力温存に走らせた。爆撃の脅威のもとで暮らすことは、新しいメンバーのリクルートを困難にした。

 だが効果はそこまで。無人機爆撃が、アルカイダを壊滅させるという、ワシントンの目的に反すると考えられる理由は多い。ターゲット集中攻撃は、殺害した指導者を代替するアルカイダの能力を失わせてはいない。また、プロパガンダや新規要員募集を行う能力も低下していない。持続能力が損なわれていないとすれば、構成員の殺傷によりこの集団を壊滅させるという、長期的な目的は達成されない。

 アルカイダを克服するより効果的な方法は、その支持者の分裂を目的とした政治戦略に従って、教育宣伝を強化することである。アルカイダは一枚岩の組織ではない。自爆攻撃や他のイスラム教徒との関係について組織内に不一致があり、長期的戦略や短期的戦術をめぐり派閥も存在する。

 イスラム教徒が多数を占める国において、テロ活動が最悪の被害を及ぼしている。アルカイダの攻撃が殺傷した人の85%がイスラム教徒である。この事実は支持者の間でも反感を買っている。アメリカはこの事実を公表して宣伝すべきなのに、無人機攻撃の結果を隠蔽する馬鹿げた秘密保持政策が、反テロ対策のカギである情報戦の敗北を招いている。

 無人機作戦は、敵の運動に主要な打撃を与える努力というよりも、むき出しの暴力を直接に応用した、リモコンによる殺傷行動に堕している。アルゼンチン、ブラジル、ぺルー、ロシアにおいても力による弾圧がテロ集団を一掃したが、それぞれのケースで政府の正当性は著しく害われた。

 弾圧は犠牲者だけではなく、その実行者にとって高くつき、民主主義国においては長期に持続しえないものである。武力弾圧が最も効果を上げるのは、対象集団構成員を一般大衆から隔離しうるところにおいてである。アメリカの無人機攻撃のほとんどの対象は、このようなケースではない。

 軍事的弾圧は近隣諸国や地域に向けて暴力を拡散させる。これは、アルカイダが中東、北アフリカ、コーカサスに浸透している一因である。

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局地紛争を地域ごとに封じ込める
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 アルカイダを全面的な敗北に追い込めないのならば、アメリカによるテロ対策の最優先戦略目的は、局地的な紛争が他の運動やアメリカに拡散するのを阻止することである。

 暴力的なジハーディズム(モスレム教徒の聖戦)は、9.11事件以前にも昔から存在していたし、アメリカの反テロ戦争終結以後も永続するだろう。国際テロリズムがアメリカに入り込むのを阻止する最上の方法は、局地的なテロを拡散させないように同盟国を支援し、そしてアメリカを実際に狙っているものに対してのみ、無人機攻撃を選別的かつ明示的に最小限度用いることである。

 パキスタンの状況では、無人機作戦がアメリカに対する敵意と反感を高めた。2012年の調査によると、テロ集団幹部に対するアメリカの無人機攻撃がパキスタン政府と共同で行われた場合ですら、僅17%の国民が容認したに過ぎない。回教徒が多数を占める国では反対が圧倒的であった。アメリカの伝統的な同盟国であるトルコ(81%)、ヨルダン(85%)、エジプト(89%)も含めて。

 ヨーロッパでも、ギリシャ(90%)、スペイン(76%)、フランス(63%)、ドイツ(59%)など、各国で過半数が反対した。どのような反テロ対策も大衆的な支持なしには成功しない。

 将来の9.11型攻撃を無人機爆撃が阻止できるのであれば、国際的反対をも無視するに値するかもしれない。しかし、今のところ確実なことは、ワシントンがアメリカに対する国際的な支持を低下させ、現地の民衆をますます疎外しているだけである。これらの大規模な作戦は、少数の確信犯がアメリカ国内でマイナーなテロを行うのも阻止するという、不可能な目的を達成するために行われている。ボストンマラソン中の悲劇的なテロは、すべてのテロを防ぐのが不可能なことを雄弁に物語っている。

 つまり、無人機攻撃がアメリカを攻撃するかもしれない作戦要員を殺害しているとしても、それは地元民の反感と復讐心を高揚させ、長期的に見て攻撃の可能性を増大させる。

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アメリカ国内の不安感増大
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 イラクとアフガニスタンにおける戦争終結にも拘わらず、ワシントンは敵と戦うことに依然として固執している。それを無人機攻撃と特別作戦という安上りの方法によって行なうつもりだ。対テロ対策には初動作戦が肝心であり、先制攻撃も辞さない。つまり、危険の顕在化が確実でなくとも、仮想敵を能動的積極的に攻撃することだ。

 テロ攻撃がショッキングな性格を持っていることから、アメリカの反テロ対策は客観的に効果のある手段だけを採用できず、世論に左右されている。特に国内でのテロ攻撃について、アメリカ人はゼロ・リスクを要求している。無人機攻撃はアメリカ人の命を賭さず、一見安上がりかつ効果的、そして遠方の出来事なので理想的だ。

 9.11以後の10年間、大規模なあらゆる対策のおかげで、アメリカ人テロ犠牲者数は激減した。しかしながら、過去数年間、ニアミス・テロ攻撃が失敗したとはいえ、その影響は拡大している。CNNの世論調査によると、アメリカ人のテロ恐怖感は2002年レベルに回帰している。55%の人が、近い将来にアメリカ国内でテロが起きそうだと回答した。2009年の調査より29%の増加である。大規模な対米攻撃を行う能力をテロリストが持っている、と61%の人が見ている。75%の人が、対米テロ行為が将来も時々発生するとみている。

 このような状況で、アメリカ国民とその選んだ政治家が無人機攻撃に惹かれるのは分かる。空軍は、2011年には、通常の戦闘・爆撃機パイロットを僅205人訓練しただけなのに、無人機操縦者を350人も訓練している。緊縮財政の時代において、カネとヒトを無人機につぎ込むことは、他の面で削減を図ることにならざるをえない。ところが、無人機では今立ち現われているいくつかの危険には対応出来ない。

 無人機は容易に撃ち落されるし、イランや北朝鮮のような国にはほとんど役立たない。無人機はサイバー接続に依存しているので、ますます事故が多くなっている。高い墜落率と広範囲の保守の必要度を考慮すれば、無人機が在来機に比較して効果的とは言えなくなっている。

 最も劇的な反テロ成果であるビン・ラーデン殺害は無人機ではなく、人間が行なったものである。もっとも重要な成果は殺人にあるのではなく、組織を壊滅させることにある。そのためには容疑者を逮捕・訊問し、書類を押収して、全容を解明することが不可欠だ。無人機ではこうした仕事はできない。効果的な無人機攻撃には、地上での人による正確な情報収集が必要だ。だが、無人機攻撃が現地で不評なので、効果的な情報収集が困難になっている。

 最後に、無人機作戦はアメリカの人権保障法規に対する根本的な挑戦である。この例証は、イエーメンとパキスタンでの攻撃で4人のアメリカ市民が殺害された事件である。特に憂慮されるのは、法務省による非公開検証が、その事件を目的から見て正当化していることだ。大統領個人が殺害リスト容認に関与している。この状況は法律的に疑義があるだけでなく、戦略的にも賢明でない。

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リモート・コントロール作戦が招く世界の不安定化
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 海外での軍事的関与による負担を回避しながら国内で完全な安全を確保するという、アメリカ国民の矛盾した要求が、無人機作戦という技術主導的戦術アプローチを後押ししている。しかし、技術や恐怖が戦略を左右するのは、決して賢明なことではない。

 リモート・コントロール・オペレーターが操縦士に取って代わることや、無人機が遠距離からのミサイルや無差別的爆撃による攻撃を代替することは、本質的には間違ったことではない。その結果、無辜の市民の殺傷が減少するだろう。

 問題は、軍部の用いている無人機作戦ガイドラインがそれに安易に依存していることにある。短期的利点が、長期的なリスクを隠蔽している。無人機攻撃は、法律的に正当化でき、透明性を持ち、かつ希少なものでなければならない。政府は無人機利用の法律的道徳的枠組みを確立し、それを公開して説明すべきである。

 パキスタン、ソマリア、イエーメンにおける無人機攻撃の判断の根拠と限界は依然として不明である。このままでは、中国、イラン、ロシアなどの諸国が、自分の敵にテロリストのレッテルを貼り、国境を越えて追跡するリスクをアメリカが奨励することになる。無人機攻撃による反テロ対策は国境を越えた戦争を誘発し、グローバルな不安定化を招く。それはアルカイダなどとは比肩できない不安の種を生み出す。

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■ コメント ■
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 かつてアメリカの軍事的な優位が、原爆の独占に依拠していた時期があった。しかし、それは短命であり、しかも敵対的な諸国による原爆の開発と核拡散を招いた。そして、地球破壊・人類壊滅の恐怖と壮大な資源の浪費はいまだに続いている。

 無人機の開発はすでにアメリカ以外の国でも行われており、技術的に原爆製造ほどの困難と障害はないようだ。アメリカの無人爆撃機独占が崩れるのは時間の問題である。安部政権もこの無人機開発競争に参加する意思を最近表明している。

 反テロ対策の名目で、国境を越えた作戦や爆撃を不意打ち的に行なうことは、宣戦布告なき戦争の実行に他ならない。この事態はもっと深刻に受け止められるべき、安全保障上の重大な危険である。

 イギリス出身の経済学者で、クエーカー教徒として平和問題にも熱心に取り組んだケネス・ボールディング(1910−1993)に、『紛争の一般理論』(1962)という古典的名著がある。これによると、伝統的な紛争解決法には、交渉、威圧・脅迫、戦争という3段階がある。交渉が不調であれば、威圧・脅迫の段階に進む。力関係に差があればこれで片付いてきた。20世紀になってからの軍事同盟の時代には、二国間戦争がたちまち世界戦争にエスカレートし、原因になった紛争は解決どころか、本来は当事者でない国々を巻き込み、国際的に拡大した。この連鎖を断ち切るために、第二次世界大戦後に国連中心の戦争防止策と安全保障が構想された。 

 現在は、国際法上、国連による集団的制裁と自衛以外の戦闘行為を例外として、一切の戦争は非合法化され、禁止されている。したがって、国家が紛争解決のために軍事力に訴えることは現在次第に困難になっているものの、その危険は常に潜在しており、現代の安全保障理論にも内在している。すべての国防論は自国の防衛を出発点にしているが、軍事専門家は常に、もっとも効果的な防衛は先制攻撃にあるという結論を導き出す。ブッシュ以後の対テロ攻撃にもこの理論に基礎をおいている。

 この立場は交渉による説得と和解の可能性をあまり信ぜず、力の行使による問題解決を過信している。だが、軍事力行使は問題を一時的に封じ込めても、根本的な解決につながらず、新たな敵意と対立を生むことを無視している。この指摘が、ボールディング理論の柱となっている。

 アメリカ国内でも無人機攻撃の危険性を指摘する声が上がっている。それは、戦争の効率性をめぐるものというよりも、民主主義の原理原則の観点からの批判である。犯罪の解決は犯人を逮捕し、それを司法手続きで審理、判断するのが近代社会の原理である。そして、疑わしきは罰しないという原則がある。しかし、戦争の手法では、疑わしいものを問答無用で殺害する。

 『フォーリン・アフェアーズ』誌特集の無人機爆撃擁護論者も限定使用の立場をとっており、アメリカ政府の方針を無限定に支持していないことを付言しておきたい。

 (筆者はソシアルアジア研究会代表)


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