【オルタの視点】

安倍総理は「戦後レジーム」を強化しようとするのか

南丘 喜八郎


◆憲法違反である解釈改憲を無制限に拡大することは、狂気の沙汰

 安倍総理は集団的自衛権の一部行使を前提とした安全保障関連法案の成立に向け、遮二無二突き進んでいる。本来、憲法九条を改正すべきにも関わらず、憲法解釈を無制限に拡大するという姑息な手段で、宗主国たる米国の意を迎えようとしている。当然のことながら、衆院憲法審査会では参考人の憲法学者三人が挙って、一連の法案は「憲法違反だ」と明確に意見陳述した。世論調査によれば、国民の大多数はいまなお、政府の説明は不十分、今国会で成立させるべきではないとの意向は明白だ。だが安倍総理は九月まで長期に亘って国会会期を延長し、強引に成立を図ろうとしている。暴挙と言うべきだ。

 安倍総理! 貴方が独立自尊の国家の宰相であるとの誇りを持つなら、まず「占領基本法」である憲法改正に着手し、主権者たる国民に正面から集団的自衛権行使容認を諮らねばならない。姑息にも憲法違反である解釈改憲を無制限に拡大することは、狂気の沙汰と言うしかない。
 加えて、安倍総理はすでに危険極まりないオスプレイを配備し、さらに米軍普天間基地の辺野古移転を強行しようとしている。沖縄県民は昨年の一連の選挙で、米国植民地から脱却すべしという悲痛な叫びを挙げ、辺野古移転断固反対の意思を明確にしたにも関わらずだ。

 思い起こして欲しい。七十年前の六月、沖縄で三カ月余に亘る壮絶な戦いが行われていたことを。この沖縄戦では無惨にも二十万余の戦死者を出した。安倍総理はこの悲惨な沖縄戦に思いを致すべきだ。
 沖縄戦は大東亜戦争の戦局が悪化し、日本の敗北必至の情勢となった昭和二十年三月二十六日、米軍の慶良間列島上陸作戦で幕が切って落とされた。「鉄の暴風」と形容される米軍の艦砲射撃で全島が無残にも破壊されされた。米軍の猛攻が続く中、日本軍は本土決戦を遅らせるために、年端もいかぬ学生を動員して「鉄血勤皇隊」「姫ゆり部隊」を編成し、住民を盾にした結果、沖縄全土は死屍累々の地と化した。遂に六月二十三日、組織的抵抗は終わったが、当時の県民四十五万人のうち犠牲者は約十二万人、日米両軍の全戦没者は二十万人以上に上った。

◆忘れるな 大田中将最後の電文「沖縄県民斯ク戦ヘリ 特別ノ御高配ヲ」

 那覇港を見下ろす小高い丘に作られた海軍司令壕で、大田実海軍少将は最後まで指揮をとったが、米軍の猛攻撃により司令部は孤立、大田は拳銃で自決した。自決直前の六月六日、海軍次官宛てに電報を発信する。当時の訣別電報の常套句だった「天皇陛下万歳」「皇国ノ弥栄ヲ祈ル」などの言葉は一切なかった。
 大田は、戦火で家屋財産をすっかり焼却された沖縄県民は、婦女子までが率先して守備隊に身を捧げ、砲弾運びのほか挺身斬り込みまで申し出たと述べて、沖縄県民の敢闘の様子を訴え、こう結んでいる。
 「沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」

 安倍総理は「後世特別ノ御高配」とは、沖縄を永久に米軍基地の島にすることだと考えているのか。
 安倍総理! 貴方の尊敬する祖父岸信介は安保改定交渉に当って、筆舌に尽し難い苦悩を味わったことを知らねばならない。対米自立路線を志向する岸は、対米従属の姿勢を転換し、米軍撤退を視野に入れていた。鳩山政権時代、重光外相はダレス国務長官に、安保条約を改定し米地上軍を六年以内に撤退させると提案したが、米側に一蹴された。同席した岸は衝撃を受け、まず安保条約の不平等性を解消し、段階的に米軍撤退を図らねばなぬと強く認識する。総理に就任した岸は訪米し、アイゼンハワー大統領と会談し、「米地上部隊の速やかな撤退を含む大幅な削減を行う」との共同声明を発表した。岸は安保条約改定を実現したが、米軍撤退を実現できないまま、退陣に追い込まれた。

 岸は徹頭徹尾、政治人間であった。「穀誉褒随は他人の為すところ」と全人生を「政治」に捧げた稀有な人だった。「責任を一身に引き受け、道徳的にくじけない人間、政治の倫理が所詮悪を為す倫理であることを痛切に感じながら、『それにも拘らず!』と言い切る人間だけが政治への天賦を持つ」(M・ヴェーバー『職業としての政治」)
 安倍総理の使命は、米国の言いなりになり、対米従属を強化することではない。祖父岸信介の遺志を継ぎ、米軍撤退を実現させて、自主憲法を樹立することだ。それによって初めて、独立自尊の日本を顕現できるのだ。

 (筆者は「月刊日本」主幹)

注)雑誌『月刊日本』は右翼論壇のなかで明確に安倍政権の対米従属、その象徴たる辺野古移設に一貫して反対している。執筆者は、亀井静香、村上正邦、二階俊博、小林節、内田樹、柳沢協二、森田実、佐高信、佐藤優など保守リベラルから左翼まで幅広い論陣を張っている。


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