【オルタの視点】

安倍政権に対して立憲民主党がいかに戦うべきか

岡田 一郎


 私は今年(2017年)3月、長野県下伊那郡の野党系地方議員の方々に招かれて、野党共闘について講演した。そのときの講演の内容は以下のとおりである。

 ① 民進党と日本共産党(共産党)の共闘は不可避である。民進党が単独で党を再建して、自由民主党(自民党)に対抗する体制を構築するのはきわめて困難である。
 ② 野党共闘によって何が実現できるかを具体的に有権者に示さなければならない。特に若い有権者は何が実現されるのかという点についてきわめて敏感である。スローガンだけでは有権者は動かない。
 ③ インターネットを利用した、広報戦略の構築が必要である(2016年参議院議員選挙における山田太郎氏の選挙戦術を参考にすること)。

 民進党は今や参議院だけの存在となり、衆議院の民進党は立憲民主党と希望の党に分裂してしまったが、民進党の部分を立憲民主党に変えただけで、野党共闘に関する私の考えは基本的に変わっていない。
 2017年総選挙における立憲民主党の戦いぶりは①と③を実現したものだった。共産党は立憲民主党の候補者が擁立された選挙区の多くで、候補の取り下げをおこない、野党共闘が実現した。また、立憲民主党のITの使い方も見事なものであった。立憲民主党の twitter アカウントのフォロワー数は結党間もなく自民党のそれを超え、twitter における言及数も自民党に並んだ。

 一方で②について、立憲民主党はうまく対応できたとはいえない。
 確かに、立憲民主党は地方組織が未だほとんど存在しないにも関わらず急速に支持を伸ばし、希望の党を抜いて、獲得議席で野党第一党に躍り出た。それは民主党政権の崩壊以来、積極的に投票する先を見いだせなかったリベラルな有権者の投票先に、立憲民主党がなることが出来たためであった。民主党および後継政党の民進党は、安倍政権に対抗するためにリベラル色を強めたかと思えば、保守色を強めて政権に対して妥協的な態度をとったりするなど、その立ち位置が一定せず、多くの有権者をいらだたせていたが、立憲民主党は安倍政権との対決姿勢を鮮明にし、反政権票の受け皿となった。さらに希望の党が反リベラルの姿勢を強めたことで、リベラル層がかえって団結したことも立憲民主党の支持を押し上げた。

 だが、立憲民主党が何を実現しようとしているのか、私には選挙中、全くわからなかった。自民党に終始妥協的な希望の党に比べれば、野党らしい野党になりそうな雰囲気はあったが、安倍内閣を倒して、その後にどのような展望を持っているのかが全く伝わらなかったのである。
 ある者は「安倍首相は戦後民主主義の脅威となっているので、まず辞任に追い込むことが重要である」と言うかもしれない。ならば、仮に今、安倍首相が辞任に追い込まれ、改憲の動きは止まり、日本会議関係者は政権から放逐され、森友・加計問題の追及が進んだとしよう。一部の人々はそれで快哉の声をあげるかもしれないが、大多数の人間にとってはそれらが仮に実現したとしても、日々の生活には何の変化もない。

 有権者の多くはどうすれば自分たちの生活が少しでも楽になるかという点に関心を抱いている。特に1970年代前半ごろに生まれた第2次ベビーブーム世代は学校の卒業とバブル後の不況が重なり、多くが非正規労働者となって、不安定な生活を強いられ、結婚することもできずに老いようとしている。彼らは自分が年をとって働けなくなったときのことを考え、将来に漠然とした不安を抱えながら、今を生きている。彼らは戦後民主主義の脅威以上に、明日の自分の生活が成り立つかどうかという脅威と戦っているのである。立憲民主党はこうした人々の救いになるような政策を今回の総選挙で訴えることができただろうか。

 政権復帰後の自民党がまがりなりにも過半数以上の国民、特に若い世代に支持されているのは、安倍晋三首相のみが具体的な経済政策を提示し、ある程度の景気回復を国民に実感させることが出来たからである(仮に、現在の人手不足と雇用の改善がもたらされた理由が単なる少子高齢化による労働人口の減少だったとしても)。
 民主党が政権交代を成し遂げた理由も、「エリートには競争を、非エリートには終身雇用を」「子育て世代には子ども手当を」「農家には所得補償を」といった、新自由主義と長期の不況によって疲弊する国民を慰撫するような政策を打ち上げたに他ならなかった。しかし、民主党政権は政権獲得後も時間を空費して、国民に約束した政策の実現をおこなおうとせず、参院選が近づくと、まるで有権者の頬を札束で叩くかのように、急に子ども手当の創設を強引な国会運営で決定した。さらに、政権交代の立役者である小沢一郎氏が失脚すると、民主党幹部は「政権公約は小沢氏が強引に決定したものだ」とうそぶいて、政権公約を反故にし、自民党以上に新自由主義的な政策を推進し、さらに2009年総選挙においては否定した消費税増税を自民党・公明党とともに決定した。
 民主党の公約に救いの糸口を見出していた第2次ベビーブーム世代にとって、民主党の裏切りは憎しみをさらに増すものであったろう。民主党の下野後、支持が低迷したのは、自分たちがなぜ有権者を裏切ってしまったのかを全く検証してこなかったからである。「裏切りを検証しない政党は次もまた裏切るだろう」と多くの有権者が思っても不思議ではない。

 立憲民主党は自分たちの前身である民主党政権がなぜ有権者を裏切ってしまったのかを検証し、長期の不況に苦しむ国民生活を向上させ、日本を多くの国民が将来に希望を持てるような国にするためにはどのような政策が必要かを十分検討し、政権獲得後はすぐにその政策を実現できるような体制を整えなければならない。そのためには官僚に対抗できる、強力な政策審議会が必要となるだろう。政策に通じた人材をスタッフとしてそろえると同時に、研究者にも政策立案に協力をあおぐべきである。
 また、政策は党の理念が確立して初めて整合性を持つ。かつての民主党のように、党の理念があいまいなまま、有権者に受けそうな政策だけを追求していけば、相互に矛盾した政策を打ち出して行き詰まったり、都合が悪くなると、平気で自分たちが掲げていた政策を捨て去ったりするといった事態になってしまう。党の理念が確立されていれば、その理念実現のためにいかなる政策を打ち出すべきか、どの政策が党にとって決して捨ててはいけない政策なのか、おのずとはっきりしてくるのである。

 理念をめぐって党内が分裂し、綱領の文言をめぐって激しい党内対立が繰り広げられた日本社会党の反省からか、民主党は理念をないがしろにして、実現可能な政策を与党に対抗して提示することによって、有権者の信頼を勝ち取ろうとした。その象徴がイギリス労働党を真似て民主党が導入したマニフェストである。
 私はかつてイギリス労働党と日本の民主党のマニフェストを並べて比較したことがあるが、イギリス労働党のそれでは冒頭で「なぜ、自分たちは福祉国家路線を見直すのか」という理念に関する説明が掲載されており、そのあとから政策に関するページが始まるのに対して、日本の民主党のそれには理念に関するページがなく、終始、政策に関する記載で終わっていた。これでは政権を取った後に民主党が政策に優先順位をつけることが出来ず、鳩山由紀夫政権が(民主党にとって必ずしも優先順位が高かったとはいえない)米軍普天間基地の移設問題に固執し、迷走するはずだと思った。理念がしっかりしていれば、その理念を実現するために何から手をつけるべきかが自ずと明らかになるのに対し、民主党には理念がなかったので鳩山首相の個人的な関心で政権を崩壊に導いてしまったのである。その後の菅直人・野田佳彦両首相も結局、個人的な関心(脱原発・消費税増税)を振り回して、民主党をひっかきまわし、政権を崩壊に導いてしまった。

 このような失敗を繰り返さないために、立憲民主党が取り組むべきは理念の構築と強力な政策審議会の設置である。巧みなネット戦略のみで勝利を得られた今回の総選挙は例外と心得たほうが良い(もちろん、民主党時代よりはるかに改善された広報体制は今後も維持していくことが必要である)。

 (小山高専・日本大学非常勤講師)

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