【「労働映画」のリアル】

労働映画のスターたち(91)仲代 達矢

清水 浩之

《闇に光る目、響く声 ― 人間界に抗う不死身の悪漢(ピカロ)》

 2025年11月に旅立たれた仲代達矢さん。20歳で俳優の道に進んでから72年間、日本の映画・演劇界を牽引してきた。80歳を越えてからも、映像や舞台で精力的に活動し、日に日に変わりゆく21世紀の世相、形骸化する平和への風潮に抗って、「戦後」の意味を我々に問い続ける存在だった。

 昭和30年代の日本映画黄金期、小林正樹、黒澤明をはじめとする戦後派の巨匠たちに起用され、知性とバイタリティをあわせ持つアンチ・ヒーロー役を担った。その後も、岡本喜八、五社英雄など「反骨」の作家たちと協働し、無頼に生きる男たちの情熱と哀歓を演じた。『影武者』(1980、監督・黒澤明)の武田信玄、『二百三高地』(1980、舛田利雄)の乃木希典など、歴史上の英雄にも扮するが、仲代さんが演じると、彼らの知られざる弱さや悲しみまでもが透けて見えてくる。人間界の理不尽さ、残酷さに直面し、茫然と立ち尽くす姿が、他のどの俳優よりも真に迫っていたと思う。

 1932年、東京・目黒の生まれ。戦中~戦後の貧しい生活の中で「どう食べていくか」を考え、演技の仕事を志して俳優座養成所の第4期生に。千田是也、小沢栄太郎など、戦時下を生き抜いた「反骨」の先輩たちに鍛えられ、暗闇の中でも光っている大きな「目」と、はるか遠くまで響き渡る重低音の「声」を持つ俳優に成長していく。素の状態では靄(もや)がかかったような雰囲気を漂わせるため、あだ名は「モヤ」。

 24歳の時に主役に抜擢された『人間の條件』(1959~61、小林正樹)で、その魅力が大きく開花する。満州の炭鉱で労務管理の仕事に就いた青年が、中国人捕虜への残酷な扱いを巡って悩みぬいた挙句、人間の條件=ヒューマニズムに突き動かされ、憲兵に助命を嘆願する。懲罰召集で送られた軍隊、ソ連軍に蹂躙される激戦地、敗戦後に連行された捕虜収容所…… 彼は何度も絶望的な局面に立たされるが、周りの人々が戦争の濁流に流されるのに抗い続け、「人間」であることを決して諦めない。

 全6部・9時間半という未曽有のスケールで描かれたこの超大作を、60年後の現在、時の政府が武器輸出に手を伸ばし、平和憲法の行く末が案じられる空気の中で鑑賞すると、まるで近未来の若者の物語に思えてくる。優柔不断なインテリだったのが、必死に闘って成長していく仲代さんの姿を眺めていると、「それとも、人間やめますか?」という、かつての覚醒剤追放キャンペーンのキャッチコピーが思い浮かび、今まさに、私たち日本人の生き方そのものが問われていることに気がつく。

 ちょうど同じ頃、大藪春彦・原作の『野獣死すべし』(1959、須川栄三)をはじめ、戦後の(一見平和な)社会に反逆するピカロ(悪漢)役も引き受けていく。1960年6月、日米安保条約を巡って「国論が二分」されていた最中に公開された『青い野獣』(監督・堀川弘通)では、出版社の労働争議を組合幹部として指揮しながら、実は経営陣のスパイとして暗躍する男に扮した。共に働く仲間を敵に売り渡し、愛し合った女性も切り捨てて出世を目指すが、やがて破滅していく姿は、『人間の條件』とは真逆のベクトルでの空しい抵抗にも思えてくる。

 その後も『用心棒』(1961、黒澤)、『四谷怪談』(1965、豊田四郎)、『大菩薩峠』(1966、岡本喜八)などで敵役、悪党を引き受け、観客の目と耳を惹きつける色気を発散する。はるばるイタリアまで呼び出され、マカロニ・ウエスタン『野獣暁に死す』(1968、トニーノ・チェルヴィ)でメキシコ人の悪役に扮したりもしている。

 時代劇の傑作『切腹』(1962、小林正樹)で、非人間的な武家社会に復讐を図る老剣士を演じた時は、まだ29歳。「俳優はセリフを伝える楽器である」と考え、チェロのように高音から低音まで10種類の声を使い分けたそうで、この時は最も低い声で演じきった。

 『鬼龍院花子の生涯』(1982、五社英雄)の大親分、『大地の子』(1995、NHK)での中国大陸に残した我が子と再会する父親など、200本を越える映画・テレビドラマ・舞台作品で、それぞれの役柄を検討した上で、仲代さんがどんな声、どんな呼吸で語っているか…… これから鑑賞する際の“聴きどころ”になると思います。

参考文献:『仲代達矢が語る 日本映画黄金時代 完全版』 春日太一・著 文春文庫 2017年 ほか

(しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)

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●労働映画短信
◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
働く文化ネットでは、毎月「労働映画鑑賞会」を開催しています。お気軽にご参加ください(参加費無料・事前申込不要)。

第116回テーマ ~市民参加でつくる「おいしい給食」~
日時:2026年6月11日(木)18時から(17:45開場)
上映予定作品:『希望の給食-食と農がつむぐ自治と民主主義』
2022年/42分/制作:PARC アジア太平洋資料センター/監督:香月正夫
内容:子どもたちが学校で毎日のように食べる給食は、子どもたちの健康と成長を担うだけでなく、地域の食と農を結び付けます。どのような食材を使うのか、費用負担をどうするか、誰に提供するのか。給食をめぐる選択は、どのような地域を実現するのか、という「自治」の実践と切り離せません。日本と韓国の事例から、地域の未来を形作る給食のあり方を考えます。
コメンテーター:自治労千葉県本部学校 給食部会幹事 石川豊氏
作品紹介サイト https://www.kyu-shoku.net/
会場:連合会館 2階 203会議室(地下鉄千代田線 新御茶ノ水駅 B3出口)
働く文化ネット公式ブログ http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/

◎【上映情報】労働映画列島! 5月~6月
※《労働映画列島》で検索! https://shimizu4310.hateblo.jp/

◇新作ロードショー
谷口善太郎 たたかう小説 《5月29日(金)から 東京 菊川 Strangerほかで公開》 「たにぜん」の愛称で親しまれた政治家・谷口善太郎。プロレタリア小説家時代の知られざる苦闘を描いたドキュメンタリー。(2025年 日本 監督/土本貴生)

日泰食堂 《5月30日(土)から 東京 渋谷 ユーロスペースほかで公開》 香港の離島・長洲にある小さな食堂を舞台に、そこに集う島民たちの姿を通して、変わりゆく世界を見つめるドキュメンタリー。(2024年 台湾ほか 監督/フランキー・シン)

モブ子の恋 《6月5日(金)から 東京 TOHOシネマズ日比谷ほかで公開》 モブ(mob)=端役として生きてきた大学生が、アルバイト先のスーパーマーケットで恋をしたことをきっかけに、積極的な生き方に挑み始める。(2026年 日本 監督/風間太樹)

ダイヤモンド 私たちの衣装工房 《6月19日(金)から 東京 新宿ピカデリーほかで公開》 1970年代、ローマの衣装工房で働くお針子の女性たち。豪華で美しい衣装制作の裏側にある、それぞれの人生模様を描く。(2024年 イタリア 監督/フェルザン・オズペテク)

四つのいのち 《6月19日(金)から 東京 ヒューマントラストシネマ渋谷ほかで公開》 老いた羊飼い、一匹の子ヤギ、巨大な樅の木、そして炭 ─ イタリア最南端の山村で静かに営まれる生の循環を、セリフを殆ど用いずに描き出す。(2010年 イタリア 監督/ミケランジェロ・フランマルティーノ)

◇名画座・特集上映
▼全国
【東京 渋谷 シアター・イメージフォーラム/他】 5/15から 「EUフィルムデーズ2026」…サナトリウム(アイルランド)/ドリームオン ドリームオフ(クロアチア)/47系統(スペイン)/不屈の女たち 旧東ドイツ編/他

▼北海道・東北
【札幌 シアターキノ】 「KINOフライデー・シネマ」…5/22 オリビアと雲 5/29 在日ミャンマー人 わたしたちの自由 6/12 セバスチャン 6/19 道行き 6/26 少女はアンデスの星を見た
【山形ドキュメンタリーフィルムライブラリー】 6/12 「金曜上映会 プライド月間特集―戦争とセクシャリティ、父と息子」…プライベート・ウォーズ(フィリピン)/このささいな父の存在(レバノン)

▼関東・甲信越
【千葉 睦沢町 もりのこや】 5月1日開館 5月:医の倫理と戦争/森に聴く Listen to the Forest 6月:蝶の眠り/ハタチのカケラ
【東京 シネマヴェーラ渋谷】 6/13~26 「羽田澄子 生誕百年記念 福祉、芸術、ジェンダーを通して日本を描く」…早池峰の賦/痴呆性老人の世界/女たちの証言-労働運動のなかの先駆的な女性たち/嗚呼 満蒙開拓団/薄墨の桜/住民が選択した町の福祉/他
【東京 ラピュタ阿佐ヶ谷】 6/14~8/18 「戦争映画をみる、感じる、考える。」…人間魚雷 回天/南の島に雪が降る/硫黄島/眞空地帯/春婦傳/人間の條件 六部作/あゝひめゆりの塔/他
【東京 恵比寿 東京都写真美術館】 6/18~9/21 「出光真子 おんなのさくひん ある映像作家の自伝」…Woman’s House/おんなのさくひん/主婦の一日/清子の場合/加恵、女の子でしょ!/他
【東京 早稲田大学小野記念講堂】 6/21・24 「ジョン・ジャンヴィト ドキュメンタリー上映会」…飛行機雲(クラーク空軍基地)/航跡(スービック海軍基地)
【まつもと市民芸術館】 6/2~7 「2026爆音映画祭 in 松本」…ボーイズ・ゴー・トゥ・ジュピター/天竜区奥領家大澤別所製茶工場/新しい鉄/新しい製鉄所/落下の王国/ポーラX/他
【新潟 市民映画館シネ・ウインド】 5月~10月 「坂口安吾映画祭2026」…桜の森の満開の下/負ケラレマセン勝ツマデハ/カンゾー先生/戦争と一人の女/不連続殺人事件/白痴(1999)

▼東海・北陸
【伊東 金星シネマ】 5/25・26 「伊豆高原五月祭×金★シネマ」…過去のない男
【小松 團十郎芸術劇場うらら】「ウィークエンドシアター inうらら」…5/23 掠奪された七人の花嫁 6/26 ダイヤルMを廻せ! 7/31 巴里のアメリカ人 8/28 イヴの総て 9/18 エデンの東

▼関西
【和歌山 シネマ203】 6月:ツイッギー/サムライ/「ロッセリーニ×ゴダール 2つのゼロ年」 7月:オールド・オーク/「ロベール・ブレッソン傑作選」
【神戸映画資料館】 6/6・7 「1933年のアメリカ映画 世界大恐慌・プレコード時代」…獨裁大統領/飢ゆるアメリカ

▼中国・四国
【福山駅前シネマモード】 6月末閉館予定 5/24・31 「シネマモードさよなら興行 毎熊克哉・西田尚美特集」…ケンとカズ/桐島です/ナビィの恋/青葉家のテーブル
【湯梨浜 ジグシアター】 5/30~6/14 「ロベール・ブレッソン傑作選」…ラルジャン/スリ/バルタザールどこへ行く/少女ムシェット/白夜
【高知 シネマ四国】 「とさぴくシアター」…6/5~16 ナースコール/全知的な読者の視点から/ジェイムズ・ブッカー 愛すべきピアノ・ジャンキー

▼九州・沖縄
【福岡市総合図書館 映像ホール シネラ】 6/17~28 「福岡市総合図書館フィルムアーカイブの30年」…旅役者/空、見たか?/十月になれば/河の女/むかし男ありけり/他
【本渡第一映劇】 5/23~31 「天草名画座番外地2026 VOL.2」…異人たちとの夏/ロケーション(35mmフィルム上映) 6/20~28 「天草市民シアター」…男はつらいよ 寅次郎忘れな草(35mmフィルム上映)
【石垣 あまくま座】 「ゆいシネマ」…6/6~14 湯徳章 私は誰なのか/長安のライチ 6/20~28 木の上の軍隊/ミラクルシティ コザ

◎日本の労働映画百選
働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』電子書籍版(2021.04更新)
https://drive.google.com/file/d/1WUUYiMwhdncuwcskohSdrRnMxvIujMrm/view

(2026.5.20)
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