【「労働映画」のリアル】
第12回 労働映画のスターたち・邦画編(12)

労働映画のスターたち・邦画編(12)<大竹しのぶ>

清水 浩之


 《「野麦峠」から「後妻業」まで!可憐でオカンなファム・ファタール》

 8月下旬に公開された『後妻業の女』(2016/監督・鶴橋康夫)がヒットしている。高齢者の遺産を狙った犯罪“後妻業”を題材としたこの作品、黒川博行による原作小説は関西で実際に起きた連続不審死事件をモチーフに描かれ、その生々しさが話題を呼んだ。一方の映画版は、読売テレビ時代から男と女の愛憎をスタイリッシュな映像で描くことで知られるベテラン・鶴橋監督が、大阪独特のブラックな「人間喜劇」に仕上げた結果、最近の日本映画では珍しい、大人向けのピカレスクロマンが誕生した。

 《鶴橋新喜劇》の座長を務めたのは、来年還暦を迎える大竹しのぶ。デビュー当時を彷彿とさせるあどけない表情で可愛らしさをアピールしたと思ったら、0.5秒後にはドスの効いた声で毒を吐いている。彼女が表と裏の顔を使い分けて“後妻業”に勤しむ可笑しさが最大の見どころで、映画館に来るのは久しぶり…という感じのお客さんが詰めかけて、彼女のモンスターぶりにゲラゲラ笑っているのはなかなか楽しい光景だった。「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇である」と言ったのはチャップリンだそうだが、再婚相手を次々と「送り出す」世にも恐ろしい事件を、ここまで突き抜けたエンタテインメントにするには、自らの人生でも様々な「悲劇=喜劇」と向き合ってきた《大竹しのぶ》という存在が不可欠だったと思う。真冬の野麦峠を越えて「百円工女」を目指すのも、寂しい男たちの心を癒し、その報酬として彼らの資産をいただくのも、「遠くから見れば」あまり違いはないのかも知れない。女優生活40年余、清楚な乙女から魔性のおばさんまで演じてきた「小さな大スター」の足跡を、労働映画の視点から辿ってみよう。

 1957年、東京・品川区生まれ。幼い頃に父が結核となり、療養のため埼玉県の田園地帯に移り住んだが、ここでのびのびとした少女時代を過ごしたことから、内気な性格が活発になったという。高校生の時、フォーリーブス・北公次のテレビドラマでの相手役に応募して演技の世界へ。1975年、映画『青春の門』(監督・浦山桐郎)での主人公の恋人・織江役と、NHKの朝の連続ドラマ『水色の時』のヒロイン役が相次いで決まり、高校在学のまま一躍新進スターとして脚光を浴びる。『キューポラのある街』(1962)などで女優の発掘・育成に定評のある浦山監督は、まだ無名の大竹を抜擢する前に幾度も面接を行い、彼女の生い立ちを詳しく聞き取ったという。記者会見で監督は、一見平凡な少女を重要な役に起用した理由として「普通の人間としても、社会の中できちんと生きていける子です」と語った。この「普通の人間」というキーワードは、大竹のその後の人生にも大きな影響を与え続けていく。

 純情可憐、どことなく土の匂いがしそうな佇まいが幅広い年齢層の人気を集め、デビュー直後から映画、テレビの大作に次々と出演する。社会派エンタテインメントの巨匠・山本薩夫監督の『あゝ野麦峠』(1979)は、明治中期の製糸工場での過酷な労働の実態を、リアリズムに徹して描いた名作。貧しい一家のために懸命に働き、優秀な「百円工女」となって故郷に凱旋したのも束の間、健康を蝕まれ、あっけなく命を落とすヒロインは、近代日本の女性像として不滅の存在となった。この役もまた、撮影当時21歳の大竹しのぶでなかったら、全く違う作品となっていたかも知れない。

 1982年、TBSのドラマディレクター・服部晴治氏と結婚。清純なイメージの若手女優が、17歳年上で離婚歴のある男性と……ということで、世間からはスキャンダラスに受け止められたが、本人にとっては「普通の人間」として幸せを求めた結果だった。大竹は「良い妻」を目指して慣れない家事に奮闘し、ドラマでも夫婦の共同作業で、シングルマザーの家政婦が様々な家族と出会っていく『家政婦・織枝の体験』(1985〜86)という珠玉作を生み出した。

 しかし、服部氏は結婚後まもなく癌が見つかり、長男誕生後の1987年に亡くなる。僅か5年の結婚生活の間、妻として多くの悲しみを味わう一方で、女優としては、つかこうへい脚本のドラマ『かけおち '83』(1983、NHK)以降、コミカルな役も得意とする個性派に成長した。明石家さんまとの丁々発止の掛け合いが人気を呼んだドラマ『男女7人夏物語』(1986、TBS)、映画『いこかもどろか』(1988/監督・生野慈朗)などで、颯爽と生きるヒロイン像を確立していく。悲しみと笑いが同時進行する日々を経て、90年代からはいよいよ、女優としての実力を遺憾なく発揮していくことになる。

 《若手も大御所も魅了する 「魔性のオンナ」と「肝っ玉かあさん」》

 1988年、共演が続いていた明石家さんまと電撃結婚。翌年に長女が誕生するが、出産後、大竹の仕事への復帰をめぐって、ふたりの考えにズレが生じてきたという。育児と家事に追われながらも、女優を続けたいと願う妻、それに賛同しきれない夫。夫婦は互いに「束縛」することに疲れ果て、結婚生活は4年で終りを告げた。

 そんな時期に出演した映画が『死んでもいい』(1992/監督・石井隆)で、流れ者の青年(永瀬正敏)に一目惚れされたことから、運命を狂わせていく人妻に扮した。夫(室田日出男)を交えた三角関係は、やがて流血の惨劇を招いてしまう。全ては青年の身勝手な恋心が巻き起こした事件なのだが、彼をそこまで駆り立てた人妻にも「原因」があることを、大竹が絶妙なニュアンスで演じている。それまでゴシップ的に囁かれてきた「魔性のオンナ」としての魅力が一気に開化し、 《女優・大竹しのぶ》の新境地を拓いた作品となった。
 (デビュー作『青春の門』の脚本家・早坂暁氏は、彼女のファム・ファタール的な個性を「食虫植物」と形容したが、当人に悪意のない点を踏まえた名批評だと思う。)

 40歳前後からの出演作には、彼女自身の生き方を投影するような「女手ひとつで」仕事と子育てに奔走する役柄が目立ってくる。ドラマ『Dear ウーマン』(1996、TBS)では、大手企業の庶務課に「セクハラ対策担当」として再就職した元キャリアウーマンの役。シングルマザーであることを理由に採用を断られ続けてきたため、息子がいることは同僚にも内緒にしているが、職場の女性たちが被る様々な不条理には敢然と立ち向かっていく。毎回、傲慢な男性社員たちに威勢良くタンカを切る場面が、番組の名物となった。

 山田洋次監督の『学校III』(1998)では、勤め先のリストラで失業し、職業訓練校でボイラー技士の資格を取ろうと頑張る未亡人。夫を過労死で亡くした後、小児自閉症の息子との二人暮らし。様々な事情を抱えて訓練校に集まった男たちとともに学ぶ日々の中で、会社と家族の両方に見捨てられた元エリート社員(小林稔侍)と出会い、ほのかな恋心を芽生えさせる。社会の片隅で懸命に生きながら、ささやかな幸せを見出すヒロインの、穏やかな佇まいが心に残る。

 シングルマザーと不良息子の関係を描いた映画『キトキト!』(2007)の吉田康弘監督は、公開当時28歳。母親の再婚話を娘の視点から描く『オカンの嫁入り』(2010)の呉美保監督は33歳。親子ほど年の離れた若手作家の作品では、どことなく危なっかしい生き方ながら、自らの選んだ道を突き進む「肝っ玉かあさん」を演じている。トーク番組で「本当に私は、子どもたちに育てられてきましたね」と語っていたが、こうした作品での子どもとの会話は、本物の家族同士のキャッチボールのように自然で心地よい。

 日本映画界の最長老・新藤兼人監督が98歳で挑んだ最後の作品『一枚のハガキ』(2011)もまた、大竹しのぶ抜きでは成立しなかっただろう。新藤は長年行動を共にしてきた妻・乙羽信子に先立たれ、創作意欲を失いかけたが、生前の乙羽が共演経験のある大竹を推薦したことを思い出し、『生きたい』(1999)、『ふくろう』(2004)と作品を重ねて復活を果たした。「日本人と戦争」を描き続けた新藤の最終作は、戦争に夫を奪われた農家の嫁が、力いっぱい泣き、怒り、打ちのめされ、やがて立ち上がるまでの物語。小さな身体に悲しみと恨みのマグマをみなぎらせたヒロインは、戦争に翻弄された日本の女性全員の代弁者となった。

 膨大な仕事を駆け足で眺めてきたが、この他にも、終戦前後の作家・林芙美子を演じた『太鼓たたいて笛ふいて』(2002年初演/作・井上ひさし)をはじめとする数々の舞台や、ラジオドラマ、音楽活動、エッセイなど、注目すべき作品は枚挙に暇がない。乙女の可憐さとオカンのたくましさ、そして男も女も惹きつける「魔性」を併せ持つ稀有な存在となったしのぶさん。60代に入ってからも、従来の「シニア世代」に収まりきらないキャラクターを作り出し、見る者をアッと驚かせてくれることを期待しています。

※参考文献:『私一人』 大竹しのぶ/著 幻冬舎 2006年)

(しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)

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●労働映画短信

◎働く文化ネット第32回労働映画鑑賞会〜“底辺”に息づく多様な人生〜
・上映作品:『どっこい! 人間節—寿・自由労働者の街』(1975年/121分/【労働映画百選】No.59)
・開催日:2016年10月13日(木)18:30〜(18:00開場)
・会場:連合会館 201会議室 (地下鉄 新御茶ノ水駅 B3出口すぐ)

2016年10〜12月期は、「労働映画のさまざまな視点」を統一テーマに、日本の労働映画が描き出す労働世界の多様な広がりを探ることとします。10月の鑑賞会では、山谷、釜ヶ崎とならぶドヤ街「横浜・寿町」に息づく多様な人生に向き合った、小川紳介プロの迫真のドキュメンタリー映画『どっこい!人間節』を上映します。

◎【上映情報】労働映画列島!9〜10月
※《労働映画列島》で検索! http://d.hatena.ne.jp/shimizu4310/00160903

◇新作ロードショー

『ハドソン川の奇跡』《9月24日(土)から 東京 ・TOHOシネマズ日本橋ほかで公開》 2009年1月に起きたニューヨーク・ハドソン川への航空機不時着事故を描く。全エンジン停止の危機の中で決断を下す操縦士役にトム・ハンクス。(2016年 アメリカ 監督:クリント・イーストウッド) http://www.hudson-kiseki.jp

『チャーリー』《10月1日(土)から 東京・キネカ大森で公開、全国順次公開予定》親が勝手に決めた縁談に反発し家を飛び出した女性が、様々な人との出会いを通して変化していく姿を、インド南部の美しい風景とともに描く人生讃歌。(2015年 インド 監督:マーティン・プラーカット) http://www.charlie-japan.com/

『何者』《10月15日(土)から 東京・TOHOシネマズ日本橋ほかで公開》 朝井リョウの直木賞受賞作を映画化。就職活動対策のため集まった5人の大学生が、それぞれの本音や自意識によって関係性を変えていく過程を描く。(2016年 日本 監督:三浦大輔) http://nanimono-movie.com/

◇名画座・特集上映

【札幌プラザ2.5】 9/24・25 「第11回 UNHCR難民映画祭」…カフェ・ヴァルトルフトへようこそ/ソニータ/他
【岩手 みやこシネマリーン】 9/24・25 「クロージング上映」…千と千尋の神隠し/サウンド・オブ・ミュージック/他
【米沢市 置賜文化ホール】 9/25 「第11回 伴淳映画祭米沢2016」…駅前旅館/アジャパー天国/女は男のふるさとヨ
【高崎電気館】 10/8〜21 「市川崑映画祭 光と影の仕草 part.1」…私は二歳/満員電車/ど根性物語 銭の踊り/他
【千葉市若葉文化ホール】 10/14 「若葉名画座 音楽映画特集」…エノケンの頑張り戦術/君も出世ができる/他
【東京 神保町シアター】 10/1〜28 「吉屋信子と林芙美子 女流作家の時代」…放浪記(1962年版)/女の暦/惜春/他
【川崎市市民ミュージアム】 10/1〜29 「旅する映画」…サーカス/追われる人々/チョンリマ 千里馬/他
【加賀市市民会館】 9/23〜25 「加賀市民映画祭」…めぐりあい/忍ぶ川/生れてはみたけれど/他
【新潟市秋葉区文化会館】 10/15・16 「木下恵介監督作品上映会」…二十四の瞳/喜びも悲しみも幾歳月/他
【神戸映画資料館】 10/15〜25 「第8回 神戸ドキュメンタリー映画祭」…さとにきたらええやん/極北のナヌーク/他
【広島 シネツイン】 9/24〜30 『泥の河』(1981年/監督・小栗康平)
【福岡市総合図書館 シネラ】 10/10〜30 「現代台湾映画特集」…台北カフェストーリー/祝宴!シェフ/山猪温泉/他
【那覇 桜坂劇場】 9/22〜25 「日本サスペンス映画の黄金時代」…黒い画集/張り込み/白い巨塔/他

◎日本の労働映画百選

働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』記念シンポジウムと映画上映会
  http://hatarakubunka.net/symposium.html

・「日本の労働映画百選」公開記念のイベントを開催 (働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160614/1465888612

・「日本の労働映画の一世紀」パネルディスカッション (働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160615/1465954077

・『日本の労働映画百選』報告書 (表紙・目次) PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen_index.pdf

・日本の労働映画百選 (一覧・年代別作品概要) PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen.pdf


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