【コラム】宗教・民族から見た同時代世界

前3代に亙る教皇のカトリック教会現代化の歴史を継いで

荒木 重雄

 プレボスト枢機卿って「誰?」。
 サンピエトロ大聖堂前の広場で新ローマ教皇の誕生を待つ群衆から驚きの声が上がった。5月、フランシスコ前教皇逝去に伴う選挙(コンクラーベ)で新教皇が発表された瞬間である。
 前教皇の路線を継ぐ改革派か、揺れ戻しの保守派か、あるいは、近年、信者数が増加するアジアやアフリカからの選出か。幾人か有力候補の名が行き交っていたが、そのような下馬評にはいっさい登場しない人物だったからである。

 選出されたロバート・フランシス・プレボスト枢機卿は、初の米国人教皇。シカゴ出身だが、南米ペルーで長らく宣教に携わり、一昨年、前教皇から司教庁の長官に任命され、枢機卿に昇った経歴を持つ。
 前教皇に近い立ち位置ながら、各国の司教の人事にかかわった職責から保守派にも広い人脈を持つことから、近年、保守・改革の分断が深まるカトリック教会の修復役を期待されて教皇に選出されたと想像される。
 また、世俗と宗教の権力集中を避けるため、超大国・米国から教皇は選ばない不文律がカトリック界にはあったとされるが、米国人ながら、父親はフランスとイタリア、母親はスペインにルーツを持ち、自身もペルーが活動の舞台で国籍も持つという複合的なアイデンティティから、このハードルもクリアできたようだ。
 トランプへの抑止力として、あえて米国人を充てたとの噂もある。

 彼の今後の動きはまだ未知数だが、参考までに、先立つ3代の教皇の事跡を振り返っておこう。

◆ヨハネ・パウロ2世の活躍~「空飛ぶ教皇(聖座)」

 「イエス・キリストの代理人」であり世界のカトリック教徒の最高指導者であるローマ教皇だが、それが、現在のように現実の国際政治や社会と積極的にかかわるようになったのは、ここ半世紀ほどのことで、1978年に即位したヨハネ・パウロ2世からである。

 それまで殆どイタリア人が占めていた伝統を覆して、ポーランド人で初めて教皇に就いた彼は、26年間の在任中に129の国・地域を訪れて「空飛ぶ教皇(聖座)」ともよばれ、各地で、カトリックの教皇としては初となる、東方正教会やプロテスタント、聖公会、イスラムやユダヤ教などとの対話を試みながら、貧困問題や難民、人権問題などに向き合い、平和の実現に意欲を示し、核兵器の廃絶を訴え、米国のブッシュ大統領がイラク戦争を神を引いて正当化したことに対しては「神の名を用いて殺すな」と批判した。

 このように、ヨハネ・パウロ2世は、現代社会の諸課題へのカトリック教会の対応を積極的に模索し進めた教皇として記憶されるが、一方、強い反共思想からか、CIAやイタリア右翼政財界も絡んだ、南米の軍事政権やポーランド反政府運動へのバチカン銀行からの不透明な資金供与への関与の疑惑など、陰の側面も噂された。

◆生前退位したベネディクト16世~超保守派

 ヨハネ・パウロ2世を継いで2005年に即位した、ドイツ出身のベネディクト16世は、避妊、中絶、同性愛や、多元主義・相対主義には断固反対の超保守派で、即位早々、誤解に基づくイスラムの「ジハード」批判や、中南米の歴史認識、HIV感染予防のコンドーム使用反対発言などで物議をかもすが、この厳格な超保守主義者を悩ませたのが、こともあろうに、欧米各国で次々明らかにされた聖職者による児童性的虐待と、その隠蔽に教皇庁幹部や彼自身がかかわった疑惑の暴露であった。バチカン銀行のマネーロンダリングや違法取引も後を絶たず、司法当局の捜査を受け、さらには教皇庁内の権力争いが白日のもとに曝されるなどの失態続きに、教会統括の自信を失って、2013年、極めて異例な存命中の退位を自ら選ぶこととなった。

◆フランシスコ教皇で人気上昇~庶民派教皇

 その失地回復を託されたのが、アルゼンチンのイタリア移民出身で、貧困層を友としてきた、フランシスコ教皇であった。気さくな庶民派教皇としての人気を背景に、教会の改革に果敢に取り組む一方、ヨハネ・パウロ2世を超えるスケールで、国際社会にかかわった。
 
 「壁を築くのではなく橋を架けよう」をモットーに、11世紀の東西教会分裂以来初のロシア正教会総主教との会談や、イスラム・スンニ派最高権威アズハル総長との会談なども実現させ、紛争や人権問題では、アフリカからの移民船が漂着する地中海の島や、移民を拒む壁が築かれたメキシコ国境や、ロヒンギャ難民にかかわるミャンマー・バングラデシュなど、現場に赴いて「弱き者に寄り添う」解決を訴え、また、平和の実現に熱心で、米国とキューバの国交回復に当たっては陰の仲介役を務め、パレスチナ問題にも心を砕いた。

 特筆すべきは「核なき世界」への取り組みである。17年にはいち早く核兵器禁止条約を批准。被爆直後の長崎で撮影された「焼き場に立つ少年」の写真を教皇肝いりで教会に配った逸話は心に残る。そして19年には長崎・広島を訪れ、「核兵器は使うことも持つことも倫理に反する」と強い言葉で廃絶を訴えた。

 だが、こうした積極的な活動は反対勢力も生む。とりわけ、生活苦を訴えるデモ隊をサンピエトロ広場に招き入れたり、司祭による同性カップルへの「祝福」を容認するなどの教皇の言動は、保守派の強い反発を招いた。

◆そこでどうする、レオ14世

 新教皇は、「レオ14世」を名乗っている。教皇としてはいち早く労働者の権利擁護などに関心を示した19世紀のレオ13世の遺志を継ぐとの宣言であろう。トランプ米大統領の再登場などで、教会内のみならず世界全体の分断・対立が深まる中で、バチカンがここ半世紀に亙って追求してきた、平和や和解を推進する役割や、貧しく弱い人々に寄り添う姿勢を貫けるのか、今後の彼の動向が注目される。
 ローマ教皇の存在は、もはやカトリック信者だけのものではない。

(2025.6.20)
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