【コラム】

便所のラクガキに腹はたたない

岡田 充


 「国賊」「中国共産党の犬」「極左老人」… いずれも筆者に付けられた“称号”であります。原稿がインターネットのニュースサイトに転載されると、電子掲示板「2ちゃんねる」などで、こんな称号を頂戴した上、口汚くののしられることが増えた。

 中には YouTube にアップするケースもある。NHKは8月、日本人戦犯への裁判録音記録を基に、関東軍による細菌兵器使用を暴くドキュメンタリー『731部隊の真実』を放送した。優れた番組だったから、中国メディアに「731部隊の戦争犯罪も南京大虐殺と同様、ユネスコ世界記憶遺産に登録されるべき」とコメントした。

 しばらくしてわざわざ筆者の顔写真入りで、「【パヨク】岡田充「731部隊も南京と同様にユネスコ世界記憶遺産に登録されるべき!」という題名で YouTube にアップされたことを知った。「パヨク」とは初耳。ネットで調べたら「左翼・左翼支持者の意味で、2015年に爆発的に広まったネット用語」とあった。

 但し書きには「差別用語なのでリアルで使うのは止めておこう」とあるが、「2ちゃんねる」の書き込みには、しょっちゅう登場する。在日韓国・朝鮮人に対し差別的な言動をする「ヘイトスピーチ」と、これに反対する「しばき隊」の活動が話題になった15年ごろから流行り始めたらしい。

 こうした称号が的を射ているかどうかはともかく、書き込みの中には勉強になる内容もある。日本で広がる「柔らかなナショナリズム」に関する文章を書いたところ、ある読者がツイッターで次のように筆者を批判した。

 「日本人が良くも悪くもナショナリズムを意識し始めたのは、2010年から。中国船が、尖閣諸島で海上保安庁に対し体当りの攻撃をしかけ、その映像が流出したことがきっかけ。中国からの軍事侵攻をリアルに感じたとき、国防に意識が行くのは当然だろう」。

 中国漁船衝突事件を契機に中国への印象が極度に悪化し、「親しみを感じる」はいま10%程度しかない。漁船については「スパイ船」「工作船」などと「意図的」だと報じられたが全く根拠はなかった。「酔っぱらい船長による」偶発事件というのが実相。とすれば、この読者の「中国からの軍事侵攻をリアルに感じた」も、根拠がなかったことが分かる。

 生来の「ヘンタイ的性格」のせいか、ネットの悪口にそれほどの不快感は持たない。「便所の落書き」に腹は立たないのと似ている。むしろ、思わず膝を叩きたくなるような称号や、的確なコメントを心待ちにしている。

 「最高の軽蔑は無言だ。しかも眼の玉さえ動かさずに」。無視こそが最大の軽蔑という魯迅の至言である。

 (共同通信客員論説委員)

画像の説明
  NHK「731部隊の真実」の番組宣伝画面

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップバックナンバー執筆者一覧